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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
302/326

Episode50:最後の晩餐



11月21日。

この日、シグリム全域に渡って、あるニュースが発表された。

先日に起きたブラックモアでの銃撃事件、並びにガオのカジノリゾートが狙われた襲撃事件。

その犯人とされるテログループの身元が、ようやく判明したという。


構成員の大半は未だ不明としながらも、首謀者と断定された人物は以下の四名。

トリスタン・ルエーガー。

バルド・デ・ルカ。

ウルガノ・ロマネンコ。

ヴァン・カレン。


そう。ミリィ一行のメンバーが軒並み、槍玉に挙げられてしまったのだ。

リーダーのミリィ、参謀の東間が免れた理由は恐らく、二人には周知の後ろ盾が付いていたから。

ミリィにはシャノン、東間には黒川と、それぞれ無実を裏付ける証人がいたからと思われる。


しかし、前述の四名には直接の味方がいない。

トーリとバルドは身内を失ったばかりで、捨て鉢に陥ってもおかしくない背景がある。

ウルガノとヴァンには傭兵と殺し屋という略歴があり、テロリストに相応しい専門技術と知識がある。


つまりは、トーリとバルドが此度の犯行を計画。

バルド、ウルガノ、ヴァンが実行役として現場に現れた、ということにされてしまったのだ。


こうも大々的に指名手配を掛けられては、シグリム全国民が事実上のスパイのようなもの。

いつ何処に誰の目があるか知れない以上、ミリィ達は外を出歩けないどころか、肝心の後ろ盾も容易には頼れなくなった。


ならば彼らは、目下どこに身を寄せれば良いのか。

何故か矛先の向かなかったアンリ達は、ニュースを知って直ぐミリィ達の安否を確認した。


するとミリィから、ある場所に避難していて無事である、との返答があった。

アンリ一行はミリィ一行と落ち合うため、彼らの滞在先に至急向かったのだった。




**


PM7:40。

キングスコート州、ダックワース地区。

ここは繁華街から少し外れた農業地域で、所謂ベッドタウンとしても知られているエリアである。

そこの一角に建てられた大きな建物を目指し、アンリとシャオは人知れず足を延ばしていた。



「───ここ?」


「ああ」



シャオが尋ね、アンリが肯定する。



「まさかこんな形で帰ってくることになるとはな」



どこか忌まわしげに、同時に感慨深げに、アンリは建物を見上げた。


長閑な田園風景に似つかわしくないボルドーの外壁が目を引く、三階建ての一軒家。

ゲストハウスとしても利用可能な此処は、アンリの所有する物件の一つ。

元々はフェリックスの資産であったのを、彼の没後にアンリが譲り受けたものである。


生前フェリックスには、国内外問わず多くの拠点があった。

内の殆どは売却か寄付を経て一般市民に明け渡されたが、ここだけはアンリの手に委ねられた。

というのも、ヴィクトールから半ば強引に押し付けられてしまったのだ。


実の子息を差し置いて、自分だけが彼の人の遺産を独り占めするわけにはいかないと。

こうして、ヴィクトールにはキングスコート家の本邸が。

アンリにはこのゲストハウスが、各々分配されたのである。


学生時代に母と暮らしたヴィノクロフの家も含めれば、アンリは二つ持ち家を所持していることになる。

人手を借りるのが難しくなった現状に於いて、身内だけで賄えるセーフティーポイントがあるのは大きい。



「マナ達は?」


「滞りなければ10分後に」


「よし」



シャオと短く言葉を交わしてから、アンリはゲストハウスの玄関扉を二回、二回、一回の順にノックした。

少しの間を置いて扉が開くと、中からミリィが顔を出した。



「お前───、髪……」



数日ぶりに対面するミリィを前にして、アンリとシャオは目を丸めた。

何故なら、ミリィの代名詞とも言える赤い髪が、真っ黒に変色していたからだ。



「ああ……。染めたんだ、昨日」



髪型はそのままに色だけ染めたらしい。

この最中に美容室に行くわけにはいかないので、市販の染料を使って、自分の手で。


もともと童顔のミリィだが、黒髪にすると余計に幼く見え、まるでハイスクールの学生のよう。

くすんだ肌色に、くたびれた肩、誰も彼も敵と言わんばかりの鋭い目付きを除けば。



「とりあえず入って」


「そう、だな」



周囲を警戒しつつ、ミリィはアンリ達を迎え入れた。

アンリはミリィの体調を含め心配していたが、いざ本人に会うと上手く声を掛けられなかった。



「他の面子は?」


「すぐ来る」



ミリィの指摘した通り、マナ達他数名が不在である理由は、万一の事態を避けるため。

今の今まで人の寄り付かなかった場所に突然大所帯で押しかけては、悪目立ちして余計なトラブルを招き兼ねない。

どちらにせよ長居は出来ないだろうが、せめて出入りだけは少人数に、という配慮である。




「人集めてくる」



一方的に告げると、ミリィはさっさと踵を返して階段を上っていった。

アンリとシャオは全身の雪を軽く手で払ってから、ミリィに続いて屋敷に上がった。



「へーえ。さすが王様の隠れ家。場末のくせに豪奢だこと」



広々としたロビー兼リビング。

吹き抜けの天井に設置されたシャンデリアを仰ぎながら、シャオは皮肉っぽく呟いた。

アンリは玄関扉を施錠し、変装用の帽子とマフラーを脱いだ。



「あの人にとってはこれでも"庶民的"だったんだよ。

設計にどこまで口を出したかは知らんがな」



ロビー奧にはダイニングとバスルーム。

更に奥へ進むと、サンルームとテラスと中庭がある。


