Episode50-6:最後の晩餐
「ただ、今更キオラを攫った理由だけが分からない」
「口封じとか?」
「それだって今更だ。ずっと野飼いのようにしていたくせに、なんで今になって……」
また頭を悩ませ始めたアンリを、マナが心配そうに宥める。
「大丈夫?アンリ……」
ユーガスは心配というより、若干呆れた様子で意見した。
「よく分かんねーけど、その何とかさんってのに実害でてねーんなら、もっと自分の心配をしとけよ。
用心棒の身にもなれってぇーの」
シャオも加勢してアンリを元気付ける。
「こいつの言う通りだぜアンリ。
彼女には心強い半身もいるんだ。奴らが妙な気を起こしたところで蹴散らしてくれるさ」
アンリは溜め息をつくと、前髪を掻き上げて気持ちを静めた。
「そうだな。どのみちヴィクトールと対峙するなら、彼女を探すより早いか」
そう言ってアンリは懐からあるものを取り出し、テーブルに置いた。
信用度の高いメーカーの、USBフラッシュメモリだ。
「それは?」
「キオラのものだ」
「……?キオラさんのが何でここにある?」
「彼女とは定時連絡の他に、もう一つ約束をしていたんだ。
彼女の身に何かあった時、彼女の代わりにこれを掘り起こして、中身を確認すると」
「掘り起こす……?」
興奮したせいで傷が痛みだしたのか、アンリの顔色は徐々に悪くなっていった。
そこでマナが代表して、USBの概要と入手経路を説明した。
「ヴィノクロフにある公園だよ。そこの決められたポイントに、キオラさんはこれを埋めておいたんだって。いざって時、アンリの役に立つからって。
でもアンリはこの怪我だから、ボクが代わりに探しに行ったんだ」
ここで一同が集まる前、マナは一人ヴィノクロフに立ち寄っていた。
他のメンバーは皆手負い、同じく無傷のジュリアンは容姿が目立ち過ぎるからという理由で同行できなかった。
アンリから教えてもらった指定ポイントは、公園の外れにある花壇付近。
土の中を深く掘り起こしてみると、厳重な包みに封入されたUSBを発見した。
それをマナは密かに持ち帰り、こうしてアンリの手元に渡ったわけだ。
「中には何が入ってるんだ?」
「まだ確かめてない」
USBが手に入ったのは昨夜だが、アンリとミリィは後日落ち合う予定にあった。
どうせ共有するなら全員で確認しようと思い、アンリは中身を開けないままにしておいたのである。
「この話をした時、キオラは"鍵"だと言っていた。
使い方次第では"武器"になるとも」
「奴らの情報が入ってるってことか?」
「恐らくはな」
仮に研究所のデータが保存されているとして、そんな秘匿性の高いものを何故キオラが個人的に所有していたのか。
本人に確認がとれない以上、委細は不明。
一つ言えるのは、これの存在を知っているのは恐らく、アンリとキオラの二人だけだということ。
「じゃあさっさと確かめようぜ。キオラさんの足取りを掴むヒントになるかもしれないし───」
ミリィは東間とアイコンタクトをして身を乗り出した。
同時にアンリも身を乗り出したが、こちらは不可抗力。
立ち上がろうとしたのではなく、前のめりに崩れ落ちただけだった。
「アンリさん!」
隣に座っていたリンチが慌ててアンリを支え、マナとタイタスも側に近寄っていく。
「すまん。大丈夫、少し目眩がしただけだ」
リンチとマナに体を起こしてもらったアンリは、息も絶え絶えながら平気を装った。
だが顔色は蒼白で、額や首筋には脂汗が滲んでいる。
「目眩どころじゃないでしょ、顔色ひどいよ」
「すぐに治まる」
マナはアンリの額の汗を指で拭ってやった。
アンリは尚も虚勢を張ろうとし、徹底しきれず生唾を飲み込んだ。
「いえ、この汗は尋常じゃありません。脈拍も乱れています」
リンチはアンリの手首に触れて脈を計り、見かけ以上にアンリの容態が悪いことを診断した。
