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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
287/326

Episode47-4:呼んだ?



「───して、貴方達は具体的に何が聞きたくて、ボクに会いに来られたんです?

お父上のこと……、いや。コードFBについてかな?」



もごもごと大ぶりのエビ料理を頬張りながら、蓮寧は一気に核心に迫った。

全く緊張感が窺えないが、性格的に彼はオブラートに包んだ言い方というのを好まないようだ。



「そんな風に言われると、逆にこちらが伺いたいですね。

我々のことを、貴方はどこまでご存じなのか」



食事の手を一旦止めたアンリは、最早この男に建前は必要なしと己に言い聞かせた。



「大体は何でも知っていますよ。

水面下で色々と嗅ぎ回っておられること、他にも何人かお仲間を連れてらっしゃること……。

腹違いの弟君(おとうとぎみ)についてもね」


「ヴィクトールから警告を受けたんですか」


「ええ。ボクと、他お二方も同様に。全員が彼から通告を受けました。

チャンスがあれば殺しておけとも言われましたね」



アンリの心臓が、驚きとは違う意味でどくりと跳ねる。

片や食事中だったシャオは、横目でちらりと隣を見遣った。

そこには、俄に信じがたいとでも言いたげなアンリの横顔があった。



「仮にも古くからの幼馴染みを殺してしまおうだなんて、あの方も隅に置けないですよね」



予想外に口の軽い蓮寧のおかげで、疑惑の三名全員が黒であることが早くも確定した。

そこまでは良かった。そこまでは想定の範囲内だった。


問題は最後の発言だ。

"チャンスがあれば殺しておけ"。

これもまた、ヴィクトールの口から直に告げられたものであるという。


殺したいほど憎まれているだろうことは、アンリ自身承知していた。

弟のミリィが二度に渡って命を狙われた以上、自分の身にもいつかそんな危険が及ぶだろうことも。


だがまさか、ヴィクトール自らそれを望んでいたとは。

生かしていてはならない存在だと、明確に殺意を向けられていたとは思っていなかった。


侮っていたわけではない。友情を感じていたわけでもない。

ただ一縷の思いとして、ヴィクトール自身の意思ではない気がしていたのだ。


自分達を敵視するのは、排除したがるのは、例のプロジェクトの妨げになる可能性があるから。

殺した方が良いという決定はあくまで黒幕全体の総意であり、そこにヴィクトールの私怨は含まれていないはずだと。


実際は違った。

レヴァンナもサリヴァンも、ここにいる蓮寧もまた然り。

全員がヴィクトールの指示を受けてミリィ達の暗殺に動き出し、アンリ達のことも視野に入れたのだ。

一応は友人の体で関係を続けてきたヴィクトールが、今や本心から己の死を望んでいる。

その事実が、アンリにとっては俄にショックだった。




「そこまでご承知なら、我々が"水面下"で行っていることについても、大方聞き及んでおられるのでしょう?

私が言うことではないですが、随分赤裸々が過ぎませんか?」



動揺をごまかすために、アンリは再び料理に口を付けた。

気が気でないせいで碌に味も分からないため、咀嚼して嚥下するのもあくまでポーズだけ。

対して蓮寧は尚も己のペースを崩すことなく、上っ面だけで軽やかに笑った。



「ははは。赤裸々ね。慎みのない男は嫌いですか?」


「そんなことを言っているんじやありません。

貴方には保身を図る気がないのかと聞いているんです」



ナプキンで口元を拭った蓮寧は、ふとアンリからシャオへ視線を移した。

気付いたシャオも一瞬蓮寧と目を合わすが、すぐに逸らして黙々と食事を続けた。


何故シャオがこうも食べてばかりいるのかというと、実は毒味のためなのである。

幼い頃より凡百の危険に曝されてきたシャオには、ある程度の毒物に対する造詣がある。

どれがどんな匂いで味で、どう摂取するとどのように体調が変化するのか。

全ては実際に己に降り懸かった災難を経ての理知だ。


故にシャオは、アンリが手を付ける前に先回りして料理を確かめているのだ。

アンリと違って自分には耐性があるから、多少痛み分けとなってでも、アンリを害から守るために。



「ふむ。つまり貴方はこう仰りたいんですね?

いつか貴方達が我が国の秘密を暴いた時、片棒を担いでいたボクも当然引きずり下ろされる立場にあるというのに、そうなることを恐れる節がないのは何故かと」



淀みなく言い切った蓮寧は、グラスに残っていた老酒を一気呑みして本格的に語りだした。



「それもまた簡単な話です。

コードFBとは何たるかが明るみになったとして、ボク自身が槍玉に挙げられたとしても、ボクは特に困らない。

たとえ失脚しても、ボクは何度だって今の地位を取り戻すことが出来ますからね」



やけに自信ありげな蓮寧に、アンリは眉を寄せて今度こそ食事を中断した。



「物凄い自信ですね」


「自信もなにも、事実ですから。

権力に勝る正義など、どこの世界にもありはしない。

いかな悪逆、いかな非道を侵そうとも、我々を裁ける者は世に存在し得ない」


「そんなことはありません。

中には道理に外れた奸物もいるでしょうが、純粋に法を貴ぶ裁定者だって────」


「アッハッハ!法を貴ぶ!

