Episode04-4:賢すぎた青二才
9月13日。AM9:40。
一行が黒川邸を訪ねた翌朝、ミリィのスマホに桂一郎から連絡があった。
指定した時間内であれば話を聞いてもいいと、東間が面会を了承してくれたとのことだった。
他にも桂一郎からは、東間攻略の秘策として個人的なアドバイスも授けられた。
"彼は甘い物が好物だから、なにか流行りのスイーツでも手土産に持っていってあげるといいよ"
伝統的な日本人である彼の口からスイーツなどという単語が出てきたのは少し可笑しかったが、東間と長い付き合いである当事者が言うなら間違いないのだろう。
そこでミリィ達は、道中に有名な菓子店を二件梯子し、再びカエデ区へと赴いたのだった。
**
PM2:00。
指定された時刻を10分過ぎてから、一行は東間のマンションに伺った。
すると先日の頑なさが嘘のように、あっさりと中へ通された。
まさに効果覿面。
わざわざ黒川邸まで出向いた甲斐があったと、ミリィは喜んだ。
111号室。
高級マンションの最上階を占めた広い部屋に、彼は一人で住んでいるという。
目的の場所に着いた一行は、意を決してドアホンを鳴らした。
しばらく待つと、返事もなければ足音もないまま、無作法に扉が開かれた。
中から現れたのは、ミリィ達の予想とは全く異なる風貌をした少年だった。
「あ───、と。君が東間羊一くん……で、いいのかな」
「………はい」
ミリィより少し低いほどの背丈、女性と見紛うほどの華奢な体つき。
ヘルメットのごとく頭を覆った金髪、血管の浮き出た青白い肌。
ややサイズオーバーなトレーナーに、裾の解れたジーンズという貧相な出で立ち。
その姿は確かに浮世離れしているというか、一見して只者ではない感じを受けた。
ただし暗い雰囲気の割に身形も住まいも清潔そうで、対内的なモラルは弁える性分であることが窺えた。
「あー、えっと……。
ミスタークロカワから話は聞いてると思うけど、オレがコールマンです。ミレイシャ・コールマン。
そんで後ろにいるのが、あー。愉快な仲間達?」
「………伺ってます。どうぞ」
引きこもりの変人と聞いているし、相手は巨漢か、あまり衛生的ではない奴なんだろう。
直前までそう思っていたミリィは、予想外の展開に呆気にとられて、珍しく受け答えがしどろもどろになってしまった。
「ちょっと。あんたが一番狼狽えてるんじゃないのさ」
トーリが横からミリィの脇腹を肘で小突く。
おかげで我に返ったミリィは、へらへらと笑って東間の後を付いていった。
渡り廊下を進んで行くと、寒色系で統一されたリビングが奥に広がっていた。
掃除は隅々まで行き届いているが、生活感はあまり感じられない。
家具も必要最低限しか置かれておらず、まるで新築のモデルルームのような内装だ。
良い意味でも悪い意味でも、若い男性が一人暮らしをしている部屋とは思えない。
しかし、驚くべきはここから。
リビングを通り過ぎて仕事場の扉を開けると、急に近未来的な一室が姿を現したのだった。
「ハー……。すっげえな。こういうのスパイ映画とかで見たことあるわ。
ただのインテリア……、ってわけじゃないんだよな?」
「全部本物。ちゃんと使えるし、今も使ってた」
横長のデスクに並べられていたのは、どれも最新のコンピューター機器ばかりだった。
モニターは大きいものが中央に一つと、それを囲うように小さいものが五つ置かれている。
部屋の左右には壁面収納型の大きな本棚と、天井には換気口が二つ設置されている。
強いて欠点を上げるとするなら窓がないことくらいだが、その程度は東間にとって不便の内に入らないのである。
「───それで、用件は?」
大きなワークチェアに腰掛けた東間は、モニターのブルーライトをバックにして早速本題に入った。
「えっ、ここで話すの?」
「………仕事の依頼に来たんじゃないの?」
まさかここで話し合いをするとは思っていなかったミリィ達は首を傾げたが、とりあえず全員その場に落ち着くことにした。
