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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
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Episode48-4:神が隠し賜うもの



難民とは、度重なる戦禍により家を、故郷を追われた者達。

あるいは、奪われた者達を指す俗称である。


その多くは戦争の当事者ではない。

元より暮らしていた土地が、ある日突然戦場に変わってしまった。

そんな止むに止まれぬ事情により流浪を余儀なくされた者が、延いては難民となるのだ。

そこに正当性はなく、当人達に咎はなく。

望んで難民となる者は一人としていない。


しかし世界は、難民という存在を長らく、地球の"癌"として扱ってきた。

人並みの生き方が難しいとされる彼らは、その不遇さ故に犯罪を犯す可能性があるとして危険視したためだ。


たとえ、当人達に悪意害意はなくとも。

当人達の望むことは唯一つ、家族と穏やかに暮らしたいだけなのであっても。


世界は彼らの声に耳を傾けず、問答無用で彼らを忌避した。

犯罪を犯さざるを得ない窮地から救ってやるのではなく、犯罪を犯す前に遠ざけることを是としたのだ。


弾圧。排斥。粛清。

あらゆる角度からの迫害を強いられた難民達に、抵抗する術や力はなかった。


難民が難民たる所以は、覆せぬ貧しさ窮屈さにある。

食い扶持を求めても定職にはありつけず、僅かでも不審を見せれば獄中行き。

どのみち自由がないのなら、厳しい制限のもと細く小さく生きるしかないと。

まるで家畜のような飼い殺しが何年と続けば、自ずと道を切り拓こうという気骨が失われるのも道理である。


中にはハンディキャップを脱却できた者、受け入れ国の制度により厚遇を受けた者もいようが、全体数を鑑みれば一握りにも及ばない。

一度"難民"としての烙印を押されたならば、終生"曰く"を背負って生きる他ない。

それが難民という人々で、彼らの生態の本質だった。



フェリックスを筆頭とした同盟の14人は、そんな難民達に新たな拠り拠を作ってやりたいと考えた。


どの国のどの地域も受け入れに難色を示すというなら、難民を待遇する国ごと作ってしまえばいい。

一人一人に情けをかけるのは鼬ごっこだというなら、全員を纏めて囲ってしまえばいい。

そしてただ施しを与えるのではなく、彼らを労働力の一つとして機能させ、尊厳をやる代わりに責任を持たせればいい。


こうした理念のもと、14人は自らの資産を投じて島を買い、国としての名前と価値を付加させた。

世界中で厄介払いされた移民難民を一手に引き受ける、シェルター兼養護施設の役割を担う唯一の場所として。



無論、14人の独断を世界が直ぐに許したはずはない。


件の島は、遠い昔から争奪の対象とされてきた。

所有権に関する定かな文献が残っていないなら、誰でも主張する権利があると誰しもが譲らなかったためだ。

この只中に、数人の名士が私的に買い取りたいなどと言い出せば、当然反対されるに決まっている。


しかし実際はそうならなかった。

確かに即決とはいかなかったものの、最終的には全世界が14人の提案を呑んだ。

あれだけ醜く奪い合っていた物を潔く手放し、横入りして得た者達を一国の頭領として認めたのだ。


そこにはフェリックスの過去の功績や人徳が大きく影響しているが、他にも大きな理由がある。

先にあった、移民難民の世話を一手に引き受けるという話。

これが自分達にも益があるとして、列強諸国が14人の夢物語を後押したのだ。

いつかは世界の治安浄化、天下泰平に繋がるはずだと信じて。



こうして国家フィグリムニクスは誕生。

地球規模の大きなプロジェクト完遂に向けて、輝かしい第一歩が踏み出されたのだった。


手始めに行われたのは、まず環境の整備。

直ちに難民待遇のスローガンを発信しなかったのは、パニックが起こるのを防ぐためだった。


人種も性別も宗教も、資産の有無さえも関係なく、行き場のない自分達を受け入れてくれる国ができたらしい。

そんな希望的観測を持ったなら、難民達は我先にと国に殺到するに決まっている。

だが国の方は、まだ全てを受け入れる体制が整っていない。

迎えるにしても、しばらくは上限を設ける必要がある。


ならば、誰を最初に選ぶのか、選ばせるのか。

人選を巡る争いが起こり、やがては難民同士での戦争にも発展する恐れさえ有り得た。


故にシグリムは、表向きには別の事由を公表することにした。

