Episode47-6:呼んだ?
華月中国料理店を出た一同は、アンリ達をリゾート出口まで送るべく移動を開始した。
先頭を行くのは蓮寧と洋、彼らの脇を固めるように歩く二名の黒服。
その後ろにアンリとシャオが並び、最後尾に残り三名の黒服が続いている。
まるで大名行列のような大仰な有様だが、蓮寧は先程までと変わらず堂々としている。
やはり蓮寧は、今日アンリと会ったことを秘匿にするつもりがないらしい。
「───蓮寧様だ」
「食事終わりか?珍しいな」
「後ろに引き連れているのは誰だろうか」
「またいつもの"お得意様"だろ?」
「羨ましいねえ。俺の名もリストに加えてほしいものだよ」
異様な雰囲気を放つ一同を前に、周囲は俄かにざわめいた。
だが蓮寧の存在に気付いた者も、有名人だからと群がったり色めき立ったりはしなかった。
蓮寧の一味がこうしてリゾート内を闊歩するのは日常茶飯事なので、今更特筆すべきことではないからだ。
「本当にこのまま帰れると思うかい」
歩みを止めることなく、アンリにだけ聞こえる声でシャオは話し掛けた。
アンリもまた会話をしていることを蓮寧に悟られないよう、こっそりシャオに応えた。
「分からん。あちらの出方次第だ」
このまま何事もなく帰してもらえるなら重畳。
そうでないなら、流れに合わせて臨機応変に立ち回るしかない。
アンリ達には、どのような事態が起きても即座に対応できるだけの準備と覚悟がある。
全てはこの先、蓮寧の行動次第というわけだ。
「それにしても、奇特なことをなさいますよね」
一同の足がエレベーター乗り場の前で止まる。
すると蓮寧が、振り返らずにアンリ達に話し掛けてきた。
「どのみち貴方達は、行くところまで行くおつもりなのでしょう?
だったらこんな寄り道をなさらずとも良かったでしょうに」
蓮寧の言葉が途切れると同時に、タイミング良くエレベーターが一同の元に現れた。
蓮寧はさっさと中に乗り込み、洋と黒服達も無言で後に続いた。
最後に残ったアンリ達はというと、すぐに彼らに倣うことが出来なかった。
何故なら、エレベーター内は完全な密室。
中に入ったら最後、アンリ達は完全に逃げ場を失ってしまうからだ。
「どうされました?お早く」
躊躇するアンリ達を見兼ねて蓮寧が催促する。
このまま蓮寧の案内に従うべきか。
露骨でも自分達は階段を行くべきか。
悩み所だったが、アンリは渋々前者を選んだ。
アンリの判断に従うシャオも、警戒を切らさないままエレベーターに乗り込んだ。
「では、一階ロビーまで参ります」
全員が搭乗したのを確認した洋は、扉を閉めて階下のボタンを押した。
ところが黒服達は、密室状態となってもこれといった動きを見せなかった。
どうやら、ここで仕掛けてくるつもりはないらしい。
まだ油断は出来ないものの、アンリ達は少しだけ肩の力が抜けた気分だった。
「先程の……。何を仰りたかったんです?」
斜め前に立つ蓮寧に向かって、アンリは先程の発言について言及した。
蓮寧はアンリに一瞥もくれることなく、独り言のように淡々と返した。
「だから、いずれ本拠を叩くつもりでおられるなら、そこで全て明らかになるでしょうと言うんです。
危険と知りながら直にボクに接触を図るなんて。ボクに言わせれば、文字通り自殺行為ですよ」
エレベーターが一階ロビーに到着し、何事もなく扉が開かれる。
こちらの警戒とは裏腹に、約一分間に及んだ戦慄体験は呆気なく過ぎ去ったのだった。
「(今ので確実に寿命が縮んだな)」
心臓を鷲掴みにされたような、という表現はこういう時に使うのだろう。
アンリが静かに溜め息を吐くと、隣でシャオも安堵の息を吐いた。
さすがのシャオも、先の場面には緊張したようだ。
「(本当にこのまま送り出す気なのか……?)」
蓮寧を筆頭に再び歩き出した一同は、カジノブロックにあるエントランスまで直行した。
アンリはエレベーター内で答え損ねた返事を、改めて蓮寧にぶつけることにした。
「直接会うことに意味があると思ったんですよ」
蓮寧はなにも返そうとしないが、この距離なら聞こえていないことはないはず。
アンリは構わず一方的に続けた。
「今日語られた内容が真にせよ偽りにせよ、貴方が何を以てプロジェクトに関わったのか、貴方自身の口から聞きたかった」
営業スマイルを携えたカジノスタッフ。
厳格な雰囲気を滲ませる怖面の警備員。
上機嫌に往来を練り歩くセレブの歴々。
海外から訪れたと思われる観光客達。
おおよその面子は、行きと殆ど変わっていない。
蓮寧達を連れている点を除けば、アンリ達がここを訪れた時と同じ状況だ。
エントランスまであと少し。
