Episode46-2:大理石に地雷原
「蓮寧はまず間違いなく、何らかの計略を以って俺を誘っている。
俺はそこへ敢えて引っ掛かりにいき、出来るだけ周囲を巻き込んで一騒ぎに発展させる」
「そんなことしたら君がキングスコートのアンリだってバレちゃうじゃないか」
「バレてほしいんだよ」
アンリが不敵に笑むと、シャオ達は意外そうに目を丸めた。
「俺が何か揉め事に巻き込まれたことが知れれば、世間は必ず連日の騒動と関連付ける。
ただでさえ逃走グループが何者なのか、何のための銃撃だったのかで謎当てが盛り上がっている時分だ。
そんな最中に僅かでも煙が立てば、また例のグループが絡んでいるんじゃないかと疑われて当然だろ?」
「……それで?」
懐から煙草を取り出したシャオは、まずアンリに向かって箱を差し出した。
アンリが首を振ると、シャオは箱を仕舞うと同時に一本だけ中身を引き抜き、自分の口にくわえた。
「今度俺が起こす予定の騒ぎと、ミーシャ達の銃撃事件。
この二つが同時期に報じられれば、俺達が実は兄弟だってこともいずれ公になる。
そして審判にかけられる。ブラックモアでの事件はどうして起きたのか、その直後に俺がハクでいざこざになったのは偶然か。
ここまで来れば、後は芋蔓式だ」
熱心に説得するアンリにメンバーは目を見張った。
シャオは続いて取り出したジッポで煙草に火を付けた。
「俺とミーシャに注目が集まったところで実名を上げれば、レヴァンナも蓮寧も、延いてはヴィクトールにも巻き添えを食わせることが出来る。
すぐに奴らを加害者と立証するのは無理でも、関係者の一人として証言台に立たせることに大いに意味がある」
苦さと甘さの入り混じるメンソールの香りと共に、灰色の煙がシャオの周囲から部屋中に広がっていく。
「世間の強い関心を前には、何人も秘密を抱えていられない。
ましてや一国の長が対象となれば、国民全員に関わる一大事だ。完全に疑惑が晴れない限り人々は追及を止めないだろう。
だが奴らの疑惑が晴れることはない。何故なら────」
「彼らの疑惑には根拠があるから」
マナが被せると、アンリは"まさしく"とでも言うように口角を上げた。
「奴らがどう言い逃れをしようと、奴らが全ての発端で、俺達が奴らに嵌められたってことは事実だ。真相はいつか必ず明るみに出る。
当然、長期戦にはなるだろうが……。如何な理由であれ、奴らに疑惑を吹っ掛けてやった時点で、追い風は俺達に吹くはずだ」
そう遠くないうちに、ヴィクトールらはとどめを刺しに来る。
後手に回ってばかりの自分達が袋の鼠となるのは、もはや時間の問題だ。
ならば、今やれるだけの悪あがきをするしかない。
どのみち無事では済まないなら、いっそ何もかもを巻き添えにしてしまえばいい。
ミリィ達の事件と、アンリがこれから起こす予定の悶着。
一連の騒動を更なる大事に発展させ、関係者の全員が被疑者として検挙されるよう仕向ける。
その後に誰がどう転ぶかは断定できないが、これでヴィクトールらを審判の場へ引きずり込むことはできる。
極限まで追い込まれたからこそ使える諸刃の剣。
この作戦のテーマを敢えて銘打つなら"道連れ"。或いは"自爆"である。
「ミーシャは濡れ衣を着せられることなく、俺も蓮寧と普通に会って終わる。それならそれで、また別のエンディングを考えればいい。
だがそうでないのなら……。あのヴィクトールを失墜させるには、まず表舞台に引きずり出すことが肝要になる」
「なるほどね……」
すっかり短くなった煙草を灰皿に押し付けたシャオは、モヒートを一口飲んで改めた。
「じゃあ、とんとん拍子に話が進んで、目論見どおりに彼らを法廷まで引っ張り出せたとしよう。
して、その後はどうなる?いつかは真相が明らかにされるかもしれないが、さっき君も言ったように、長期戦になるのは確実だ。
長引くほど奴らは悪知恵を働かせるだろうし、その間に証拠隠滅を図る可能性だってある。
そうなったら目先の銃撃事件では立件できても、例のプロジェクトの存在は最初からなかったことにされるかもしれない」