シグリムは彼のフェリックス・キングスコートが万能薬開発を目的として立ち上げた集合基地。

開発協力に関係なく国籍自体は取得可能だが、そうするには厳しい条件をクリアしなければならない。

有り体に言うならば、フェリックスの傘下にある者、フェリックスの眼鏡に適った者達が寄り集まって成り立つ国である。


以上のように敷居の高いイメージを流布することで、難民の大量流入を制限。

誰も彼もが入り乱れるパニックは一先ず回避できたのだった。



そして現在。

シグリムは創立25周年を契機に、水面下にて新たなアプローチに打って出た。


創立当初と比べると、少しずつではあるものの着実に元難民の人口は増えてきている。

ただし彼らは、自ら赴いて永住試験を受けに来た者ばかり。

本人にどれほど強い意思があり相応しい能力あろうと、試験を受けられなければ国民にはなれないのが現状だ。


そこでシグリムは、受験の意思があり術がない難民を、こちらから迎えに上がることにした。

このアプローチに於ける人選と実行を担当するのが、ミカ率いるロードナイトと、ライナス率いるスラクシンだ。


人選を行うのは、ミカを中心としたロードナイトの頭脳集団。

実行に移すのは、ライナスが指揮する特殊部隊。

どの国に在留中の誰を取るかを前者が選別し、前者が指定した人物を後者が迎えに行くという計画だ。



人選には大まかに二つのパターンがあり、ミカらはその二つから絞って判断している。


一つは、諸国から直々に引き取ってほしいと要請があった場合。

この場合は主に難民流入の増加により混乱に陥った国からのSOSで、賄いきれなくなった人数をこちらで受けるという形になる。


二つは、難民自ら受験させてほしいと嘆願があった場合。

この場合は現在の受け入れ先を介して話が進められるため、こちらは渡航手段と費用を提供してやる形になる。


無論、要請や嘆願があったからといって必ずしも請け負う必要はなく、決定権はシグリムに帰属する。

ミカらの行う人選とは則ち、前述したパターンの内から具体的に誰を引き抜くかを吟味することなのだ。


ミカらの人選が決定次第、ライナスが現地に部隊を派遣する。

この部隊には、ライナスの側近であるリンチとタイタスも主要メンバーに含まれている。



前述の段階を経てシグリムに連れて来られた難民達は、本人の望む州での永住試験を受けられる。

キングスコートに住みたいならばキングスコートの永住試験を、プリムローズならプリムローズの試験を。

選択には本人の意思が尊重され、無事に試験を合格した暁には国民として登録される。


しかし中には試験に落ちてしまう者、どこで何をしたいか自分では決められない者もいる。

この場合は国民に相応しくないとして、元いた受け入れ先に強制送還される。

と名目上のルールは一応存在するが、現実にそんな無理無体は起こらない。

何故なら、ミカの指定があった時点で、その難民にはシグリムの国民となる資格が既にあるからだ。



希望の州に住めない者、特に希望がなかった者は、ロードナイトかスラクシンのいずれかで自動的に預かりとなる。


地頭の良い者、勉強が好きな者、デスクワークが向いている者はロードナイトへ。

体格の良い者、運動が好きな者、体を動かす仕事が得意な者はスラクシンへ。

当人の向き不向きにより、頭脳労働か肉体労働かが判別され、各々定められた職に就く。


後に当人の気が変わり、別の州の試験を受けたいという場合にも最大限配慮される。

ロードナイトかスラクシンの二択はあくまで基準なので、当人の一生を束縛するものではない。


プロジェクトの情報を把握しているのは、代々引き継がれるシグリムの主席陣。

加えて、主席陣と密接な関係にある一部の有権者。

そして、同じく難民を受け入れている諸国の大統領、国防省である。


情報は重大な国家機密であるため厳しい守秘義務が敷かれており、他国はもちろん国内でも知る者は極少ない。

主席の座を継承する者でさえも、正式な手続きが済むまでは決して明かされない。

プロジェクトの先頭を切るロードナイト、スラクシン、キングスコートの三者を除いては。



全ては、全ての難民の人権を取り戻すため。

今は篩に掛けるやり方を通しても、いつかは望む者みなを受け入れられる国にしたい。

難民という概念そのものが無くなる世の中にしたい。


そんな未来を、ライナスやミカを含め、シグリムの主席陣は心から願っている。







『Birds of a feather flock together.』


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