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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
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Episode40-3:今の内に弾を込めておくといい



「ということは、ミーシャ達を襲った兵士の中に、かつて一団に属していた者がいた可能性があるってことですね」



ミリィとアイコンタクトをしながらアンリは呟き、ヴァンはここにきて初めて肯定的に頷いた。



「だからといって何が変わるわけでもないだろうが、敵に回して厄介な連中ってことは確かだ。レヴァンナが黒であることがほぼ確定した以上、何人あちら側で雇われているかも分からない。

ヴィクトールってやつが個人的に囲ってるのもいると見た方がいい」



ミリィ達を奇襲した兵士達が本当に一団から輩出された者らであったのかは断定できない。

だが、もしそうだと仮定するなら、ヴィクトールが直に彼らを囲っている可能性が考えられる。

元より長いものには巻かれる傾向の集団だったそうなので、金に糸目を付けないヴィクトールに仕える道を選んだとしても、何ら不思議ではない。


ともすれば、突き進んでいくにつれ、彼らとの接触は増える一方となるだろう。

今後は目に見えない黒幕だけでなく、実体を持つ敵への警戒も必要となりそうだ。




「───それともう一つ。

またこっちの事情で申し訳ないんだけど、ヴァンに関することで他にも引っ掛かったことがある」



ウルガノとヴァンの話に一区切りついたところで、ミリィが再び注目を集めるため挙手をした。

アンリが何だと促すと、ミリィはいつぞやに両一行が出会った日のことを語り始めた。



「10月の頭にロードナイトのバーで顔合わせした時のこと、覚えてるか?」


「ああ。初めて互いの連れを紹介したのもそこだったな」


「うん。で、そん時にリシャベールの似顔絵を何枚か持ってきてくれたじゃん?

シャオが知り合いのツテ使って描いてもらったやつ、とかなんとか」



アンリがシャオの方を一瞥すると、シャオも視線だけで肯定を返した。



「そうだな。といっても、全員影武者である可能性は否めないが」


「そんでさ。……その内の一枚が気になるって、オレ言ったじゃん」


「ああ。正体が分かったのか?」


「いや、オレの方はまだ分かんねえ。

ただ、ヴァンが気になるって言ってた方のがさ、どうも話の師匠とやらに似てたらしいんだよ」



ミリィの意味深な言葉に、アンリは先程とは違う意味で眉を寄せた。



「似てた……?同一人物かもしれないってことか?」


「まだ確証はないけど、そういうこと」



アンリ一行とミリィ一行、全員が初めて一堂に会したあの日。

その場に居合わせたわけではなかったものの、メンバーの他にもう一人話題に上がった人物がいた。


マックス・リシャベール。

人身売買を生業とするブローカーで、神隠し現象の肝と目されている男だ。


残念ながら、未だリシャベールについての情報は少なく、リシャベールという通り名がどこに由来するのかさえ分かっていない。

ただ、影武者と思われる似顔絵をシャオが持ち寄ったことで、彼らが表向きどのような風貌でいるかは明らかになった。

その際、ミリィとヴァンはそれぞれ別のリシャベールに反応を示し、彼らの姿にどこか見覚えがあるようなそぶりを見せていた。

以来二人は現在進行形で正体の特定に当たっているのだが、ヴァンの方は最近になって見当がついたという。



「なあシャオ。今その似顔絵って持ってるか?

