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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
272/326

Episode44-9:弾丸



「───ちょっとストップ!運転は僕がする!」




そして、ミリィが再び運転席に乗り込もうとすると、最後になったトーリがダイナーから出てきた。


その手には、東間が置いてきたパソコンや、メンバーの私物が抱えられていた。




「トーリ……。お前その怪我じゃ、」


「僕より君の方が重傷だろ。いいから君は手当てに専念して。

僕に考えがあるんだ」




トーリに優しく促され、ミリィは渋々ウルガノに支えられながら後部席へ回った。


代わりに運転席に乗り込んだトーリは、荷物を助手席に載せ、全員が乗車したのを確認してからバンを発進させた。




「ミリィお前、出血酷いじゃないか。唇まで真っ青だぞ」




ミリィの傷をバルドが驚くと、ミリィはぼんやりとした顔で唾を飲み込んだ。




「オレは、後でい、から。

先に東間と、ヴァンの手当てを、」


「……じゃあ俺は東間とヴァンの手当てをする。

ウルガノ。お前も満身創痍のところ悪いが、先にミリィの止血をしてやってくれるか」


「分かりました」




トーリが運転する中、後部席の一列目では、特に重傷のミリィと東間の手当てが始まった。




「お前がこいつを持ってきてくれたおかげで助かったよ。

運転代わらなくて平気か?」


「僕のことはお気になさらず。

今のうちに彼らの処置をお願いします」


「ああ。こっちは任せろ」




トーリと会話しながら、バルドは助手席に置かれた荷物の中からボストンバッグを取り出した。


このボストンバッグは、万一に備えてバルドが用意していたものである。

中には、応急手当てに必要な道具が一式揃っている。



バルドは、バッグを車内の通路スペースに置くと、中を開いて包帯等の道具を手にとった。


ウルガノもバッグから数点手に取ると、まずは鋏で東間のカットソーを切り開いた。




「じゃあこれ、一旦外すからな。息止めるなよ」




ミリィに確認してから、バルドはミリィの腹に巻かれたジャケットを慎重に解いた。


ジャケットの圧迫がなくなると、途端に銃創から血が溢れたが、先程までの出血と比べると少し治まったようだった。




「弾は抜けてるな。この分なら、すぐに縫合せんでも間に合うだろ」


「こちらもです。不幸中の幸いですね」




互いに状態を報告しつつ、バルドとウルガノは手際よくミリィ達の手当てを行っていった。


その最中、失神している東間は無反応だったが、ミリィの方は度々痛そうに奥歯を噛み締めた。




「────ところでヴァン。

平気な顔してるが、お前も相当やられたんだろ?

手貸さなくて平気か?」




ミリィの腹に包帯を巻きながら、バルドは三列目の席に座るヴァンに話し掛けた。


二列目の席では、ミリィと東間が施術される様子を朔が心配そうに見守っている。




「俺は大したことない。処置も自分でやれる」




そう言うとヴァンは、止血のため傷口を押さえていた手を外し、身を乗り出してボストンバッグの中を漁った。


そして包帯とガーゼを取り出すと、再び席に戻った。




「でも、一人じゃ難しいとこなんかも撃たれたんだろ?

