Episode44-5:来る者拒まず、去る者逃がさぬ
PM3:15。
ミリィ達がサリヴァンと接触している頃、少し離れたダイナーでは、ウルガノ達がボックス席に集まっていた。
彼らのいるテーブルに置かれているのは、東間の私物のノートパソコン。
これは、ミリィの所持する盗聴器と、今回のみリンクさせた特別な代物である。
受信したあちらの音声は常時パソコンで再生され、コードを繋げたヘッドフォンに流れる仕様になっている。
そしてそのヘッドフォンを代表して身に付けているのは、窓際の席に座った東間だ。
『───悲しいことに、芸術作品というのは年月を経た方が良いとされがちなのです。
熟したワインが美味であるのと同様にね』
サリヴァンのアトリエにいる誰かが一言喋る度に、東間は耳にした内容を一字一句キーボードに打ち込んでいった。
そうしてパソコン画面に文章が表示されることで、隣に座るトーリもアトリエでの状況を把握できるのだ。
「今はどんな様子ですか?先方はなんと?」
朔、バルドと共に東間達の向かいに座るウルガノは、声を潜めてトーリに尋ねた。
トーリは、画面の文字を目で追いながら、同じく控えた声で答えた。
「あちらの態度は変わってないみたいだよ。何一つ隠す気がない。いっそ不気味なくらいにね」
この時アトリエでは、サリヴァンが自白をしているところだった。
こうもあっさり事実を認めた彼の態度は、直に相対していないトーリ達にとっても驚くべきものだった。
「にしても、彼の意図が理解できんな。
理由はなんであれ、正直に白状して得になることもないだろうに」
来店時に注文したコーヒーを啜りながら、バルドは怪訝そうに眉を寄せた。
その隣では、朔が大人しくホットココアを飲んでいる。
「どちらに転んでも、結果的に芸術家としては名が上がる…。ので、たとえ僕達に断罪されることになっても構わない、ってことらしいですよ?
俄かに信じがたい話ですが、事実もペラペラと喋っている以上、嘘とも言えないかと」
トーリも自分のカフェラテに口を付けると、隣で東間が左手をうろうろさせ始めた。
それを見てトーリは、近くにあった東間のソイラテを持ち、ストローを東間の口まで持っていってやった。
トーリにソイラテを飲ませてもらった東間は、作業を続行させながら無言で二度頷いた。
「まあ、彼の言葉が真実であれ虚偽であれ、万一敵意を見せた場合にはこちらも相応の───」
そうウルガノが言いかけたところで、外から二人組の男が店に入ってきた。
彼らはカウンターで注文をすると、席には着かずにその場で待機した。
どうやら、注文した品はテイクアウトにするようだ。
そんな彼らの後ろ姿を、トーリ達はしばし黙って見詰めた。
「今の二人組………」
やがて二人組が退店すると、先程ぶりにウルガノが口を開いた。
それに対し、トーリもやっぱりと言いたげに被せた。
「気付いた?首筋」
「ええ。もう一人の方は確認出来ませんでしたが、左にいた方は辛うじて見えました。
なにより、佇まいが常人のそれではなかったですね」
「……?なんの話だ?」
なにかを納得し合うウルガノとトーリに、バルドは不思議そうに尋ねた。
ウルガノは出ていった二人組を窓から眺め、トーリはバルドの問いに答えた。
「アブドゥラーで奇襲にあった時、襲ってきた奴らの体に五芒星のタトゥーがあったって話はしましたよね?」
「ああ。ヴァンの昔馴染みの印だろ?
今はレヴァンナの親衛隊に多いんだったか」
「ええ。そのタトゥーが、さっきの二人組の片方にあったんですよ。
髪が邪魔で見えにくかったですが、右の首筋辺りに」
一見どこにでもいるカジュアルな風貌をしていた、先程の二人組。
しかし、ウルガノとトーリの目は、自然な中に紛れた"異質なもの"の存在を見落とさなかった。
昔、ヴァンと徒党を組んでいた者達が、仲間意識の象徴として体のどこかに刻んだという五芒星のタトゥー。
このタトゥーが、二人組の一方の首筋にあったのである。
つまり、少なくともタトゥーを刻んでいる方の男は、ヴァンの昔馴染みである可能性が高く。
仮にそうだとするなら、ミリィ達の敵である恐れがあるというわけだ。
「まさか、俺達の動きを偵察に来たのか?
