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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
291/326

Episode47-8:呼んだ?



「ほらアンタ達もさっさと立ちな。まだ戦況変わってないよ」



先程より幾分落ち着いた声と共に、銀髪の男がアンリ達の元へ戻ってくる。

銀髪の男はアンリの目の前で立ち止まると、無言で左手を差し出した。



「あ、ありが────」



アンリも手を伸ばそうとすると、光の加減により男の瞳がきらりと瞬いた。



「(もしや、この男は────)」



その眼光に見覚えのあったアンリは、心中である人物と男の面影を重ねた。




「───いたぞ!奴だ!!」



そこへ、武装集団の増援がカジノブロックから駆け付けた。

もはや形振り構っていられないのか、蓮寧を標的としたテロリストという設定を守る気配もない。

それだけ向こうも焦っているのかもしれないが、体裁がなくなれば弥が上にも攻撃は激しさを増すだろう。

こちらも味方が一人増えたとはいえ、形勢不利の戦況はむしろ拍車が掛かってしまった。



「オレが殿すっから、アンタらは予定してたルート走れ!」



アンリ達に自前の武器を分け与えた銀髪の男は、サブマシンガンで武装集団の増援を牽制し始めた。

彼一人で殿を務めるのは重責が過ぎる気もするが、これまでの戦いぶりは大いに頼りになるものだった。

見たところ弾薬の予備も十分そうなので、あくまで牽制に徹する分には彼だけでも持つかもしれない。



「すまん!任せる!」


「報酬はお互い生きてたらね~」



銀髪の男に背後を任せたアンリとシャオは、当初予定していたCプランを仕切り直すことにした。

その矢先、ホテルの中から新手の武装集団が5人現れ、彼らに行く手を阻まれてしまった。



「これ以上湧くなっての!!!」



叫んだシャオとアンリは、銀髪の男から受け取ったハンドガンで新手に先制攻撃を仕掛けた。

しかし倒せたのは3名のみ。残りの2名は間に合わず討ち漏らしてしまった。


後者の2名は撃ち合いから肉弾戦に持ち込むべく、一気にアンリとシャオの懐に迫って来た。

やむなく応じることとしたアンリとシャオは、それぞれ警棒とナイフに武器を取り替えた。



「(こいつらの頭数が割れないと、此処を離脱できても追っ手が掛かる。

どうにか位置情報の元になっているものを破壊しないと……!)」



新手との激しい攻防に耐えながら、アンリは改めて位置情報の発信元が何かを考えた。


監視カメラの線は低い。

蓮寧の一味に不用意に接近された覚えもないので、隙を見てGPSを取り付けられた線も高くはない。


ならば、最初から身近にあったものか?

