Episode48-6:神が隠し賜うもの
「神隠し、ってあるでしょう」
ライナスの口から出てきた意外なワードに、一行は意表を突かれた。
「ご存知なんですか」
「ええ、まあ。専門の貴方がたと比べると不案内ですが」
ライナスは自らとミカのカップに紅茶のおかわりを継ぎ足していった。
「その神隠しとやらが、どうやら我々の行っていることと混同されているらしいんですよ」
「難民庇護の件とですか」
「はい。我々も知ったのは最近ですが、神隠しの被害者と目されている某と、我々が引き取った難民とを一緒くたに扱う風潮が巷で広まってきているそうです。主にインターネットを通じて」
マッケンチーズを完食したミカが注釈を入れる。
「こっちとしては、あんなキナ臭い現象と同一視されるなんて堪ったもんじゃないけど。
こっちもこっちで内密にやってる以上、公に否定するわけにもいかない」
「故に我々は、世論がどうあれ我々の成すべきことを為すのみと、噂の是非はそのままにしておくことにしました。
そんな折に、此度の支援要請があったんです」
「で、オレ達も神隠しの真相、君の親父の正体を知った。
そこの目付き悪い系サイエンティストが事細かに教えてくれたおかげでね」
ライナスはミカに、ミカはエヒトに支援を要請されて今に至るが、二人に事の顛末を説明したのはウォレスであったという。
ミカもライナスも、アンリ達の抱える事情は既に把握していたのだ。
アンリの父・フェリックスの陰謀も、シグリムの実態も。
「ウォレスさんが……」
一行の視線がウォレスに集まる。
ウォレスは惚けた表情で肩を竦めたが、ミカの言葉を否定はしなかった。
「ではお二人は、全て承知の上で私達に協力してくれたんですね」
「協力も何も、我々が直訴に行きたいくらいですよ。
人権を尊ぶ国を目指したはずが、実は殺戮行為の隠れ簑にされていたなどと。
厳密にどこまでが事実かは別にして、そんな疑いが持ち上がった時点で言語道断です」
「だから今回おたくらがガオの一族とやり合うって聞いた時も、さして驚きはなかったんだよ。
あいつら先代からゾッとするような悪評絶えなかったし。そういうのに荷担してるって言われても全然不思議じゃない」
態度は落ち着いているものの、ミカとライナスは心中で憤っている様子だった。
自分達のみならず、恭敬する先代達までもが、長年に渡って裏切られ続けていたのだから当然だ。
「同じ中国系でもユイさんとこは感じ良いのに。
世界って広いんだか狭いんだか」
「そう考えると、事件が起きたのはある意味好都合だったかもしれないな。
今度こそ、あの一族を丸裸にしてやりたいところだ」
「また例の"お友達"が出しゃばってこないといいけど」
ガオ一族の悪評はミカとライナスの耳にも届いていたようで、両者は長らく警戒視を続けてきたらしい。
しかし一族の罪状を立証する手立てがなかったために、迂闊に干渉も出来なかった。
公式にガサ入れが可能となる大義名分が発生するまでは。
結果として、今回の襲撃事件でアンリ達が企てたことと、ライナス達の意図は一致したのである。
もし一族がこちらを攻撃してくるようなことがあれば、こちらはそれを材料に彼らを表舞台に引きずり出してやるまでと。
アンリ達にとっては九死に一生の危機だったが、ライナス達にとっては棚から牡丹餅的な展開でもあったのだ。
「今このことを公にしたら、混同されているという難民庇護の件が神隠しの根源だと誤解される可能性がありますよね。
もしそうなったら……」
アンリの瞳に暗い影が落ちる。
アンリ一行の旅の終着点は、コードFBの全容を暴くことと、関係者を漏れなく摘発することにある。
だがそれを実現させると、ミカ達のやってきたことに大きなギャップを生ませてしまうかもしれない。
