Episode40-2:今の内に弾を込めておくといい
「しかしまあ、なんであれ旅の目的ははっきりしてきたじゃないか。
後はヴィランのお友達を残らずあぶり出して、いよいよ本丸に大手をかけたいところだけど……。
そっちの方も、出先でなにか進展があったんだろう?アンリ君から聞いたよ」
ふと、ソファーに座っていたシャオが一つ手を叩いて、ミリィに向かって声をかけた。
それに続くように、他の面々も一斉にミリィへ視線を集める。
「メッセージでは随分な急展開になったと言っていたが…。
そちらはアブドゥラーの主席に謁見に行ったんだろう?突いて蛇でも出したか?」
アンリが促すと、ミリィはげんなりした様子で前髪をかきあげた。
「蛇どころじゃねーよ。下手したら七人が五人になってたところだ」
「攻撃されたのか?」
「ああ。マジで命狙いにな」
当時の光景を思い出しながら、ミリィは先日アブドゥラー州であった事件の概要をアンリ達に話し始めた。
アブドゥラー州は主席に絶対的な権限があり、住民達はそれに従わざるを得ない様子だったということ。
主席に謁見した帰途、突然謎の武装集団に襲撃され、彼らが主席の命によって動いていたようだということ。
これらの材料を加味した上でも、アブドゥラーの現主席、レヴァンナ・シャムーンが黒である線が濃厚であるということ。
改まって思い返すとどれも信じがたい話だが、全てミリィ達が実際に体験した事実である。
決して大袈裟なジョークなどではなく、あと一歩でも違えていたら本当にミリィとトーリは命を落とし兼ねない状況だった。
それこそ、ここに集まる前にチームが二人減っていたかもしれないほどに。
「ふむ…。ヴィクトールとどのように繋がっているかは定かでないが、彼も一枚噛んでいると見て間違いなさそうだな」
「だーから言ったでしょ。アイツ絶対キナ臭いって」
「お前の言い方だと半分同族嫌悪のように聞こえたからな」
「ちょっとー。さすがに忠告で私情挟んだりしないよー。
同族嫌悪ってのは否定しないけど」
「すまん。でもこれで裏が取れたじゃないか。
気になるのは、今回の襲撃がレヴァンナの独断だったのか、それともヴィクトールの指示だったのかということだが……」
アンリとシャオがいつもの調子で掛け合う傍らで、シャオの隣に座っていたマナが恐る恐る手を挙げた。
「はい。ボクからも、一ついいかな」
「ああ。続けていいよ」
「うん。さっき、ウルガノさんが一人で大半をやっつけたって言ってたけど、そいつらはどんな奴だったの?
主席の人も含めて、みんなヴィクトールさんとグルってこと?」
すると、ミリィが答える前に、クローゼットを背もたれに立っていたウルガノがおもむろに口を開いた。
「その点については、私からご説明します」
後ろを振り返ったミリィは、ウルガノと目を合わせると、任せたとでも言うように小さく頷いた。
ウルガノもそれに頷き返すと、自らが相対した兵士達の特徴について語り始めた。
「まず、私が応戦した兵士達の印象ですが…。
人種は様々だったものの、全員同様の訓練を受けていることが窺えました」
「訓練というのは、単なるトレーニングではなく、戦闘のノウハウのようなものという解釈でいいのかな?」
アンリが問うと、ウルガノは再び頷いた。
「ええ。兵士として実務を行う以上、なにかしらの武術は体得して然るべきものですが、彼らの場合それがやや特殊だったようなのです。
恐らくは、彼らを鍛えた指導者が珍しい体術の使い手だったのでしょう。
少なくとも、私が今まで相対してきたどの型にも当て嵌まらないタイプでした」
ミリィ達と別れ、一人シャムーン親衛隊の大半と対峙したウルガノは、戦闘の最中にある違和感を覚えていた。
それは、彼らの戦い方が終ぞ見ないほど特殊だったということ。
数々の戦場を渡り歩いてきたウルガノでさえ、見えた経験のないタイプばかりであったということだった。
「僕は彼女と違ってあれが初めての実戦だったから、バルドさんやウルガノのやり方とは違うんだな、くらいにしか思いませんでしたけど…。
銃を持ってるくせに、やけに素手や刃物での攻撃にこだわるなっていう印象は持ちました。
バルドさんが熊、ウルガノが豹のようなタイプだとしたら、奴らの動き方は蛇って感じで」
そう言うトーリもあぶれた兵士の一人と戦っており、ウルガノ同様の気配を感じていたという。
曰く、鍛えた体つきの割に力押しの印象は薄く、相手の隙を突くことに特化した熟しの良い戦い方であったとのこと。
それも、銃ではなく得物、もしくは素手による攻撃を主としたスタイルであったようだ。
「そこで私は、チームで唯一中東出身のヴァンに、彼らの戦い方について意見を聞いてみることにしたんです。
お国柄的な部分も関係しているのだとすれば、最も近い立場のヴァンにヒントがあるかもと思いまして。
そうしたら……」
その後、無事に合流したミリィ一行は速やかにアブドゥラー州を離脱。
今日ここに集まるまでの間は、安全なリュウ州に身を寄せて次の出立に備えていた。
そこでも今後の課題などをみっちり話し合ったのだが、ウルガノは個人的にヴァンに相談に行っていた。
というのも、親衛隊の面々に中東出身者が多く見られたので、同じく中東を出自とするヴァンなら知っていることがあるのではと考えたためである。
"うーん。口で説明されてもいまいちイメージが湧かないな。
とにかく、近距離での戦闘に特化してたってことだな?"
