Episode05:共犯者
10月2日。約束の日。
現在ミリィ達は、フィグリムニクス中部に位置するロードナイト州に身を寄せている。
世界各国の優秀な知恵者が寄り集まって成立した、ブレーンの街だ。
良く言えば天才、悪く言えば変人。
ロードナイトに籍を置く者の殆どは、ある分野に於いて図抜けた才能を持つとされている。
住人達の強烈な個性が、街一番の特色と言ってもいい。
しかしそれ以上に、事情を知らずに訪れた観光客から驚かれる点が一つある。
娯楽目的の店や施設など、いわゆる若者向けの遊び場が数えるほどしか存在しないことだ。
ロードナイトが全土を上げて掲げている信条は、学び、生み出し、新たな発見をすること。
勤勉な住人達にとっては、自らの知性を高めるプロセスこそ最上の喜び。
必要以上の娯楽は無駄でしかないというわけだ。
選ばれたエリート達が暮らす街。
国内で最も観光に適さず、最も永住試験が厳しく、最も即物的な思考を持つ者達の巣窟。
外野からは何時しか、畏敬と風刺の念を込めてそう揶揄されるようになった。
カルチャーの重要さを根気強く訴え続ける猛者でも現れない限り、この在り方は半永久的に変わらないだろう。
そして本日。
何故そのような街が兄弟再会の場に選ばれたかというと、ミリィの兄であるアンリが指定したからだった。
観光客が少ないというのは、すなわち余所者が少ないということでもある。
加えてロードナイトの民は、基本的に自らの損益しか頭にない。
たとえミリィ達のような目立つ集団が往来を歩いていても、然して気に留めないのだ。
とどのつまり、木を隠すなら森の中。
訳あって大っぴらには会えないミリィとアンリにとって、ロードナイトはある意味、二人の密会に最適の舞台と言える。
「────これはまた、いかにもな店を選んでくれたもんだ」
閑静な住宅地にぽつりと佇む、寂れたパブ。
そこの地下スペースへと足を延ばしたミリィ一行は、数人に別れて丸テーブルを囲んだ。
時間帯のせいもあるだろうが、店内は今のところミリィ一行を除いて二人しかいない。
内一人は老人の男性客で、もう一人は此処のマスターだ。
二人は一階のカウンターで談笑に耽っているので、ミリィ達が呼びつけない限り地下には降りて来ないだろう。
まるで貸し切りのような閑散とした有り様だが、ロードナイトの酒場ではよくある現象。
夜が深まれば多少の活気は見られるが、平日の昼間から賑わうことは滅多にないのである。
「そろそろ来るな」
「本当?まだ約束の時間まで10分あるけど」
「きっかり10分前に待ち合わせ場所に来るのがあいつだからな。
ほら見てな、20、19、18、17───」
自分の腕時計に視線を落としたミリィが、おもむろにカウントダウンを始める。
隣に座るトーリとウルガノは口をつぐみ、そっと耳を澄ませた。
間もなく、団体の足音が部屋に近付いてきた。
カツカツと階段を降りる靴音と、ミリィのカウントダウンの声とが、交互に辺りに響き渡る。
「5、4、3、2───」
カウントダウン5秒前。
少しずつ声のボリュームを上げていったミリィは、最後に一際大きな声で"1"と発声した。
同時に靴音が止まり、部屋の扉が開かれた。
「待たせたな。ミーシャ」
現れたのは、ミリィと同じ真っ赤な髪を靡かせた美しい男だった。
全身黒ずくめのツーピーススーツ姿で、女性のように長い襟足は後ろで一纏めにされている。
スラリと長い手足や甘いコロンの香りからは色香が感じられ、一挙一動の仕草からは育ちの良さが垣間見える。
その美貌を一言で言い表すなら、物語の世界から飛び出してきたような、という表現が相応しい。
しかし、実の兄弟という割にアンリとミリィの顔立ちはあまり似ていなかった。
共通しているのは、赤い髪と掴み所のなさそうな雰囲気だけ。
瞳の色が異なる点からしても、両親それぞれの特徴を受け継いだだろうことが窺える。
「久しぶり。思ったより元気そうで良かったよ」
「ああ。まだくたばるわけにはいかないからな。
お前こそ、たくさん友達が出来たみたいで、兄さんは嬉しいぞ」
後ろにぞろぞろと団体を引き連れて、アンリはミリィ達のテーブルへ歩み寄っていった。
ニヒルに笑い合う二人。
