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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
300/326

Episode49-2:ビター



「何をどこまで、か。

その問いに一言で返すなら、"全部"と答えておこうか」


「………。」


「嘘じゃあないよ?

厳密に言うなら、"大筋"は大体知っている。恐らくは君よりもね」



ヴィクトールの眼差しが鋭くなる。



「戻ってるんだろう?記憶。

でなきゃ君は、そんな目で俺を見ない」



マグカップを持つキオラの手が強張る。

掌に触れる熱とは反比例するように、彼女の骨身は芯から凍えていくようだった。



「どういうつもりなの。なにが目的」


「つれないなあ。友人を招くのに理由がいるかい?」


「はぐらかさないで。端を発して見せたのはそっちでしょう」


「そういえばそうだったね」



ヴィクトールはコーヒーをもう一口飲むと、視線を手元に落とした。



「強いて言うなら、一対一で腹を割って話がしたかったから、かな」


「どんな話?」


「他愛もない話さ。アンリ君ばかりじゃなく、俺にも構ってほしかっただけ。

こうして膝を突き合わせるのも、今度が最後になるかもしれないしね」


「………どういうこと」



カウンターに頬杖を着き、ヴィクトールはキオラに微笑みかけた。



「彼ら、もう俺の足元まで迫って来てるんだろう?」


「!」


「直接対決は時間の問題。君の綺麗な顔も、俺にとってはこれが見納めになるかもしれない。

だったら是が非でも会っておきたいと思うのが道理だろう?」



未来を予知しているかのようなヴィクトールの口ぶりは、キオラの不安を一層煽った。



「みんなをどうするつもり」


「みんなを、じゃなくアンリ君を、だろ」


「どっちでもいいよ。直接対決ってなんなの。なにをするの」


「そんなことを聞いてどうする?」


「聞かない方がおかしいでしょう。

内容によっては止めるよ」


「どちらを?」


「貴方を」


「結局はアンリ君贔屓か。妬けるなあ」



マグカップの縁を指先でなぞりながら、ヴィクトールは残念そうに肩を落とした。



「一体どうしたっていうの?

フェリックス先生はもういない。貴方を縛るものはなくなったはずでしょう?

貴方は貴方の人生を生きていいんだよ」


「生きてるさ。俺にしか歩けない人生を。

先生の言い付けを尊重しているのも本当だけど、何に重きを置くかを決めたのは俺自身だ。

俺がそうしたいからしているんだよ」



キオラの心境が、"信じられない"から"信じたくない"に変わっていく。



「ぜんぶ、貴方が仕組んだの?公にされてない事件や現象も全て」


「大体は」


「花藍さんも?」


「誰のことだ?」


「倉杜花藍さんだよ。プリムローズで殺害された」


「ああ彼女か。あれは俺じゃないよ」



ヴィクトールの爪がマグカップの側面を弾くと、キンと高い音が鳴った。



「俺ならもっと上手くやる」



アンリ達に関わる事件は大体自分が仕組んだと言いながら、倉杜花藍殺害を指揮したのは自分ではないという。

ここまで来て今更保身に走るとも思えないので、ヴィクトールに花藍を殺める意図がなかったのは事実なのだろう。


ならば一体誰が。

ヴィクトールが最終的な親玉であるにせよ、先の発言で黒幕は一人でないことが示唆された。



「唇まで真っ青だ。そんなに俺に幻滅したかい?」



半分からかうように、半分傷付いたように、ヴィクトールは眉を下げた。


覚悟はしていたとはいえ、まさかこうも容易く自らの業を白状するなんて。

サリヴァンJrや蓮寧も含め、彼らは言い訳をするつもりがないのか。

言い訳も無用なほど窮地に追い込まれていて、半ば自暴自棄になっているのか。


あまりの予想外の連続に、キオは混乱で目眩がしそうだった。



「(この流れでいけば多分、ヴィクトールは私の問いに何でも答えてくれる。

でももし、全部知ってるという先の発言が嘘だったら。私が追求した分だけ、こちらの手札を明かすことに成り兼ねない)」



自らの半身と、その半身に閉ざされていた記憶が、キオラの脳内で断片的に蘇る。


ヴィクトールのサポートを受けて成り立っていたという、プロジェクト関係者を標的とした連続殺人。

詳しい話を聞くなら今こそ機会だが、罪悪感と責任感がキオラの迷いを助長させた。



「(アンリ達も私も、もう後戻りが利かないところまで来ているんだ)」



ヴィクトールは何に、どこまで関係しているのか。

いつまで、何を続けるつもりなのか。

全て知りたい。余さず教えてほしい。


けれど自分が下手な言動をしたら、アンリ達の道行きに暗雲を齎すかもしれない。

探究心はヴィクトールに爪を立てろと言い、防衛本能はヴィクトールから爪を隠せと囁く。



「(ここで判断を間違えられない)」



どう受け答えするのが正解なのか分からない。

ただ一つ確かなのは、直に不義を語る姿を目の当たりにしても、キオラはヴィクトールを嫌いにはなれないということだった。




「私は貴方を古くから知ってる。

色んな意味で守られてきたし、助けてもらったこと。覚えてるし教わった。私が忘れてしまったことも、私の半身が教えてくれた」


「………それで?」



カウンターの上でキオラは両手を固く握り拳にした。



「なのに、どうして、そんな人間離れしたことをするの。できるの。

私には、私達にはあんな、優しくしてくれたのに。

どうして私以外の人のことは、殺生さえ軽率に語ってしまうの」



ヴィクトールが沈黙する。

その目には、愛する女性の俯く横顔が映っている。

その耳には、飛びそうに張り詰めた声が揺れている。


今、彼女の心を乱しているのは自分だ。

たとえ敵意でも不本意でも、自分に対して感情的になっているキオラを、ヴィクトールは純粋に美しいと感じた。



「ねえヴィクトール」



キオラがヴィクトールの方を向く。

涙は伝っていないが、彼女の虹彩は今にも泣き出しそうな漣を立てていた。



「貴方は、本当は誰なの?

