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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
290/326

Episode47-7:呼んだ?



騒ぎの中心地からある程度の距離まで走ったところで、アンリとシャオは足を一旦止めた。



「───緊急避難用の裏口は、建物毎に幾つか設置されてるんだったな。どこから出る?」



少し息を荒げたアンリが、周囲に目を配りながらシャオに尋ねる。

シャオは壁に凭れ、一考してから答えた。



「それなんだが、妙じゃないか?」


「妙?さっきのテロ集団がか?」


「あいつらは見た目通りさ。まともに仕事してる風だった警備員の方だよ。

来る前増援があったろ?民間人の避難を最優先、残りは武装連中の鎮圧に掛かれって」


「ああ」


「なのに俺達のことは素通りだった。

民間人より何より、彼らが最も守護すべきは共通の主である蓮寧だろ?なぜ奴を一番に避難させない?」




増援に集まった方の警備員達は、避難誘導と暴動鎮圧の二組に分かれて行動していた。

おかげで逃げ遅れた観光客らも、無事に戦線を離脱することが出来た。


だがアンリ達と蓮寧には、その対応がなかった。

ここのオーナーである蓮寧、彼の招待客であるアンリ達こそ、最も優先されるべき対象であったはずなのにだ。


仮に蓮寧は状況判断を求められていたのだとしても、現場に居残る必要はない。

アンリ達に至ってはこれから帰るところで、もう蓮寧の側にいる必要も、カジノに留まる必要もなかったのだ。



「その蓮寧が標的だからこそ、無闇に逃げ回らせるわけにいかなかった、とか?」


「仮にそうだとして、俺達は?ここまで逃げてきた俺達をどうして誰も追って来ない?