"ええ。なんでしたら、今ここで再現してみせましょうか?"
"覚えてるのか?"
"大体は。印象的な相手の型は体が記憶するようになっているので。
では、私が実際にやってみせますから、ヴァンも構えてください"
そして、彼らの動きを自らで再現してみせたウルガノは、これらの立ち回り方に覚えはあるかとヴァンに問うた。
それに対し、ヴァンが出した答えはこうだった。
「まるっきり、俺のやり方と瓜二つだったんだよ」
そう言うとヴァンは、ウルガノの隣で不快そうに眉を寄せた。
「……それは、貴方の出身地特有の武術だったということですか?」
アンリもまた怪訝に眉を寄せると、ヴァンは短くいいやと返した。
「そういう要素も多少はあったのかもしれんが、俺は中東で生まれたわけじゃない。
物心が付いてからあの辺りをうろつくようになっただけで、そもそも自分がどこの人間なのか知らないんだ。
……だから、俺のやり方は、全て俺の師匠に当たる男から教わったものだ。
門弟以外で同じ型を持つ奴と会ったことがないから、師匠が独自に編み出した武術なんじゃないかと思う」
今は昔、寄る辺をなくして戦地をさ迷い歩いていた幼きヴァンに、道を示した男がいた。
多くの通り名を有したその男は、軍に属すでも手に職を持つでもなく、自由気ままに各地を渡り歩く一団の頭目であった。
ひょんなことから男の一団に身を置くこととなったヴァンは、そこの仲間達と共に殺伐とした生き方を始めるようになった。
強盗、略奪、スリに武器商。
これといって秀でた才を持たなかったヴァンだが、男はそれでも生きていくための知恵を教え、力を授けた。
あまり賢くなかったヴァンはチームでも一際物覚えが悪かったが、一つだけ群を抜いて優れた能力を開花させた。
それが、人を殺すこと。
殺せと命じられた相手を速やかに排除する能力だった。
男はそんなヴァンのことを特に気に入り、もっと稼ぎのいい仕事をやろうと、次第に自分とペアを組んでの依頼をヴァンに宛がうようになっていった。
しかしある時、とある出来事をきっかけに男と反目したヴァンは、密かに一団を脱して男の元を去ってしまう。
以来、男の所在も旅団の存続も不明となるが、時折彼らの話題が風の便りとなってヴァンの耳に入ることがあった。
"肢体のどこかに五芒星のタトゥーを入れた中東人を見掛けたら、吹っ掛けずに撤退しろ"
"奴らに正面きって仕掛けていった者は、必ず首を逆さにされて戻ってくる"と。
「その五芒星のタトゥーというのが一団の証のようなものだとすると、貴方にもそれと同じものが?」
「確かに、全員そんな模様のタトゥーを入れていた覚えはある。
理由は、……一団の傘下かどうかを見分けるため、みたいな感じだったか。
その辺りの記憶は曖昧だが、とにかく連中はチーム意識が強かったんだ。
多分、師匠が上手く手綱を締めて、そういう集団になるよう仕向けたんだと思う。
……ただ、俺だけはそのタトゥーを入れろと強要されたことがなかった。だから入れなかった」
「事情があったんですか?」
「いや。単に見た目がこうだから、こんな目立つ奴にわざわざ印を付けるまでもなかったってことだろう。
あの地域で白い頭をしたガキなんて俺くらいのものだったからな」
一団に正式な名はなかった。
これといったしきたりや罰則も存在せず、強いて言うなら男の指示に従うことが暗黙のルールのようなものだった。
ただ、そんな自由な在り方の中にも、一つだけ形に残る契約のようなものが存在した。
手首、足首、鎖骨、肩甲骨。
これらいずれかの部位に逆向きの五芒星、則ちサタニズムペンタグラムのタトゥーを刻むこと。
一団に加わる唯一の条件がこれであり、これを施すことで男は規律を守っているようだったという。
そして現在。
所違えども、共通する特徴を持った者達が一行の前に現れた。
かつてヴァンと寝食を共にした同胞としてではなく、敵対する組織の手先として。