ライナスの言うように、人権を尊ぶ国の正体が、実は人体実験の温床であったことを世界が知ったら。
神隠しと混同され始めているという難民庇護の件も、懐疑や糾弾の対象にされ兼ねない。
下手をすればロードナイトとスラクシンも、コードFBに一枚噛んでいたように誤解される恐れさえ考えられる。
身を削って助けてくれた恩人に、そんな濡れ衣を着せるわけにはいかない。
いずれ暴くにしても、全ての罪科を白日の下に晒してよいものか。
アンリの中で一抹の迷いが生まれた。
「公表してください。あったこと全て」
アンリの心中を見透かしたようにライナスは言い切った。
「いいんですか。貴方がたにも矛先が向くかもしれないのに」
「構いません。その程度の困難で潰れる程やわではありませんから」
「実際オレ達は悪いことしてないんだし?粗探ししたって埃なんか出ないから、疑うならどうぞお好きにって感じ」
アンリの懸念を余所に、ミカもライナスも保身に走る気配は全くなかった。
二人の真っ直ぐな姿勢はとても頼もしく、アンリの迷いも次第に晴れていった。
「此度の襲撃事件がどのように転ぶかは、まだ未知数ですが……。
この先なにが起きようとも、我々は貴方がたを援護すると約束します。
戦力が必要になった時は、いつでも言ってください」
「あ、おれもおれもー。
しばらくは本職の方お休みだし、小遣い稼ぎに使ってちょーね」
武力提供を惜しまないというライナスと、ライナスに倣って挙手をするユーガス。
ライナスはあまり勝手を出来ない立場だが、いつでも彼のバックアップを頼れるメリットは大きい。
ユーガスも一人だけで十分な戦力なので、味方に加われば活躍が期待できるだろう。
「オレとロードナイトは他にやることいっぱいだし、頼まれてもあんまり役に立てないから当てにしないでね」
前線には出たくないと消極的なミカも、協力関係を確約してくれた。
ロードナイトの出る幕はあまりないかもしれないが、スラクシンの参謀に回るくらいは強みを発揮できそうだ。
「いよいよ後戻りは出来ないね」
不敵な笑みを浮かべたウォレスの眼鏡が鈍く光る。
たくさんの賛同者、協力者を得るというのは、その分たくさんの人を難事に巻き込むということでもある。
成功すれば肩を並べた功労者、失敗すれば共倒れにて落魄の身に。
アンリ達の沙汰次第で、仲間の前途も国家の存亡までもが左右される。
信じてくれた彼らに余計な火の粉が回らないよう、どこまで力を尽くせるか。
皆が理想郷だと称揚したこの国を、一度壊して立て直せるのか。
大切な人達を、自分は守れるだろうか。
アンリの胸に、途方もない重責が二倍三倍と圧し掛かる。
それ以上にアンリの背中を押すのは、血統に依らない使命感だった。
「覚悟の上です」
傷口の熱が振り返してきたのを感じながらも、アンリは力強く述べた。
「俺達も俺達に成すべきを為します。どうか力を貸してください」
この場にいる全員に向かって、アンリは深く頭を下げた。
ライナスは穏やかに微笑んだ。
ミカは眉を持ち上げて目を伏せた。
ユーガスは"どれどれ"と拳の骨を鳴らし、ウォレスは"やれやれ"と椅子の背に凭れた。
マナ達は互いに顔を見合わせ、それぞれの目指すものを再認した。
理想郷と謳われていた地を、阿鼻叫喚の地獄に変える。
それで誰かが傷付くことになっても、自分達の側はアンチなのだとしても。
「(次でケリを着けてやる)」
一層の闘志に燃えるアンリの胸ポケットの内では、不穏な静寂が刻々と時を刻んでいた。
ある人と交わした重要な約束事が、ある時間を境に途絶えてしまったこと。
それにアンリが気付くのは、もう暫く後になってからだった。
『Break a spell.』




