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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
278/326

Episode45-6:予期せぬ来訪者



「ヴィクトールが、元殺人犯……」




元フェリックス・キングスコートの愛弟子。

現キングスコート州の主席。


そんな誰もが知る有名人に殺人の前科があったという疑惑は、ミリィ達に衝撃を落とした。

中でもミリィは兄の幼馴染みということもあるので、驚愕以外の戦慄も同時に覚えさせた。




「言われてみれば似ている気もしますが…。

一部の人の証言や写真だけでは、まだ本人と断定できないのでは?」




ウルガノの尤もな問いに、アリスは確かにと頷いた。



ヘルメス・クラレスとヴィクトール・ライシガーが同一人物である決定的な証拠はまだない。


ティムをはじめとした関係者の証言は、あくまでヘルメスの為人を証明しただけ。

ヴィクトールとの繋がりについては誰も指摘していないし、そもそも繋がっているのではと疑う者すらいない。


当時ギムナジウムで撮ったとされる写真も、必ずしも同一視できるほどのものではない。

意識して見れば似ている気もするが、逆を言えば共通点の多い他人の空似とも言える。


ましてやヘルメスの方は、公には既に死亡したものとされている。

少なくとも一般の民間人は、ヘルメスとヴィクトールが同一人物とは思わないだろう。




「確かに、面影を感じさせる写真や、当時を知る人の話だけじゃ同じ人間とは決め付けられなイ。

だが、ヘルメスがヴィクトールじゃないなら、むしろ変だって点が他にもあるンだ」


「それは?」


「徹底した隠蔽。ヴィクトールとヘルメスが一本線で繋がらないようにっていう周囲への根回しが尋常じゃないンだよ」




ヘルメスが事件を起こして捕まったことは、地元では周知の事実だった。

しかし、ある時期を境に事件が話題に上がることはぱったりとなくなった。

何故なら事件について語る者が、事件の詳しい背景を知る者が一人もいなくなったからだ。


ギムナジウムの一部の生徒や職員。

クラレス家と交流のあったご近所さん。

取り調べを行った警察、取り扱った検事や弁護士、判事に陪審員。

そして、新聞やニュースなどで一連を報じた記者。


他にも様々な界隈でヘルメスと縁のあった者達が、様々な理由により続々と地元から姿を消していった。

ヘルメスが自殺したとされる日から少しずつ、だが着実に。




「諸事情で引っ越したとか、海外に移住したとカ。

古巣を離れた理由は色々だが、とにかくヘルメスに関心を持ってた人達は、例の日を境にみんないなくなっタ」


「第一発見者や報道記者がってんなら、詳しいこと知ってそうだから分かるが…。

そこまで接点のなかったクラスメイトやお隣りさんまで口封じに消されたってのか?」


「さすがにいなくなった人全員のその先を追うことは出来なかったガ…。

調べがついた半数は軒並み死んでたヨ。それっぽい自然な状況でネ。

だから多分、他もみんな無事じゃないと思うヨ。生死の意味では異なるが、やってることは大体神隠しと一緒サ」




アリスによると、前述の姿を消した者達は、地元を離れた後に事故や病気で亡くなったことにされたという。


つまり彼らは、ヘルメスと関わりを持ったばかりに謀殺されたのだ。

彼らがいつヘルメスとヴィクトールの繋がりを見破らないとも限らないから、万一の口封じのために。




「なるほどな。

ヘルメスをよく知る人間なら、いつかはヴィクトールに辿り着くかもな」


「さっき話に出たティムとかいうやつはどうなんだ?

