Episode50-5:最後の晩餐
「彼女って、キオラさんのことだよな?
オレらは前に会ったきりだけど、今どうしてんの?何かあったとか?」
ミリィは単刀直入にアンリを問い詰めた。
アンリはぴくりと肩を揺らし、シャオとマナは目を丸めた。
「さすが弟。鋭いな」
「鋭いも何も、普通に変だろ。こんだけでかい騒ぎになって、関係者全員戦々恐々としてる中で、キオラさんだけ所在分からないまんま。
何なら今ここに集まっててもおかしくないのに、アンリはキオラさんの話題すら出そうとしない」
ブラックモアの件もハクの件も、キオラは直接は関わっていない。
しかし全ての鍵を握るという意味では、むしろ中心人物だ。
彼女の身の安全を守るためにも、彼女の身辺で動きがなかったか情報を共有するためにも、ここに同席してもらうべきである。
元々は別の場所にいたチェスラフ、途中から行動を共にしているユーガスの存在があるように。
なのにキオラだけいない。
今現在どこにいるのかも分からない。
ミリィ達が知らないのはまだしも、最も密に繋がっているはずのアンリから通達さえない。
本当に変わりなく、彼女の方は大事ないので、取り立てて話をする必要がない。
にしては、どこか様子がおかしい。空気が重い。
この胸騒ぎが杞憂なら良い。
でも、もしそうでないのなら。
ミリィの見通しが当たっていることを知っているのは、アンリ一行のメンバーと当人だけ。
「実際なにがあったんだとしても、訳を話してくれないことには意見も協力もできない。
教えろよ、なんでキオラさんの話をしないのか」
一方的にならないよう、出来るだけアンリに寄り添う姿勢をミリィは心掛けた。
アンリは隠していたわけではないものの、観念した重い声で切り出した。
「俺とキオラは、ある約束事をしていた。日々のルーティーンと言ってもいい。
毎日欠かさず、5時間に一度は安否確認のメールを送受信すること。
もしそれが途絶えた時は、どちらかの身に不測の事態が起きたと知らせるために」
「起きたのか、不測の事態」
「俺達が蓮寧に接触する前までは、確かに彼女の行動を追えていた。
だが、そこから一切音信が不通になった。気付いたのは、ライナス氏の別荘に身を寄せて暫く経った頃だった。
俺は直ぐに催促のメールを送ったが、返事はなかった。
その後も、いくら待っても、電話に変えても、メールも電話も何もなかった。今日で三日目になる」
メトロポリス・ジュエルリゾートでの銃撃戦後、ライナスの別荘へ避難して漸くアンリは気付いた。
前回から既に5時間以上経過しているのに、キオラからの定時連絡が来ていないと。
アンリは直ちに返信を催促するメールを送ったが、反応はなかった。
電話を掛けてみても、一度も繋がらなかった。
単に応答できない状況というより、あちらの端末に電源が入っていないようだった。
端末が損壊または紛失した場合であれば、他の媒体を使ってコンタクトをとればいい話である。
つまりキオラから一切の音信が途絶えたのは、機器や電波に不具合が生じたためではない。
キオラ自身に何らかの問題が発生したと考えるのが自然だ。
だが、この状況下でキオラを探しには行けない。
キオラの方からモーションを起こしてくれない限り、アンリは彼女の無事を確かめられないのだ。
「三日……。
よく、───よく、落ち着いてられんな、あんたが」
思っていたより深刻な事態に、ミリィはつい本音を漏らした。
アンリが手を抜いているから進展しないだけでは、と咎めているのではない。
アンリのことだから、きっとあの手この手でキオラの消息を探っているはず。
にも関わらず殆ど手掛かりの掴めない進捗を、他でもないアンリがよく受け入れているものだ、という意味だ。
「落ち着いてるように見えるかい?」
「え……?」
「シャオ」
シャオが横から水を差し、先を言わせまいとアンリが制止する。
シャオはアンリを手の動きで抑え、本人の心境を暴露した。
「落ち着いてるように見えるのは、今日が"三日目"で"君の前"だからだ。
キオラちゃんに何かあったかもと気付いた時は、自分一人でも探しに出ようとするくらい狼狽してたんだよ。歩くのもやっとなくらいボロボロだったってのにさ。なあ?」
「そう、ですね……。心痛はお察ししますが、あの最中に、このお体でとなると……。
お止めしないわけには、いきませんでした」
シャオが同意を求めると、リンチは申し訳なさそうに頷いた。
当時は彼らも含め、全員がかりでアンリの暴走を防いだ。
そうでもしないとアンリは、我を失ったまま単身で敵地に乗り込み兼ねなかった。
「悪かったよ、あの時は。皆に迷惑をかけた」
弟の前で痛いところを突かれ、アンリは後ろめたそうに項を摩った。
ミリィは密かに納得した。
先程アンリが残念がっていたのは、朔とチェスラフが通じ合っていたから。
ならば同族のキオラとも共鳴し、彼女の居場所を感じ取ったりしてくれないかと期待したのだろう。
残念ながら、そこまで都合の良い第六感は、朔にもチェスラフにも備わっていなかったが。
「でも、おかげで大分落ち着いた。頭も正常に働くようになったよ」
「いいのか?キオラさんは見付かってないままなんだろ?」
「ああ。彼女と縁ある各所を洗ってみたが、全て空振りだった。
少なくともヴィノクロフでは三日間、目撃されていない」
関係各所というのは、キオラのアルバイト先や行き付けの飲食店等のことである。
その中には当然ヘイズやヨダカの存在も含まれているが、キオラの両親は除外している。
フェリックス側である彼らは事情を知っていても話してくれないだろうし、迂闊に接触を図れば逆にこちらの動きを知られてしまうからだ。
「となれば、候補は最早一つしかない」
「キングスコートか」
「そうだ」
元々内気なうえ病気持ちだったキオラは、半生の殆どを地元で過ごした。
州を跨ぐほどの外出といえば、キングスコートの病院へ治療に赴く程度だった。
地元のヴィノクロフと、キングスコートの限られたエリア。
思い当たる内の前者は、虱潰しに当たっても見付からなかった。
ならば、残された可能性は。
「キオラが奴らの手に渡ったんだとすれば辻褄が合う。
拉致の手段や意図はどうあれ、命じたのは十中八九ヴィクトールだろう」
「じゃキオラさんは今ヴィクトールと一緒ってことか?
