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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
295/326

Episode48-3:神が隠し賜うもの



「それにしても、奇妙な縁があったものだ」



コートを脱ぎながらライナスは呟いた。



「以前にも何度かお会いする機会はありましたが、こうしてお話するのは初めてですね」



言葉尻にライナスはアンリの方を振り向いた。

荷物になったライナスのコートとマフラーは、タイタスが回収して壁掛けのハンガーに吊した。



「そうですね。まさかこんな形で再会することになろうとは」



公のパーティーや会合などを通じて、アンリには既にライナス達との面識がある。

だが私的な接触は一度としてなく、顔を合わせることはあっても互いに二・三挨拶する程度の認識しかなかった。



「遅くなりましたが、この度は────」



アンリが改めて挨拶するべく席を立とうとすると、ライナスはジェスチャーを交えて制止した。



「ああ、どうぞそのまま。俺のことは気にせず楽になさってください」


「……申し訳ない。お心遣い、痛み入ります」



ライナスの気遣いを受け、アンリは頭を下げてから再び着席した。

アンリに合わせて立とうとしたシャオとジャックも座り直したが、ユーガスだけは遠慮する素振りなくリラックスしたままだった。

無論ユーガスには、この場にいる誰とも面識がない。



「お連れはここにいる面々で全員ですか?あぶれた方がいるなら迎えをやりますよ」



リビングを見渡してライナスは尋ねた。

アンリは少し言葉を濁して答えた。



「一応、私の連れはこれで全員ですが────」



確かにアンリ一行のメンバーは、ここに全員揃っている。

ただし此度の作戦実行に携わった仲間は、他にもう一人いる。バレンシアだ。

彼女と彼女の部下らも数に入れるなら、まだ全員の無事を確認したことにはならない。



「まだ安否が確実ではない協力者がもう一人……」



言いながらアンリは横目にマナの方を見遣った。

なにやらスマホを操作中のマナは、アンリの視線に気付くと自ら発言した。



「大丈夫。バレンシアさんも、バレンシアさんの部下さんも、みんな無事だって」



実はマナは、つい先程送られてきたバレンシアからのメッセージに目を通していた。

それによると、バレンシアも部下らも大事ないという。



「今はどこにいるって?」



シャオが追及すると、マナはメッセージの内容を噛み砕いて読み上げた。



「バレンシアさんはいつもの隠れ家にいて、部下の人達もそれぞれ安全圏まで避難したって」



シャオは一息つくと共に安堵の表情を見せた。



「そうか。彼女がそう言うなら、もう心配ないだろう」


「隠れ家というのは?」


「それを言っては、隠している意味がないだろう?」



敢えてバレンシアの所在を明かさないシャオに、アンリは腑に落ちないながらも頷いた。



「そういうわけで、全員無事です。ご心配をおかけしました」


「そうですか。……だそうだ。後頼む」



一段落着いたところで、ライナスはリンチとタイタスにアイコンタクトをした。

リンチとタイタスは二つ返事で了解すると、作業中だった医師達も伴って、そそくさと部屋を退出していった。

彼らの向かった先は、別荘周辺に待機しているという仲間達の元である。




「───と。いつの間にやらお揃いで」



リンチ達と入れ違いでウォレスが戻ってきた。



「やけに遅かったじゃーん。さては大?」


「違う。ついでにエヒトさんに一報入れただけだ」



からかうユーガスにウォレスは淡々と返した。

エヒトの名前に反応したアンリとミカは、同時に同じ文言を発した。



「エヒトさんはなんと(て)?」



ウォレスは全て想定内とでも言うように事務的に応えた。



「"こちら"の状況については私の方から粗方伝えておきましたので、落ち着いた頃に御礼の電話でも差し上げてやってください。

"そちら"には後日改めて褒美をやりますから今は落ち着くように」



"こちら"のアンリと"そちら"のミカとに必要な報告を済ませると、ウォレスは締め括りに一つ手を叩いた。

若干の不安があったエヒトの安否だが、どうやら彼の元にまでは魔の手が伸びなかったようだ。



「ふーん。エヒトさんに害がないならとりあえずはいいや。君も飲むかい?」


「ああ。もらう」



納得したミカはライナスに一服を促す傍ら、彼用のカップを棚から取り出した。

ライナスはミカに遅れてキッチンに入ると、お茶請けの準備を始めた。

二人とも勝手知ったる場所なので、どこに何が仕舞われているか確認する手間がないのだ。



「やれやれ。ご機嫌取りも楽じゃない」



やや疲れた様子でウォレスがリビングに歩いていくと、何かを察したジャックが席を立った。



「ここ、あなたが座っていいわ」


「おや、急になんです?別に兄弟水入らずとか余計な気は────」


「"私が"あんたら二人に挟まれたくないだけよ。いいからこっち座って」



ダイニングテーブルには計四つの椅子が備えてあるが、ミカとライナスが休むとなった以上、割って入るのは気が引ける。

となると他に座れる場所は、リビングに残った空席のみとなる。

しかしそこにウォレスが来ると、ジャックは位置的にユーガスとウォレスに挟まれることになってしまう。

故にジャックは、煩い二人の間で板挟みになるくらいならと、自ら移動を申し出たのである。



