Episode46-3:大理石に地雷原
「ただ、リスク以外にもう一つ、懸念される事項がある」
先程まで意気軒昂としていたアンリの顔に、ふと影が落ちる。
「今話した内容は、俺が犯罪に関わった容疑を掛けられる前提のものだ。つまり俺に協力した時点で、お前達も共犯扱いになるってことだ。
無論、全責任は俺が負うつもりだが……。決着が着くまでの間、周囲から有らぬ誤解をされたり、時には誹謗中傷を受けることもあると思う。
だから、俺の無茶にどうしても付き合ってほしいとは言えない。少しでも思うところがあるなら、ここでチームを抜けてくれてもいい。
急な話だが、全員、今どうするか決めてくれ」
テロリストの疑いを掛けられることを前提とした本作戦には、リスク以外にも大きなデメリットがある。
それは、参加するメンバー全員の顔が犯罪容疑者として世間に割れてしまうということだ。
アンリには是が非でも成し遂げたい野望があるので、風評被害程度は意に介さない。
だがシャオ達は違う。シャオ達はあくまでアンリに協力している立場で、FIRE BIRDプロジェクトの行く末に直接関係はないのだ。
マナとジュリアンには探し人に関する縁があるが、アンリの無茶に付き合ってやる義務はない。
ジャックに至っては、気まぐれに道連れとなったに過ぎないメンバーだ。
故にアンリは、これ以上迷惑がかかる前にチームを解体するべきか相談を持ち掛けた。
本作戦のリスクとデメリットに少しでも不安を覚えるなら、今日中に参加の有無を決めてほしい。
なんなら今日この場でチームを抜けることになっても、本人の希望とあらば尊重すると。
「ボクは残るよ。やっとここまで来たんだから、今更尻尾巻いて逃げられるか」
「そうか」
暫くの沈黙を挟んでから、マナはきっと目付きを鋭くした。
アンリは彼女に対して複雑な心境ながらも、ほっと安堵の息を吐いた。
「おれも残る。マノン、どこかで見付かるかもしれないし。
アンリのことも心配だから、最後までいる」
「!……ありがとう。貴方がいると心強い」
少し遅れてジュリアンも残留の意向を示した。
まさか自分が心配という理由まで含まれているとは想像しなかったアンリは、驚きつつ感謝した。
「君はどうする?行きたい場所や、やりたいことがあるなら支援するよ。いくらでも」
アンリが優しく促すと、ジャックはわざとらしくふんぞり返った。
「アタシみたいな風来坊に今更どこ行けってんのよ。
あんたがここまで連れて来たんだから、ちゃんと行けるとこまで連れてってよね」
「そうだな。じゃあ、そうさせてもらうよ」
最初から抜ける気などなかったくせに、素直じゃないジャックは敢えて回りくどい言い方をした。
そんなジャックの性格を知っているアンリは、思わず笑みを零して喜んだ。
「シャオ」
最後にアンリが隣を見遣ると、シャオはアンリの顔を一瞥して意味深な溜め息を吐いた。
「まったく君は、強気なんだか弱気なんだか分かんないよね」
そう言ってシャオは向かいに座る三人を親指で指し示した。
「この面子見なよ。この面構え。
そんな程度のリスクで、今更ビビるようなタマに見えるかい?」
シャオの軽口にマナとジャックは笑い、ジュリアンは首を傾げた。
そしてシャオは特に意を決した感じもなく、当たり前のように答えた。
「俺も残るよ。世界が今よりマシになるまではね」
四人全員、残留決定。
ただ一人不安がっていたアンリをよそに、四人はこうなることが最初から分かっていた。
「ありがとな。
みんな、悪いがもう少しだけ、付き合ってくれ」
アンリは仲間達の強さと信頼を改めて実感し、軽く頭を下げた。
だが実際の気持ちは、見かけよりずっと深く熱いものだった。
「───んで、明日のことだけど。
弟君達みたいに銃撃戦になるかもしれないってのを承知で、ガオさんとこの蓮寧ちゃんに会いに行くってことでいいのね?」
「ミーシャ達の返答にもよるが、端的に言うとそうだ」
「ほんと、君も過激になったよねえ」
躊躇なく肯定したアンリに、シャオは軽やかに笑った。
本来はシャオの方が攻撃的で野心家な性格なのだが、近頃は彼が霞むほどアンリの威勢が良いことが多い。
「じゃ、ポジションはどうする?どんなトラップに嵌められても対処できるよう、誰をどこに配置するかは重要だよ」
「ああ。まず蓮寧に謁見に行くのは、俺とシャオの二人だけでいい」
当たり前にシャオを頭数に入れるアンリに、シャオはげんなりした様子で舌を出した。
「ウエー。私も心中確定なのかい?」
「嫌なら無理にとは言わないが?」
アンリが目を細めると、シャオも全く同じ顔で言い返した。
「嫌だけど無理じゃあないよ。君みたいな僕ちゃん一人じゃ心配で送り出せないし」
「酷い言われようだな。否定はできんが」
シャオの皮肉に、アンリは申し訳なさそうに肩を竦めた。
「それに」
再びシャオの表情がシリアスなそれに変わる。
「奴には色々と貸しがあるんでね。
情報屋時代に散々引っ掻き回された分、この機に三倍にして返してやらあ」
どうやらシャオには、アンリ達と出会う以前から蓮寧と個人的な因縁があるらしい。
"奴"と罵る声には確かな憎しみが込められていた。
「ボク達はどうすればいい?」
マナが身を乗り出すと、ジャックとジュリアンも前のめりに身構えた。
「マナ達は、私とアンリくんに何かあった時のサポート部隊として、近くで待機していてもらった方が良いかな」
「サポート……。ボク達が一緒だと、却って足引っ張っちゃいそうだもんね」
マナが寂しそうに俯くと、すかさずアンリが否定した。
「そんなことないさ。いずれにせよ、人員は分けなきゃならないんだ。
むしろ今度の作戦は、サポートの方が重要な役割になる。頼りにしてるぞ」
「そうなの?アンリもシャオも抜きで、ボク達だけで上手くやれるかな……?」
マナはアンリの信頼を嬉しく思うと同時に、自分達だけで二人のサポートが果たせるか不安を覚えた。
「そ~こ~は心配ご無用」
するとシャオがモヒートのバジルを一枚摘み上げ、マナのジンジャーエールの上に浮かべた。
「さっき連絡して、バレンシアもお手伝いに来てくれることになったから。
その辺のノウハウは彼女のが詳しいし、現地で手取り足取り教わるといいよ」
シャオによると、明日どのような展開になろうとも、バレンシアも何かしらのサポートに着いてくれることになったという。
突然のお願いだったにも関わらず、返事は快諾だったそうだ。
売れっ子のバレンシアに急フリとドタキャンが許されるのは、本人も認めるようにシャオだけなのである。
「あとは、もう一押し保険がほしいところだけど────」
言葉尻にシャオはちらりとアンリの方を見遣った。
シャオの視線に気付いたアンリは言われるまでもなくスマートフォンを開き直すと、ある人物の連絡先を表示させた。
「念には念、だな。
もう一人、伝手を当たっておくよ」
相応の覚悟を決め、明日に備えることとなった一同。
だが、実際の危険度は更に上。
明日起こる出来事が、物語を最終局面へと加速させる撃鉄となることを、この時はまだ誰も予想していなかった。
『Failure spells death.』




