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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
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Episode45-8:予期せぬ来訪者



「要するに、セレンは今この国のどこかにいる可能性が高いってこと?」




ようやく事態を飲み込んだトーリは、能面のような顔で誰にでもなく問うた。

一覧にあるセレンの正体が何者であれ、彼女はまだこの国に留まっていることになる。

何故なら、彼女のデータの出国日時の項目だけ空欄であるから。

これは現在も国内に滞在し、出国予定日が確定していないことを意味している。




「国を出た記録がないってことは、そうなるね」


「つまりセレンは、このPTMって制度を隠れ簑にここへ連れて来られたってことか。

例の人体実験に利用するために」


「まだそうと決まったわけじゃないけど────」




宥めようと声をかけた東間だったが、今のトーリにはとても落ち着けとは言えなかった。


PTMに該当する重篤患者の中には、所謂植物状態に近い者も少なくない。

そのため自力で歩けない該当者には、PTMの加入状況に関わらず専用の移送手段がシグリムから提供される。

これは入国から専門の医療機関へ搬送するまでのトラブルを防ぐためであり、PTM該当者専用の救急車のようなものである。


恐らくセレンは、この移送手段を用いて内密に国内に運び込まれたのだろう。

そしてその手引きを行ったとされるのが、キングスコート州ゴスリング地区のシーゲートに勤務する出入国管理者。

表向きには死んだことになっているセレンを通常通り入国させた点からしても、この人物もフェリックスの一味と思われる。


トーリはそれらも含めて全てに憤っているのだ。

単に自殺のレッテルを貼っただけでなく、多くの人間が結託してセレンの人生を狂わせたのだと。




「このこと、どのくらい前に気付いたんだ?」


「ラムジークを出たくらい……、だったかな」


「ならそん時に言ってくれりゃ良かったのに」


「ごめん……。そうしようと思ったけど、確証のない段階で打ち明けたら、余計に混乱させるかと思って……」




ミリィに優しく促され、東間は申し訳なさそうに俯いた。


本当はこれという証拠が見付かってから話そうと思っていたが、先程のアリスの言葉を聞いて気が変わったという。

先日の襲撃の件もあるし、いつ自分も命を落とすか分からないことを実感したから。




「ごめん。どうせ言わなきゃなんないなら、早い方が良かったね」



東間が謝ると、トーリはきつく拳を握りながらも首を振った。



「君が謝ることじゃないよ。むしろ、感謝する。

これでやっと、僕がこの国に来たのは無駄じゃなかったって、はっきりした」




体の奥底で炎をたぎらせるように、トーリは鋭く目を光らせた。

今までにない彼の怒りの表情と雰囲気を前に、ミリィ達は息を呑んだ。


そもトーリがこの国へやって来た理由は、神隠しの情報を持っていそうなアリスに会うため。

延いてはセレンの自殺の真偽を確かめるためだった。

そしてその執念が今、セレンが自分のすぐ近くにいるという真実まで導いた。

東間の働きによって、トーリの推測はより現実味を帯びたのだ。

残る問題は、彼女の身柄が国内のどこに隠されているか。

無事に見付けられたとして、果たして今も存命であるのかどうかだ。




「大丈夫か?」



ミリィが心配すると、トーリは目を伏せて深呼吸した。



「ああ。僕は平気だ。

話を戻そう。まだ続きがあるんだろ?」



いつもの穏やかな調子に戻ったトーリは、東間の顔を窺った。

東間が頷くと、ミリィは更にPTMと神隠しについて言及した。



「トーリの姉さんがそうだったなら、他に神隠しに遭った人達もPTMを隠れ簑に手引きされてるかもしれないよな。

その辺はどうなんだ?他に見覚えある名前、なかったのか?」



東間は一瞬気まずそうに目を泳がせてから答えた。



「あったよ。他にも知ってる名前」


「誰だ?」


「チェルシー・カルメル。マナのガールフレンドだよ」




チェルシー・カルメル。