ロビー脇の階段を上がると、二階三階に渡って全室ゲストルームとなっている。

部屋数はシングルが12室、ダブルが4室で、計20名の宿泊が可能だ。


しかし、家具や内装が華美である割に、全体的な雰囲気は薄暗く閑散としている。

よく見ると足元には埃が浮いているし、床のワックスも一部塗装が剥げている。


アンリ曰く、業者を手配して定期的にメンテナンスは行うが、頻度は年数回ほど。

暖炉の火が点されるのなんて、権利を譲り受けて以来だという。


やはり、実際に人が住んでこそ、家は息吹を宿すというもの。

誰も寄り付かない建物に温かみがしないのは必然なのだ。




「───アンリさん、シャオライさん」



ダイニングの方から二人の人物がアンリ達に歩み寄ってくる。

背の高い影はウルガノ、低い影は朔だった。



「驚いたな、君もか」



ウルガノの異変に気付いたアンリは、先程と似た反応をした。

ミリィだけでなく、ウルガノまでもが黒髪になっていたからだ。



「ええ。付け焼き刃ですが、目くらまし程度にはなるかと」



ウルガノと朔がアンリ達の前で足を止める。



「なにせ指名手配犯ですから」



ウルガノの隣に並んだ朔は、少し寂しそうにウルガノの横顔を見上げた。

彼女の美しい金髪が好きだったから、名残惜しさを感じるのか。

彼女の手足の節々に巻かれた包帯を、痛々しく思っているのか。

いずれにせよ、自分の存在が皆の足を引っ張っている、という罪悪感が根底にあるようだ。


それに気付いてか、ウルガノは朔の頭を優しく撫でた。




「ということは、他の皆も……」


「ええ。バルドさん以外は」


「なるほど。あの人には必要なさそうだものな」


「ですね。……そういえば、他の皆さんは?」


「大丈夫。後で来るよ」


「分かりました」



にこやかに挨拶を交わすアンリとウルガノ。

表面的には平素通りだが、双方共に不惜身命の修羅場を乗り越えたばかり。

言動には出さないだけで、心中では互いの粉骨を讃え、健康を案じている。



「道中は如何でした?なにかトラブルは」


「いや、今のところは。

大通りの方は結構ざわついていたようだけど、堂々としていれば怪しまれない。我々はね」


「そうですか。ともあれ皆さん御無事で良かったです。

このゲストハウスも……。ここがあったおかげで、大変助かりました。ありがとうございます」



ウルガノが感謝を込めてアンリに一礼すると、朔も倣ってお辞儀した。

アンリは"お安い御用"だと微笑んだ。



「お食事の方はもうお済みですか?」


「いや、昼に軽食を挟んだきりだ」


「でしたら丁度良かった。そろそろ見えられる頃と思って、ささやかですがお食事を用意したんです」



朔もうんうんと頷く。

二人とも髪を結っているのは、作業の邪魔になるからだったようだ。



「それって私達の分もあるのかい?」


「もちろんです。食材は限られますが、最高のシェフが腕を振るってくれましたので。きっと口に合うはずですよ」


「ヤッター、お腹ペコペコ~」



喜ぶシャオの隣で、アンリは一瞬怪訝な表情を浮かべた。


"最高のシェフが腕を振るってくれた"。

ウルガノの言う最高のシェフとは一体誰なのか。

ウルガノが特別料理上手とは聞いていないし、もしそうだったとしても彼女は自画自賛するタイプではない。

強いて思い当たる人物を挙げるとするならミリィだが、あの様子からして調理中だったとは思えない。


然したる問題でなし、わざわざ確認を取るまでもないのだけど。

何か自分の与り知らぬ出来事が起きている予感がして、アンリは落ち着かなかった。



「では、すぐお持ちしますので」


「なにか手伝うことは?」


「お気持ちだけ。手は足りていますから。

───朔。お二人をリビングに通して頂けますか?」


「あ、はい……」



ウルガノは去り際に会釈をしてから、ダイニングの方へ戻っていった。

指示を残された朔は、アンリ達に怖ず怖ずと視線を合わせた。



「えっと……。こっち、です」



不規則な足運びから、朔の緊張が伝わってくる。

アンリとシャオは朔の歩調に合わせ、彼女の後ろをゆっくり付いていった。



「ここ、好きなとこ、座ってください」



リビングには大きなセンターテーブルが二つと、それを囲うように種類の違うソファーや椅子が何脚か並べられていた。

大人数が集まることを想定して、ロビーに置いてあった椅子もこちらに持ってきたようだ。



「(まるで最後の晩餐だな)」



間に合わせのリビングの風景を見て、アンリは具体的な既視感を覚えた。



「これじゃあまるでダヴィンチの何とかだね。アハハ縁起でもない」



直後にシャオが全く同じ感想を述べたので、アンリは小さく笑ってしまった。



「あ、コート入れるやつ、持ってきます」



アンリ達を席に通した朔は、他の仕事に取り掛かるべくバスルームへ走った。

すると朔と入れ違いで、ウルガノが料理の器を手にリビングへやって来た。

彼女の後ろにも器を持った人物が続いており、その人物こそ先に話題に上がったシェフであった。



「君は────」



アンリのコートを脱ぐ手が止まる。

件のシェフはラザニアの大皿を手にしたまま、アンリ達に一礼した。



「ご無沙汰しております。

この度は事前に連絡を差し上げられず、申し訳ございません」



丁寧な口調で断った彼は、チェスラフ・マジーク。

今夜の食事の殆どを用意した臨時シェフであり、普段はシャノンの専属執事として仕えている青年。

通称、ヘイリー・マグワイアである。



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