Episode41-4:ヴァン・カレン
「───ああ。多少段取りは狂ったが、仕事はきっちり片したぜ。
支払いは後日いつもの場所でいいんだよな?」
俺の分まで纏めてターゲットを始末したフラウは、尻のポケットから取り出したトランシーバーでどこかに連絡をとった。
相手は恐らく今回の依頼主だろう。
その事務的なやり取りは、たった今まで人殺しが行われていたとは思えないほど軽やかなものだった。
「報告は済んだ。もうここに用はない。
さっさとずらかって飯にしようぜ」
手短な報告を終えると、フラウは足早に庭園を離れた。
俺は、また頭が空っぽになりながらも、黙ってその後を付いていった。
とんだお笑い種だ。
先程真っ白になった時には一歩も動けなかったのに、迫られるものがなくなった途端体は独りでに動き出すのだから。
「……ッハー、やれやれ。
慣れてるとはいえ、さすがに20分で5人も殺んのは骨が折れるぜ。
あ、言っとくけどお前の分け前は殆ど没収だからな」
フラウの根城である空き家に着くと、フラウは何事もなかったようにリラックスし始めた。
そこで俺は、今まで大人しくしていた分、溜めに溜めていたものを一気に吐き出した。
「………説明しろ、フラウ。
何故、ターゲットが子供であると前以て知らせなかった。
何故、子供を殺せと依頼主は命じた。
お前は、いつもこんなことをやっていたのか」
フラウはソファーに座ったまま短く考えると、手前のローテーブルを爪先で蹴って俺を睨んだ。
「質問が多い。
女じゃねんだから、言いたいことあんならもっと手短にしろ」
「これでも要約してる。
夜通し問い詰めてやりたいのを我慢してこうなんだから、あんたも観念して答えろ」
思わず胸倉を掴みかかってやりたい衝動を抑え、俺もフラウに睨みを返した。
するとフラウは、大きく舌打ちをして立ち上がり、冷蔵庫から冷えたミルクとグラスを持ってきた。
テーブルに置かれたグラスの数は一人分。
それに波波とミルクを注ぎ、半分ほど飲み干すと、フラウは再びソファーに腰を下ろした。
「いいだろう。質問には答えてやる。
ただし個人的ななんとかに返す言葉はない。ロマンチックな慰めが欲しいなら高級娼婦でも買うといい。
……お前も、そろそろ分別のつく年頃だろう?
大人の男同士、ここは女子供の好きそうな感情論はなしでいこうや」
仕方なくだが応じる姿勢を見せたフラウに、俺も柱に背を預けて聞く態度をとった。
「───まず、どうして予め子供を殺すと教えなかったか、だったか?
こんなもんは考えるまでもねえ。そうと知っていたらお前は断るかもしれんと思ったからだ」
「何故俺が断ると?」
「勘だ。お前大人には容赦ねえくせに、子供には甘い節があるからな。
それに、今まで女子供は対象にしてこなかったんだろ?引き受けるのはそこそこ歳食った野郎を指定された場合にだけ。
そんな足元フラッフラなやつに、おっ始める前から枷付けるような真似できるかよ」
「だったらどうして俺に声をかけた。
失敗するかもしれないと懸念があったなら、そもそも俺に協力などさせなければ良かっただろ」
「一理あるが、半分はお前を試したかったからでもある。
倫理観だか死生観だかいう臭っせえモンを、実はお前も懐に仕舞ってやがんのかってな」
「何のために、」
「うるせえ。感情論は抜きって言っただろ。
一つ目の質問はこれで終わりだ」
一方的にそう吐き捨てると、フラウはまた威嚇するように首の骨を鳴らした。
俺はまだ納得がいかなかったものの、一つ目の質問はそれ以上言及しないことにした。
「で、二つ目の質問はー…。
なんだっけか?」
「何故あんたの得意先は、子供を殺せとあんたに命じたのか」
「あー、そうか。そういやまだ言ってなかったもんな。
ま、こうして問い詰められでもしない限り、話してやるつもりはなかったんだが」
思い出した顔をしながら、フラウは前屈みの姿勢をとった。
「これについては少々訳があってな。
一言で言うなら、結果としてビジネスに繋がるからだ」
ビジネス。
どうせそんな回答が返ってくると予想はしていたが、改めてそう言われるとやはり腑に落ちなかった。
子供を殺すことで得をする輩がいるとすれば、単純にそれを目的とした快楽殺人者くらいしか思い付かなかったからだ。
「……そういや、死体の回収も全てあちらで行う手筈だったな。
じゃあなにか?奴らは子供達を障害と見なしたから消したがったんじゃなく、端から子供の死体を手に入れるのが目的だったってことか」
「そうさ。俺の担当した二人も、お前が担当するはずだった三人も、全員奴の懐に収まるために死んだ。
殺したのは俺だけどな」
「……仮にそうだとして、子供の死体を集めてなんの得がある?
