Episode44-2:来る者拒まず、去る者逃がさぬ
エスカレーターで二階へ上がると、突き当たりに"制作室"のプレートが貼られた部屋があった。
部屋の前で足を止めた受付嬢は、ミリィ達が追いつくのを待ってからドアをノックした。
「社長。お連れしました」
どうぞ、と返ってきた声は、低く渋い男性の声だった。
受付嬢は、失礼しますと一言断って、静かにドアを開けた。
「どうぞこちらに」
受付嬢に促され、ミリィとヴァンも順に制作室へと足を踏み入れた。
芸術関係の本が所狭しと並んだ本棚。
画材の散在する床。
加工途中のものに布を被ったもの、様々な状態で置かれた無数のキャンバス。
まさに本人の巣ともいえるそこは、物が乱雑している割には清潔感のある空間だった。
これは恐らく、本人がまめに掃除を行っているためだろう。
そしてなにより、窓際に寄せられた大きなデスク。
そこに座っていたのは、実年齢より十は若く見える年配の男だった。
「───ああ、どうも。こんな格好ですけどまあ、我慢してください。
遠路遥々ようこそ、お二方」
椅子に座ったままミリィ達に向き直ると、男は気怠そうな声で挨拶した。
癖の強い黒髪に、青白い肌。
手入れを怠った無精髭に、うっすらと隈のできた目元。
筋肉のない体つきと、その上からだらしなく着崩した、極彩色の汚れを纏った作業着。
いかにも芸術以外には取り柄のなさそうな風貌のこの男こそ、眼下のアトリエの主。
サリヴァン・ブラックモア・Jr、御年56歳である。
「………どうも、お久しぶりですサリヴァンさん。
急な訪問で申し訳ないですが、お会いできて嬉しいです」
サリヴァンの姿をまじまじと見ながら、ミリィは敢えて"お久しぶりです"と頭を下げた。
無論、双方の間に面識はない。
顔を合わせたのも声を聞いたのも、互いにこれが初めてだ。
ただ、その上でサリヴァンは、ミリィ達を友人として招き入れた。
そこにどんな意図があるのかは分からないが、なんにせよここはサリヴァンの設定に合わせた方が良さそうだと、ミリィは判断した。
「こちらこそ、こんな汚いところへわざわざどうも。
良かったらそちらへ掛けてください。どこもボロボロでみすぼらしいですが」
サリヴァンが示した先には、年代物と思われるソファーと、黒塗りのローテーブルがあった。
特にソファーの方は、余程のお気に入りなのか小さな継ぎ接ぎだらけだった。
だがミリィは、そんなことは気にも留めず、遠慮なくとソファーに腰を下ろした。
ミリィが隣を叩くと、ヴァンも警戒しながらソファーに座った。
「社長。お出しするお飲み物はなんに致しましょう?」
「いえ、飲み物はこっちで用意するので結構です。
貴女はもう下がっていいですよ」
サリヴァンの指示に無言で頭を下げると、受付嬢はそそくさと退室していった。
「………さて。私はコーヒーでも飲みましょうかね」
受付嬢がいなくなってすぐに立ち上がったサリヴァンは、出入口付近に設置されたコーヒーサーバーの方へ近付いていった。
サーバーの脇には、コーヒー専用の砂糖や蜂蜜が小分けになってカウンターに並んでいる。
どうやら、制作に煮詰まった時等にこうして一服するのが、サリヴァンのお決まりであるらしい。
「そちらはどうします?素人のまずいコーヒーで良ければお出ししますが」
コーヒーをドリップしながら、サリヴァンは後ろを振り返ることなく言った。
「……いえ。結構です。妙な薬でも入れられたら困るんで」
サリヴァンの背中を見詰めながら、ミリィは堂々と返した。
対してサリヴァンは、無礼なことを言われても一切動揺することなく、ドリップを終えたコーヒーに砂糖とミルクを加えていった。
「友人なんて、どうしてそんな白々しい嘘をついたんです、サリヴァンさん。
オレ達を招き入れても、あなたにはなんの旨みもなかったはずだ。
………それとも、端からオレを捕まえるために、敢えて懐に入れるような真似を?」
ミリィは、更に相手の神経を逆撫でするような言い方で追求した。
しかし、ゆっくりミリィ達に振り返ったサリヴァンの顔は、やはり無表情のままだった。
「何故私がそんな面倒なことをしなくちゃならないんです。
ただでさえシーズン中で自由がないというのに、ネズミ捕りに割いてる時間なんてないですよ」
カップの中を三度スプーンで掻き回すと、サリヴァンは出来立てのコーヒーに口をつけた。
"ネズミ捕り"
遠回しにミリィ達をネズミ呼ばわりした物言いは、一見喧嘩を売っている風に聞こえるかもしれない。
だが、この発言に悪意は微塵もない。
ましてやミリィの無礼に対する仕返しの意図もないのだ。
彼はただ、思い付いたことをそのまま言っているだけ。
基本他人に関心がないサリヴァンだからこそ、誰に対しても蔑むことも諂うこともしないスタンスなだけなのである。
「では何のために、こちらに都合のいい嘘を設定してまで、オレ達に会ってくれたんですか?」
「今日断ったとして、どうせ諦めてはくれないんでしょう?
