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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
277/326

Episode45-5:予期せぬ来訪者

ノイントフェークライン高等教育校は実在しない学校です



ヘルメス・クラレス。

恵まれた容姿に冴えた頭脳、ギリシャ系移民の両親を持つドイツ人の少年。


そんな彼がある殺人事件の加害者となったのは、所謂思春期真っ只中の不安定な時期であった。



父親はベンチャー企業の社員、母親はピアノ教室の講師。

教育熱心で仲睦まじい夫婦の間に生まれたヘルメスは、何不自由ない愛情を受けてのびのびと育った。


10歳で初等教育を修了すると、ヘルメスは地元の全寮制ギムナジウムへと編入した。


ノイントフェークライン高等教育校。

ドイツの片田舎にあるこのギムナジウムは、ナチスドイツ崩壊後9番目に設立された公立校である。


ヘルメスはそんな学園で一握りの生徒しか所属できない進学クラスに籍を置き、黙々と勉強に勤しむ日々を送った。


これという友達もなく、目立った行動も起こさず。

周りの生徒達はヘルメスを勤勉が取り柄の地味な生徒と敬遠したが、ヘルメスにとって他者からの評価などどうでもよかった。


当時のヘルメスにとって"青春"とは所詮フィクションの世界の出来事であり、自分には無縁の文化だと思っていたから。

誰になんと囁かれようと、学生である以上は本分の勉学で結果を残せばいいのだと割り切っていたからだ。


しかし、平坦だったヘルメスの学園生活は、15歳を迎えると同時に一気に転落する。


マクシム・R・シャヴァール。

家庭の事情により他の地域からノイントフェークラインに転入してきた彼との出会いが、後にヘルメスの人生をひっくり返すこととなるのである。



マクシムという少年は幼年期から手が付けられないほどのやんちゃ坊主で、しょっちゅう些細な悪事を働いては周囲の大人達を困らせていた。


そしてその性分は月日と共に拗れていき、体が大きくなっていくにつれ過激さを増していった。


恐喝、窃盗、暴行、器物破損、威力業務妨害…。

過去には警察の厄介になったこともあり、かつて通っていた学校でもマクシムは腫れ物のような扱いだった。


それでもマクシムの両親はマクシムを更生させることができなかった。

金の力に物を言わせて問題事を揉み消すばかりで、マクシムを一から教育し直す努力を怠ったからだ。


つまりマクシムは、生まれついての怪物だったわけではなく。

金持ちの家柄と無関心な家族、身分を忖度してまともに叱ってくれない数多の大人達のせいで、そうなるべくしてなってしまっただけなのだ。



ノイントフェークラインに転入してからも、マクシムの悪癖は変わらずだった。


手始めに行ったのは、自分を慕ってくれる従順な手下集め。

徒党を組んで勢力を広げることで、より自分を強く見せることが目的だった。


驚くべきは、マクシムに賛同する生徒が思いの外多かったこと。

マクシムは基本横暴だが、懐いてきた相手には意外にも親身にできる性格だった。

なので、同じく居場所のない孤独な生徒達にとっては、マクシムは頼りがいのある人物に見えたのだ。


こうしてマクシムは、新天地ノイントフェークラインでも不動の地位を確立。

選りすぐりの手下達を引き連れて、転入したばかりの学園内を我が物顔で跋扈するようになった。



そんな折、ある生徒が運悪くマクシムの不興を買ってしまう。


ティム・ロカシュタイン。

ティムはマクシムと同じクラスの同期生で、誰の印象にも残らない控えめな少年だった。


しかしある時。

委員のティムの行き違いが原因で、マクシムを含めた一部の生徒に重要なプリントが行き渡らないという出来事が起こった。


幸い大事には至らなかったが、どんなに些細なミスであってもマクシムだけは許さなかった。


その日を境にティムに目を付けたマクシムは、手下を率いて毎日のようにティムをいじめるようになった。


持ち物を隠すなどのスタンダードなものから、罪に問われるギリギリの暴力まで。

あらゆる手段で執拗にティムを追い詰めた。


周囲の人間も勿論マクシムのいじめを知っていたが、誰一人助け舟を出そうとはしなかった。

生徒も教員も、みなマクシムの素行と家柄を恐れたからだ。