優しくて頼りになるお兄さんだと思ってた私は、愚かだったの?」



ヴィクトールの咬筋がぴくりと軋む。

余裕綽々だったポーカーフェースに亀裂が入る。



「貴方が何を考えてるのか、本当はどうしたいのか分からない。

教えてくれないなら、私は貴方を信じられない」



勘違いであってほしかった。

巻き込まれているだけ、従わされているだけなんだと。

悪いのはあくまでフェリックスで、ヴィクトールは彼の命令に強いられているだけなんだと思いたかった。


あんなに優しかったのに。

何度も救ってくれたのに。

その厚情も慈悲も、自分にしか向けられていなかったなんて。

彼自身の美徳でなかったなんて。


認めたくなかった。

昔と変わらず、良い兄代わりでいてほしかった。慕わせていてほしかった。

敵対なんてしたくなかった。


でも。



「(どちらかしか選べないというのなら)」



キオラの中で咲き続けていたヴィクトールとの美しい思い出が、一枚一枚と花弁を散らしていく。

ヴィクトールとアンリ、双方を掛けた天秤の均衡が崩れる。

傾くのは、いつだって。



「貴方がアンリを傷付けるつもりなら、私は貴方を────」



キオラが途中まで言いかけたところで、部屋のインターホンが鳴った。

誰か予定にない来客があったらしい。

ヴィクトールは一つ溜め息を吐き、煩わしそうに席を立った。



「急用かもしれない。悪いが少し待っていてくれ」



そう言うとヴィクトールは重い足取りで玄関へ向かった。

居留守を使うことだって出来たのにそうしなかったのは、気まずい空気を一度リセットしたかったからかもしれない。



「───……っ」



ヴィクトールの気配が遠ざかってから、キオラは蹲まって膝を抱えた。


キオラが最も愛しているのはアンリだが、大切なのはヴィクトールも同じ。

キオラにとっては両者とも掛け替えのない存在で、優劣はつけられないのだ。


そんな相手が実は非人間だったかもしれないなど、俄に受け入れられるものではない。

自分に害がないなら良い、などというエゴイズムを肯定できるほどキオラは木石でもない。


どうすればヴィクトールは改心してくれるのか。

償う気持ちさえ持ってくれれば、贖罪の機会は与えられないか。

御都合主義な妄想がキオラの無意識に芽吹き、伸びた枝葉が酷い自己嫌悪となって、キオラの胸に網を拡げていく。




「(ヴィクトールの心中は読めない。ただ、立ち位置はどうあれ彼は単独じゃない。

もし彼と同等の力を持つ仲間が他にいるなら、ヴィクトール一人を懐柔するだけじゃ駄目だ)」



ヴィクトールの処遇は一先ず置くとして、如何にしてアンリ達を守るかをキオラは考えた。



「(どうする。どうする)」



懐からこっそりスマホを取り出したキオラは、アンリの連絡先を再び表示させた。

だが既の所で踏ん切りを付けられず、己の甘さと弱さにキオラは上唇を噛んだ。



「(アンリにだけ通じそうな暗号でも講じるか?いや、通信した時点でアウトなら却って危険に晒すだけだ。

いっそ物理的にヴィクトールの身柄を拘束して、彼が動けない内にアンリと───)」


「こんな時まで彼の心配?」



ふと降りてきたヴィクトールの声に、キオラは脊髄反射で頭上を仰いだ。

真後ろに立っていたヴィクトールは、垂直にキオラの顔を見下ろしていた。

空虚を張り付けたような無表情で。



「(いつの間に───!)」



常人より感覚の鋭いキオラが注意を切らさなかった中で、ヴィクトールは音もなく彼女の背後を取った。

息遣いどころか気配すら感じさずに現れるなんて、まるで瞬間移動の体現である。



「言ったろう。彼にばかり構わないでほしいと」



ヴィクトールがキオラの手からスマホを奪い取る。

キオラは直ぐに奪い返そうとしたが、ヴィクトールが身を翻すのが早かった。



「"おはよう"。

"昨夜はよく眠れたかい"。

"俺はあまり休めなかった気がするよ"。

"考え事も程々にするべきだね"。」



アンリから送られてきた過去のメッセージを音読しながら、ヴィクトールは楽しそうに部屋中を歩き回った。

ヴィクトールの突飛な行動にキオラは目を見張ってしまい、その場から動けなかった。



「"明日は件の会食だ"。

"入念な作戦を講じて行くつもりだが、もしものこともあるかもしれない"。

"君が迷惑でなければ、今から少し声を聞けないか"。

───アハハッ、童貞丸出しの口説き文句だなあ。このあと君はどんな熱烈な言葉を贈られたんだい?」



馬鹿にした高い声でヴィクトールは笑った。

かっと頭に血が昇ったキオラは立ち上がり、もう一度スマホを奪い返そうとヴィクトールに詰め寄っていった。


するとヴィクトールは顔色を変え、伸ばされたキオラの手を捕まえた。

そのままヴィクトールは彼女を力づくで引き回し、ベッドの上に押し倒した。


揉み合いになったとはいえ、普通の男性に普通に組み敷かれてしまうなど、キオラにとってはあるまじき失態だった。



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