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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
262/326

Episode43:眷属



11月16日。AM10:00。

それぞれの宿をチェックアウトした後、アンリとミリィはある場所で落ち合うこととなった。


ある場所とは、ヨダカの個人的な私有地。

来客の多い実家とは別に、彼がプライベートで使うためにと建てられた隠れ家である。



静かな田園地帯にぽつりと佇む、淡いブルーグレーの平家。


一見すると付近の農家が住んでいるとしか思えないその家で、ヨダカは度々友人を招いたりして過ごしているという。


ちなみに、先日キオラが両親に話した親睦会という嘘も、ここで行われた体になっている。




「───おかえり。

アンリ君達、もう来てるよ」




インターホンの音を聞いて玄関までやって来たヨダカは、最後の客人を前にして切なそうに眉を寄せた。


客人は、挨拶もそこそこに家に上がると、車椅子で先導するヨダカの後を黙って付いていった。




「どうぞ。入って」




先にリビングへ入ったヨダカは、行く手を開けて客人を促した。


客人も中に入ると、そこにはアンリとシャオ、そしてミリィの姿があった。


他の面子については、現在別の場所で待機中である。




「キオラ………!」




客人の登場に真っ先に反応したのはアンリだった。


客人ことキオラは、真っすぐ歩み寄ってくるアンリに対し若干腰を引かせつつも、逃げはしなかった。




「……おかえり。体の具合は、…悪くないか?」




アンリは、いつものように彼女に触れようとして、途中で止めた。


近付くまでは良かったものの、いざ彼女を前にすると、急に気安く出来なくなってしまったのだ。




「平気だよ。

そっちはどう?あれからなにかアクシデントとかなかった?」


「いや、なにもないよ。

それよりご両親の様子は───」




アンリがキオラの両親について話を聞こうとすると、キオラの背後から二人の人物が近付いてきた。


先程までお手洗いに行っていた朔と、その付き添いをしていたウルガノである。



アンリの視線に気付いたキオラは、さっと前を退けると同時に背後に振り返った。


直後、キオラと目が合った朔に異変が起きた。




「ひ………っ!」




大きく目を見開いた朔は、短く悲鳴を上げるとウルガノの背後に隠れてしまった。




「!なんだ、どうしたんだ?」



驚いたアンリは、朔とウルガノの顔を交互に見た。


同じく驚いたウルガノは、アンリと目配せをしてからその場にしゃがみ、朔の顔を覗き込んだ。



「朔?急にどうしたんです?

この人が、アンリさんのご友人のキオラさんですよ?」




俯く朔の頬に触れながら、ウルガノは優しく話し掛けた。


しかし朔は、尚もウルガノを壁のようにして、キオラと距離をとりたがった。




「この子………」




キオラは、突然怯えられても動揺することなく、じっと朔を見詰めた。


その顔は、初めて会うはずの朔にどこか見覚えがある様子だった。




「どうした!?朔になにかあったのか!」




そこへ、遠巻きにやり取りを見守っていたミリィがやって来た。


ミリィの声に気付いた朔は、ぱっと顔を上げてウルガノから離れると、一目散にミリィに飛び付いていった。


ミリィはそれを屈んで受け止めると、朔の頭を撫でて宥めてやった。




「………ミレイシャ君、その子は?」



変わらずの無表情で、キオラはミリィに尋ねた。




「ああ、この子は朔だよ。倉杜朔。

アンリから話は聞いてると思うけど、直接会うのは初めてだよね?」


「………倉杜、朔」




ぼんやりと朔の名前を反芻するキオラに、アンリが心配そうに声をかける。




「もしかして、この子と面識があるのか?」




キオラは首を振ると、ただ、と区切って続きを話した。




「なにか、覚えがあるというか…。

初めて会った気がしないんだ」




ようやく顔を上げた朔は、恐る恐るキオラの目を見た。


キオラもまた朔の目を見詰め返すと、両者はしばし金縛りにあったように動かなくなった。



反射的にキオラを恐れた朔と、朔に対し何らかのシンパシーを感じたらしいキオラ。


反応はそれぞれだが、互いに既視感を覚えたようだということだけは確かだった。



そんな中、他の面々は、渦中の二人が放つ独特な空気感に困惑させられるばかりだった。






「───ともかく。立ち話もなんですから、一旦みんな落ち着きましょう。

今お茶を煎れ直して来ますから、キオラさんも、適当な場所に座って待っていてください」




ヨダカの鶴の一声により、一同はとりあえず着席することになった。



大きなコーナーソファーの右手には、先程までと同様、ミリィとウルガノが朔を間に挟んで座った。


ミリィ達から少し離れたソファーの左手には、キオラとアンリが並んで座った。


一人あぶれたシャオは、リビングと隣り合わせにあるカウンターキッチンへ移動し、備え付けの椅子に座った。


しばらくして戻ってきたヨダカは、キオラの分のカップと継ぎ足したティーポットをテーブルに置くと、近くに車椅子を固定した。




「お待たせしてすまなかったね。じゃあ、さっきの話の続きといこうか。

キオラさんと、そちらのお嬢さん。どちらの言い分から先に聞く?」




キオラの前に紅茶の入ったティーカップを差し出すと、ヨダカはキオラと朔にそれぞれ目をやった。




「私は、まだ頭が纏まっていないので…。

良ければ、朔さんのお話から先に聞かせてください」


「……だってさ、朔。

焦らなくていいから、さっきはなにがあったのか、話してごらん?」




キオラの返事を聞いて、ミリィは優しく朔の肩を叩いた。


朔は、膝の上で拳を握ると、一度深呼吸をしてからぽつぽつと話し始めた。




「え、と……。さっきは、びっくりさせちゃって、ごめんなさい。

でも、あの…。お姉さんが悪いとかじゃなくて、わたしもびっくりしちゃっただけなの」




お姉さん、と朔がキオラの方を見遣ると、キオラは大丈夫だよとでも言うように頷いた。




「びっくりしたって、彼女のどこにびっくりしたんだ?