「傷口が開いた可能性もありますし、これ以上の話し合いは控えた方が良いと思います」
「わ───、かり、ました……」
ミリィは了解し、呆然とその場に立ち尽くした。
「ソファーの方へ移動させます。そっち支えてくれ」
「ああ」
リンチとタイタスが手分けしてアンリの体を運ぶ。
シャオは急いでソファーから退き、介抱の邪魔にならないよう脇へ移動した。
リンチとタイタスはアンリをソファーに寝かせると、シャツの前を開いて傷の具合を調べた。
「傷は開いてませんね」
「あ……、タオルとか持ってきた方がいいですか」
「お願いします」
「ついでに洗面器頼む。俺水持ってくるから」
「わかった」
マナが機転を利かせてバスルームに走り、シャオはダイニングへと走った。
さすが付き合いが長いだけあり、慌ただしい中でも二人は阿吽の呼吸だ。
「何かお手伝い出来ることはありますか?」
「いえ、大丈夫です。
怪我の方は異常なさそうなので、しばらく安静にすれば落ち着くでしょう」
ウルガノはタイタスに尋ねたが、ミリィ達に出来ることは特になさそうだった。
「お開きなら、カップは下げてしまいますね」
「あ、わたしもやります」
チェスラフは空気を読み、マグカップの片付けを始めた。
朔もチェスラフを手伝い、トレーに纏めたカップをダイニングへと運んだ。
二人で洗い物も済ませるようだ。
「そっちだって皆病み上がりなんでしょー?
ここはオレ達が看てるから、もう休んでいーよ。共倒れとかなったらシャレなんないしね」
ティッシュでアンリの汗を拭ってやりながら、ユーガスはミリィ達に言った。
怪我の度合いはミリィ達も変わらないので、休める時に休める者が休んでおく、は道理である。
「行こうミリィ。彼の言う通りだ」
トーリがミリィの肩を叩く。
「でも────」
「今夜はこちらが先に休ませてもらって、明日早く活動しよう。交代交代でやらないと、僕らだって危ない」
トーリも勿論アンリを心配しているが、それ以上にミリィを心配していた。
ウルガノや東間だって、まだ完全に傷が塞がったわけではない。
少し冷たいかもしれないが、人の身を案じる前に、まずは自分が万全であるべきなのだ。
「そうしよう、ミリィ。データの解析なら直ぐ出来る。
話し合いも作戦会議も、続きは明日だ」
東間も立ち上がる。
パソコン関係は東間が最も詳しいので、USBの解析も東間がやることになりそうだ。
「………わかった」
ミリィは置きっぱなしだったUSBを手に取り、アンリに近付いていった。
「これ、明日までオレが預かるから」
「ああ……。悪い」
ミリィはUSBをアンリに見せてから懐に仕舞った。
アンリはぼやけた視界の中でミリィを見詰めた。
「後、お願いします」
「はい。任せてください」
シャオとマナが必要の道具を抱えて戻ってくる。
ミリィはリンチ達にアンリの介抱を任せ、最後にアンリに一言告げた。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
弱々しい声で、それでも精一杯気丈夫にアンリは返した。
ミリィはシャオ達と入れ違いでロビーを後にし、トーリ達と共に二階へ上がっていった。
「USBミリィがそのまま持ってて。失くしたら困るし」
「ああ」
「ジュリアンさん達にも知らせてあげないとね。三階だっけ?」
「ああ」
「大丈夫ですよミリィ。安静にすれば良くなると仰ってましたし、明日気合いを入れ直しましょう」
「ああ」
トーリ達が何と話し掛けても、ミリィは生返事だった。
話の内容はちゃんと聞こえているが、今はアンリのことで頭がいっぱいなのだ。
「(おやすみなんて、初めて言ったな)」
出会って半年。
運命共同体と言っていい関係なのに、アンリとは就寝の挨拶さえ碌にしてこなかったことに、ミリィは初めて気が付いた。
『Please take charge of this key.』




