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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
269/326

Episode44-6:来る者拒まず、去る者逃がさぬ



「───ここを出ましょう」




立ち上がったウルガノは、朔を庇いながらボックス席を出た。




「え…っ。今?ミリィ達を待たずに?」


「中断してってこと?」




まだ状況を飲み込めていないトーリと東間は順に尋ねた。


対しウルガノは尚も毅然な態度で、かつ周囲に悟られないように全員を促した。




「ええ。なにかあってからでは遅いので。

後手後手にならないためにも行動は迅速に───」




ウルガノが朔を立たせてやろうとすると、後ろのボックス席に座っていた大柄な白人男性が先に立ち上がった。


男性はそのままこちらに振り返ると、何故かウルガノと対峙する形で停止した。


ヒッピーのような格好で、顎には無精髭を蓄えたこの男は、目深に被ったハンチングの鍔からじっとりとウルガノを見下ろしていた。



男の放つ異様な気配に気付いたウルガノは、脊髄反射で朔を自分の背後にやり、男を睨みつけた。


ウルガノとハンチングの男、向かい合う構図はまさに一触即発の雰囲気だ。



一方トーリも、これはただ事ではなさそうだと察し、懐から例の発信機を取り出そうとした。


するとその時。

発信機が出される直前、一人の若い男が背後からトーリの手首を掴んだ。


短い黒髪に黒のサングラス、筋肉質な体つきが特徴的なこの男は、トーリ達の後ろのボックス席に座っていた男だった。




「なに────、」




とっさにトーリが声を上げようとすると、サングラスの男は思い切りトーリの腕を引っ張った。


為す術なく体勢を崩されたトーリは、引っ張られた勢いでカウンターに強く上体をぶつけた。


衝撃でトーリの眼鏡は宙を舞い、同時に手にしていた発信機も床に落としてしまった。




「トーリ、!」




一瞬トーリの方に意識が逸れたウルガノは、思わず一歩後退した。


その僅かな隙をつき、ハンチングの男はウルガノに殴り掛かろうと腕を振り下ろしてきた。


ウルガノはそれをすかさず受け止めると、これ以上暴れさせないためにハンチングの男へ掴み掛かっていった。


トーリの転倒に続き、ウルガノ達もバトルを始めたせいで、先程まで呆けていた他の客や従業員からもようやく驚きの悲鳴が湧く。




「お、まえ………っ!」




ウルガノ達の後ろでは、引き倒されたままのトーリがサングラスの男に追いやられていた。


サングラスの男は、トーリがなかなか体勢を立て直せずにいるのをいいことに、一方的にトーリを殴った。


しかしトーリは、それにはすぐにやり返すことなく、唯一マークされていない東間に向かって叫んだ。




「逃げろ東間!!!」




トーリの言葉で我に返った東間は、狼狽える朔の手を引いて走り出そうとした。


だが、即座に反応したサングラスの男が、逃がすまいと東間の首ねっこを捕まえた。




「ぐ、っ!」




苦しげな声を上げながら、仰向けに転倒させられる東間。

それに伴い、東間に手を引かれていた朔も腰を抜かしてしまった。


そこへ、サングラスの男が詰め寄り、東間の無防備な腹を二度強く蹴り上げた。


防御も間に合わなかった東間は、痛みに浅く咳込んで床にうずくまった。




「ひ……っ!」




あまりのことに恐怖した朔は、短い悲鳴を上げて動けなくなってしまった。




「こンの……っ!!」




サングラスの男が更に東間に追い撃ちをかけようとすると、その前に急いで起き上がったトーリが男を羽交い締めにした。


男は激しく暴れたが、トーリも屈することなく必死に抑え続けた。




「………ッ行け!!!」




口の端を切らしたトーリが、もう一度東間に向かって叫ぶ。


東間は歯を食いしばって起き上がると、朔を抱き起こして今度こそダイナーから脱出した。



外には、一足先に店内から逃げてきた客や、何事かと野次馬に集まってきた通りすがりの姿が何人かあった。


東間は、彼らに助けを求めるべきか一瞬悩みつつ、一先ずダイナーの側から離れることにした。




「東間さ、東間さん大丈夫ですか!?さっきお腹を、」


「大丈夫。大したことないから」




やっとまともに喋れるようになった朔は、半泣きで東間の体を支えた。


東間はそれを宥めつつダイナーから距離をとると、改めて自分の携帯を上着から出した。


だが、画面に表示された電波状態は圏外で、ミリィ達に連絡をとろうにも八方塞がりだった。




「くそ、こんな時に……!」




男達が攻撃をしかけてきたタイミングから考えても、この悪電波は意図的な妨害による可能性が高かった。


