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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
286/326

Episode47-3:呼んだ?



店内に入ると、ボーイの格好をした複数の男女が列をなしてアンリ達を迎え入れた。

しかし確認できるのは前述のボーイ達のみで、客席には誰も座っていない。

どうやら蓮寧の計らいで、今日限り店は貸し切りとなっているらしい。


更に奥へ進んでいくと、金の装飾で彩られた豪奢な扉に突き当たった。

ここは上客中の上客向け、予約必須のVIPルームで、今回の会食の舞台である。



(あるじ)様、お客様がお見えになりました」


「ああ。入りなさい」



洋が扉の前で一言かけると、中から低い男性の声が返ってきた。

口ぶりから察するに、今の返事は高蓮寧その人が発したもののようだ。

洋は最後にもう一度だけアンリ達に断ってから、厳かに扉を開けた。



「やあ、いらっしゃい。待っていたよ」



扉を開けて真っ先に目に入ったのは、軽く10人は囲めそうなほどの大きな円形テーブル。

そしてそのテーブルの上座に、ただ一人着席した若い男性の姿だった。



「ささ、遠慮なさらず。座って座って」



すっきりとした黒の短髪に、アジア人らしい淡泊な顔立ち。

白いチャンパオを身に纏い、右耳にはエスニックな耳飾りを添えている。

一見して育ちの良さそうなこの男こそが、噂の高蓮寧。年齢は今年で34歳。

アンリにとっては初めて見合う人物、シャオにとっては因縁の相手である。



「失礼します」


「………。」



蓮寧に着席を促されたアンリは、挨拶の前にとりあえず座ることにした。

アンリの右隣にはシャオが座ったが、シャオは一言も断らなかった。



「なにかあれば私めに」



一人部屋の外に残った洋は、一同に礼をして扉を閉めた。




「お待たせして申し訳ありません。

お初にお目にかかります、アンリ・ハシェと申します」



全員が腰を落ち着けたところで、アンリは改めて蓮寧に頭を下げた。



「こちらこそ、初めまして。

いつかお会いしたいと思っていたので光栄だ」



穏やかな笑みを携えた蓮寧は、気さくな調子でアンリに応えた。

年齢にそぐわない青年のような容姿をしている割に、彼の声はまるで4・50代の紳士に近い渋さを帯びていた。



「こちらこそ。急なお願いだったにも関わらず、本日は貴重なお時間を割いて頂き、ありがとうございます」


「いえいえそんな。キングスコートのご子息が相手となれば、断る道理はありません。

どうか後ろの連中はお気になさらず。誰を招いた時にもこうするのが決まりなもので」


「滅相もありません。特に今は物騒な時期ですしね」


「ご理解頂き恐縮です」



こうして何気ない世間話をしていると、蓮寧自身に後ろ暗い部分は何もなさそうに感じられる。

だがアンリの皮肉めいた物言いにも一切怯むことなく、飄々と対応している辺り純真無垢というわけでもなさそうだ。


なにより、蓮寧の背後に控える5名もの黒服達。

恐らくボディーガードと思われる彼等には得も言われぬ威圧感があり、そんな彼等を従えているだけでも只者ではない雰囲気が十二分にあった。



「そしてこちらが────」



先程から一向に喋ろうとしないシャオのことを、見兼ねたアンリが代わりに紹介してやろうとした時。

蓮寧が遮るように言葉を被せてきた。



「ああ、彼のことは大丈夫。ボクとは既に見知った仲ですから。ねえ?」



そう言うと蓮寧は一層笑みを深くしてシャオを見遣った。

対してシャオは愛想笑いをするでもなく、冷たい表情で淡々と返した。



「そうですね」



幾度か話には出ていたが、本当に両者は知り合いであるらしい。

だとするとどういう類の仲なのか、どうして二人は出会ったのか。

シャオの様子を見ていれば良好な間柄でないことは窺えるが、アンリは詳しいことはなにも承知していなかった。


というのも、シャオ自身が頑なに口を開こうとしないのだ。

いつも"大したことじゃないから"と濁すばかりで、尋ねられても理由だけは決して語らなかった。

それは単に億劫だからというより、当時を思い出したくないからといったニュアンスを含んでいた。



「なにはともあれ、夜はまだ長い。まずは出会いと再会を祝して、乾杯といきましょうか。

お飲み物はなんになさいます?」



空気を一新するように、蓮寧は明るく声を張った。



「私はノンアルコールのものでしたら何でも」


「右に同じく」



アンリとシャオがやんわり飲酒を断ると、蓮寧は残念そうに眉を下げた。



「えー、お呑みにならないんですか?

