Episode44:来る者拒まず、去る者逃がさぬ
11月18日。
ヨダカらのいるヴィノクロフ州を離れ、ブラックモア州までやって来たミリィ一行。
現地に到着した一行がまず行ったことは、主席に謁見する面子を決めることだった。
アブドゥラー州の主席に謁見に行った際には、護衛役としてウルガノ、参謀役としてトーリがミリィに同行した。
つまり、アブドゥラーの時以上の危険が予想される今回は、前回より護衛を増やして臨む方がベターとなる。
しかし、ミリィの方にばかり人員を割けば、その分朔の周りが手薄になってしまう。
朔をミリィに同行させることは出来ないので、どちらにどれだけの戦力を割り当てるかが重要となるのだ。
「本当にこれでいいんですか?ミリィ。
やはり私もお供した方が……」
「いや、ウルガノは朔に付いてやってくれ。女性が側にいた方が安心するはずだ。
それに、オレももう守ってもらってばかりもいられない。
自分の身は自分でなんとかしてみせるさ」
「側には俺が付いてる。
お前達はいつ出動があってもいいよう警戒していてくれ」
会議の結果、ミリィにはヴァン一人が付き、残りのメンバーは全員朔の側にいることになった。
ミリィとヴァン二人のみでの行動は非常にリスキーだが、守りが脆くなった隙に敵が朔を狙ってくるかもしれない。
故に、後手後手に回るよりは、まず朔の安全を確保しておいた方が何かと動きやすい、という結論だ。
「そっちの状況はこいつで常に探知してるから、何かあったらすぐに飛んでいけるよ。
おれは戦力にはなれないけどね」
「俺はダイナーの近辺で人の動きを見てるよ。
元々往来の少ない静かな街だから、なにかあれば目視でも状況が読めるだろう」
「こっちで非常事態があった場合には、僕からミリィに連絡するよ。
携帯に繋がらない時は発信機に信号送るから、そのつもりで」
ミリィとヴァンが不在の間、他のメンバーは近場のダイナーに留まって様子を見ることになった。
ただ、様子見といっても大人しくしているだけではない。
非常事態が起きた際には直ちに対処できるよう、いくつか安全策が設けられた。
そのうちの一つが、ミリィの上着の内ポケットに仕込まれた、東間お手製の盗聴器。
二つが、ヴァンの上着の衿裏に隠された発信機だ。
盗聴器から受信した音声は、逐一東間のパソコンで再生される仕様になっている。
なので、ミリィ達の身になにかあった場合、ウルガノ達がすぐに現場へ駆け付けることが可能だ。
発信機の方はただ信号の送受信ができるだけの代物だが、電波妨害に強い造りになっている。
使い道は限られるものの、万一携帯が不通になった時には役に立つはずだ。
「ミリィ、気をつけてね。怪我、しないでね」
「ああ。大丈夫。頼りになる相棒が付いてるから。
朔も、みんなの側を離れずに、いい子にしててな」
今回は出先でどんなことが起きるのか。
アブドゥラーで受けた奇襲や傷は、少なからずミリィのトラウマとなってその胸に残っている。
それでもミリィは、不安そうに見上げてくる朔、そして仲間達に心配をかけないよう、気丈に振る舞った。
そんなミリィの強がりを、たった一人ヴァンだけが見抜いていた。
―――――
同日。PM2:30。
ウルガノ達と別れたミリィとヴァンは、ホテルから程近いある場所の前までやって来た。
ここは、現地主席サリヴァン・ブラックモア・Jrが所有する低層ビル。
日頃サリヴァンが拠点としている、本人のオフィス兼アトリエである。
「───本当に、このまま突っ込むのか」
ビルの付近で今一度手順を確認するミリィに、ヴァンは少し心配そうに問うた。
というのも、事前のアポイントは一切とっておらず、急な訪問の理由も特に用意していないのだ。
「そうだな。アポなしでいきなり会いに行けば、当然つまみ出されるだろう。表向きは赤の他人なんだからな。
だが今回は、それが狙いだ。
許可が下りる下りないに関わらず、オレ達が来たって話は必ずサリヴァン本人にも伝わる」
「つまり?」
「本当にサリヴァンがオレ達の正体を知っているなら、オレ達が訪ねて来たことを無視はできないはずだ。
どんな形であれ、きっと何らかのアクションを仕掛けてくるに違いない。
つまりオレ達は、あちらの出方を窺うために、敢えて自分から尻尾を出しに行く。
誘い水をしに行くのさ」
要約すると、こちらの正体や思惑を既に看破されているかもしれない不利を、逆手にとろうというのだ。
謁見が許可されるにせよ断られるにせよ、ミリィ達が今日ここへ来たことは、必ずサリヴァン本人の耳にも入る。
そうなれば、サリヴァン自らでなくとも、あちら側は何らかの対策を講じてくるはずだ。
