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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
285/326

Episode47-2:呼んだ?



アンリとシャオがエントランスに入ると、入口付近に常駐する警備員が二人近寄って来た。

一人は細身の壮年、もう一人は体格の良い若年で、どちらも専用の黒服に袖を通した男性だ。



「いらっしゃいませ。お約束、ご予約等はおありでしょうか?」



一歩前に出た壮年の警備員が、にこやかにアンリ達に対応する。

アンリ達は肯定を返すと、それぞれ懐に仕舞っていたパスケースから国民証を取り出した。



「今夜18時半から、こちらのレストランブースで白蓮寧氏とお会いする約束をしています」



軽い自己紹介と共にアンリが国民証を提示し、シャオもそれに倣う。

二人の国民証を受け取った壮年の警備員は一瞬驚いた顔をしたが、すぐさま営業用の笑顔に切り替えて頷いた。



「伺っております。

ただ今データの照合を行って参りますので、お手数をおかけしますが、その(かん)に簡単な身体検査を受けて頂けますか?」


「ええ」


「では、こちらの者がご案内致しますので。私は一旦失礼します」



二人分の国民証を預かった壮年の警備員は、一言断ると厳かにその場を離れていった。



「まずは簡単な身体検査からになります。どうぞこちらへ」



残った若年の警備員は、アンリ達を連れて身体検査のスペースまで案内した。

シャオとアンリは歩きながら、前を行く彼に聞こえない声量で会話した。



「約束があっても特別扱いはしてくれないわけね」


「当然だろう。昨日の今日なら尚更だ」



こんな公然の場に銃など持ち込めるはずがないので、今の二人は言わずもがな丸腰である。

故に身一つで蓮寧の懐に入らなくてはならないが、無策で敵陣に乗り込むほどアンリもシャオも愚かではない。

心配されるのは、いざという時に発動する予定の安全装置が、本番でも滞りなく機能してくれるかということだった。




「───ねえ、あの人ってもしかして」


「やっぱりそうよね。私本物を初めて見たわ」


「私はこの間パーティーに出席されているのをお見掛けしました」


「こんな場所にお見えになるなんて珍しいですよね。隣にいるブルネットの方はご友人でしょうか?」



二人が身体検査を受けている間、周囲では密かに黄色い声が上がった。

というのも、今宵のアンリ達は堂々とドレスアップをして来ているのだ。

服装は揃って黒のタキシード。髪型も同じオールバックに整え、本来の顔形が露になった姿となっている。

平素であれば素性が割れないよう目立たない変装を施すところなのだが、今回は注目を集めるのも作戦のうち。

煩わしさすら感じさせる女性の歓声も、今日ばかりはアンリ達に味方をしてくれる。




「───お疲れ様でした。

データの照合が確認されましたので、お預かりした国民証をご返却致します」



手荷物検査、金属探知器のパス、担当員によるボディーチェックと手短な問答。

全ての身体検査をクリアしたアンリ達の元に、先の壮年の警備員が戻ってきた。

壮年の警備員は預かっていた国民証を返却すると、二人をロビーまで連れていった。



「直に迎えの者が参りますので、こちらに掛けてお待ちください」



据え付けのソファーに二人を促した壮年の警備員は、踵を返し去っていった。

二人は並んでソファーに座り、ようやく一息ついた。



「ふい~。相変わらずガン目立ちだねえ色男?」


「それはお前もだろ」


「アラ。色男は否定しないのね」


「この顔のせいで迷惑することが多いのは事実だからな」


「ファハハ。持て囃されるのが迷惑ときたか。

君の目には例のお姫様以外、視界を遮る羽虫くらいにしか見えてないらしいね?」


「どうとでも」



いつもと変わらず軽口を利き合う二人と、そんな二人を遠巻きに眺める有象無象の観光客達。

こうして好奇を寄せられるのはシャノンの生誕記念パーティー以来二度目となるが、当時と今とではシチュエーションに大きな差がある。

ひそひそと噂を立てる話し声も、じろじろと物珍しげに向けられる視線も。ここにいる彼らの仕種はどこか下品で不躾だ。


中には上流階級らしい気丈な振る舞いをしている者もいるが、多くは前述の有様。

お金さえあれば何をしても許される、という捩じくれた思想を持った彼らには、正当な素養を求めるだけ無駄なのかもしれない。




「にしても、こんな目立つ場所に堂々と置いとくなんて……。

あちらさんも我々の素性を秘匿にする気はないんだね。ちょっと意外かも」


「俺達を陥れるつもりで呼び付けたんなら、後々疑いを向けられないためにも内密に事を進めるのが定石のはずだ。

……なんとなくだが、蓮寧は一筋縄ではいかないっていうお前の評価、分かってきた気がするよ」


「デショ~?

