Episode41-2:ヴァン・カレン
やがて、フラウに拾われて二年以上が過ぎ、俺の体格が16、7歳程になったある日のことだった。
俺とフラウの信頼関係が崩壊する、ある決定的な出来事が起こった。
「やー、お前とペアでやんのは久しぶりだなあ。昔を思い出すぜ」
「呑気なことを言っていられるのも今のうちだぞ。
どんな相手でも油断すれば足元を掬われる」
「へーへー。相変わらずお前は真面目だなあ」
「……ところでフラウ」
「んー?」
「今度の仕事についてだが、どうして俺と二人でやる必要があるんだ?
ターゲットの人数が多い分、人手も必要になるからと昨日は言っていたが…。
手強い奴ならまだしも、相手はいつもの浮浪者や物乞いばかりなんだろ?
その辺の栄養失調が何人増えたところで、あんたの敵にはならないだろうに。
何故わざわざ俺の手を借りるんだ?」
「さてね。俺も最初はそう思ったんだが、どうもあちらさんが俺一人じゃ不安だったみたいでよ」
「不安?長い付き合いになるなら、あんたの手腕はよく理解してるはずだろ。
今更なにが不安なんだ」
「多分、俺の仕事ぶりを疑ってるんじゃなく、仕事が済むまでに要する時間を気にしてるんだろ。
今回のジャンキー共は、特に人目を引く連中らしいからな。
うっかり誰かに見られでもしたら面倒だから、いつも以上に迅速に、内々に収めてほしいってこった。
だから、俺とお前両方に声掛けたのは、ある意味保険みたいなもんなんだろ。
より確実に任務を全うしてもらうための、な」
その日俺は、フラウからの要望で、久々に彼と協力して殺しの仕事に出ていた。
依頼主は俺とは面識がなかったが、フラウとは長い付き合いとなる金持ちらしかった。
聞けば、初めてフラウが殺しの仕事を請け負った相手もこの人物であったという。
ただ、普段はフラウが単独で取引している顧客なので、何故今回だけ俺にも声がかかったのかはよく分からなかった。
依頼主曰く、今回はターゲットの人数が多いので人手も必要だろうとのことだったが、だからと言って用心が過ぎる気がした。
手強い兵士や武闘家を倒せというならまだしも、その辺の雑魚ならいくら束になろうとフラウの驚異にはなり得ないからだ。
しかし、そうしろと指示された以上、俺達に断る理由などなく。
腑に落ちないながらも、俺はフラウと共に指定された現場へと向かったのだった。
二人の言っていた"人目を引きやすい連中"の正体が、俺にとってどんな意味を持つ人種であるかも知らずに。
―――――
依頼主の自宅があるという住所までやって来ると、そこには絢爛豪華な屋敷が堂々と聳え建っていた。
俺を贔屓している金持ち共も皆立派な豪邸を持っていたが、ここはその比にならないほどのスケールだった。
「こんな物騒な地域に、よくこれほどの屋敷を建てようと思ったものだな。
これじゃあ強盗に入ってくれと言わんばかりじゃないか」
「そういや、お前が付き合ってんのって都市組の奴らだったっけ」
「ああ。貧民窟で富裕を匂わせる真似をすれば、腹を空かせた連中に食い散らかされると彼らは知っているからな。
スラム街のすぐ側で札束をはじいているのは、よほどの馬鹿か徹底した悪党くらいのものだろ」
「ハッハ。違ぇねえ」
屋敷の付近で互いの配分を相談した後は、フラウと別れて自分の持ち場へと急いだ。
俺が担当することになったのは、屋敷から西側に位置する離れの庭園。
そこは敷地内でありながら比較的セキュリティの甘いところで、よくジャンキー達が塀を乗り越えてやって来るのだという。
食い物をねだるにせよ雇用をねだるにせよ、屋敷の主に唯一接触可能な場所だから。
今回俺に与えられた任務は、前述のジャンキー達を限られた庭の中で一掃することだった。
通常は頼まれる死体の処理も、現場の証拠隠滅も今回ばかりは無し。
後始末は全て依頼主側で行うそうで、俺はただたむろするジャンキー達を仕留めさえすればいいという。
どういう訳かは知らないが、わざわざ自分のテリトリーを指定してくるほどだ。
例のジャンキーとやらは、依頼主にとってよほど厄介な連中なのだろう。
いくらシビアな死生観を持っていようと、身近で殺生が行われることには誰しも嫌悪を覚えるもの。
それがないということは、是が非でもジャンキー達を自らの管轄で処理したい事情が、依頼主にあったということだ。
なんにせよ、事後のことを配慮しなくていいなら、こちらもそれ以上詮索する必要はない。
ターゲットの人権を無視するなどいつものこと。
誰かの手にかからずとも、この地域では誰だって死と隣り合わせで生きている。
それを俺が下しにいったところで、特段珍しい話ではないのだ。
「ここを飛び越えていけばいいのか……?」
例の庭園周囲には、確かに微妙な光景が広がっていた。
そこかしこに設置された監視カメラに、2M近くある石造りの塀。
一見するとそれは強固な守りのようにも見えたが、逆を言うとそれ以外の対策はなにも施されていなかった。
有刺鉄線や電流などの仕掛けがあるならまだしも、ただ高いだけの塀など工夫次第でどうとでもなる。
いくら監視カメラを光らせたところで、一度侵入されてしまえば後は鼬ごっこになるだけだ。
庭には貴重品を置いていないから構わないのか、建物自体は厳重に守っているから平気なのか。
ジャンキー達にたむろされるのが嫌なら、そもそも敷地内に入らせない努力をすればいいのに。
何故庭の警備は甘いままにしているのだろうか。
俺にはどうでもいいことだが、金持ちの考えることは相変わらずよく分からないと思った。
『───おーい。そっちの方はどうなってる?