とどのつまり、こちらは影をちらつかせるだけで手出しはしない。
端からサリヴァンには会えないのを承知の上で、あちらがどう動くかを観察しようというわけだ。
「よく分からんが、とにかく俺はお前を守ればいいんだな」
「そういうこった。
ボディーガードらしい仕事はこれが初めてだな」
「ああ。待ちくたびれたよ」
ヴァンは、いつもと変わらない飄々とした様子で首の骨を鳴らした。
「じゃあ、行くぞ。準備はいいか?」
「いつでも」
ミリィは、平素通りのヴァンを頼もしいと思いつつ、意を決してビルの中へと入っていった。
なんてことはない自動ドアを抜けると、屋内は外観と打って変わってアーティスティックな内装になっていた。
吹き抜けの天井に、モノクロを基調とした塗装。
壁の至るところに立て掛けられた人物画、風景画。
複雑な模様が描かれたデザインマネキンの列。
なにをモチーフにしたのか分からないオブジェの展示。
色彩の派手さはないものの、ロビーのコーディネートはまるでテーマパークのようだった。
「こんにちは。
ここってブラックモアさんのアトリエで合ってますかね?」
ヴァンを引き連れたミリィはオブジェなどには目もくれず、真っすぐに受付嬢の元へ歩いていった。
「はい。サリヴァン・ブラックモア・Jr氏の所有ビルで間違いございません。
面会の方ですか?」
「ええまあ」
「失礼ですが、アポイントの方は?」
「あー、それがないんですよね。
急用があって来たんですけど、そもそも連絡先を知らないものですから」
しれっと言うミリィに、受付嬢は僅かに怪訝な表情を見せた。
「……重ね重ね失礼いたしますが、その急用というのは?」
「それはご本人にお話します。私的な内容ですんで。
やっぱり、約束がなければお会いするのは無理ですかね?」
受付嬢は一旦考えるそぶりを見せると、もう一人の受付嬢となにかを小声で話し合った。
そして、再びミリィに向き合った。
「原則としては、アポイントのない方はお断りさせてもらっているのですが…。
私的なご用とのことですので、本人に確認をとってみます。
お手数ですが、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
どうやら、ミリィがとっさについた"私的な内容"という嘘が功を奏したらしい。
受付嬢は電話の受話器に手をかけると、もう一方の手でペンを握った。
「ミレイシャ・コールマンです。
こっちの彼は仕事仲間のヴァン・カレン」
こっちの、とミリィが一瞬後ろを振り返ると、ヴァンは受付嬢に向かって一礼した。
受付嬢は頷きながら、それぞれの名前をメモに記していった。
「ミレイシャ・コールマン様と…、ヴァン・カレン様ですね。畏まりました。
では、返答があり次第お伝えに行きますので、しばらくロビーにてお待ちください」
そう言って受付嬢はどこかに電話をかけ始めた。
手持ち無沙汰になったミリィとヴァンは、しばらく絵画やオブジェなどを見学して待たせてもらうことにした。
それから、約10分後。
先程の受付嬢が足早にミリィ達の元へやって来た。
「お待たせいたしました。
許可が下りましたので、制作室の方までご案内します」
「えっ。許可下りたんですか?」
想定とは違う展開に、ミリィは思わず驚いてしまった。
それに対し、受付嬢も不思議な顔で頷いた。
「……?あ、制作室というのは、言葉通り社長が制作作業を行うための部屋になっています。
来客があった際には、通常会議室や面会室にお通しするのですが、シーズン中にはこうして制作室までお願いするケースも、」
「ああいや、場所は別にどこでもいいんですよ。
ただ、自分で言うのもなんですけど、本当に急でしたし…。
てっきり断られるかと」
「そうですね…。アポイントのないお客様には、滅多にお会いにならないのですが…。
コールマン様がお見えになったのなら是非にと、二つ返事でOKされましたよ。
社長のご友人の方とは知らず、先程は失礼を致しました」
申し訳なさそうに頭を下げてくる受付嬢に、ミリィとヴァンは困惑して顔を見合わせた。
どうやら、ミリィ達との関係について、サリヴァンの方から友人であると話したらしい。
だからこそ、突然の訪問でも喜んで受け入れると。
「では、社長もお待ちですし、早速部屋までお通ししたいのですが、よろしいですか?」
「……ええ。お願いします」
「畏まりました。こちらへどうぞ」
先程よりも表情の柔らかくなった受付嬢が、先導してロビーの奥へと歩いていく。
ミリィは、彼女の後を付いていく前に、隣にいるヴァンにだけ聞こえる声で呟いた。
「いらっしゃい、だとよ」
ヴァンは目を細めると、懐に忍ばせた銃をもう一度だけ確かめた。