当時アメリカの大学に通っていたフランス人で、マナのガールフレンドだった女性。


彼女もまたセレンと同じルートで、同じゲートを通ってシグリムまでやって来た。

出国日時が未定である点も同様で、今も国内にいる可能性が高い。




「そのこと、マナは知ってるのか?」


「まだ言ってない」


「そうか……」




最愛のチェルシーがこの国のどこかにいるかもしれないことを知ったら、マナは喜ぶだろうか。

それとも、彼女の身に降り懸かったであろう苦痛と絶望を思って、悲しむのだろうか。

マナがどんな反応をするか分からないのが怖くて、東間はまだ本人に打ち明けることが出来ていなかった。





「トーリのお姉様と、マナさんのガールフレンドさんがそうだったということは、神隠しの終着点がこのPTMってことなんでしょうか……?」



ウルガノの自信なさげに発言にはトーリが返事をした。



「そもそもこの制度自体、神隠しを円滑に進めるための仲立ちとして作られたとも考えられるね。

加入条件にある臨床試験への参加ってのも、何かしらFIRE BIRDプロジェクトに役立てるためかもしれないし」




PTMに加入した者の多くは、後に元気を取り戻し母国に帰っている。

表向きにはまともに機能しているので、制度自体は実際に社会貢献しているサポートと言える。


だが、この制度を創ったのは他でもないフェリックスだ。

活用されている地域もキングスコートに集中している。

最初から神隠しの隠れ簑にする目的で作られたのか、既にあった制度を悪用するようになったのか。

その前後は不明だが、どちらにせよPTM該当者の中に神隠し被害者は紛れている。


根気よく調べれば、きっとセレンやチェルシー以外にも思い当たる名前が見付かることだろう。




「トーリ達の探し人が近くにいるって分かったのは前進だけど……。

なんであれ、どの州のどのエリアにいるか範囲を絞らないことには、対策が難しいな」



ミリィは困って椅子の背もたれに寄り掛かった。

トーリは眼鏡を掛け直して腕を組んだ。



「一番可能性が高いのは、やっぱりフェリックスのお膝元だったキングスコートだと思うけど……。

彼が手をかけた医療施設なんて国内にいくらでもあるし、裏をかいて別の州に隠してるって線も有り得るよね」




うーん、と難しい唸り声を上げる一同。

そんな中東間は、再びスマートフォンを操作して先程の画像を画面に出した。




「あのさ。もういっこ確認してほしいんだけど」


「なんだ?」


「これ。さっきの画像の、一番下のとこ」




再びミリィにスマートフォンを差し出した東間は、画像最下部にある項目を指差した。




「この一覧にある人達にPTMの加入資格を与えて、国に招き入れたってのが、この人なんだけど」




東間の示す項目には、ある人物の名前が記されていた。


その人物とは、一覧の彼らにPTM加入資格があると許可した者。

PTM該当者をフェイゼンドに引き入れるか否かを最終判断する責任者である。

ミリィは東間の指先を目で追っていき、そこにあった名前に驚愕した。




「H・クラレス……」




H・クラレス。

奇しくも、ヴィクトールの葬られた本名と同じ名だった。




「神隠しの隠れ簑を管理してる人が、昔のヴィクトールと同じ名前の人。

……ただの偶然じゃないよね。さすがに」




これまで伏せていたセレンとマナの情報を、今このタイミングで東間が明かしたもう一つの理由がこれだった。


つい昨日までは、Hという略称にもクラレスというファミリーネームにも東間は聞き覚えがなかった。

それが、先程アリスが明らかにした情報によって意味を得た。

たとえ偶然はまった歯車でも、二人が共に尽力した結果一つのピースが完成したのだ。


セレンとマナをこの国に引き入れたのは、ヘルメス・クラレス。

則ちヴィクトールは、キングスコートの主席を務める一方、神隠しを首謀するリーダーでもあったのだと。




「ラスボスは親父殿の弟子か。上等だ」



最後に見据える相手が確定し、ミリィは思わず武者震いした。

そんなミリィの姿を見て、一同も最終局面に向けて覚悟を決めた。






『Very well.』


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