Episode44-8:弾丸
ダイナー前での銃撃戦が始まってから数分。
ミリィ達の乱闘は白熱を極めていた。
ウルガノとヴァンはそれぞれ突撃組を倒した後、トーリの寄越した予備銃を用いて援護組との撃ち合いを始めた。
片やミリィは、因縁の敵との対決が思いの外長引いていた。
やはり、以前よりは戦えるようになったとはいえ、ミリィの技術は所詮付け焼き刃のもの。
手練れの兵士を武器なしで負かすには、何かしらのきっかけやラッキーが発動しない限り難しいということだ。
「い、……っ加減にしろッ!!!」
援護組とウルガノ達が撃ち合う銃弾が四方を飛び交う中。
決め手のなさに痺れを切らしたミリィは、カウンター覚悟で突撃男の顔面に殴りかかった。
突撃男は防御したが、衝撃で僅かに体勢を崩した。
刹那、どこからか飛んできた銃弾が、突撃男の臀部を直撃した。
援護組の流れ弾が当たったのかと思いきや、この弾が発砲されたのはダイナーの方からだった。
反射的にミリィがそちらに目をやると、北口の扉が拳一つ分開いていた。
扉の隙間からは銃口が覗いており、その銃を構えていたのはトーリだった。
どうやら、扉のガラス越しにミリィの援護射撃をしたらしい。
ミリィは、弾切れの銃を再び懐から出すと、固いグリップ部分で思い切り突撃男の頭を殴った。
トーリの不意打ちにより注意が途切れた突撃男は、反応する間もなくこめかみの辺りに打撃を喰らった。
そのまま横向きに倒れると、突撃男は完全に意識を失ったようで、ぴくりとも動かなくなった。
「間いっぱ────」
間一髪、とミリィがトーリに目配せをした次の瞬間。
ミリィの名を叫ぶ少女の高い声が辺り一帯に木霊した。
はっとしたミリィが後ろを振り返ると、突撃組でも援護組でもない黒服の男が、朔を抱えて北に走っていた。
その進行方向には、黒いバンが一台停まっていた。
先程南の方角に現れた同車種のバンは、当初と変わらず二台そこに停まっている。
この二台のバンから降りてきた黒服の人数は、全員で7人。
こちらも、ミリィ達が倒した3名を含めダイナー前に揃っている。
つまり、今まさに朔を連れ去ろうとしている黒服とバンは、知らぬ間に現れた敵の増援。
現在進行形でミリィ達に攻撃しているのは囮のチームで、彼らの真の目的は朔を連れ去ることにあったのだ。
「朔!!!!」
瞬時に状況を理解したミリィは、急いで朔の奪還に向かおうとした。
ところが、ミリィが北へ走り出した矢先。
西の援護組が放った弾が、ミリィの左脇腹を貫いた。
今まではウルガノとヴァンが守って戦ってくれていたおかげで、ミリィは一度も被弾せずに済んでいた。
しかし、急に走り出したことで、ウルガノ達が死守してきたセーフティーゾーンから出てしまったのだ。
「(しまった)」
たちまち、誰かに背中を押されたように転倒するミリィ。
あのまま走って追い掛けていれば間に合ったかもしれないが、このロスタイムで朔との距離は益々離れてしまった。
このままでは、止めに入る前に朔がバンで連れ去られてしまう。
行って追い付けないなら、ここから妨害するしかない。
転倒と同時に挽回の一手を切り替えたミリィは、地面に体が伏すより先に、前のめりに立ち上がった。
頭を低くしながら次に向かった先は、トーリが投げて寄越したトランクの元だった。
「ミリィ!!!」
ミリィが被弾したことに気付いたヴァンは、撃ち合いを続けたままミリィの側まで後退していった。
そのままミリィと背中合わせになると、ヴァンはミリィの動きに合わせて蟹歩きに移動し始めた。
今尚飛び交い続ける銃弾から、身を呈してミリィを守るために。
片やウルガノは、無防備なヴァンとミリィに照準が集中しないよう、決死の覚悟で西の援護組に突っ込んでいった。
その途中、真正面から放たれた迎撃弾が二の腕と頬を掠めたが、それでもウルガノは止まらなかった。
「クソッ、応戦しろ!!」
ウルガノの勢いを止められないと悟った西の援護組は、銃からナイフに武器を取り替えてウルガノを待ち構えた。
そこへウルガノは身一つで飛び込んでいき、内の一人の首を秒でへし折った。
もう一人の方は秒殺とまではいかなかったが、こちらもウルガノ優勢での肉弾戦に突入した。
元より彼女は肉弾戦の方が得意なので、敵の懐に入り込んでからの方が本領を発揮出来るのだ。
残ったヴァンは、ミリィの盾となったことで思うように動けなくなり、東の援護組に右脇腹を撃たれてしまった。
だが、ヴァンも負けじと撃ち返し、内の一人の脳天に直撃させた。
