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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
284/326

Episode47:呼んだ?



11月19日。PM5:00。

ガオ州公孫(コウソン)地区・某カジノリゾート入口前にて。




「───いや~、改めて見ると壮観だね~。

前に行ったロス・リオス・クラウンカジノも大概だったけど、あそこは純粋な賭博場だったからなあ。

リゾートともなるとこの有様だよ」


「夜でもサングラス持ってくれば良かったな……。居るだけで頭痛がしそうだ」



慣れた様子のシャオの隣で、アンリは眉を寄せて眼前の有様を眺めた。

そんなアンリを見てシャオはニタリと笑みを浮かべ、嫌味たらしく鼻を鳴らした。



「そりゃあ、"メトロポリス"で"ジュエル"だからねえ?目眩がするほど豪華なのは当然さ。

……こんなダッサイ名前でも蝿のように人が集まるんだから、賢い一族だよまったく」




メトロポリス・ジュエルリゾート。

今二人の眼前に聳え立っているこの建物は、ガオ一族が個人的に所有する物件のうち、最もセレブ向きの統合型リゾートである。

元は初代主席・高啓流の資産であったが、彼から跡目を継承すると同時に甥の蓮寧が権利を譲り受けた。


敷地面積は驚愕の30万平方メートル。

これほどの贅沢が実現できた背景には、コウソン地区という立地が大きく関係しているとされている。


そもコウソン地区とは、初代がフィグリムニクス建国に携わった当初から設立が決定していたエリア。

とどのつまり初代は、コウソン地区に統合型リゾートを作ったのではなく、統合型リゾートを建てるためにコウソン地区を設けたのだ。


近隣には他企業の施設も存在するが極少なく、住宅街に至っては存在すらしていない。

いっそエリアそのものがリゾート化しているといっても過言ではないほど、コウソン地区は設立時からガオ一族のお膝下なのである。



そんなリゾート内で楽しめるのは、カジノを始めとした様々なアクティビティ。

劇場、映画、スポーツ、体感型イベント、レトロからモダンまで揃ったアーケードゲーム…。

敷地内には専用のホテルや温浴施設も併設されており、宿泊者は一部無料で前述のアクティビティを利用することが可能だ。


まさに至れり尽くせり。

大人のアミューズメントパークという触れ込みが相応の人気施設だが、一部の庶民の間では品がない場所だと敬遠されることがあるという。

何故ならセレブ向きというだけあり、入場料だけでも破格なのだ。

加えてリゾートの外観が宝石を散りばめたかのようにきらびやかで、そこも敬遠される所以となっている。




「けど、思ってたより物々しい感じではないね。

みんな普通に鼻の下伸ばしてるし、自分の懐具合しか眼中になさそうだ」


「確かにな。

それだけここの警備が信頼されているということなのか、誰も彼も平和ボケしているだけか……」


「どっちもじゃない?成金は自分の身の安全も金で買えるもんだと思ってるし。

万一鉄の雨に降られるようなことがあっても、それぞれ自己防衛できるだけの頑丈な傘をお持ちなんでしょ」


「詩人のような言い回しだな」


「ただの皮肉だよ」




リゾートのエントランスでは、金属探知器を含めた身体検査が随時行われている。

これはガオ州全域のカジノで毎日実施されていることだが、今日に至っては特に警備が強化されているようだ。

辺りを見渡せば、険しい顔付きの警備員が観光客に混じって敷地内をパトロールしている様子も窺える。


しかし昨日の今日である割には、そこまで厳重に人の出入りを警戒している感じはなかった。

今のところ入場制限のようなものも設けられておらず、身体検査をクリアすれば誰でも建物に入ることを許されている。


つい先日、国内のどこかにテロリストが潜伏しているというニュースが報じられたばかりだというのに。

当たり前に営業しているリゾート側もそうだが、こんな時にまで目先の欲望を自重できない観光客側も側である。




「お前はどう来ると思う?蓮寧とはそれなりに見知った仲なんだろ?」


「やめてよ気色の悪い。一応互いの名前を知ってる程度だよ」


「ほう?」



アンリの探るような目から顔を背けたシャオは、心底面倒臭そうに答えた。



「正直、私にも想像がつかないよ。

こっちから無理に攻め込んだなら、当然はぐらかすに決まってるけど……。今回は向こうも是非にって話なわけだし。

ブラックモアのサリヴァンはあっさり白状したんだっけ?」


「ミーシャ達によればな」


「だとすると蓮寧も、存外素直に手の内を見せてくれる気がしない、でもないけど……。

結局、考えたところで無駄なんだよ。いつだって常識の範疇を越えてくるのが奴だからね。

いざとなったら、その場の直感だけが頼りだ」


「なるほど。つくづく個人では挑みたくない相手のようだ」


「まったくさ」




事前にミリィに確認をとった際、ミリィはアンリ達の安否を心配はしても、今回の作戦に異議を唱えることはしなかった。

むしろ双方背水の陣で迎えるだろうエンディングに向けて、望むところだと覚悟を新たにしていた。


元から巷では有名人だったアンリと、元は日陰に生きる一般人だったミリィ。

その差も今日を以ってなくなり、やがて二人は同じ立場として同じ壇上に上がることとなる。


人目を忍んで控えめに生活する日々はもう終わり。

もしかすると、アンリもミリィも二度と人並みの幸福は得られないかもしれない。

それらを全て踏まえた上でミリィ達は了承し、アンリ達は今ここにいるのである。




「───そろそろ時間だ。準備はいいか?」



PM5:15。

自分の腕時計に目を落としたアンリが、顔を見ずにシャオに問う。

シャオはバキバキと肩の骨を鳴らしながら答えた。



「本音を言うと全然足りないんだけど、ここまで来たらもうどうしようもないからね。煮るなり焼くなり喜んで?」



二人の準備が整ったことを確認したアンリは、緊張を解すように短く息を吐いた。



「よし。───行こう」



アンリが最初の一歩を踏み出し、そのすぐ後をシャオが続いていく。

薄暗い空の下、足並みを揃えた二人が吸い込まれていくのは、俗世を隔てた桃源郷。

そこに待ち受ける切れ長の目をした男は、二人がやって来るのを文字通り遥か高みから見下ろしていた。



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