「なるほどそういうわけですか。じゃあ心底不愉快ですが私はここでいいです」


「アッハハ~、ニイチャンの顔じっくり見んの久しぶりだなあ。また背縮んだ?」


「誰か耳栓を所持してる方がいれば申し出てくださいね。買います」



変わらぬテンションのユーガスと、彼の存在を極力ないものとして扱うウォレスが隣同士に座る。

ジャックはシャオに手伝ってもらって、リビングの隅に放置されてあったリラックスチェアをテーブル横に付けた。

このリラックスチェアはライナスがミカのためにと購入した品だが、当のミカはあまり興味を示さなかった代物である。



「ボク達はここでいいよね」


「ああ」



恩人と怪我人に椅子を譲ったマナとジュリアンは、シャオとジャックの間で小さく纏まった。

ジュリアンは床に胡座をかき、マナは彼の足の間に座らせてもらった。


ライナスはアンリ達と自分達のテーブルにお茶菓子を配ってから、ようやく席に着いた。

カップを用意し終えたミカもライナスの斜向かいに着席し、ライナスの分の紅茶を注いでやった。



「あの……。今更ですが、よろしかったのですか?」



発言を控えていたアンリが頃合いを見て口を開く。



「なにがですか?」


「先程の、全員退出されてしまいましたが……。せめて一人くらい、御身の側に居てもらった方が良かったのでは?」


「構いません。

既に話を聞いたでしょうが、ここ一帯は俺の部隊が目を光らせています。貴方がたに危険が及ぶ心配はまずない」


「我々を守って頂けるのは恐縮ですが、御身自身は?

いくら包囲網を敷いたといえど、主席二人に誰も付いていないというのは……」



アンリを含めた大衆の認識では、主席とは常に側仕えを従えていて然るべき存在である。

ビジネスであろうとプライベートであろうと、如何な場面にも必ず誰かは連れ歩き、決して己の身一つでは行動しない。

何者かに奇襲を受けるかもしれない状況にあるなら尚更だ。


なのに何故、ライナスはリンチとタイタスを近くに置いておかなかったのか。

義務というわけではなくとも、誰かにサポートしてもらった方が利便が良いし、安全面のリスクも減るはずなのに。



「そうですね。確かに無理に追い出す必要はなかったですが、これから深い話をする必要があると思いましたので」


「……それは、我々のみで交わすべき密談が、という意味ですか?」


「そうですね。彼らを含め、俺の側近には既知の内容ですから、改めて聞かせることではないという意味でもあります。

どのみち、椅子の数も足りませんしね」



ライナスの太い指が、華奢なスプーンを使って熱い紅茶を掻き混ぜる。

傍観していたミカは、ライナスの考えに些かの懸念を示した。



「教えるの?こいつらに」


「そのつもりだ」


「まだ会って間もないのに?」


「関係の深さは関係ない。

それに、これはもう隠してばかりはいられないことだ。

敵の敵が味方なら、彼らは充分信用に値する」


「ふーん……」



会話が途切れると、ライナスとミカはそれぞれ紅茶を啜った。

二人が一体なんのことを話しているのかアンリ達には見当が付かなかったが、少なくともライナスに後ろ暗い思惑はなさそうだった。



「失礼。無駄口が過ぎましたね」


「いえ」



ライナスは改めてアンリ達に向き直った。

アンリ達もライナスに向き直り、曰く密談のための心構えをした。



「して、我々は何を聞かせてもらえるんでしょうか?」


「そうですね……。どこからお話すれば良いものか」


「先にそっちに質問してみればいいんじゃない?」



切り出し方に悩むライナスとは対照的に、ミカは軽い調子でアンリに尋ねた。



「君も一応は王様候補だったんでしょ?生前、父親から何か聞かなかったの?」


「どういうことです?」


「この国のことだよ。どうして生まれて、何のために拡充させてきたのか。

そもそも国家として在る必要性の意味は」



ミカの哲学的ともとれる問いに、アンリは返答に困って眉を寄せた。



「形式上は、私の父が新薬開発に必要な環境を確保するため、同盟者に呼び掛けたとありますが……。

単に薬を作るために、わざわざ国から立ち上げるという発想は飛躍し過ぎている、と思ったことはあります」


「要するに、教科書と同程度の知識しか持ち合わせがないってことね?」


「お恥ずかしい限りですが、そうなります」


「だって。余計な手間が省けたじゃん」



言いたいだけ言って、ミカは詳しい説明をライナスに丸投げした。

ライナスは頷くと、フィグリムニクス建国秘話について語りだした。



「では、その辺りからご説明しましょうか。

単刀直入に言います。貴方の知る情報も、世間に伝播されている俗説も、厳密に言えば真実ではありません」


「というと」


「万能薬の開発に適した環境を、というのも全く嘘ではありませんが、それはあくまで便宜上の話。

本筋は別にあります」



アンリ一行の間に冷やりとした緊張感が走る。



「この国は元々、表社会から排斥された移民難民らを救済するため作られた国家。

いわば民族最後の砦なんです」




フィグリムニクスという国家が誕生した本当の理由。

それはフェリックスが万能薬を開発するためではなく、ましてや一部の有権者達による排他主義の果てでもなく。

現在も世界中で迫害され続けている難民達を庇護するため、彼らの人権を守るためであった。



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