生きている内に捕らえるならまだしも、殺してしまったら奴隷にも慰み物にもできない。ただ骨になるまで鼠の餌になるだけだ。
そんなものを手元に置いて、どんなビジネスに発展させると言うんだ」
真面目に疑問を呈すと、フラウはカカカと可笑しそうに喉を鳴らした。
「まったく馬鹿正直なやつだなあ、お前は。
少し考えりゃ想像のつくことだろ」
「なに?」
「相手は身寄りのない"普通"の子供だぜ?
病気持ちでもメクラでもない、饐えた臭いがする以外は割と健康な子供」
「……幼い方が価値があると?」
「広義に言うと、若い方が良いんだ。
娼婦だって、年増より若くて綺麗な方がそそるだろ?
秀でたなにかを持たずとも、若さとはただそれだけで十二分な価値があるものなんだよ」
「………長ったらしい前置きは嫌いなんじゃなかったか」
「おっと失敬。
じゃあ馬鹿なお前にも分かるよう単刀直入に教えてやろう」
フラウの回りくどい言い方が難しかったので、俺はもっと分かりやすいように説明しろと促した。
フラウは、小馬鹿にした笑みを浮かべてこう答えた。
「正解は、外身じゃなく中身。
奴の主な生業は、ブラックマーケットで子供達の臓器を売買することなんだよ」
ブラックマーケット。
その名称には些か聞き覚えがあった。
詳しい事情は知らないが、確か倫理や法律に反する商品が密かに取り引きされる裏市場のこと、だったはずだ。
牛耳るのは主にギャングや前科持ちの輩で、彼らが個人的に集めた盗品や麻薬などが高値で売買されているという。
しかし、時には品物という概念から外れたなにかが出品されることもあった。
それが、フラウの言う人間の一部。
移植等による需要の高い、健康な臓器や血液だった。
「敷地に入る時、お前も不思議に思ったんじゃないか?
これだけ監視の目を光らせてる割に、警備の方は存外おざなりなんだなってよ。
……あれはさ、別に設備をケチってるとかじゃねえんだよ。
大人の身の丈以上ある塀をどうやって乗り越えてくるか。乗り越えられるのか。
その知性と体力を見るため、敢えてあんな風に手薄にして誘ってるんだ。
頭が良くフットワークも軽い奴なら、当然臓腑の出来もいいはずだからな」
フラウの言う通り、俺は侵入の際に疑問を覚えた。
この程度の高さであれば、無防備な塀などなんの障壁にもならないではないかと。
そして、内でたむろしていた少年からはこんな話を聞いた。
自分は過去にも何度かこの庭に侵入したことがあり、その都度つまみ出されてきたのだと。
つまり。
あの平凡な塀は、侵入者の知性と体力を試すためのものであり。
子供達が一度目の侵入で捕まらなかったのは、何度もトライしてくる気骨と、何度もトライせざるを得ない貧しい身分であることを測るためだった…?
「───全部、罠だったのか。
不用意な侵入を拒まず、阻まず。何度でも必死に集まってくる子供達を見て、いい塩梅だとほくそ笑んでいたのか。
元気がある分、活きのいい血肉が手に入ると」
気付くと俺は、柱に背を預けるのをやめ、しっかりと床に体重を乗せていた。
無意識に握り締めた拳は、微かに震えるほど力が入っていた。
「その通り。奴らはそうやって私腹を肥やしてきたのさ。
あれほどの豪邸を建てられたのも、あんな立地に豪邸を建てたのも、全ては数多の犠牲あってこそ。そして、より一層の繁栄を目論んでのことだ。
"あの家には一休みに丁度いい死角があり、万一家主に見付かっても酷い折檻をされることはないらしい"。
部下を使って噂話を拡散し、甘い誘惑で孤児達をおびき寄せ、その内からまともな肉体のみを厳選し、頂戴する。
侵入した罰に酷い目を見たと語る者が一人としていないのはそのためさ。
折檻の代わりに一度きりの人生を没収されてるんだからな。
死人に口なしってのはまさにこのことだ」
畳み掛けるようにそう続けたフラウを見て、俺はもう黙っていられなかった。
これならまだ、目障りだったから排除した、という理由であった方がマシだった。
執拗に纏わり付いた罪を、無慈悲な死という罰で清算させた、であった方が、まだ理解できた。
それが、実際は敢えてそうなるように仕向けていただと。
自分から縋ってくるように誘っておいて、本当に頼ってきた者達を食い物にしていただと。
若者の命を売り物にして、あの絢爛豪華な屋敷は生まれただと。
そんなもの。そんなこと。
許されるわけがない。許していいことではない。
どれほど汚れていようと、醜かろうと、人間に生まれた以上人間として生きる権利は誰にでもある。
本人がそれを望まないなら仕方ない。
望んでも叶えられなかったなら仕方ない。
だが。
望むべくも叶えるべくもない者を、始まる前から終わらせる資格を持つ者など、誰もいない。




