Episode45:予期せぬ来訪者
PM4:38。
人通りの多い公道を避けながらミリィ一行がやって来たのは、繁華街から少し外れた住宅地だった。
その一角にあった駐車場でバンを停め、数分待つと、一台の高級外車が外から入ってきた。
この外車こそ、メリアが手配してくれたバシュレー家の私用車である。
私用車がバンの真隣に停まると、助手席から一人の老齢の男性が降りてきた。
男性はバンに近付いて窓ガラスをノックすると、車内に向かって声をかけた。
「私、バシュレー家専属執事のバトラーと申します。
ミレイシャ様ご一行様のお迎えに上がりました」
ロマンスグレーの髪に、度入りの淡いサングラス。
スラリとした体躯に、皺一つない黒のスリーピーススーツを纏った彼の名は、アヴァロン・バトラー。
バシュレー家に奉公する最年長の執事であり、シャノンお抱えチームの中ではリーダーに当たる人物である。
齢は今年で63になるため、年期的な意味でも相当なベテランだ。
「ご足労ありがとうございます。
早速で申し訳ないですが、そちらに全員入りますかね?」
一足先に降車したトーリは、辺りを警戒しながらアヴァロンに近付いていった。
「ええ。人数的には問題ありません。
ですが、体格の良い方がお二人いらっしゃるとのことですので、皆様には少々窮屈な思いをさせてしまうやもしれません」
「それは構いません。
急を要するので、今すぐ準備をお願いします」
「畏まりました」
トーリが合図すると、後部席のドアが開いてバルド達が出てきた。
アヴァロンは、傷の深いミリィと東間を特に気遣いながら、一行を私用車まで率いた。
やがて、荷物を含めた全員が私用車に収まると、アヴァロンも助手席に乗り込んだ。
運転席では、同じくシャノンの専属執事であるアクセルが、既に出発の準備を済ませていた。
「ご無沙汰しております、ミレイシャ様とご友人の皆様方。
急を要するとのことですので、安全圏に入るまでは少々荒いドライブになるかと思われます。
各々お覚悟召されますよう」
手短に再会の挨拶をすると、アクセルは駐車場にバンを残して、私用車を発進させた。
普段ならこんなことは絶対にないのだが、今回ばかりはアクセルもスピード重視の荒っぽい運転になった。
一行は時折揺れる車内で身を寄せ合いながら、目的地に着くまでの時間を祈って過ごした。
どうか、道中敵の目に捕まらないように。
厄介な連中を、シャノンの生活圏内にまで持ち帰ってしまうことのないようにと。
―――――
PM6:48。
先の駐車場を出てから、およそ二時間後。
しばらくのドライブの末に、一同はようやくバシュレー家の別邸までやって来た。
ここまで無事に辿り着くことが出来たのは、偏にアクセルの技術と判断力が優れていたからこそである。
「アヴァロン!アクセル!」
私用車が敷地内に入ったと同時に屋敷から出てきたのは、青ざめた顔をしたシャノンだった。
アヴァロン達がミリィ一行の迎えに行った旨は彼も聞き及んでいたため、エンジン音に気付くなり飛んできたのだ。
シャノンの後ろからは、両手一杯にブランケットやタオルを抱えたメリアが続いている。
「ミリィは!みんなは無事なのか!」
シャノンとメリアが駆け寄っていくと、車庫に収まった私用車からまずアヴァロンが降りてきた。
「お待たせ致しました。皆様命に別状はないようです。
しかし───」
アヴァロンが最後まで言い終える前に、運転席からアクセルが。
後部席からはバルド達が続々と降りてきた。
そして、バルドに支えられたミリィも姿を現すと、シャノンは益々顔面蒼白になった。
「ミリィ!!」
「シュイ……」
慌ててミリィに近寄っていったシャノンは、ミリィの頬に触れてその全身を見遣った。
ミリィもシャノンの顔を見上げることでどうにか応えたが、ぼやけた視界ではシャノンの表情さえよく見えなかった。
「なんて酷い…!───メリア!」
シャノンが後ろに振り返って声をかけると、ミリィ達の状態に絶句していたメリアがびくりと肩を揺らした。
「ドクターの皆さんにすぐ処置できるようお願いしてきて!
グレンとヘイリーには診察台と救護用具を整えるように!」
「ぁ……っ。はい!ただいま!」
シャノンの指示でようやく我に返ったメリアは、アヴァロンにブランケットとタオルを預けると、一人踵を返して屋敷に戻っていった。
シャノン、アヴァロン、アクセルの三人は、まずミリィ達の肩にブランケットを掛けてやった。
それから、シャノンはミリィを、アヴァロンは東間を、アクセルは朔を各々支えて、順に屋敷まで連れていった。
「シャノン様!用意が出来ました!」
「ああ。トーリ君とウルガノさんを頼む」
全員が屋敷の中に入ると、玄関でヘイリーとグレンが出迎えた。
ヘイリーはウルガノに、グレンはトーリに肩を貸すと、一同はそのままリビングまで足を延ばした。
「特に重傷な方はこちらに」
「それ以外の方はこっちのソファーまでお願いします!」
リビングには、白衣を纏った二名の男性の姿があった。
見慣れぬ彼らの正体は、バシュレー家お抱えの外科医。
というのも、ミリィ達からの連絡を受けた直後、シャノンが直々に手配していたのだ。
経緯はどうあれ、目下のミリィ達はあまり公の施設や機関には関われない立場。
故に、内輪で出来るだけの治療が行えるように、というシャノンなりの配慮である。
「ふむ…。では私は、こちらの方の処置を担当します」
「じゃあ僕はこちらの方を」
出血の度合いや応急処置の効果などを見比べた結果、医師が担当するのはミリィと東間の二人になった。
まだ気を失ったままの東間は、アヴァロンと医師に抱えられてストレッチャーに横になった。
辛うじて意識のあるミリィは、シャノンの支えを借りながら自分でストレッチャーに乗った。
「皆さんの傷は僕達が診させて頂きます。
グレンさんとメリアさんはサポートをお願いします」
「了解した」
「了解しました」
一方、ソファーやダイニングテーブルの方では、残りのメンバーが腰を落ち着けた。
こちらの手当てを担当することになったのは、ヘイリーを筆頭としたグレン、メリア、アヴァロンの四名。
彼らは全員看護師の資格を持っているため、傷の縫合程度なら単独で行うことが出来るのである。
「ここは彼らに任せて、ボク達は根回しに行くぞ。
────アクセル、供を頼む」
「はい」
その後。
手の空いたシャノンとアクセルは、シャノンの両親への報告、並びに屋敷周辺の警戒を敷くため一旦退出。
ヘイリーら執事陣と医師達は、本格的な器具や設備を用いて、怪我人の手当てを行った。
近隣家屋では多くがディナーを楽しむ中。
突如として不穏が訪れたバシュレー家別邸内では、夜通し物々しい雰囲気が流れていた。