今そっち手伝ってやるから、もう少し───」




もう少し待ってろ。


バルドが最後まで言い終える前に、ヴァンはさっさと自分の上着を脱いだ。


続いて肌着も脱ぐと、ヴァンの褐色の裸体があらわになった。


筋張った長い腕に、無駄のない引き締まった筋肉。

ヴァンの肉体は、誰が見ても男として完璧な仕上がりをしていた。


しかし、単に美しいだけではないその姿を見て、バルドは思わず言葉を失ってしまった。



銃創に裂傷に、直接火で炙られたような大火傷の痕。


長らく軍人を務めてきたバルドでさえ比べものにならないほど、ヴァンの肌には夥しい量の傷痕が残っていた。


内の二割は今回の戦いで負ったものだが、その他は年月と共に増えていったらしい古傷だった。




「ほらな?人手を借りずとも、十分なんとかなる」




撃たれた傷を慣れた手つきで処置していきながら、ヴァンはバルドに目配せした。




「………そうか」




これほどの古傷に加え、これほどに慣れた応急処置。


こんな風に当たり前に一人で済ませられるようになるまで、彼は今まで幾度の修羅場を潜って来たのだろうか。


バルドは内心切なく思ったが、余計な詮索はせずに、ミリィの手当ての仕上げに入った。




「───ちなみに、今はどこに向かってるんですか?トーリ。

先程は考えがあると言っていましたけど……」




東間の手当てを続けながら、ウルガノは振り返らずにトーリに話し掛けた。


トーリも振り返ることなく、前だけを見据えたまま答えた。




「実はさっき、ダイナーの中で隠れてる時に電波が復活して、その隙にシャノンさんの別宅に電話したんだ」


「シュイ……?」




シャノンの名前に反応したミリィは、痛みに閉じていた目を開けると、バックミラー越しにトーリを見た。


トーリもミラー越しにミリィを一瞥し、頷いた。




「そう。いざって時には必ず連絡するよう言われてたから。

で、電話したらメリアさんが出て。僕は今起こってることを彼女に話した。

そしたらメリアさんが、今執事の二人が仕事で近くにいるはずだから、彼らを向かわせるって言ってくれたんだ。

だから、今向かってるのは彼らと落ち合う場所だよ」




前線に出るには満足でない状態だったために、先程は仕方なくダイナーの中で隠れていたトーリ。


ただ、その間ずっと待機をしていたのかというと、そうではない。

実は、ミリィ達が戦っている一方で、彼はある番号へ内密に電話をかけていたのだ。


それが、シャノンの別宅に置かれた固定電話。

受話器をとったのは、シャノンの専属メイドであるメリアだった。



トーリが事情を話すと、メリアは近くにいるはずだという同僚を二人、現場に向かわせると手配してくれた。


つまり、今トーリが目指しているのは、前述の二人と落ち合うための場所なのだ。




「なるほど……。

では、その彼らと落ち合った後は、どういう手筈になっているんですか?」


「彼らの用意した車に乗り換えて、別宅まで避難する。

最悪、このままバンで突っ切るって手もあるけど、今回襲撃してきた連中の仲間が方々で網を張ってるかもしれない。

だから、安全にブラックモアから出るためには、足のつかない移動手段が必要なんだよ」




今回襲撃を仕掛けてきた黒服達は、アブドゥラーでの奇襲の時より人数が多かった。


これが前回の失敗を鑑みての措置であるなら、敵陣は万全を期すために増員以外の手も打ってくるはず。


則ち、ダイナーに集まってきた他にも、まだ黒服の仲間がブラックモア圏内をうろついている可能性があるのだ。


もしそうであった場合、ミリィ達が現在バンで移動していることも、敵に筒抜けであるかもしれない。


なればこそ、敵に見付けられる前にバンを捨て、安全な手段に移行してブラックモアを脱出しなければならないのだ。




「問題は、目的地まで無事に着けるかどうかだな」




今のところはトーリがルートを工夫して走っているため、まだ敵の仕掛けた網には掛かっていない。


だが、彼らがどこで待ち構えているか知れない以上、途中で鉢合わせる可能性は十分にある。


故にトーリは、同じタイプのバンが辺りを走っていないか、怪しい黒服がうろついていないか、常に目を光らせていた。




「ええ。今はまだそれらしいのとは遭遇してませんが……。

最後まで安全なドライブになるよう、精々みんなも祈っててください」




バルドの一言に返しながら、トーリはニヒルに笑ってハンドルを握り締めた。


他のメンバーは、またいつ敵襲に遭っても狼狽えないよう気を引き締めた。






『The smell of blood』


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