腐っても一流を謳うなら、確実な安全圏までお客様に供するのが筋だろ。現に他の民間人は付き添われてた。俺達だけが放ったらかしだ」



シャオに言われて、アンリはもう一度来た道を振り返った。

確かに例の武装集団も警備員も、誰一人アンリ達を追って来ている気配がない。


アンリ達以外の民間人は、一グループにつき一人の警備員が必ず避難誘導に付き添っていた。

一流のカジノリゾートを名乗るなら当然のこと。むしろ最低限の対応と言ってもいい。

にも関わらず、アンリ達を警護する者はゼロ。

うっかり見落とされたという可能性は低いので、この場合あちらも承知の上で今に至っていることになる。


成人の男性が二人なら、その必要はないと判断されたのか。

現場があまりに混乱していたために、そこまで気が回らなかっただけか。

いずれにせよ、一流にあるまじき失態であることには違いない。



「最初の男が発砲した瞬間から嫌な予感はしていたが、ここまで全て罠の可能性もあるのか。

俺達を欺くための演出なんだとしたら、大掛かりな茶番だな」


「なんであれ、ここは全域、蓮寧のお膝元だ。どこで何が待ち構えているか知れたもんじゃない。

身なりに関係なく、僅かでも臭いと感じさせる輩は、まず疑って掛かった方がいい」


「四面楚歌とはこのことだな」



広大すぎるフィールド。

誰が敵で味方かも分からない逼迫した状況。

蓮寧は元から信用ならず、彼と近しい関係にない下っ端達でさえも脅威になり兼ねない。

一度でも選択を誤れば、即座に落とし穴に嵌まる恐れがある。




「とりあえず、一箇所に留まっているのはまずい。

外のマナ達も騒ぎには気付いているだろうし、ここは予定通りプランCで行こう」


「だね」



相談の末、アンリとシャオは事前に取り決めていた作戦のうち、三つ目に該当するプランで行動することにした。


Aプランは、何事もなくカジノリゾートからの帰還を許された場合。

Bプランは、何かしらの危機を察知してアンリ達が先手を打った場合。

そしてCプランが、予期せぬ事態の発生により緊急退避を余儀なくされた場合である。


後者二つはどちらも非常口から逃げることを前提としており、どちらかの行く先にマナ達が待機していることになる。

これだけ大々的な騒ぎに発展すれば外にいるマナ達も気付いたはずなので、Cプランで想定されていた方の非常口から逃げるのが適当ということだ。



再び走り出したアンリとシャオは、先程会食をしたビルの向かい側。

カジノブロックから左隣に位置するホテルへと向かった。

このホテルの非常口から緊急避難通路に抜けられるので、そこを通っていけば最終的にマナ達と落ち合えるはずだった。


ところが。

ホテルのエントランスに入った二人を待ち構えていたのは、品の良いコンシェルジュではなく。

例の武装集団と全く同じ出で立ちをした男性の3人組だった。



「な────」



アンリとシャオはとっさに入口で立ち止まった。

その微かな物音さえも敏感に拾った3人組は、一斉にこちらへ振り向くと、各々手にしていた銃を構えた。



「やっぱりかよ!!」



アンリとシャオが踵を返して走り出すと、3人組の内の一人が無言で発砲してきた。

たった数秒間の出来事とはいえ、一度は正面から相対したアンリ達の姿を見間違えたとは考えにくい。

3人組は相手が蓮寧でないことを認識した上で攻撃してきたのだ。



「あっちはもう使えない!プランBのルートでいこう!」


「合点承知ー!」



中庭を全力疾走しながら、アンリとシャオはプラン変更を示し合わせた。

そんな二人を先の3人組も全力で追い掛けて来たが、徐々に両者の距離は開いていき、アンリ達は何とか3人組を撒くことが出来た。


念のため監視カメラを避けつつ流れ着いた場所は、カジノブロックから500M程先に建つプレイブロック。

そこの一階に設けられたビリヤードルームにて、アンリ達は全力疾走から徒歩に一時切り替えた。




「───アイッ、つら……ッ。

案の定かよ糞ったれ!狡い真似しやがって!」


「彼らに一任しているというよりは、リゾート側で全面協力してるって感じだな。

たかだか二人始末するためにしては、随分な経費の掛けようだ」



引き攣る脇腹を押さえながら、シャオは苛立ちを隠すことなく舌打ちした。

隣ではアンリが額に滲んだ汗を手の甲で拭っている。


二人とも酷く体力を消耗した様子だが、無理もない。

3人組を撒くために何度も迂回を重ねてきたので、実際に走った距離は優に500Mを越えるのだ。

日頃から鍛えているとはいえ、命からがらに走り続ければ、誰だって息の一つも上がるもの。



「こうなると外の状況も気になるし、念のためマナ達に連絡しとくか?」


「さっき確認したけど、電波来てなかったよ。

これで向こうもCプランのつもりで動いてるって確定したね」


「本当にこの規模で電波ジャックなんて可能なんだな」


「彼女は現世の魔法使いだからね」



Cプラン実行がほぼ確定した場合、敵勢力を攪乱するため、リゾート内全域で一時的に電力が落とされることになっている。

無論、これは蓮寧側の操作によるものではない。

マナ達と共にアシストに回っているバレンシアが、独自のコネを以って法外に実現させていることなのだ。

ただし広域に渡る分長くは持たないので、蓮寧側で電源を復旧される前に、アンリ達は此処を脱出しなければならない。



「けど、魔法も万能じゃない。効果が切れる前にさっさと行くよ」


「ああ。プレイブロックの裏口は、もう少し先だったな」



少しだけ体力が回復したところで、アンリ達は再び走り出す一歩を踏み出した。

すると同時に、前方の通路から例の武装集団が再登場した。

先程の3人組と同一人物かは不明だが、今度は一人増えて4人組になっていた。


4人組のうち二人がその場で銃を構え、残りの二人が勢いよくこちらに迫って来る。

アンリとシャオは慌ててUターンをし、示し合わせるまでもなく来た道を引き返していった。



「(なぜ先回りが出来たんだ……!)」



武装集団による一方的な銃撃が展開される中、アンリは酸素の足りない頭で必死に考えた。


手こずったとはいえ、当初の3人組は確実に撒いた。

万一追い付かれたとしても、その場合は背後から近付いて来るはず。


なのにあの4人組は、アンリ達の行く先を読んでいたかのように待ち伏せしていた。

それも、非常口に続いている通路を丁度塞ぐ形でだ。

となると、何らかの形でアンリ達の位置情報が敵勢力に漏れているということになる。


バレンシアの働きにより、通信機や監視カメラ等の電子機器は現在使用不可。

もし非常電源が作動したのだとしても、ああも早くアンリ達を見つけ出せるとは考えにくい。

ならば、一体どうやって。




「───アンリ!!!」



プレイブロックを出て、戻ってきた中庭をひた走る最中。

アンリから少し離れて並走していたシャオが、鋭い声でアンリの名を呼んだ。

それにアンリが反応した直後、アンリの右肩を銃弾が掠めた。


今までは距離と死角が助けになったおかげで披弾を免れていたが、徐々に両者の間は縮まって来ている。

ましてや此処は、碌に遮蔽物のない庭園。

これ以上銃撃を繰り返されたら、いずれアンリ達は致命傷を負うだろう。



「(誘導されていることに気付けなかった……!これでは袋の鼠だ!)」



どうする。まだ尚逃げ続けるか。

しかし他の裏口を当たったところで、そこにも彼らの仲間が張っていないとは限らない。

そこに至るまで、アンリ達の体力が持つかも怪しい。


かといって応戦しようにも、こちらには武器がない。

人数も4対2と不利で、既に圧倒的劣勢の戦況まで追い込まれている。


絶体絶命。

やはり蓮寧のテリトリーに自ら踏み込むなど、無謀が過ぎたか。

アンリとシャオの顔が疲労以外の苦渋に歪んだ、次の瞬間。




「呼んだかーーーい!!!」



場の空気に不釣り合いな、底抜けに明るい声が庭園中に響き渡った。

声のした方にアンリが目を向けると、いつの間に現れたのか、サブマシンガンを手にした長身の男が噴水脇に立っていた。


あれは敵か、味方か。

一目見た限りでは分からないが、武装集団や蓮寧の一味とは明らかに身なりが違う。

ならば、彼らの仲間である可能性は低い。


瞬時に判断したアンリとシャオは、それぞれ横に倒れるようにして地面に伏せた。

謎の男はアンリ達越しにサブマシンガンを連射させると、息つく間もなく4人組を一掃してみせた。

コンマ数秒でも反応が遅れていたら、アンリ達も巻き添えを食うところだった。



「ハイハイさっさと死んでー!!どうせ他にもいんだからー!」



無防備なアンリ達を素通りして4人組に近付いていった謎の男は、瀕死の彼らに止めの銃弾をお見舞いした。

最初から目当ては武装集団の方だったようだ。

謎の男のおかげで命拾いしたアンリとシャオは、戸惑いつつも互いに身を寄せ合っていった。



「無事かシャオ……!」


「イテテテ、なんとか。つかアイツ誰?友達?」


「いや……」



異様に長い腕と首、ふわふわと空気を含んだ銀髪。

ミリィの連れ、ヴァンと変わらないほどの立派な体格。

見るからに一般人でないことは明白だが、男は一体何者なのか。


今回の作戦の中に男の存在は含まれていなかったし、そもそもアンリ達は男と会ったことすらない。

現時点で分かるのは、少なくともこちらの敵ではないということだけだ。



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