それでも東間は、なにか現状を打破する手がないかと携帯を調べた。



すると、隣にいる朔がおもむろに東間の服の裾を掴んだ。


気付いた東間が朔の方を見ると、朔の視線は北方面にある一点に注がれていた。


東間もそちらに目をやってみると、100Mほど先の地点に一人の男の姿があった。


全身黒ずくめの怪しい出で立ちをした男は、道の中央に立って東間達を見ていた。



このタイミングであの黒服ということは、まさか。


東間がはっとあることに気付いたのと、黒服の男がサイレンサー付きの銃を構えたのは、ほぼ同時のことだった。



この時二人には、とっさに声を上げることも、物陰に隠れている猶予もなかった。


ただ、せめてこの子だけは。

この子だけはなんとしても守らねばと、東間は黒服の男に背を向けて朔を抱きしめた。



そして、次の瞬間。

黒服の男が放った弾丸は、音もなく東間の左肩を貫いた。




「とう────」




撃たれた衝撃も加わり、東間の体が前のめりに倒れていく。

朔は東間の名前を呼ぼうとしたが、最後まで言い切る前に声は途切れた。


やがて二人は共に転倒したが、東間がしっかり守ったおかげで、朔は怪我を負わなかった。




「ぅく、うう。

とう、まさん。大丈───」




東間の腕の中から這い出た朔は、東間の変わり果てた姿を見て絶句した。


何故なら、東間の白いカットソーは、早くも傷口から溢れ出した血の赤に染まっていたのだ。




「………とう、まさん。東間さん!!」




東間が自分を庇って被弾したことを悟った朔は、狼狽しながら東間の顔に触れた。


東間は、今にも意識が途切れそうなのを感じつつ、力を振り絞って護身用の銃を取り出そうとした。


しかし、先程まで腰に忍ばせていたはずの銃は、もうそこになかった。

店内でサングラスの男に襲われた際、知らず知らずのうちに落としてきてしまったのだ。




「ち、くしょ」




漂い始めた異様な空気に、ダイナー付近に集まっていた野次馬達もぞろぞろと避難を始める。


だが、東間達を助けにいこうとする者は一人もいなかった。


みな本能的に我が身を優先させるあまり、他のものに意識がいかなくなっているようだ。



対して黒服の男は、雑踏の流れに逆らって、一人だけ東間達に近付いていった。


銃口は下げられたものの、その手にはまだ銃が握られている。




「逃げて、朔。走って」




このままだと、自分は確実に殺される。

そうなれば、朔はこいつらに連れ去られるかもしれない。


ならば、たとえ自分の命を投げ売ってでも、朔をここから逃がすべきだ。



胸中で自分と朔の命とを天秤にかけた東間は、自分を置いて逃げろと朔に指示した。


朔はいやいやと首を振ると、背後から抱き抱えるようにして東間を運ぼうとした。


しかし、朔の小さな体では東間を地面に引きずることしかできず、とても二人一緒には逃げられそうになかった。




「朔。たのむから、言うこときいて」




東間は、掠れた声でもう一度指示した。

それでも朔は、大粒の涙を流しながら、頑なに首を振った。


そうして何歩分か引きずっていくと、何かに躓いた朔が尻餅をついてしまった。


それでも朔は、また首を振って、また東間を運ぼうとした。




「い、から……っ。はやく行くんだよ!」




黒服の男が迫るまで、残り50M。


いよいよ心を鬼にした東間は、力づくで朔の腕を振りほどき、怒鳴った。


びくりと肩を揺らした朔は、泣きながら東間と黒服とを見比べて、尻を着いたままじりじりと後ずさった。


けれど、やはり自分だけ逃げようとはしなかった。




「───るど、さ…。

バルド、さん。バルドさん!!!」




東間はもう走れない。動けない。自分が運んでやることもできない。

だからといって、自分だけで逃げるなんてことは、もっとできない。


追い詰められた朔がとっさに出した答えは、バルドに助けを求めることだった。



数分前、ダイナーを出ていったきり戻っていない彼だが、戻っていないなら今も外にいるはず。


故に朔は、どこかにいるだろうバルドにも聞こえるように、大きな声で彼の名を呼んだのだった。



すると、その声に呼応するかのように、どこからともなく二発の銃声が轟いた。


黒服の男が東間を撃った際には、サイレンサーの効果でほぼ無音だった。


となれば、今の発砲は一体誰が。

黒服やウルガノ達がやったのではないことは確かだったが、その後も銃声の主が東間達の前に現れることはなかった。




「東間………!!!」




間もなく、銃声を聞き付けたミリィとヴァンがアトリエから出てきた。


ミリィの姿を見付けた朔は、心底ほっとしたようにミリィの名を呼んだ。



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