せっかく料理に合う酒も幾つかご用意しましたのに」


「お心遣いには感謝しますが、今日のところは遠慮させてください。

悪酔いしてご迷惑をかけるわけにはいきませんので」


「そうですか……。残念です。

じゃあボクだけでも呑んで構いませんか?ザルなので、お話を妨げるようなことは致しませんし」


「どうぞ」



しぶしぶ納得した蓮寧は、テーブルに置かれたメニュー表を手に取った。

アンリとシャオも自分達用のメニュー表を開き、ドリンクの欄をチェックした。



「蓮寧様」



そこへ、蓮寧の背後に控える黒服の一人が一歩前に出てきた。



「本日のお料理には、こちらの紹興酒が好相性だと先程────」



蓮寧の側で腰を屈めた黒服は、彼の耳元で受け売りのアドバイスを伝えようとした。

しかし蓮寧は、黒服に皆まで言わせる前にぴしゃりと一蹴した。



「黙れ。お前の意見なぞ聞いていない」



冷たく抑揚のない声、機械的な無表情からは、先程までの穏やかさは微塵も感じられない。

いっそ同一人物か疑わしくなるほどの変わりようだった。



「し───、失礼致しました。どうかお許しを」



蓮寧の反応を見てびくりと肩を揺らした黒服は、慌てて訂正と謝罪の言葉を述べ定位置に戻っていった。

彼等の殺伐としたやり取りを目の当たりにしたアンリは、思わず動きを止めて絶句した。

シャオは驚きはしないものの、メニュー表からこっそり覗かせた目で蓮寧を睨んだ。



「んー……。じゃあ今日はこれにしようかな。

お二人はお決まりになられましたか?」



再び人の良さそうな笑みを浮かべた蓮寧は、アンリ達にリクエストを尋ねた。

そんな変わり身の早さにも、アンリはまた少し狼狽えてしまった。



「あ、───ええ。私はこの、ジャスミンティーを頂こうかと」


「そちらは?」


「プーアールで」



アンリはジャスミンティー、シャオはプーアールティー。

蓮寧は中国産の高級老酒を、それぞれ食事の供に選んだ。



「ジャスミンとプーアールですね。分かりました」



蓮寧が二度手を叩いて合図すると、扉が開いて洋が部屋に入ってきた。

洋は蓮寧から注文の内容を伺うと、承りましたと踵を返し退室した。



「ここはボクが個人的に贔屓している店でもありましてね?特にフカヒレの姿煮が美味いんですよ。

お二人の口にも合うと良いのですけど」


「……それは、楽しみですね」



当初はただの会談の予定だったはずが、蓮寧の提案により急遽会食となった今回の謁見。


セッティングされた店は蓮寧の行きつけ。

振る舞われる料理も蓮寧のチョイス。

全ては蓮寧の独断による采配である。


とどのつまりアンリ達は、蓮寧の息のかかったテリトリーで完全アウェーの状況なのだ。

料理に毒を盛ることも、今すぐ黒服達に攻撃させることだって、蓮寧が本気になれば容易に叶ってしまう。

そんな中でアンリ達は、一度は招かれたこの部屋から、果たして五体満足で出られるのだろうか。




「───お待たせ致しました。ただ今お配りしますので、どうぞ皆様は、御席に座られたまま」



程なくして、料理と飲み物を積載したカートと共に洋が部屋へ戻ってきた。

蓮寧が飲み物を注文してから、僅か5分程のこと。

どうやら会食が始まるタイミングを見計らって、予め料理は用意されていたようだ。



「中華は全員で大皿を分け合うのが基本形式となりますので、各人お好きな料理を好きなだけお召し上がりになれます」



洋と二名のボーイが手分けして料理を配膳していき、テーブルはたちまち大皿でいっぱいになった。

とても三人では食べ切れない量だが、各々好きな分だけ取り分けていいという。



「まずはどちらをお取り分け致しましょう?」



アンリとシャオは洋のお勧めに任せることに。

蓮寧はボーイの一人を捕まえると、フカヒレの姿煮を中心とした品目を幾つか指差していった。



「後は自分達でやる。お前はもう下がっていい」


「畏まりました」



三人の面前に適量の料理が並ぶと、蓮寧は洋とボーイ達を下がらせた。

これにて準備は整った。いよいよ会食の始まりである。




「ああ、良い香りだ。フレンチも悪くないですが、コース料理は順番を待たなくてはいけないですからね。やはり食べたい時に食べたいものを頂けるのが良い。

アンリさんは中華はお好きですか?」



ご馳走を前に蓮寧は上機嫌そうに肩を竦めた。

確かにどの料理も美しく盛りつけられ、芳しい湯気が立っている。

見た目と香りだけなら、食欲のそそられる出来だ。

見た目と、香りだけなら。



「ええ。あまり口にする機会はないですが、好きですよ」


「そうですか。なら良かった。もしや苦手でらしたかと、一瞬泡を食いそうになりました」


「そんなことは────」


「毒なんて入っていませんから、安心して召し上がってくださいね」



またしてもアンリの言葉を遮って、蓮寧は平然と言い放った。


毒。日常会話では滅多に耳にすることのないワード。

まさにそれを内心で警戒していたアンリは、蓮寧に全てを見透かされているような気がして息を呑んだ。



「な、───にを、仰るんですか。薮から棒に」


「おや、お気に障りましたか?

先程から妙に強張った顔をされていたので、苦手でないなら、そちらを心配されているのかと思ったのですけど」



逆に首を傾げる蓮寧に、アンリはどう反応して良いか分からず困惑した。



「どういう、意味でしょうか」


「言葉通りですよ。

貴方はボクを敵視し、ボクもまた貴方の存在を快くは思っていない。そしてそれを互いに承知している。

毒を盛る盛られるの理由としては、十分だと思いますが?」


「……では何故、敢えて手の内を明かすような真似を?」


「ボクに殺意がないからです。

仮に貴方達を殺すつもりで招いたなら、毒なんてまどろっこしい道具をボクは使わない。もっと容易に、且つ十全に遂行できる手段が他にありますからね。

言ったでしょう?貴方と話をしてみたいと。先の言葉に他意はありませんよ」



嫌な予感的中。

やはり蓮寧は、全てを踏まえた上でアンリ達からの申し出を受けていた。


ただし、そこに殺意は伴っていないという。

少なくとも今回は、アンリ達を陥れる目的で招いたのではないと蓮寧は語る。

その言葉のどこまでが真実かは定かでないが、本気になればいつでも殺せるというのは本音だろう。

となれば、今は手を下すつもりがないというのも、一応は信じて大丈夫そうだ。


アンリとシャオは複雑な心境ながらも一先ず安堵し、最も手頃そうなスープに恐る恐る口を付けた。

すると蓮寧の言った通り、どれも不穏なものが混入している気配はなかった。

スープは三人全員に配られたものなので、当然と言えば当然か。


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