Episode04-7:月を背負ったライオン
ミイラ取りがミイラになる。
神隠しに近付き過ぎた者は、次の神隠しに遭う。
いつからかネット上で流布されるようになった噂話。
"───協力してやってもいいけど、その代わり、おれのことを守ってくれる?"
鋭い縁に収められた、不安に揺れる瞳。
この時の彼は、自分が頼みを聞き入れる側だというのに、むしろ懇願するような顔をしていた。
"───なるほどな。道理で直ぐに追い出さなかったわけだ"
事件に深く首を突っ込んだせいで、神隠しの関係者に目を付けられた可能性がある。
ミリィと二人で仕事場に篭っていた間、東間が相談していたのはこれだった。
そこでミリィは東間に"ある提案"をし、彼を仲間に加えることに成功した。
こちらから出した条件は以下二つ。
目的が果たされるその時まで、彼の身の安全を保障すること。
且つ全てが解決した暁には、それまでの働き分、彼に報酬を支払うこと。
片や東間は、庇護してもらうことと引き換えに情報を提供。ミリィ達の調査に力添えする役目を請け負った。
ポジション的には、いわゆる作戦参謀といったところだ。
"信じるよ、口八丁"
"望むところだ"
治安を守るために存在するはずの警察までもが神隠しに絡んでいる恐れがある以上、今後は信頼できる者だけで身を寄せ合って進むしかない。
敵の敵は味方。
利害の一致が成立するなら、もはや運命共同体。
ギブアンドテイクを前提に話を進めた結果、協力した方が利口であると意見が合致した。
要するに、ミリィとトーリが最初に築いた関係と同様というわけだ。
***
「────今はどこだって?」
「もーちょい。ついさっき船でブラックモアの辺りを通ったらしいから、多分あと一時間もしないよ」
東間を仲間に引き入れてから10日後。
ある人物からの連絡を受けた一行は、急遽プリムローズまで戻ることとなった。
ミリィとトーリの二人は、現地の入港ゲート付近で待ち合わせ。
ヴァン、ウルガノ、東間の三人は、近場の宿で一足先に待機。
ミリィ達が待ち合わせをしている相手は、前述した連絡の人物。
ヴァン達が別行動を取っている訳は、悪目立ちを避けるためである。
「おっ」
ミリィ達が待つこと数分。
ゲートの向こうから見覚えのある風貌の男がやって来た。
男に気付いたミリィが立ち上がって手を振ると、男もまた軽やかに返事をした。
トーリを含めた三人は互いに歩み寄っていき、言葉を交わした。
「久しぶりだな、バルド!また会えて嬉しいよ!」
「おう、待たせて悪かったなミレイ。トリスタン。
俺も、また会えて嬉しい」
ミリィと陽気にハイタッチをした彼の名は、バルド・デ・ルカ。
大柄な体躯に金のピアス、黒のターバンを巻いたスキンヘッドと、獅子のような勇ましい顔つきが印象的な伊達男だ。
出身はイタリアで、年齢は今年42歳になるというが、老いが始まっている気配は全く感じられない。
通りすがりの女性達から挙って熱視線を送られているところを見ても、彼がまだまだ現役であることは言うまでもない。
ただし、そんな色男としての一面は仮の姿。
数年前までの彼は、イタリア陸軍で小隊を率いる名スナイパーだった。
今や軍人としての肩書きは手放しているが、銃の腕は衰えていない。
ちなみに、彼もまた神隠しに関連する事件の被害者とされている。
ミリィ達と接点を持ったのも、事件のことがきっかけだった。
二人がヴァンと接触するよりも前の話だ。
そして今回。
バルド自ら同行、並びに協力を志願し、旅の一行として加わることが決定した。
当初ミリィ達が"一緒に来ないか"と掛け合った際には断っていたのだが、しばらく会わない間に気が変わったという。
「二人とも、ちょっと見ない間に雰囲気変わったな。前はもっとげっそりしてなかったか?」
「まあな。色々あって、やっと順応してきたってとこだろ。
バルドの方こそ、また一段と男前になっちゃって。顔色も大分良くなったな」
「あの時は本当、死人みたいな顔をしてたもんね。
……まだ割り切るのは難しいと思いますが、前より少しは落ち着きましたか?」
「ああ。心配かけて悪かったな。おかげさまで、最近ようやく取り戻してきたよ。
確固な信念や目標があるだけで、人間ってのは案外立ち直れるもんだな」
心配そうに眉を下げるトーリの背中を、バルドは笑いながら優しく叩いた。
「それに、お前らだけじゃ心許ないしな?
一人くらい、お守り役の大人が付いててやらないと」
「ハッハ、言ってくれるね」
「頼もしい限りです」
今となっては、こうして明るい笑顔を見せているバルドだが。
ここまで回復するのには相当な葛藤や試練があっただろうことを、ミリィもトーリも察していた。
誰より家族愛の強かった、心優しきライオン。愛する妻と娘のため生きた男。
そんな彼に突如として降り懸かった不幸は、あまりに理不尽なものだった。
普段は饒舌なミリィですら、初めて会う彼に何と声をかけたら良いか悩んだほどだ。
当のバルドも、気が変わったからなどと軽い調子で言ってはいるが、実際は己の生涯をかける覚悟で合流したのだ。
求める答えが見つかるまでは決して帰らないと、故郷の家族や友人に別れを告げてまで。
「───さて。感動の再会もほどほどにして……。早速だが、紹介したい仲間ができたんだ」
「メールで言ってたやつか?」
「ああ。一癖も二癖もある連中だが、みんな腕は立つし、それぞれに引けない事情がある。信用できるよ」
一人先を歩くミリィの後ろを、トーリとバルドがゆっくり付いていく。
「ほう。そりゃ楽しみだな。
お前らもこの三ヶ月、ただフラフラしてたわけじゃないってことか」
「多忙が過ぎて、何度か目が回りそうになりましたけどね。
そもそも僕はデスクワーク派だったわけだし、道中二回は骨が折れましたよ」
バルドの皮肉るような物言いに、トーリは肩を竦めて苦笑した。
ミリィが一つ咳払いをすると、トーリとバルドは再びミリィの背中に視線を向けた。
「十日後には特別な席も用意してある。
ギリギリセーフだけど、合流したからには是非、バルドにも出席してもらいたい」
「特別な席?なにかパーティーでもやるのか?」
「パーティーもだけど、その前に───」
バルドの問いにミリィは人差し指を立て、振り返らずに答えた。
「オレの兄貴。アンリに会わなくちゃならない」
10日後には、ミリィの兄であるアンリとの会合が。
更に一月後の夜には、ミリィの親友・シャノンの生誕記念パーティーの予定が入っている。
どちらも親しい相手との約束ではあるが、ただ楽しい時間を過ごすだけでは終わらないだろう。
『KEEP OUT』




