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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
267/326

Episode44-4:来る者拒まず、去る者逃がさぬ



「───分かりました。では、そろそろお暇させてもらいます。

最後に、もう二・三確認させてもらってもいいですか?」


「どうぞ」




サリヴァンが老体な上病人であると分かった以上、あまり長居をして負担になるわけにはいかない。

そこでミリィは、最後に重要なことを確認してから、この場を去ることにした。




「具体的に、貴方はどういった形でFIRE BIRDプロジェクトに協力されているんですか?

自由が制限された立場であるなら、単に投資だけですか?」


「ええ。大体は株と一緒です。

資金的な援助をする見返りとして、いつかワクチンが完成した暁には、私にもおこぼれを分けてもらう約束をしています。

……先行きが不透明であることを考えれば、株というより賭けに近いですがね」




長年プロジェクトに協力してきたサリヴァンだが、実質彼が行っていることは資金の援助のみ。


どのようにしてワクチンが作られるか概要は知っていても、直にその過程を見聞きしたことは一度もないという。


それはある意味無責任とも言えるが、恐らく同じ穴の貉は五万といる。


その内の一人がたまたまサリヴァンだったというだけで、プロジェクトに投資する者は世界中に存在すると思われる。




「じゃあ、もう一つ。

ここブラックモア州が、罪人島との仲介を担っているという話は本当ですか?」


「一応は、そうなりますね」


「一応は?」


「あの島から一番近いところにあるってことで、国とを繋ぐパイプに使わせてもらえないかと打診があったんですよ。父の没後にね。

私はそれに承諾しただけ。彼らが好きなようにやるのを黙認しているだけです」


「黙認……。

凶悪な犯罪者が行き来するかもしれないのに、それでも良しとしたんですか?」


「そんな顔をしなくても、我々に実害はありませんよ。

犯罪者の移送は厳重に行われていますし、うちの住人を実験材料に持っていかれたこともありません。我が民には一切手出ししないことを条件にしましたからね。

でなきゃ、さすがの私も殺人鬼の類を庭に招いたりしませんよ」




以前から疑惑があった、罪人島とブラックモア州の裏の繋がり。

その実態は、ブラックモア州がシグリム出入国の抜け穴として使われている、というものだった。

これは、先代の父が亡くなってから打診があった話で、それ以前は何の関わりもなかったという。

つまり先代サリヴァンは、FIRE BIRDプロジェクトとは無関係であったようだ。




「そうですか……。分かりました。

最後にもう一つだけ。これで終いにします」


「どうぞ」


「マックス・リシャベールという人物をご存じないですか?

噂によると、ブラックモア州を拠点にしているそうなんですが」



ミリィの口からリシャベールの名前が出た瞬間、サリヴァンの瞳の奥がきらりと光った。



「聞いたことはありますが、本人の人柄までは存じていません。面識もないです」


「本当ですか?プロジェクトに深い関係があるはずなんですが」


「ここまで来て今更隠し事はしませんよ。

私が知っているのは、リシャベールという名前と、罪人島とのパイプ役を担っている人物であるらしい、ということだけです。

詳しいことが知りたいなら、直接本人を探してみたらどうですか?

うちを拠点にしているというなら、案外普通に街中を歩いているかも」




リシャベールという名前には反応したものの、サリヴァンは本当に詳しいことを知らない様子だった。

ただ、ミリィ達が噂に聞いた話も嘘ではなかったということが、これで明らかになった。

ブラックモア州がパイプそのものであるなら、リシャベールの存在はパイプの中を行き来する潤滑油だ。

犯罪者達をシグリム国内に手引きするのは、実質彼が担っていたということで間違いないだろう。




「よく分かりました。貴方の言う通り、リシャベールについてはもう少し自分達で調べてみることにします。

長居をしてすみませんでした」




一先ず必要な情報は手に入った。

黒幕の一人であるサリヴァンを野放しにしておくのはリスクがあるが、彼が今後大きな行動に出る可能性は低い。

こちらに敵意がないのなら、断罪するのはあらかた片付いた後でもいいだろう。


そう考えを纏めたミリィは、席を立ってサリヴァンに頭を下げた。




「それじゃあ、我々はこれで。行くぞヴァン」


「ああ」



余計な感謝や挨拶は割愛し、ミリィはヴァンを引き連れて部屋を出ようとした。

直前、サリヴァンが思い出したように待ったをかけた。



「ああ、そうだコールマンさん」


「なにか?」



ミリィとヴァンが振り返ると、サリヴァンは別れの挨拶代わりにこう言った。



「嗅ぎ回るのは結構ですが、うちの庭を汚すような真似は控えてくださいね。街全体をアートとして扱っているので。

……では、帰り道には気をつけて」




"うちの庭を汚すような真似"。

"庭"というのは無論ブラックモア州全体のことを指しているが、"汚す"とはどういう意味なのだろうか。

ニュアンスを計ろうにも、サリヴァンの表情からも声色からも意図は読み取れなかった。




「ご忠告どうも」



淡々と返すと、ミリィは今度こそヴァンと共に部屋を出ていった。

そして一階のロビーに向かう途中、ミリィはヴァンに一言告げた。



「武器の準備しとけ。帰り道、なにかあるぞ」



前だけを見据えて歩き続けるミリィに、ヴァンは返事をしなかった。

代わりに、両手に付けたグローブを今一度締め直した。






―――――



その後。

ロビーまで戻ってきたミリィ達は、受付で退館手続きを行った。

しかし、ミリィが書類にサインをしている最中、ビルの外がなにやら騒がしくなってきた。




「なんだか騒々しいですね。外でなにかあったんでしょうか」



先に異変に気付いた受付嬢は、怪訝な表情を浮かべて入口の方に目をやった。

つられてミリィも後ろを振り返ると、ガラス張りの自動ドアの向こうには、群れをなす人々の姿があった。

見たところ、彼らは向かって左方面から一斉に移動して来ているようだった。

もしかしたら、左方面にある"なにか"から、ここまで逃げて来たのかもしれない。




「なあヴァン。あっちってダイナーのある方向だよな」



人々の焦った様子と気配を感じて、ミリィはハッとあることに気が付いた。

彼らが頑なに近付こうとしない方角には、ウルガノ達の待つダイナーがあるはずだと。




「ああ。ここから100Mほど先に────」




ヴァンが返事をしようとした次の瞬間。

外から二発分の銃声が鳴り響き、人々から驚きの悲鳴が上がった。

銃声の発信元は、やはりダイナーのある方向からだった。



「───ッ行くぞヴァン!!」




ミリィは、途中だったサインを放り出して、とっさに入口に向かって走り出した。

ヴァンもすかさずその後に続き、二人は順に自動ドアを抜けた。



「───誰か、誰か警察を呼んで!」


「───その前に救急車だ!」



外へ出た瞬間、ミリィ達の目の前に飛び込んできたのは、一層激しさを増した人々の雑踏。

それから、彼らが発する恐怖の叫びだった。


ミリィは次から次に逃げて来る人波を掻き分けながら、急いでダイナーのある方へと進んでいった。

やがて前が開けると、ミリィの視界にある人物の姿が映った。




「東間───!!」




ダイナーの付近。

黒づくめの男が銃口を向けた先にいたのは、血に濡れた東間と、朔だった。



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