今度の作戦が段取り通りにいけば、最終的にFIRE BIRDプロジェクトにもメスを入れることが出来る。
しかしそうなる前に、ヴィクトール達が証拠の隠滅を図ったら。
ミリィやアンリを陥れようとしたこと自体は認めても、その動機を全く別のものに掏り替えられたら。
FIRE BIRDプロジェクトの存在は最初からなかったものとして葬り去られる恐れがある。
それをシャオは懸念していた。
プロジェクトの実態を公表することを最終目標としてきたのに、そのものを消失してしまったら最悪の結末を迎えることになる。
せっかくメスを入れることに成功しても、事前に中身を抜き取られては立証もなにもないと。
「それに、マナのガールフレンドやトーリくんのお姉さんのこともある。忘れたわけじゃないだろう?」
突然シャオに名前を上げられたマナは、びくりと肩を揺らして反応した。
実はマナも、内心そのことを不安視していたのだ。
未だ所在を割り出せていない自身のガールフレンドや、トーリの実姉。もしかすると、ジュリアンの友人であるという少女も。
全員がヴィクトールの手中にあるとするなら、証拠隠滅を図られた時に彼女らも纏めて始末されてしまうかもしれないと。
その上でマナが意見しないでいるのは、大事な局面を自分の都合で台無しにしたくなかったからだった。
故にこそシャオは、マナの複雑な心中を察して代弁したのだ。
悪を敷くことは大義だが、この作戦では多くの人質を犠牲にする可能性があることを。
「どれだけ人質がいようと関係ない。証拠の隠滅なんて絶対にさせないからな」
訝るような目を向けるシャオに対し、アンリは全く臆することなく言い返した。
「やけに自信ありげだね。なにか切り札でも────」
「あるさ。キオラという最強の切り札がな」
アンリの口からはっきりと明言された人物の姿が、一同の頭に呼び起こされる。
今も記憶に新しい。
ダヴェンポート診療所での地獄のような退行催眠を経て、彼女は自らが何者であるかをようやく思い出した。
もはや彼女はただの実験被害者ではなく、プロジェクトの詳細を知る唯一の生き証人なのだ。
「完全に記憶を取り戻した今、彼女の存在は貴重な詳左だ。
奴らがどれほど非道な行いを続けてきたか、彼女には語る権利があるし、暴く力もある。
キオラがこちらに付いたとなれば、ヴィクトールも引き際くらいは弁えるだろうさ」
「……いいのかい?本当にそれで。
誰より彼女の平和を願っていた君が、彼女を当て馬のように使うなんて」
いつにないアンリの強気、もとい強情を前に、シャオはやや困惑した表情を浮かべた。
アンリ自身もそれを理解している様子で、自嘲気味に鼻を鳴らした。
「自分でも、随分考え方が変わったなと思うよ。
……でも、確実にやり遂げるためには、キオラの協力はなくてはならない。
その代わりに、俺は残りの生涯をかけて、全力で彼女を守る。彼女だけを矢面に立たせるつもりは毛頭ない」
かつてのアンリなら、僅かでもキオラが傷付く恐れのあることは絶対に納得しなかっただろう。
だがキオラから別れを切り出された時、アンリの心境もまた変化したのだ。
時期が来れば、彼女は必ず世間に名乗り出る。
自分こそ例のプロジェクトの一番の被害者であること。
医学の進歩を促すために自分の体を差し出す意思があることを。
そうなれば世間は彼女を異端として遠ざけ、彼女は二度と平穏な暮らしを望めなくなる。
ならば、最初から全て公表してしまえばいい。
普通でないことを気味悪がられるくらいなら、悲劇のヒロインとして同情を買った方がいい。
なまじプライバシーを尊重して詳細を伏せれば、人々の悪い想像や誤解を招くことになる。
逆に有りのままを公表すれば、人々は彼女を哀れな対象として守ってくれる。
彼女のせめてもの安寧を守るためには、彼女の住む世界そのものを優しくするしかない。
これがアンリの新しい思想。
ヴィクトールからキングスコートの玉座を奪い取り、自分がこの国の新たな王となる。
そう決意して最初に志した目標である。