学園でも寮でも、マクシム達の一方的なサンドバックにされる日々。

疲弊したティムが自殺を計画するようになったのは、いじめが始まって二ヶ月ほどが経過した頃だった。


だが、三ヶ月を迎える前にティムは呆気なく解放された。

たまたまいじめの現場に通り掛かったヘルメスが、マクシム達を止めに入ったのだ。


おかげでティムはマクシムの眼中から外れたが、代わりにヘルメスが新しい標的にされた。


ティムと違って意思が強く、臆病でもなかったヘルメスは、どんなことをされても絶対泣かず謝らなかった。


その毅然な態度に益々腹を立てたマクシムは、次第にティムの時以上に手酷い仕打ちをヘルメスに加えるようになっていった。



そして迎えた運命の日。

ヘルメスを標的に変えてからおよそ一ヶ月後に、マクシムはヘルメスを自分の縄張りへと連れて行った。


校舎裏にある廃棄物集積場。

用務員以外はほぼ近付くことのないこの場所がマクシム達にとっての憩いの場であり、ヘルメスがティムへのいじめを止めに入ったのもここだった。


特に抵抗することなく縄張りへやって来たヘルメスに、マクシムと手下達はいつも以上に激しい暴行を加えた。

けれどヘルメスは尚も無抵抗の姿勢で、されるがままマクシム達の暴力を受け入れた。


依然崩れないヘルメスの態度に業を煮やしたマクシムは、懐からナイフを取り出すとヘルメスに突き付けた。


マクシムとしてはただの脅しのつもりだった。

生命の危機を感じれば、どんなにポーカーフェースのこいつでもさすがに恐れ戦くはず。

一瞬でもヘルメスの涼しい顔を引き攣らせることさえ出来れば、マクシムは満足だったのだ。


ところが。

ヘルメスは突き付けられたナイフを奪い取ると、問答無用でマクシムに切りかかった。


突然のヘルメスの変貌に恐怖した手下達は、手負いのマクシムを見捨てて蜘蛛の子を散らしたように逃走。

ヘルメスはそれを執拗に追い回し、一人残らず手にかけていった。


マクシム・R・シャヴァール。

エトガー・グレーデン。

ヨアン・バッハシュタイン。

リオ・ハネス。


閑散とした校舎裏はあっという間に血の海と化し、上記の四名の少年はそれぞれ遺体となって散らばった。


今までの立場は何だったのかと思えるほど、この一瞬のうちにマクシム達とヘルメスの形勢は逆転してしまったのだった。

生と死という、極端の過ぎる凄惨な形で。



その後。

偶然現場を目撃した教員が通報したことにより事件が発覚。

ヘルメスは逮捕され、事後処理も内々に進められた。


ヘルメスに恩義を感じていたティムや、マクシム達に悪いイメージを抱いていた一部の生徒からは、ヘルメスを擁護する声が少なからず上がった。


しかし、どんな経緯であれ四人もの少年の命を奪った罪は重いとされ、ヘルメスには禁固45年の実刑判決が下った。


地元では未曾有の殺人事件として話題になったが、公にはそれほど大きく報道されなかった。

マクシムの親族が、身内の不祥事を世間に知らしめることにもなると規制をかけたからだ。


一方的な被害者であったならまだしも、マクシムがヘルメスに辛く当たっていたことは隠しようのない事実。

その上、彼らが人目を盗んで覚醒剤を服用していたことも、解剖の結果明らかになった。


故にマクシムの親族は、それらの汚点を隠すことを選んだのだ。

息子の死を悼むより、犯人のヘルメスを怨むより、まず自分達の名誉を守るために。


片やヘルメスの両親は、瞬く間に近所や職場で糾弾の対象となり、追いやられるようにして国外へ逃亡。

しばらくの間噂話の絶えなかったギムナジウムでも、関係者に箝口令が敷かれたおかげで徐々に騒ぎは沈静していった。


悲しいかな、被害者の方にも落ち度があったせいで、いつしか事件は"よくある話"として風化していったのだった。



そして、禁固刑を言い渡されたヘルメスはというと。

投獄されて間もない時期に自殺を図り、死亡。


こうしてノイントフェークライン殺人事件は、被害者加害者共に没するという結果に終わり。

ヘルメス・クラレスの名は、この世から永遠に葬られたのである。







『A chain is no stronger than its weakest link.』


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