顔?服装?」




ミリィの問いに、朔は首を振った。




「お姉さんの周りに見えたオーラが、今までに見たことがない色をしてたから」


「……それは、どんな色?」




緊張を解してやるために、ミリィとウルガノはそれぞれ朔の手に触れた。


朔は、申し訳なさそうに俯き、こう言った。




「………くろ。真っ黒。

それが、お姉さんの顔も分からないくらいもやもやしてて、最初見た時、人の形をした影だと思った」




あの時、朔の目に映ったキオラは影のごとく真っ黒な姿をしていたという。


黒に近いほどの濃い色彩を持つ者には覚えがあっても、純粋な黒を纏う者は朔にとって初めて遭遇する相手。


故に朔は、未知の存在を前にお化けかなにかと勘違いし、あのような反応になってしまったのである。




「じゃあ、今は?

今も、キオラさんの周りに黒いオーラが見えますか?」




ウルガノに促され、朔はもう一度キオラに目をやった。




「……ちょっとだけ見えるけど、今は大丈夫。

多分、アンリさんのお友達って分かったから、わたしの目も、ちゃんとお姉さんのことを見れるようになったんだと思う」




今のキオラは、やはりまだ陰ってはいるものの、先程と比べて姿が視認できる程度にはオーラが薄れたという。


これは、"アンリの友人イコール敵ではない"という意識が、朔の中で確立してきた証拠。


ちゃんとキオラ自身を見たい、という朔の強い気持ちが、悪い先入観を取り払ったというわけだ。




「嫌なことして、ごめんね。お姉さん」




朔が謝ると、キオラはこちらこそ驚かせてごめんねと返した。




「その黒いオーラとやらも気になるが…。君の意見も聞いてみないことには判断し兼ねるな。

キオラ。君の既視感は、結局のところどうなんだ?

実際に朔を知っていたのか、それともただそんな気がしただけか?」




アンリがキオラに問うと、キオラは背もたれに深く体重を預けた。




「うん…。どうにか記憶を手繰り寄せようとしたんだけど…。

はっきりこれ、っていうエピソードは、やっぱり覚えがないや。

ただ、朔ちゃんが私に異質さを見たように、私も朔ちゃんに対してなにか、こう…。うまく表現できないけど、強く惹かれるものを感じた。

もしかしたら、思い出せないだけで、どこかで朔ちゃんの話を聞いたり見掛けたりしてた、ってことなのかもしれない」




明瞭な記憶はないものの、キオラもまた朔に対して異質さを覚えていた。


ただ、朔と違って目に見えるものではなかったので、その意識がどこから来るのかは本人にも分からなかった。




「そうか…。

もしかしたら、これといった原因がなくとも、同じ出自を持つ者同士、本能的に惹かれ合うものがあるってことなのかもな」




アンリの何気ない発言を聞いて、ミリィはふと思い出した顔をした。




「……そういや、ヘイリー」


「ヘイリー…?シャノン君の専属執事をやってる青年か?」


「そう。今思い出したけど、ヘイリーも似たようなこと言ってたんだよ。

朔をどこかで見た気がするんだけど、全然覚えがないんだって。

で、朔の方もヘイリーに対して気になることがあったんだよな?」




朔は、一度アンリと目配せをしてから、うんうんと頷いた。



あれは、花藍が亡くなってまだ間もなかった頃。

ミリィ達がバシュレー家の屋敷で匿ってもらっていた期間の話だ。


当時、ミリィはヘイリーから、そしてアンリは朔から、互いに対して覚えた違和感について話を聞いていた。


ヘイリーの方は、ミリィの言う通り単なる既視感に過ぎないものだった。

一方、朔がヘイリーに感じたものはそうじゃなかった。


曰く、ヘイリーに対しては一切のオーラを読み取ることが出来ず、彼だけ無色透明に見えたのだという。


つまり、キオラへのそれとはまた異なるものの、ヘイリーも朔にとってなにか特別な存在であるということ。


同時に朔も、ヘイリーにとってただの他人とはいえない相手である、ということだ。




「でさ。さっきのキオラさんと朔のやり取り見て思ったんだけど……。

もしかしてヘイリーも、二人と同じか、類似するなにかを持ってるってことなんじゃないかな」




ミリィの言葉に、朔は不可解そうに首を傾げた。


一方、朔とキオラの出自を知る他の面々は、各々はっとした反応を見せた。




「じゃあ、ひょっとすると彼も───」




ここにはいないヘイリーの面影を重ねるように、アンリは隣のキオラを見た。




「……ミレイシャ君。そのヘイリーって人のこと、もっと詳しく教えてくれる?」




短く思案した後、キオラは身を乗り出してミリィに頼んだ。




「分かった。今シュイに言って写真を送ってもらうから、返信が来るまでにヘイリーの話をしよう」




ミリィは承諾すると、懐から携帯を出してシャノンにメッセージを送った。



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