あいつだってヘルメスと関係があったんだろ?」



ミリィが納得して頷くと、横からヴァンがアリスに問うた。



「あの子はあれっきり自宅に引き篭ってるから、一先ずは除外されたんだろウ。

気が変わって外に出てくるようになれば、ゆくゆくは分からないがナ」




ティムは外界との接触をほぼ断った生活をしているため、危険度は低いと判断されたのだろうとアリスは言う。


だが、いつかティムが立ち直り、外の人々との交流を持つようになれば行く末は分からない。


もし、死んだと思われたヘルメスがヴィクトールと名を変えて存命していることをティムが気付いたら。

そしてそれを周囲の誰か一人にでも話してしまったなら、遅かれ早かれティムにも魔の手が伸びる可能性はある。




「ヘルメスからヴィクトールに行き着くのは難しいとして、逆はどうなんでしょうか」



今度はトーリが挙手をしてアリスに問うた。



「逆?」


「だって彼の場合、誰かに成り済まして生きているわけじゃないんですよね?

ヴィクトール・ライシガーなんて人間は、5年前まではどこにも存在しなかったんですから」


「そうだナ。ある意味空想上の生き物ダ」


「となれば、今公にされてる彼の経歴は全て虚偽のものってことになりますけど…。

そんなのハイリスク過ぎませんか?」




ヴィクトール・ライシガーなどという人間は、元々この世のどこにも存在しなかった。


けれど今のヴィクトールには、世間に公表出来るほどの確かな経歴がある。

これは当然でっち上げられたものになるが、でっち上げた経歴というのはまず長続きしない。

いつかはどこかで綻びが生じ、そこからじわじわと化けの皮が剥がれて崩壊するのが世の常だ。

それも一国を治める立場となれば、国内外問わず人々の注目が集まる。

注目度が高いほど、嘘がバレる可能性も高まるはずだ。


なのにヴィクトールは、主席の座に就いて4年が経過した今も何食わぬ顔で過ごしている。

ヘルメス・クラレスだった頃の自分を完全に葬って。




「ハイリスクもハイリスクさ。

だが彼には、どれだけのリスクも障害にならないほどの頑丈な矛と盾があル。

フェリックス・キングスコートの後ろ盾を受けるってのは、そういうことだヨ」




公表されているヴィクトールの経歴は、おおまかに纏めて以下の通り。


ドイツ連邦共和国・ノルトライン=ヴェストファーレン州に生まれ、町医者を営む父と、大学教授を務める母に育てられる。

初等教育並びにギムナジウムは地元の学校に通い、在学中に様々な博士号を取得。

グレード10を修了して間もない時期にフェリックスと知り合い、彼に師事するべく単身ドイツを離れる。


残された両親はヴィクトールの自立を機にアメリカのシカゴへと移住。

現地でも新たに医院を開業、大学で教鞭を執り、現在も異国の地からヴィクトールの活躍を見守っている。


一見してとんとん拍子、ひょんなことから幸運を拾ったシンデレラボーイのそれである。




「ヘルメスの件を調べた後ケルンの方にも行ってみたけど、自称ヴィクトールの旧友とかいう連中が何人かいたヨ。

あたかも本当にヴィクトールの子供時代を知ってるみたいなツラをしたナ」


「そいつら全員、フェリックスの息がかかってるってことか」


「直接接点があるかは分からないが、フェリックスの意向でそうしてるのは確かだろうネ」


「そんな…。そんなことが、現実的に可能なのか?