これで、東西それぞれで一人倒れ、援護組の人数は残すところ二名となった。
しかし、頭数を減らしたからといって、戦況的にはまだこちらが劣勢であるのは変わらない。
「(くそ、悪いヴァン)」
ヴァンが自分を庇って撃たれているのを感じつつ、ミリィはトランクからハンドガンを一丁取り出した。
そして、それを持って今度こそ北に向かおうとすると、進行方向の小路からまた新たな黒服が現れた。
この黒服は、朔を連れ去ろうとしている男同様、後から加わった増援である。
「(次から次へと羽虫のように──!)」
引っ切り無しに現れる新手に舌を打ちながら、ミリィは持ち出したばかりの銃を構えた。
しかし、そこから弾が放たれる前に、増援その2は地面に倒れた。
少し遅れて小路から現れたバルドが、増援その2に後ろから飛び掛かったのだ。
「ぐ───。ッやれミリィ!!!」
増援その2を力づくで地面に伏せながら、バルドは叫んだ。
その全身は、ウルガノやヴァンに引けを取らないほど傷だらけだった。
今の今まで所在の不明だったバルドだが、彼も見えないところでずっと戦っていたのだ。
ミリィはもう少し北に走ってから立ち止まると、銃口をバンに合わせた。
バンの付近には既に増援その1と朔の姿があり、増援その1が朔を後部席へ押し入れようとしているところだった。
朔も朔で必死に抵抗しているようで、車中から飛び出た細い足は何度も増援その1の腹を蹴っていた。
「(当たれ)」
ミリィの持つ銃から、一発目の弾丸が放たれる。
しかし、一発目はバンのサイドミラーに掠めてしまい、増援その1には当たらなかった。
自分が狙われていることに気付いた増援その1は、強引に朔を車内に押し込むと、後部席のドアを閉めた。
当てるなら今しかない。
今一度呼吸を整えたミリィは、増援その1が運転席に回ろうとした隙を見て、再び引き金を引いた。
二発目の弾丸は見事増援その1の側頭部に命中し、息絶えた彼は横向きに倒れていった。
ミリィは、血が溢れないよう左脇腹を手で押さえながら、朔が閉じ込められたバンまで走った。
「ミリィ!!」
ミリィがバンに近付くと、朔が車内から後部席の窓ガラスを叩いた。
内側からは鍵が開けられないようになっているらしい。
ミリィは倒れた増援その1からバンのキーを失敬すると、そのまま運転席の方に回った。
「───ミリィ!!大丈夫!?血がでてる!」
ミリィが運転席に乗り込むと、朔は顔を真っ青にしてミリィの傷を心配した。
「オレは平気だから、朔はシートベルトして、対ショック姿勢。
揺れるから吹っ飛ばされんなよ」
朔を宥めながら、ミリィはバンのエンジンを入れた。
朔は急いで後部席に座り直すと、ミリィの指示通りシートベルトを締め、上体を屈めた。
「行くぞ、」
朔が準備出来たのを確認してから、ミリィは南に向かってバンを急発進させた。
それに気付いたバルドは、取っ組み合いになっていた増援その2を突き飛ばすと、急いで距離をとった。
そこへミリィはスピードを緩めずに突っ込んでいき、増援その2をバンで撥ねた。
衝撃で飛ばされた増援その2は、地面に落下するなり動かなくなった。
「朔はここにいて」
バンを降りたミリィは、自分のジャケットを脱いで腹に巻くと、ダイナー前に集合した一同に対して声をかけた。
「総員撤退する!!!」
ミリィの声かけに気付いた一同は、それぞれ撤退のため行動を開始した。
まずミリィは、アパルトメントの前で壁伝いに倒れていた東間を回収に向かった。
実は東間は、朔を奪われた際に、増援その1に急所を突かれて失神させられていた。
ミリィもそのことに少し前から気付いていたが、朔の奪還を優先させたために、東間の救助を後回しにしてしまったのだ。
「しっかりしろ、東間。死ぬな、」
東間を抱き起こしたミリィは、背後から東間の上体を持ち上げた。
しかし、今のミリィには精々東間を引きずるのが精一杯で、とてもバンまでは運べそうになかった。
「ミリィ!そこ避けろ!俺が運ぶ!」
駆け寄ってきたバルドは、ミリィを退かせると、自分が東間を横向きに抱えた。
東間をバルドに任せたミリィは、一足先にバンに戻り、後部席のドアを開けた。
後部席の一列目に座っていた朔は、ミリィ達の邪魔にならないようそそくさと二列目に移動した。
「我々も行きましょう」
「ああ。そっちに散らばった分頼む」
片や、ようやく援護組を撃破したヴァンとウルガノも、自分達の武器を回収してバンに向かった。