アブドゥラーで撒いたはずじゃなかったか?」
「そのはずですが……。
こんな偶然があるとも思えませんね」
二人組の姿が追えなくなったところで、ウルガノは再びトーリ達と向き合った。
バルドは、少し考えたあと、おもむろに席を立った。
「バルドさん?」
トーリが声を上げると、異変に気付いた東間も作業の手を止めてバルドを見上げた。
バルドは、全員を安心させるためにいつもの調子で微笑んだ。
「大丈夫。ちょっと様子を見て来るだけだ。深追いはしない」
「お一人で平気ですか?」
「ああ。お前はみんなの側にいてやってくれ」
心配するウルガノを制すと、バルドは隣にいる朔に目をやった。
難しいことは分からないながらも何となく空気は察したのか、バルドを見詰め返す朔の瞳は不安に満ちていた。
「すぐ戻ってくるからな」
「………気をつけて、くださいね」
最後に朔の頭を撫でると、バルドは自然を装って店を出ていった。
残された朔は、バルドの姿がなくなるまで見送ったあと、なにやらきょろきょろと店内を見渡した。
「………なにかあったの?」
ここにきて初めてヘッドフォンを外した東間は、困ったように眉を寄せた。
というのも、ずっと作業に集中していたため、何のためにバルドが出ていったのか東間だけは知らないのだ。
「さっき怪しげな二人組が入ってきてね。万一に備えて動向を探りに行ってもらったんだ。
そっちの様子はどう?あれからなにか進展はあった?」
トーリが事情を説明すると、東間はヘッドフォンを右耳だけに当て直して盗聴を再開した。
「今さっき罪人島とブラックモアの繋がりについて話してて、そのあとに───」
ところが。
盗聴を再開した直後、パソコンの電源がぶつりと音を立てて落ちた。
それに伴い、ミリィ達の会話の音声もたちまち途絶えてしまった。
「え……。なにこれ、なんで?」
「どうしたの?」
「電源が落ちた。ずっと電波良好だったのに、なんでいきなり?
まさかおれのパソコンだけとか?」
突然のシャットダウンは、電波そのものに異変があったからなのか。
それとも、東間のパソコンだけに現れた異常なのか。
原因を探るためにも、東間は自分の携帯を調べようと上着のポケットに手を入れた。
すると、先程まで店内を見渡していた朔が、なにかに気付いた様子でぱっとウルガノの腕を掴んだ。
「?朔?どうしました?」
ウルガノが優しく声をかけると、朔は更に強い力でウルガノの袖を握った。
その手は微かに震えており、表情もどこか怯えているようだった。
東間とトーリも思わず動きを止め、朔の二の句を待った。
「………っきの…。
さっきの、ひとたち。悪い人達、なんですよね」
やっとの思いで声を絞り出した朔は、俯いたままとつとつと話し出した。
曰く"さっきの人達"というのは、バルドが追い掛けていった二人組のことを指している。
「そう、ですね。まだ決まったわけではないですが、その可能性は高いです。
彼らがどうかしたんですか?」
ふとウルガノが朔の肩に触れると、微動だにできないほど強張っていた。
「ぁ…。あの人達とそっくりなオーブの人が、……っお店の中に、いるんです」
朔によると、先程の二人組と同類のオーブを持った者がまだ店内にいるという。
つまり、前者の二人組が黒であった場合、彼らの仲間かもしれない何者かがすぐ近くにいるということになる。
「………何人ですか」
ウルガノは朔の肩を抱き寄せると、朔の耳元で囁いた。
朔は、今にも引き攣りそうな声で答えた。
「さんにん」
現在店内に残っている客は、ウルガノ達を除いて六人。
則ち、朔の感覚が正しければ、その内の半数が危険人物に相当するということだ。
朔の言葉を聞いて、ウルガノ、トーリ、東間はそれぞれ驚きに目を見開いた。