俺はもう配置に着いたぞー』
そこへ、依頼主から貸し出されたトランシーバーに信号が入った。
通信を寄越したのは、無論同じ子機を所持したフラウだった。
どうやらあちらも持ち場に着いたようだ。
『俺も準備出来た。このまま突っ込んでいいのか?』
『おう。ターゲットの特徴は忘れてねえな?15分以内に仕留めるぞ』
『10分あれば十分だ』
『頼もしいなあ。
……と、さっきも言ったが、くれぐれも余計な傷は付けるなってお達しだからな。
出来る限り血みどろなやり方は避けろよ』
『分かってる。元から血を見るのは好きじゃない』
通信が切れると、途端に近辺は静寂に包まれた。
俺は一旦物陰に身を潜め、暫く様子を窺った。
周囲には他に誰もいないか、塀を乗り越える際の手順に抜かりはなさそうか。
息を鎮めている間にも、先行きのことをイメージしながら準備を整えた。
間もなく、フラウとの通信から一分後。
勢いをつけて物陰から飛び出した俺は、己の身一つで背丈以上ある塀を乗り越えた。
そして、その先に待ち構えていた有様に、思わず次の一歩を止めた。
「こども……?」
庭園にいたのは、十歳前後とおぼしき幼い子供達だった。
視認できる限りでも、集まっていた人数は全員で三人。
それも、汚れた身なりで痩せ細った体格の少年ばかりだった。
「黒髪、160センチ弱、青のシャツ。
赤毛、160センチ強、緑の上着。
黒髪、150センチ強、赤のスニーカー……」
くまなく辺りを見渡しても、他にそれらしい人影はない。
ということはまさか、今回のターゲットはこの子供達なのか。
俄かに信じられない状況を前に動揺しつつ、それでも俺は子供達の姿に一人一人着目していった。
髪の色、体格、身につけている服装、顔立ち、それぞれの振る舞いの様子。
万一にでも人違いがあってはいけないので、教わった情報との照合はいつもより念入りにやった。
結果。
身につけている物に多少の誤差はあれど、それ以外の特徴は全て合致してしまった。
「───おい、おまえ」
いや、まだ共通点の多い別人という線が残っている。
仮に彼らがターゲットであったとしても、それならそれと前もって注意されたはずだ。
少なくとも俺は、過去に子供を殺せと依頼されたことはなかったし、あっても引き受ける気など更々なかった。
「ここでなにしてる?ここが民家の敷地内ってことは分かってるのか?」
胸の早鐘を抑えつつ、俺は恐る恐る子供達の方へと近付いていき、青いTシャツを着た少年に声をかけた。
屋敷の外壁に背を預けて座っていた少年は、俺の声に疲れた様子で反応した。
「……分かってるもなにも、あの塀を越えて入って来たんだ。さっきのあんたみたいにな」
「じゃあ、何のためにここにいる。
いつまでも集団で固まっていたら、警備の奴がやって来るだろ」
「もう何度もつまみ出されてる。
それでも、おれ達には他に行くところがないんだ。
食い物を分けてもらえなくても、雨風や流れ弾を凌げる壁があるだけ、外よりマシなんだよ。
つまみ出されるまではだけどな」
確認したところ、やはり彼らの正体はストリートチルドレンで間違いなさそうだった。
青シャツの少年曰く、以前まではここで食い物を恵んでもらえるのを待っていたそうだが、今ではそれがなくても居着くようになったのだという。
せめて雨風や弾道から身を守れる分、家主から折檻されるリスクを犯すだけの価値はあると。
確かに彼の言う通り、少し休む程度には十分な空間と平穏が、この庭にはあった。
しかし、今の話を聞いただけでは、彼らが今回のターゲットか否かには確信が持てなかった。
なにせ、庭木の枝を頼りにしている程度の無害な子供達だ。
いくら目障りといえど、わざわざ手をかける必要性のある相手とは思えなかった。
「で、あんたは?
見ない顔だけど、あんたも家無しなのか?」
どうする。どうしたらいい。
本当に他には誰もいないのか?
本当に彼らをターゲットと決め付けて構わないのか?
本当に、彼らがターゲットであるなら。
俺はこれから、子供を殺すのか?
「……俺、は───」
このままでは埒が明かない。
早くケリを付けないと、指定された刻限を切ってしまう。
ならば、せめて判断を誤らないためにも、今一度確かな一押しを仰ぐべきか。
微かに強張る手で、俺はフラウに確認を取ろうとトランシーバーに指をかけた。
「───なんだ。やけに報告が遅いと思ったら、なにモタついてやがんだよ」
刹那、求めていた声がふと耳に届いた。
しかしその声は、たった今爪が触れたトランシーバーではなく、東方向から直に響いてきた。