大の男が三人も並ぶとなると流石に狭いので、特にヴァンは体を縮めて三角座りをした。
「いつもここで交渉してるのか?隣にリビングがあるのに」
「おれはこっちのがやりやすいし、すぐに作業に取り掛かれるから、客も長居せずに済む。で、なに?」
体は横を向き、視線は下に向けたまま、東間は誰にでも尋ねた。
人見知りなだけあり、初対面の相手と目を合わせて話すのは苦手らしい。
「あー……。仕事ってほどのもんじゃあないんだけどな?ネット関係に強い君なら、なにか知ってるかなと思ってさ。
聞いたことないか?神隠しって」
ミリィの言葉を聞くなり、東間は椅子を回転させて一行に向き直った。
"神隠し"というキーワードに反応したようだが、目元が前髪で隠れているせいで表情は読めない。
「あんたの言う神隠しって、都市伝説化してる行方不明事件のこと?」
「そうそれ。知ってるんなら話がはやい。
神隠し現象のこと、なにか知らないか?怪しげな書き込みを見たとか、人づてに噂を聞いたって程度でも構わない。
とにかく今は少しでも情報が欲しいんだ。なんでもいいから、あるだけくれ」
「………。知ってるもなにも───」
東間の鋭い目が、前髪の隙間からきらりと光る。
「神隠しって名前付けたの、おれだし」
またしても予想外の展開に、一行は目を丸くしてばかりだった。
**
無理な体勢をしたせいでヴァンが腰を痛めてしまったので、続きはリビングで仕切り直すことになった。
ミリィとトーリがヴァンに構う後ろで、ウルガノは一人東間の元に歩み寄っていった。
「───あの、東間さん」
ウルガノが東間に話し掛けると、東間はびくりと肩を揺らした。
「これ、良ければ召し上がってください。
黒川氏から甘い物が好物と伺ったので、今朝買ってきたお菓子です」
「あ……。ど、どうも」
ウルガノが渡しそびれていた手土産を渡すと、東間は恐る恐る受け取った。
東間の妙な反応をウルガノは不思議に思ったが、どうやら彼は若い女性に免疫がないようだった。
先程までのクールな態度とは打って変わり、白い頬には仄かに赤みも差している。
そんな二人のやり取りを目敏く盗み見ていたミリィは、彼の弱点を発見したなと密かにほくそ笑んだ。
「じゃあ、どこか適当に───。……って言っても、ソファー一つしかないんだけど」
菓子の紙袋をガラステーブルに置き、東間は誰をどこに座らせようか考えた。
「君がそっちに座るといい。オレは地べたに失礼するから」
ソファーに東間を座らせ、ミリィはテーブルを挟んだ彼の正面に胡座をかいた。
ヴァンもミリィに促されて隣に腰を下ろし、他二人は壁際に立ってミリィ達を背後から見守った。
「とりあえず、誤解のないように一応言っとくけど。おれは件の関係者じゃないし、ましてや首謀者でもない。
ただ現象に名前を付けたってだけの、そこらの一般人だからね」
「理解したよ。
……んじゃあ、ついでで悪いんだけど。君のこと、もう少し詳しく教えてくれないかな?」
「は?おれ?なんで」
「単純に君がどういう人なのか興味あるんだよ。直接関係はないにしろ、神隠し現象の名付け親でもあるんだろ?
ま、嫌なら無理にとは言わないけど」
ミリィの問いに暫し沈黙を返した後、しぶしぶといった様子で東間は口を開いた。
「フルネームは、東間羊一。特に拘りとかないから、おたくらの呼びやすいように呼んでくれて構わない。
普段はエンジニアとして働いてて、たまにハッカーの真似事したりもしてる。
歳は17だけど、学校には通ってない」
「は───、17!?未成年じゃん!マジかよ……」
東間の実年齢が見た目以上に若かったことに対し、ミリィを始めとした全員が驚いた。
驚かれるのに慣れている東間は、稼ぐのに歳は関係ないと表情を変えずに言った。
「ちなみにその……。ハッカーの真似事?ってのは、具体的にどのくらいの範囲でやってるんだ?