ミリィ一行のメンバーは、兄弟の纏う独特なオーラに思わず目を見張った。
**
これで漸く、主要な役者が出揃った。
全員が着席したのを確認したアンリは、自前のワインを各テーブルに一本ずつ配置していった。
この店で予めボトルキープしておいた代物だ。
人数分のグラスと、つまみ程度の軽食。
未成年のメンバーにはノンアルコールドリンクも用意し、残すは芳醇な赤を解放するだけ。
自らも席に就く前に、アンリは改めて一同に挨拶した。
「こんな寂れた場所に集めて申し訳ないが、我々には揃って後ろ暗い事情がある。広間で堂々と宴に興じるわけにもいかない。
酒も適当なもので味気なかろうが、今日のところはこれにて勘弁してほしい」
アンリと同じテーブルに座った黒髪の青年が、わざとらしく鼻にかけた声で笑う。
「適当ね。よく言う。どれも庶民の手には届かない高級品ばかりだというのに」
「問題は、そのものの値打ちより管理の方さ。
高い酒もこんな御座なりな飲み方をすればな」
青年と親しげに会話をしながら、アンリも彼の隣の席に腰を下ろす。
「ま、飲めるなら別に何でもいいけどね。私は」
青年の声にミリィは聞き覚えがあったが、彼の顔と名前は直ぐには一致しなかった。
アンリにも仲間がいることは以前から知っていたが、彼らと直接顔を合わせるのはミリィにとっても初めてだからだ。
「早速だが、まずはお互いの自己紹介からといこうか。どちらが先行する?」
「お先にどーぞ。オレらはそっちが済んでからでいーよ」
「そうか?」
トーリとウルガノのグラスにワインを注ぎながらミリィは促した。
アンリは一同全体を見渡し、黒髪の青年に対して目配せをした。
「ではこちらから」
青年は頷くと、足を組んで微笑んだ。
「私の名前は、シャオライ・オスカリウス。シグリムに拠点を置く、フリーの情報屋だ。
昔は某雑技団の顔だったこともあるけど、今は裏社会に腹まで浸かってて、たまーに恐いオジサン達に命狙われたりしてる。
アンリ君とは利害の一致というか……。話すと長いんだけど、所謂ビジネスライクな付き合いって言えば聞こえが良いかな?まあ詳しいことは後で。
それから────」
青年は一旦区切ると、向かいのテーブルにいるミリィに熱視線を送った。
「基本私はフェミニストな紳士だけど、可愛いコなら男でも歓迎だから。
もしその気があるんだったら、遠慮なく誘いに来てほしいな。───赤毛の金目ちゃん?」
一層笑みを深くした青年は、ミリィにだけウインクをしてみせた。
シャオライ・オスカリウス。
胸下まである艶やかな黒髪、切れ長かつ物憂げな目元。
両耳にあしらわれた複数のピアスが特徴的な、20代半ば程の痩躯な男。
アンリと同じく黒一色の身なりで、長いオーバーコートをきっちりと着込み、首には金のロザリオを下げている。
一見すると牧師のような風貌だが、爬虫類系のキツい顔立ちと怪しさ満点の言動が、真っ当な印象を否定する。
「へえー。実物はこんなだったんだな」
軽食のフィッシュアンドチップスをつまみながら、ミリィは何気なく呟いた。
先程ミリィが彼の声に反応したのは、電話やメールでのやり取りを以前から行っていたため。
ウルガノが行方知れずとなった際の情報を提供してくれたのも実は彼で、互いに随分前から存在は認知していたのだ。
ちなみにシャオライにはバイセクシャルとしての一面もあり、満を持しての対面を果たしたミリィは、そこそこ彼好みのタイプであったらしい。
ミリィ本人は全く動じていないが、間近で傍観していたウルガノとトーリは他人事ながら背筋を粟立たせた。
「こいつは何時もこんな調子で変わり者だが、実力は確かだ。俺が保証する。
あと、しょっちゅう本気か冗談か読めない発言をするから、その時は真に受けず聞き流してくれ」
「なんだよつれないな。私は冗談を言わないぜ?本気の程度が浅いだけで」
「ああそうだな。じゃあ次」
おどけて絡んでくるシャオを慣れた様子であしらったアンリは、続いて自分の左斜め後ろのテーブルに目をやった。
そこに座っているのは、二人の若者。
彼女らは互いに顔を見合わせると、内の一人が頷いて控えめに挙手した。
「マナ・レインウォーター。日系のアメリカ人。歳は今18。