あるならもっかい見してほしいんだけど」



ミリィが尋ねると、シャオは返事をしながら自分の懐を探り始めた。

そして取り出した四枚の似顔絵をミリィに手渡すと、ミリィはその中から一枚を選んでヴァンを呼び寄せた。

やって来たヴァンはミリィと共に似顔絵を覗き込むと、一つ納得するように頷いた。



「髪型や肌色は前と異なるが、骨格と黒子の位置は一緒のように思う。

多少顔の造りを変えているとしても面影があるし、なによりこの、斜視の具合があの頃のままだ」



そう言ってヴァンは皆にも見えるようにメモを掲げ、似顔絵の目元部分を指差した。

そこには確かに上斜視の瞳が描かれており、このリシャベールが他より特徴的な顔立ちであることが見て取れた。



「では、その似顔絵のリシャベールが貴方の────」



アンリに返事をする前に、ヴァンはもう一度自分の目で似顔絵を確かめた。


南米系と思われる顔立ちで、紳士風な出で立ちをした初老ほどのリシャベール。

次に、かつて師と仰いだ男の風貌とを脳内で照らし合わせていくと、ヴァンの中で双方の面影が合致した。



「ついこの間までは他人の空似だと思っていたが……。ミリィ達が襲撃を受けた話を聞いて、もしやと思った。

───そして今、これを見て確信を得た。他にもいくつか通り名はあったはずだが、俺達の間で馴染みのあった愛称は一つだった。

"(アンカー)のフラウ"。

師匠は、重要人物の障害となりうる存在を排除するプロ。似た境遇の相手であろうと一切手心を加えない、いわば同業殺しのプロだ」



ヴァンが一団を脱した後、フラウはどのようにして生きていたのか。

そもそも、今日まで存命であったのか。

随分前に袂を別ったヴァンには、現在の彼の安否など知る由もなかった。

だから、既に亡くなっているかもしれない相手を可能性として数えるのは早計だと、先日までは思っていた。


しかし、こうして材料が揃った今。

改めて目にするその似顔絵は、間違いなく(フラウ)であるとヴァンは直感した。

単に見た目が似ているだけならまだしも、彼に縁ある者達までもがその周囲に蔓延し始めている。

この場合、否定よりも肯定してしまった方が自然というわけだ。



「この斜視のリシャベールがフラウとやらと同一人物だとするなら、レヴァンナの親衛隊に一団の奴らが紛れていたことにも説明がつく。

なにより、オークションでヴァンが最高額を叩き出した背景が、これでやっと分かった。

多分、あの時オレ達と競っていたのはフラウだ。

どういう風の吹きまわしでそうなったのかは分かんねえけど、未だにヴァンへの執着を引きずったままでいるらしい。

あっちに渡る前に阻止できて良かったよ」



罪人島が主催する人身オークションにて、ヴァンが一商品として出品された際。

ヴァンの値打ちは史上最高額まで高騰し、ミリィは一人のライバルと競った末にようやく彼を落札した。

そしてそのライバルというのが、実はフラウだったのではないかとミリィは推測する。


幼少期のヴァンと縁を持った過去があり、

リシャベールの影武者の一人として暗躍中で、

ヴィクトールの膝元にかつての手下が属している。

その後どうするつもりだったのかは定かでないにせよ、ヴァンを欲しがる理由として、フラウには相当の背景と動機があるわけだ。


つまりフラウは、ヴィクトールの配下で活動を続ける傍らで、もう一度自分の手元にヴァンを置きたいと考えたのではないだろうか。

人体実験に協力させるにせよ、単に再会したかっただけにせよ、味方に引き入れて損のない相手なのは確かだから。



「お互い、この数日の間に手に入れた情報は大きいってことだな。

詰めに入るにはまだ少し足りないが」


「これからどうする?結構材料は揃ってきたと思うけど、どこでこれを公表する?

つか、最終目標は公表するってことで本当にいいの?」


「ああ。目的は今も変わっていない。

大事なのはタイミングだ。焦って時期を誤れば、逆に一杯食わされるのが目に見えている。

権力で握り潰すのは奴らの得意分野だし、世間からの支持はヴィクトールの方が圧倒的に上だからな」


「一般人(オレ達)の言うことを信じてもらうためにも、もう少し裏をとる必要があるんだな」


「そうだ。こちらは既にキルシュネライトとヴィノクロフがバックに付いてくれている。

キルシュネライトの主席がロードナイトとの仲立ちも約束してくれたから、少なくとも三つの州が今後味方になってくれるはずだ」



アンリから明言された三つという数字に、ミリィも指を折りながら思案する。



「オレにはシュイがいるからプリムローズは大丈夫として……。その繋がりでシャッカルーガと、シャンポリオンも多分味方してくれると思う。

あとは黒川さんも信用できるから、こっちは今んとこ四つだな」


「俺とミーシャとで国の半数は掌握できるな」


「数字だけで言えばな。

普通に家督継いでれば、今頃もうちょっとは楽に幅利かせられたんじゃない?」



ミリィが意地悪にジョークを言うと、アンリは耳が痛いなと苦笑した。



「ちなみに、ホークショーとスラクシンと、リュウはどうする?

噂に聞く限りではお三方とも白っぽいけど、一応話付けに行く?」


「いや、これ以上輪を広げると情報が漏れる恐れがある。今は、見知った相手に唾を付けておくだけで十分だろう。

多数決を取った時にこちらが傾く程度の数が揃っていれば、それでいい」




神隠しの真相は見えた。

極秘プロジェクトの実体も明らかになった。

情報集めはもう十分に果たされたと言っていい。

全ての悪徳を白日のもとに晒す、という目的は今も変わっていない。

ここにいる誰一人、最初から報酬欲しさに動いていない。


ラムジーク、ブラックモア、ガオ。

前者の一つが黒であることは確定した。

あとは、後者の二つもそうであるかを確かめるだけ。

誰が味方で誰が敵か、明らかにした上で罪を罰として裁くだけ。



賽は投げられた。

最大の歯車は、キオラを主軸として回り始めた。

これまでは五体満足の旅路でも、これ以上はきっと泳がせてもらえない。

もう、ヴィクトールが見逃してくれる余地は残っていない。

更に先へ進むとなれば、誰の命がどこで潰える明日を覚悟しなければならない。


今にも、彼の低い声が聞こえてくる。

広い群青の背中に大衆の羨望を乗せ、明くる日も首都の土を蹴るであろう彼は、どんな表情を浮かべてそこにいるのだろうか。




「じゃ、行き先の変更はなしってことね。了解」




追い詰められているのは、果たしてどちらか。







『I can't stand it any longer.』



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