さっき依頼がどうとも言ってたが、能力を活かして探偵みたいなこともしてるのか」
「そんな大袈裟なもんじゃないよ。
依頼って言っても、頼ってくるやつは大抵、痴情の縺れをどうにかしたいとか、そういうくだらないのばっかだから。
誰と誰がどういう関係なのかとか、パートナーの隠し事を暴いてほしいとかね」
右手で首筋を撫でながら、東間は面倒くさそうに溜め息を吐いた。
「だから、神隠しのこと知ってたのも本当にたまたま。
名付けたっていうのも、神隠しについて考察するスレに適当に書き込んだら、いつの間にかそれが広まったってだけだし」
「ふーん……。でも知ってたってことは、少なからず関心はあったんだよな?」
「待った。その前にこっちからも質問」
東間はミリィに向かって右の掌を突き出し、会話を一時中断させた。
「桂一郎さんの紹介だから信用したけど、おたくらの身分をまだちゃんと聞いてない。
もしかしてインターポール?それともCIA?」
「いや、違う。悪いがオレらは警察関係じゃない。ただの一般人だ。
……一般人には、教えるわけにいかないか?」
素人はお断り、と一蹴されるのを覚悟で、ミリィは正直に自らの身分を明かした。
自分達はあくまで個人で、秘密裏に事件を調査しているのだと。
「それを聞いて安心したよ」
東間はソファーに深く座り直し、何故か肯定的な姿勢を見せた。
「どういう意味だ?むしろ公的機関のが安心なんじゃないのか、普通」
「冗談。警察だって分かってたら、そもそも家に上げてない。
あいつら無神経だから嫌いだし、おれ自身後ろ暗いことの一つや二つある。わざわざ招き入れて粗探しでもされたら堪んないよ」
最後に"来て"と一言だけ言い残すと、東間は仕事場に戻って行った。
手負いのヴァンを一人リビングに残し、ミリィ達もアイコンタクトをして東間の後に続いた。
立ったままデスクに向かった東間は、キーボードを叩いてパソコンを操作していた。
「おたくらのことは、事前にある程度調べさせてもらった。
不明な点もかなりあったけど、みんな結構大物らしいってことはよく分かった。
特にあのデカイおっさんと、そこの……。金髪の女」
言葉尻に東間はウルガノの方を一瞥した。
東間曰く、ヴァンとウルガノの情報は割と直ぐ手に入ったという。
詳しい経歴や素性を除いて。
「ただ、その中でどうしても尻尾を掴めない、得体の知れない奴が一人いた」
大きい方のモニターが切り替わり、画面に何かのグラフが映し出される。
東間の側にやって来たミリィとトーリは、東間を間に挟んでモニターを覗き込んだ。
「あんただ」
意味深な発言と共に、東間は左隣にいるミリィを見遣った。
不審なものを探る目付き。
"得体の知れない人物"とは、他でもないミリィのことを指している。
「………いや怖いなー。君みたいのは敵に回したくないよ、ほんと」
「………。」
「────ミリィ?」
ミリィの含みのある言動が引っ掛かったトーリは、思わずミリィの名を呼んだ。
「気になるか?」
しかしミリィはトーリには応えず、ぎろりと鋭い眼光を東間に向けた。
「必要とあれば、一から十まで教えてやってもいい。それで君が味方になってくれるなら、望むだけ話してやるよ。
……ただ、今後とも平穏無事に暮らしていきたいのなら、聞かない方がいい。余計に君の立場を悪くするだけだと思うし。ねえ?」
やんわりと釘を刺してくるミリィに、東間もトーリも背筋がぞっとした。
「(コイツ……)」
この男は、単に神隠しを追っているだけの人間じゃなさそうだ。
そう直感すると同時に、東間はミリィの言わんとしていることを察した。
「……ま、いいや。危険思想を持った集団ではない、ってことは確かみたいだし。
コールマンって言ったっけ?あんたの企みは後でキッチリ吐いてもらうとして、まずはこれ見て」
いまいち得心が行かないが、彼らの要望に応えてやるのは、恩人である黒川たっての願い。
個人的な詮索は一旦置いておくとして、東間は気持ちを切り替えるためにバキバキと首の骨を鳴らした。