ま、今んとこは想定の範囲内で済んでるから、上上ってことにしておくケド」



もし今回の会食が罠で、アンリ達を謀殺するのが蓮寧の真の目的であった場合。

直前に会う約束をしていた蓮寧自身が、アンリ達を殺害した犯人として真っ先に疑われることになる。


にも関わらず、蓮寧はアンリ達との接点を隠匿しようとしていない。

現にアンリ達を人目に曝す扱いをしている。

最初から危害を加える気はなく、本当にただ話がしたくて呼び付けただけなのか。

それとも絶対的なアリバイを講じる自信があるからこそ、人々の関心など意に介さないだけか。

いずれにせよ、蓮寧が常識外れな人物である片鱗が、ここで早くも垣間見えたのだった。




「───お待たせ致しました。

アンリ・ハシェ様、シャオライ・オスカリウス様で間違いありませんでしょうか?」



数分後。

執事風の燕尾服に身を包んだ初老の男性が、どこからともなくアンリ達の前に現れた。

アンリ達は席を立ち、男性に挨拶した。



「はい。私がハシェで、こちらが────」


「どーも、オスカリウスです。

お会いするのはこれで二度目になりますけど、私の顔なんてとっくに忘れちゃいましたよね?」



アンリが自分とシャオの紹介をしようとすると、シャオはそれを遮って男性に話し掛けた。

どうやら両者は既に見知った間柄であるらしい。

男性は胸に手を添えると、穏やかな笑みを携えてシャオに一礼した。



「滅相もございません。今も鮮明に記憶しております。

我が主も、貴殿のことはよく覚えておいでですよ」



男性の名は(ヤン)という。

彼は実際に蓮寧付きの執事で、主に蓮寧が出席する社交場を取り仕切る役目を持っている。

平たく言うと、蓮寧に関わる人脈を管理するのが仕事だ。

シャオと面識があるのは、以前シャオと蓮寧が接触した場面に洋も居合わせていたためである。



「……へーえ。あんなにイッパイお友達抱えてる人にまーだ覚えてもらえてるなんて驚きですね。

私のような貧相な野良犬は最初から存在しなかったことにされているものとばかり思ってましたけど」


「ご謙遜を。いつかまた貴殿と語らえる機会を、我が主は長らく楽しみにしておられました。

此度はお越し頂けて何よりにございます」


「それはそれは。恐悦の極みでございますわ」



温和な物腰の洋に対し、シャオは終始機械めいた笑顔と口調で応じた。

普段あまり見ない類のシャオの姿に、アンリは思わず無言で見入ってしまった。



「我が主がお待ちですので、そろそろ参りましょうか。

お連れ様もよろしいですか?」


「はい」


「では、ご案内させて頂く前に、こちらを」



軽い談笑を切り上げた洋は、懐から濃紫のジュエリーケースを取り出すと、蓋を開けて中身をアンリ達に確かめさせた。



「これは?」


「当リゾートに於ける身分証にございます。

我が主のお客様には必ず装着して頂きますよう義務付けられておりますので、お取り付けしてよろしいでしょうか?」



メトロポリス・ジュエル・リゾートに於ける特製のピンブローチ。

これは主にプレミア会員加入の有無を明らかにするため、若しくは要保護対象の目印として開発された身分証である。


自ら志願して会員になった場合は金メッキ製のものを支給され、装着は本人の自由意思となる。

対してジルコニア製のものは蓮寧の貴賓であることを意味し、装着義務が発生する。


アンリとシャオは会員ではないが後者に該当するので、ジルコニア製のものを身に付ける必要がある。

ただしこちらはリゾート側が把握・注力するために開発されたものなので、二人の身分や事情が周知される恐れはない。



「お貸し頂ければ自分達でやりますが……」


「申し訳ありません。我々の手ずからお取り付けすることも義務に含まれますので、何卒ご理解を」


「……そういうことなら。お願いします」



アンリとシャオは互いに一目合わせてから、洋に身を委ねた。

洋は一言断ると、二人の襟にピンブローチを手早く取り付けていった。



「ご協力感謝します。これより我が主の元へお連れします」



事前の通過儀礼も無事完了したところで、一同は早速場所を移動することにした。


洋を先頭に向かった先は、カジノブロックの脇に建つホテル。

ここの上層がレストランブースになっており、リゾート入場者なら宿泊の有無を問わず誰でも利用することができる。

蓮寧との会食は、最上階にあるチャイニーズレストランで行う予定だ。



「お足元にお気をつけて」



最上階へ続くエレベーターに乗り込み、待つこと十数秒。

キン、と鈴に似た音と共にエレベーターの扉が開かれると、その向こうにある景色がアンリ達を出迎えた。


軒を連ねる和洋中の高級料理屋。

どの店で食事にしようか悩む観光客達。

どこもそれなりに人が集まっており、均等に繁盛している様子が窺える。


ただし混み合ったり騒がしい印象はなく、客層もマナーの良い上客の姿ばかりが見受けられる。

カジノブロックの盛り上がりと比べると、こちらの雰囲気は別世界のごとく静かだ。


何故なら、ここが最上階であるから。

レストランブースは五階層に渡って設けられているが、最上階では選び抜かれた高級店しか構えることが許されていない。

則ち、ここで食事のできる者も選び抜かれたセレブのみ、ということなのだ。



「ウエー、聞いたかい?さっきのとこお会計40万だって。何代?具体的に何代なの?」


「知らん」


「あれが相場の額なら、ここでの一食分で私は一月は優に暮らせるね」


「分かったからそろそろ静かにしろ」


「へーい」



ブース内を更に歩いていく洋に続き、アンリとシャオも黙々と先を進む。

途中シャオが茶化した発言をすると、アンリは目線をくれずに注意した。




「───こちらに、我が主がお待ちになっております。

お通ししてよろしいでしょうか?」



やがて洋が立ち止まった先には、いかにも格式の高そうなチャイニーズレストランがあった。

白と赤で統一された外観の脇には、"華月中国料理店"という店名が掲げられている。

しかし中でなにが食べられるのか、相場の価格はいかほどなのか等の情報は一切表に出されていない。

これでは入るのに躊躇うのが一般の反応だが、セレブは値段を見て物を買わないので問題ないのである。



「はい。お願いします」



アンリは改めて襟を正し、洋に返事をした。

半歩後ろに控えるシャオは無言のまま、過去の苦い出来事を思い出して密かに眉を顰めていた。



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