友人を捜してここまで来て、そこの黒い人を介してアンリと知り合った」
黒い人、とシャオの方を示して淡々と語った彼の名は、マナ・レインウォーター。
アジア人らしく黒髪に黒い瞳で、スポーティーな出で立ちをした少年だ。
18という年齢の割に童顔で、小柄な体格と釣り上がった大きな目から、まるで子猫のような印象を受ける。
しかし態度は毅然としていて、年上に囲まれた状況でも臆する気配は一切ない。
海外から渡航してきたこと、無期限通行証所持者であることなど、背景はトーリに近いものがある。
「(日系人……?)」
「(友人を探してってことは、ひょっとしてあの子も……)」
マナの口から出た"日系"というワードには東間が、"友人を捜して"という台詞にはトーリが反応を見せた。
「えっと……。他に言いたいこと、とかは特にないから、質問があるなら後で、聞いて」
手短な挨拶を済ませると、マナは隣にいる女性に目配せをした。
女性は腕を組んだまま、仕方なしといった風に話し始めた。
「名前はジャクリーン。ジャックでいいわ。
あんたらの言う何とかって計画には興味ないけど、今は他に行く当てもないから、とりあえず同行してる。
他人とベタベタするの好きじゃないから、あんまり私には話し掛けないで」
さも面倒臭そうに告げた彼女の名は、ジャクリーン・マルククセラ。20歳。
髪型はオレンジ色のベリーショート。
顔立ちは鋭い三白眼に鷲鼻と、やや怖面。
服装はノースリーブニットにデニムジャケットを羽織り、下はプリーツスカートを着用している。
女性的な佇まいとは裏腹に体つきは筋肉質な方で、軍人のウルガノにも引けを取らない身体的スペックを有する。
初対面のミリィ達に対して警戒心が剥き出しなのは、人とのコミュニケーションが苦手な性格であるせい。
一方、心配そうに声をかけるマナに対しては穏やかに応じている。
取っ付きにくそうな雰囲気ではあるが、見知った仲間には心を開くようだ。
「残すは二人だな」
三名の紹介が済んだところで、再びアンリが口を開いた。
残る面子は、アンリを除いて後一人。
マナ達のテーブルの後ろで、地べたに胡座をかいて座っている謎の男。
「あとは俺の方から纏めて紹介しよう。彼は───」
着席したまま男の方に振り返ったアンリは、本人に代わって彼の紹介をしてやろうとした。
するとマナが制止に入り、無言でアンリに訴えた。
マナの意図を汲んだアンリは、同じく無言で続きを促した。
マナは男の姿が皆にも見えるよう自分の椅子をずらすと、自分の時よりも大きな声で男の紹介をした。
「そこにいる大きい人は、ジュリアン・ホワイトフィールド。
彼もボクらと同じで事情があって、一緒に行動してるんだ。
見た目はちょっと変わってるけど、中身は普通の優しい人だから、いじめないであげてね」
ジュリアン・ホワイトフィールド。
山のように大きく、硬そうな肉体を持つ、2メートル超の大男。
服装は黒のジャケットにグレーのオーバーオールと普通だが、彼の場合首から上に問題がある。
顔全体をすっぽりと覆い隠した、フルフェースのガスマスクだ。
これを付けているせいで顔立ちは全く分からないが、体格や肌質から察するに年齢は30代半ば程と思われる。
髪が綺麗な金髪であることから、北欧系の移民である可能性も高い。
本人は部屋に入ってから同じ姿勢のまま一言も発していないが、別に喋れないわけではない。
表立った行動を極力しないだけで、人並みに受け答えは可能だ。
実際に、今までの会話も聞いていないようで聞いている。
「最後は俺だな」
ようやく順番が回ってきたアンリが呟くと、一同の視線はアンリに集中した。
そんな中ミリィだけは、何やらばつの悪そうな表情でアンリから目を背けている。
訳を知っているアンリは、敢えてミリィの顔を一点に見詰めて述べた。
「俺の名はアンリ。アンリ・F・キングスコート。
フィグリムニクス首都、キングスコート初代主席であるフェリックスの長子にして、ミレイシャの腹違いの兄だ。
───よろしくな、愉快な仲間達一行さん」
初めて明らかとなったミリィの出自に、アンリ一行と東間を除いた全員が驚きの声を上げた。
『The truth』