やはりこちらが警戒し過ぎなだけで、最初から蓮寧に害意はなかったのだろうか。
心中でアンリが首を傾げた刹那、事態は動き出した。
「なるほど。つくづく貴方は、良い意味でお人よし、悪い意味で────」
「高蓮寧!!!」
ようやく蓮寧が返事をした時だった。
彼の言葉を遮るようにして、突如として何者かの太い怒声がエントランス中に轟いた。
とっさに一同が歩みを止めると、出入口付近に怪しげな覆面を付けた男の姿があった。
男の両手には、大きなアサルトライフルが握られていた。
「今日こそ貴様の命を終わらせてやる!!!」
声が裏返る程に絶叫した男は、手にしていたアサルトライフルを蓮寧に向かって構えた。
最も早く危険を察知したシャオは、一拍反応の遅れたアンリの腕を掴むと、勢いよく自らに引き寄せた。
標的とされていた蓮寧の前には、脇を固めていた黒服の一人が立ち塞がった。
男のアサルトライフルが発砲される。
蓮寧を庇った黒服が上体に二発被弾するのと、勢い余ったアンリ達が揃って転倒したのは同じタイミングだった。
「───テロリストか!?」
「───ニュースでやってた連中だ!」
「───誰か、誰か……!」
「───待って、置いて行かないで!」
どこからともなく悲鳴が上がり、蜘蛛の子が散るように逃げ惑う人々。
こうなれば最早、身なりも階級も性別さえも関係ない。
誰しもが我が身の安全こそを優先させ、誰かを踏み付けにしてでも危機から逃れようと躍起になる。
一気に騒然となったエントランスの様相は、まさに阿鼻叫喚の具現化だった。
「立てるか!」
「ああ……!」
転倒から素早く起き上がったアンリ達は、流れ弾を貰わないよう急いで物陰へと逃げ込んだ。
「主様、お怪我は……!」
「問題ない。さっさとあのウジ虫を捕らえろ!」
アンリ達とは別の死角に隠れた蓮寧は、黒服達を盾にしながら苛立った様子で周囲に命じた。
蓮寧を庇った一人は幸い急所を外したものの、深手を負ったらしく酷く出血していた。
「───離せ!権力者の犬共め、お前達も同罪だ!」
「くそ、なんて力だ……!」
「こっち押さえてくれ!」
出入口付近では、例の男と警備員達とが揉み合いになっていた。
男はとても興奮していて、僅かでも隙を与えれば手当たり次第に殺戮しかねない様子だった。
「───陣形を取れ!民間人の避難を最優先に、武装隊は私に続け!」
そこへ、別のエリアで職務に当たっていた警備員の増援が集まってきた。
警備員達は数人がかりで男を押さえ付け、どうにか男を無力化させることに成功した。
しかし、一息ついたのも束の間。
外から男の仲間と思われる武装集団が押し寄せ、一斉にエントランスへと雪崩れ込んできた。
「どこから湧いたんだあれは……!」
「こりゃエラいことになってきたね」
シャオとアンリは息を潜め、物陰から状況を窺った。
反政府組織を思わせる装いで突如押し寄せてきた謎の武装集団。
最初に現れた主犯格の発言からして、犯行動機は蓮寧に対する怨恨の可能性が高い。
だが妙である。
主犯格は堂々と正面入口からエントランスにやって来た。
あれほど厳重な警戒体制がとられていたにも関わらず、発砲がされるまで誰も彼を止めなかったのだ。
見るからに怪しげな出で立ちで、まして武器を所持した集団であるなら、入口を抜ける前に捕らえられて然るべきである。
なのになぜ警備員達は、こうなるまで行動を起こさなかったのか。
「蓮寧を殺せ!まだ近くにいるぞ!」
取り押さえられたままの主犯格が、大声で仲間達に指示を出す。
それに応えるように勢いを増した仲間達は、容赦なく警備員達を倒しにかかった。
どうやら彼らは、殺しに長けた専門家であるらしい。
いくら訓練を積んでいるとはいえ、殺人を生業としていない民間の警備員達が敵う相手ではない。
このままでは水際の守りも突破されてしまうだろう。
「アンリさん!!」
ふと蓮寧がアンリ達に呼び掛ける。
「ここはもう持たない!直にボクの部下が到着しますから、お二人は安全なところに避難を!」
「貴方は!」
「奴らの狙いはボクです!我々も一旦ここを離れます、先に行ってください!」
蓮寧によると、既にこちらも応援要請は済んでいるらしい。
ただし現場に到着するにはもう暫く掛かるそうで、それまで蓮寧達は安全圏に身を隠すという。
承諾したアンリは、蓮寧達と別れて別の逃走ルートを探すことにした。
「じゃあ先に行きます!お気を付けて!」
こうしてアンリとシャオは阿鼻叫喚のエントランスを後にし、まだ見ぬ裏口を目指すこととなった。
一抹の猜疑心を覚えながらも、武装集団の本当の目的には気付かずに。