それってヤバいんじゃ────」
「いや、なまじ下っ端が預かるよりは、ヴィクトールの元にいた方がキオラは安全だ」
「そう言える根拠は?」
「ヴィクトールは俺に対しては凶悪だが、キオラには人間らしさを見せる男だからだ。
例の生体実験も、ヴィクトールの意向で再開していないと聞く。守ってきた相手を自分で傷付けることはしないはずだ」
ヴィクトールがキオラを盲愛しているのは公然の事実。
目的のためなら殺人も厭わないヴィクトールが、唯一庇護すべき対象としているのがキオラだ。
他の誰を殺しても、キオラだけは絶対に傷付けないはず。
その一点に於いては、アンリはヴィクトールを認め、信用さえしていた。
「でも、ヴィクトールはもともと────」
ミリィが言いかけたところで、アンリは食い気味に被せた。
「殺人犯、だろ?」
ヴィクトールに殺人の前科がある旨は、事前にミリィがメールで伝えた。
ミリィ達がバシュレー家別邸、アンリ達がライナスの別荘にいた頃だ。
この時のアンリは妙に物分かりが良く、ミリィは一抹の不審感を覚えた。
今や敵対する相手とはいえ、仮にも幼馴染みの正体が犯罪者と知って驚かないのは変だと。
「言ったろ、あいつはキオラに対してのみ人間でいる男だと。
その正体が何であれ、キオラへの接し方は変わらないさ」
「だからって……、殺人だぞ?人を殺してるんだぞ?それも同じ年頃のクラスメイトを────」
「年頃も肩書も関係ない。あいつにとってはキオラ以外、視界を霞める塵のようなものだ。
塵を払うのに心を痛めるやつなんていないだろ」
ヴィクトールの話題になると、アンリは急に頑なな論調になった。
聞き方によっては、ヴィクトールの異常性を擁護しているとも受け取れる。
心神喪失による減刑、もしくは無罪のように。
「むしろ俺は得心がいったよ。
ずっと薄気味の悪いやつだと思っちゃいたが、まさか本当に犯罪者だったとは恐れ入った。
10年越しの答え合わせをした気分だ」
「いいのかよ、本当に」
「なにがだ?逆にやり易くなっただろ」
アンリの眼光がギラギラと滾る。
「前科があるなら大義名分共に罪人だ。容赦する必要がなくなった分、心置きなく破滅させてやる」
ミリィにヴィクトールを庇う気はない。
いかな事情があれ、彼の行いは許されざること。
相対したなら戦うし、刺し違えても構わない覚悟だ。
けれどアンリは。アンリにとっては、敵である前に幼馴染みだ。
関係は悪くとも、共に過ごした時間の長さは変わらない。
同じ女性を愛する者として、感じる部分も少なくないはず。
なのにアンリはヴィクトールへの殺意を強めるばかり。
自分の側に正義があり、ヴィクトールが絶対悪だと決め付けている。
悪人がなぜ悪なのか。
どうしてヴィクトールは人道に反する生き方を選んでしまったのか。
そのルーツに、彼のパーソナルに全くと言っていいほど関心を持っていない。
関心はあっても、改心させたい意欲がない。
キオラを奪われた怒りに心が支配され、キオラを奪った男としてしかヴィクトールを見ていない。
「(落ち着いているように見える、か)」
アンリは自分の兄で、数少ない味方の一人で、人として尊敬しているし好いている。
だから信用できるし頼れるし、アンリが言うなら、自分の所感よりもそちらの方が正しいのではと、まず思う。
だが、こればかりは。
ヴィクトールを打倒すべき最終目標とするのは同意しても、今のアンリの偏った思考には賛同し兼ねる。
ミリィがアンリに初めて抱いた違和感は、少し前からシャオ達が感じているものと同じだった。