明日も明後日もそのへんでウロウロされたら気が散ると思っただけですよ」
「だったら、一度受け入れてしまった方が長引かずに済むだろうと?」
「ええ。芸術家なんて言われてるやつは基本"短気"ですから」
「……なるほど。芸術家の方は"合理的"な人が多いようですね」
明け透けに返事をするサリヴァンを前に、ミリィは出会った頃のトーリに似ている気がすると密かに思った。
「そちらこそ、なんでまた私なぞのところに?
話があって来たなら手短にお願いしたい」
あっという間に熱々のコーヒーを飲み干したサリヴァンは、カップをカウンターに置いてデスクに戻った。
ぶっきらぼうな態度ではあるものの、招いた以上ミリィの話を聞く意思はあるようだ。
「では単刀直入に。
オレ達の名前を知っていたということは、当然オレの素性についてもご存じなんですよね?
どこでそれを聞いたんですか?」
「とある筋から、ですね」
「とある筋というのは、アブドゥラーのシャムーン氏のことですか?
それとも首都のライシガー氏のことですか?」
やや前のめりの姿勢で、ミリィは立て続けにサリヴァンを問い詰めた。
するとサリヴァンは、ごまかすでも惚けるでもなく、意外な反応を見せた。
「両方ですよ。
フェリックスさんのご子息か落とし子の一味が、いつか私の元へ接触しに来るかもしれないから気をつけろと。再三注意を受けました。
確かに、生き写しと言っていいくらい、あなたはあの人にそっくりだ。
正式に血筋を引いたお兄さん以上にね」
全く隠す気のないサリヴァンに、むしろミリィの方が驚かされた。
「……否定しないんですね。彼らと繋がりがあることを」
サリヴァンは足を組むと、尋ねられる前に自ら話し出した。
「そんな目をしなくても、言い訳をする気は最初からないですよ」
「というと?」
「あなたがここへ来た理由は、私の目的を探るためでしょう?
コードFBとやらに名を連ねているのは何故かと」
あっさり白状したサリヴァンに、ミリィは今度こそ言葉を詰まらせた。
レヴァンナの時と比べると、サリヴァンのこの対応は彼らに対する裏切りにも等しい。
「……驚きましたね。今のはほぼ自白ですよ。
自分が悪事に加担していることを認めるんですか」
「そうなりますね」
「オレ達のことを聞き及んでいたなら、オレ達がどこを目指して動いているかも既にご存じのはず。
そのオレの目の前で罪を認めれば、いつか自分の手が後ろに回るかもしれないとは思わないんですか?」
すると、今まで無表情だったサリヴァンは、急ににたりと笑みを浮かべた。
「なるほど。犯罪者として報道されてしまうのも、それはそれで有りですね」
「どういう意味ですか、それは」
サリヴァンの考えが読めず、ミリィは困惑して眉を潜めた。
対してサリヴァンは、先程までより流暢な口ぶりで続けた。
「なにか誤解をされているようですが、私は彼らのような崇高な精神は持ち合わせていませんよ。
不老不死なんてものも、本気で実現させられるとは信じてませんからね」
「じゃあ、彼らと協力関係を築くことで、あなたはなにを得ようというんです?」
「簡単なこと。
あなたが今目にしているこの有様が答えですよ」
そう言うとサリヴァンは、両手を広げて制作室全体を眺めた。
ミリィはしばらく考え、ふと思い付いた自分なりの答えをサリヴァンに伝えた。
「あなたが、芸術家だから……?」
「その通りです。
私は私の生み出したものが後世にどう受け継がれていくかを知りたい」
「……受け継ぐもなにも、あなたの芸術は既に世界から評価されているでしょう。
地位も名誉も財産も、生涯持て余すほどに手に入れたんじゃないんですか」
サリヴァンは一度閉口すると、椅子の向きを変えて本棚の方に目をやった。