例えば、あちら側から支給された何か。

出来るだけ小型で、一見そんな用途があるとは気付かれなさそうなもの。

肌身離さず所持するよう指示され、実際に今も身に付けているもの。

暫しの想起の末、アンリは今の今まで失念していた"ある存在"のことを思い出した。



「ピンブローチだ!!!」



とっさに叫んだアンリの声に、同じく応戦中のシャオが反応する。



「ジルコニアのピンブローチ、最初に支給されたあれが発信機だ!!」



アンリの確信めいた物言いに、アンリと相対する新手の勢いが微かに揺らいだ。


間違いない。

アンリ達の位置情報を発信する根源が、ようやく明らかになった。



「ハッハ、すっかり寝ぼけちゃったよ!!」



一足早く相手を倒したシャオが、自らのピンブローチを取り外して地面に叩き付ける。

それを上から更に踏み付けると、ピンブローチは俄に赤い閃光を散らして砕けた。

装飾のジルコニアは無傷だが、その裏に超小型の機器が内蔵されていたらしい。



「堪えろ!斥候してくる!」



再びハンドガンを構えたシャオは、ホテルのエントランスへと斥候に向かった。

少し遅れて自分の相手を倒したアンリも、自らのピンブローチを外して踏み潰した。




「───後ろだ!!!」



不意に誰とも分からない切羽詰まった声が上がる。

黙々と牽制に当たっていた銀髪の男が発したもののようだった。


だがアンリがその言葉の意味を、声の主が誰かを知ることはなかった。

突如として襲い掛かってきた武装集団の増援が、背後からアンリに突進したのだ。


どうやら、銀髪の男の牽制から密かに逃れた者が一人だけいたらしい。

こうしてアンリが孤立するまで、無防備な状態となるまで、どこからか機会を窺っていたようだ。



「(しまった)」



増援の不意打ちにより、防御する間もなく噴水の底へと沈められていくアンリ。

幸い噴水は温水仕様となっているため、寒さで悴むようなことはない。

だが真上に増援が覆い被さっているせいで、アンリは上手く身動きが取れなかった。



「くそっ、取り逃がした……!」



銀髪の男はいち早くアンリの危機を察したが、助けに行こうにも牽制から手を離せなかった。



「アンリ!!アンリしっかりしろ!!俺が行くまで死ぬな!!」



斥候に向かったシャオは、ホテルのエントランスにて鉢合わせた別の新手に足止めを食わされている。



「(何とかしないと、全員に迷惑が……)」



誰も助けには来られない。

自分の身一つで、この危機から脱しなければならない。


尚も冷静に努めるアンリだったが、置かれているのは水中という厄介な環境。

おまけに疲労の溜まりきった手足では、精々悪あがき程度に抵抗することしか出来なかった。


揉み合いの末、新手の装備から取り出されたサバイバルナイフが、アンリの胸元に宛がわれる。

アンリは間一髪のところで心臓への直撃を避けたが、ナイフの切っ先はアンリの鎖骨下を抉るようにして減り込んだ。


傷口から滲んだアンリの血が、半透明だった噴水の水を赤く染めていく。

激しい痛みと息苦しさに耐え兼ねたアンリは、思わず溜めていた空気を全て吐き出してしまった。



「(いき、が────)」



このままでは、致命傷を負わされるより先に窒息してしまう。

いよいよアンリの命が風前の灯火とまで追い込まれた時、新手の背中に数発の銃弾が撃ち込まれた。

何とかエントランスを突破してきたシャオが、陸上から発砲したようだ。


そして新手の動きが鈍くなったタイミングで、シャオでも銀髪の男でもない何者かが噴水の中に飛び込んできた。

何者かはアンリと新手とを力ずくで引きはがすと、衰弱したアンリを水上まで連れていった。



「無事かアンリ!!」



陸上で待ち構えていたシャオに手伝ってもらい、アンリと何者かは噴水を出た。

アンリの全身が外気に触れた瞬間、温かい水温との温度差により緩徐な湯気が立ち上った。



「ゲホッ、ゴホッ、かは……っ」



シャオが水中の新手に止めを刺している間、アンリは肺に入った水を吐き出しながら薄目で横を見遣った。

そこには、此処にいるはずのない女の姿があった。



「な、で、ここに……っ」



ジャックだった。

どこからともなく現れたジャックは、危険を顧みず噴水に飛び込み、アンリの窮地を救ったのである。



「今説明してる時間ない!止血するからシャオ撹乱して!」


「お、おう!」



素早く切り替えたジャックは、いつになく歯切れの良い調子でシャオに指示した。

急展開に戸惑いつつ頷いたシャオは、地面に散らばった武装集団の武器を幾つか失敬し、銀髪の男と連携して牽制を始めた。



「痛むだろうけど我慢して」



懐から一枚のフェイスタオルを取り出したジャックは、それをアンリの傷口に宛がってきつく縛った。



「あと少しの辛抱よ。頑張って」


「面目ない」



ジャックに支えてもらいながら、アンリも最後の力を振り絞って立ち上がる。



「終わったわ!シャオ先導して!」


「よし!行こう!」



アンリとジャックも銃を拾い、一同は全員揃ってホテルへ走った。

道中も度々武装集団の仲間が立ち塞がったが、その度にアンリ達も応戦し、やがて避難用裏口まで辿り着いた。

この頃には飛び交う銃弾により、アンリをはじめとした全員が出血を伴う怪我を負っていた。



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