学歴詐称程度ならまだしも、有りもしない存在を"実際にそこにいた"ことにするってのは、あまりに途方もなさ過ぎるだろ」




ヴィクトールが昔そこで暮らしていたという虚偽の生い立ちを事実にするためには、膨大な組織が必要になる。

学歴も交友関係も、それを裏付ける証人と証拠がなければ、いずれは偽りとバレてしまうからだ。


だがフェリックスの力は、そんな途方もないことすら実現させてしまった。

世界中に存在する己の信者達を取り込み、ヴィクトールという人間を肉付けするための役者(キャスト)として個々に任務を与えたのだ。


お前は両親役、お前は幼児期の友人役、お前は学生時代の恩師役…。

そうして一人一人にキャラクターを演じさせ、生涯設定を貫くことを約束させる。


たとえ巨額の見返りがあろうとも、常人にはそんなことは全う出来ないだろう。

死ぬまで大きな秘密を抱え、重い嘘をつき続けることは、どれほどの悪人にも善人にも成し遂げられはしない。


しかしフェリックスの信者達は違う。

フェリックスを神と崇める彼らならば、神のために悪魔と契約することも厭わない。

果てには自らが悪魔になることさえもを受け入れる。


それだけフェリックスには味方が多く、敵に回すと非常に厄介ということだ。




「改めて考えると、恐ろしいな。

善悪はともかく、権威はまさに神のそれか」




あまりに現実味のない話にキャパオーバーを起こし、ミリィはうなだれた。

ミリィ以外の面々も、自分達が敵に回した相手の恐ろしさを再認識して言葉が出なかった。




「……にしても、やっぱ珍しいよな。

いつもの君なら、"かもしれない"段階で情報を持ってくるなんてしないのに」




過去に何度かアリスとビジネスなやり取りをしたミリィには、彼の仕事ぶりはよく分かっていた。


腕利きと言われるだけあり、彼が狙った標的は絶対に逃げられない。

彼の顧客が彼への報酬を惜しまないのは、それだけ彼が情報屋として優秀であるからだと。


そんなアリスが、確定事項ではないヘルメスの情報をこうして持ってきた。

それがミリィには些か腑に落ちなかった。


アリスが手抜きをしたとは思えないが、いつもの彼ならばヴィクトールとヘルメスが同一人物と断定できてから情報を持ってくるはず。

なのに何故今回は、ここまで突き詰めておきながら途中で調査を切り上げてきたのかと。




「モチロン、きっちり調べがついてから会いに来たかったヨ。

一情報屋としても、君の友人としてもネ」


「なにかあったのか」




悔しそうに表情を歪めるアリスを見て、ミリィはやはり事情があるのだなと察した。




「このままじゃ、ボクもいつ命を落とすか分からないと思ったかラ。

だったら、死んで全部パアになる前に、今掴んでる分だけでも伝えに行くべきだと思ったンだ」




以前マックス・リシャベールの調査を行った際に、アリスは部下を二人失った。

そして今回、部下を失くした時と同様の気配が自分に迫っていることをアリスは感じた。

こうもヘルメスとヴィクトールの経歴を嗅ぎ回れば、関係者に警戒視されるのは当然だ。


故にアリスは、いつどこで自分も謀殺されるか知れないなら、死ぬ前に出来るだけのことをしておきたいと考えた。

まだ定かでなくとも、自分のかき集めた情報はきっとミリィの役に立つはずだと信じて。




「余計に首突っ込んだせいで、君もフェリックスの配下に目を付けられたのか」


「多分ネ。今日ここに来る時は気配しなかったし、念入りに注意してきたけド…。

ここのところずっと、誰かに見られてるのを感じるンだ。

事務所に踏み込まれるのも時間の問題だろうネ」


「なんでそんな大事なこと───」




"そんな大事なことを今まで黙っていたんだ"

そう言いかけて、ミリィははっと口をつぐんだ。


彼がヘルメスに突き当たったのは、そもそも自分がマクシムについて知りたがったのがきっかけ。

でなければ彼は用心に用心を重ねて、こんな危ない橋を渡るハメにはならなかったはずだと。




「すまない、アリス。

せっかく君は利口に立ち回っていたのに、オレが頼ったりしたから…」


「いいや。君が謝ることじゃなイ。

アタシだって、奴らに大事なものを盗られてるンだ。どの道あんな穴蔵にばかりは篭ってられなかったサ」




ミリィのためでなくとも、いずれは自力でマクシムやフェリックスについて究明しただろうとアリスは言う。

それでもミリィは責任を感じ、同じくアリスを頼りにしたトーリも彼に対して申し訳なく感じた。




「そンなに心配せンでも、自分の身くらい守れル。ヤバい奴に追っかけ回されンのも、これが初めてじゃねえしナ。

……だから、アタシは大丈夫。いざって時の隠れ場所も確保してるし、きっと逃げきってみせるヨ」




ミリィとトーリを励ますように、アリスは不敵に笑ってみせた。



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