いや、まるで絵本でも読み聞かせられている気分だ」



心底可笑しそうに、蓮寧は首を仰け反らせて大笑いした。

アンリは不快に目を細めたが、反論はせず蓮寧の次の言葉を待った。



「しかしまあ、そうですか。

貴方は清廉潔白にして天衣無縫。美しいものだけを見て生きてこられた、性根からの善人のようだ。

そんな貴方に一つ、タメになる楽しい話を聞かせてあげましょう」



冷静に戻った蓮寧は、テーブルに両肘を着いて楽な姿勢をとった。



「貴方も既にご存知でしょうが、ガオ州は外聞以上に治安がクソです。

華やかなのは表向きだけ。外れの裏路地なんかを冷やかせば、三歩もいかない内に闇の住人に突き当たる。

薬を売る者買う者、女を売る者買う者、臓器を売る者買う者……。それで生計を立てる者、それを目当てに零落した者が共存するエリアもある。

その上でこうして彼らの営みが成り立っている訳は、いつまでも蔓延っている訳は何でしょう?」



急にクイズ形式な語り口で蓮寧は尋ねた。

アンリは何となく答えが分かっていたが、敢えて無言で通した。



「正解は、彼らを取り締まる立場にある者らが、彼らと癒着をしているから。

我々の運営するこのカジノにしてもそうです。あまり大きい声では言えませんが、うちは結構非合法な分野にも通じていましてね?

誰か一人にでも出る所へ出られてしまうと、すぐに立ち行かなくなるリスクを背負っているんですよ」



ずっと食う飲むに耽るばかりだったシャオも、ここにきて漸く箸を置いた。

虚ろな黒い瞳には、見知った男が身振り手振り付きで閑談に興じる姿が映っている。



「なのに、ウチが摘発されたことは一度もない。

世界中のお偉方、世界中の道徳を語る某が、是正や天誅の名目でいらしたこともありますが。彼らでさえ此方(こなた)の内情を漏らしたことは一度もない。

こんな卑俗で破廉恥な場所はすぐに解体してやる!なんて、最初は仏頂面で息巻いていたのに。帰る頃にはすっかり大人しくなって、また来ますとボクに頭を下げる始末ですよ。おかしいでしょう?」



なにか言い返してやりたい気持ちをぐっと堪え、アンリはジャスミンティーに口を付けた。

シャオは変わらず無表情のまま椅子の背もたれに体重を預け、ぼんやりと蓮寧を見詰めた。



「いつぞやには、名のある神父様とやらがお見えになられたこともありました。先のお歴々と同じ名目でね。

……そんな立派な御仁でさえ、神仏に身を捧げたという聖人でさえ、鼻先の誘惑には抗えないものなのです。

むしろ、おカタい立場にある人達の方が、却って落としやすいかな?」



一度区切って姿勢を正すと、蓮寧は空になったグラスに新しい老酒を注ぎ始めた。



「ここまで言えば、もうお分かりでしょう?

ボクには世界中に心強い奴隷───、失敬。同腹がいるのですよ」



次に蓮寧は、老酒の入ったグラスに氷を投入していった。



「母国では今も立派に本来の職務を全うしているのかもしれませんが……。

ボクが一声かければ、彼らは絶対にボクに逆らえない」



最後に蓮寧はグラスを軽く掲げると、左右に底を揺らしてみせた。

中で擦れ合った氷は、蓮寧の低い声とは対照的にカラカラと高い音を立てた。



「"あの時の落とし前はどう付けてくれるんです?"

たった一言。たった一言だけでいい。この魔法の一言を唱えるだけで、ボクは善悪の定義を根底から覆すことが出来る。

これが、ボクが嘘をつかない理由です。たとえ世間がボクを悪人だと断じても、世間の上に立つ人々が、否が応にもボクを守ってくれる。

法に裁かれるを防ぐなら、法を司る者達と友達になる。そうやって我が一族はやって来た。

何十年とかけて築き上げたこの信頼関係は、そう易々と突き崩されやしませんよ」



言い切ると同時にもう一口老酒を飲むと、蓮寧はグラスを置いて溜め息をついた。


反論の隙が生まれたところで、アンリはすかさず己の意見を述べてやろうと口を開いた。

すると今の今まで沈黙していたシャオが、アンリより先に第一声を上げた。



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