Episode37-5:アルターエゴ
三人目のターゲットは、ヴァーノンだった。
ヴァーノン・ヴォジニャック。
晩成隊の中では最年長に当たる古株で、中でも特にプライベートが謎だった人物だ。
殺害日は七月の中旬。
場所はガオ州某所にあるとあるレンタルスペース。
死因は、生きたまま臓腑をえぐり出す、局部を切り落とすなどの拷問により大量出血したことから陥った失血、及びショック死と仮定。
殺害に至るまでの経緯は、まずヴァーノン本人がこのレンタルスペースに娼婦を呼び付けていたことから始まり。
そこに指名の娼婦に扮した僕が代わりに出向き、有無を言わさずあの世まで逝かせてやったことで結した。
この頃から、レイニールやヘンドリックが突然姿を消した件について、残ったゴーシャークらの間で疑問の声が上がり始めていた。
こうも立て続けに所在が分からなくなるのには、もっと深い理由があるのではないかと。
その辺りはヴィクトールが上手く丸め込んでくれていたようなので、なんとか暴動が起きるほどの騒ぎにはならなかったそうだが。
はっきり口に出すことはなくとも、一度は全員の脳裏に過ぎったことだろう。
もしや彼らは、ただ私用で発っているのではなく、何者かの手によって密かに葬られているのではないか、と。
故に、その不安や恐怖心を紛らわすためにも、ヴァーノンは女を買うという手段を取ったのだと思われる。
まあ、妻子のある身でそこらの女を買う男の神経なんて、全部は理解できないけど。
それから四人目のターゲットが、ラザフォード・ティッチマーシュ。
晩成隊の中では最年少だった人物で、僕らに苦痛とはなんぞやということを最初に教えたのがこいつだ。
殺害日は八月の上旬。
場所はロードナイト州オフィス街に建つ、本人名義のプライベートビル。
死因については、思い当たる節はいくつかあれど、はっきりこれっていうのは分からなかったのが正直なところだ。
だって、色々痛め付けているうちにいつの間にか死んでいたんだもの。
最中はずっとさるぐつわを噛ませていたこともあるし、多分失血か窒息辺りが濃厚なんじゃないかとは思うけど。
息絶える瞬間を見落とすほど没頭してしまったのは、我ながらやりすぎた点だと思わなくもない。
最後に、殺害に至るまでの経緯だけど、これは割と単純だった。
まず、関係者が出入りするタイミングを見計らって例のビルに忍び込み、人気がなくなる日暮れを待った。
その後、ラザフォードが一人になったところへ強盗のふりをして突撃。
銃口を突き付けて大人しくさせ、本人の足で密室となる応接室まで誘導させた。
そこから先は、多少抵抗される場面もあったけど、ちょっとやそっと噛み付かれたくらいで怯む僕ではない。
第一、こっちが飛び掛かるまでラザフォードは殆ど暴れなかったのだ。
いよいよ追い詰められてから反撃に出たところで、一発逆転なんて都合よくいくはずもない。
ましてや、僕のような手練れを相手には。
「───頼む、話を聞いてくれ。
こちらにも事情があって、決して私個人の意思ではなかったんだ」
相手は小柄な青年一人。
おまけに自分は慣れたテリトリーの中。
その上相手の目的は金品を強奪することにあり、用が済んだらさっさと失せるという。
となれば、逆転のチャンスなどいくらでもある。
たかだか餓鬼の強盗一匹、いざとなれば腕っ節だけで返り討ちにすることも造作無い。
ここは隙が生まれるまで様子を窺い、確実な好機を見て行動に移すのがベターか。
なんて。
あっさり僕を引き入れたのに理由があったとすれば、恐らくそんなことだったんだろう。
本能の赴くまま行動する馬鹿であれば、突撃された瞬間には大騒ぎし、思いがけず人を呼び寄せる功を奏したかもしれないのに。
敢えてそうせずに機会を窺い、取るに足らないアクシデントだと高を括って対処したのは、明らかにラザフォード自身のミスだ。
せめてもう少しでも謙虚さと慎重さを身につけていれば、こんな最悪の終焉を迎えることにはならなかったものを。
本当、頭だけ良いやつって死ぬ間際まで愚かな生き物だ。
そして、いよいよ王手が目前に迫ってきた五人目。
モーリス・アイゼンシュミット。
こいつの人柄については特に語ることはないが、こいつを始末した際に遭遇したアクシデントは計算外だった。
殺害日は八月の下旬。
場所はキルシュネライトの高級住宅地に建つ本人の自宅。
殺害に至るまでの経緯は至極明快。
事前にリサーチしておいたモーリスのオフに帳尻を合わせ、本人が帰宅したタイミングに無理矢理屋敷に押し入る。それだけだ。
今までは自然に接近するために相応の作戦を立ててきたが、今回ばかりはこれといった言い訳も策も講じていない。
強いて言うなら周囲の目がないことを確認したくらいで、直接のアプローチは正真正銘の力技だった。
死因については、鋸で四肢を断った際に大量出血したのが一番の要因と思われるが、絶命した後にも二つほど細工を施させてもらった。
まず、モーリスの厚い胸板に描いた血文字の十字架。
それからもう一つが、寝室の傍らに置いてあった本人のロザリオ。
これらをせめてもの手向けとして、血まみれの遺体に飾り付けてやったのだ。
別に、モーリスだけが特別なわけでも、モーリスに対してのみ情が湧いたからでもない。
ただ、モーリスはそれなりに敬虔なカトリックだったそうだから。
だから、偉大なるキリストに免じて、逝き先だけは彼の身元にしてやろうと思っただけのことだ。
同時に、神の信徒であろうと罪人は罪人だということを、死して尚思い知らせてやるためにもね。
しかしだ。
今回も滞りなくいったと安堵できたのはここまで。
この直後に起きた出来事こそが当時にとって一番のハイライトであり、予想もしなかったアクシデントだった。
――――――――
「────誰かいるな」
用が済み、そろそろお暇させてもらおうかと思案した矢先。
ふと、モーリス邸の正面玄関付近から、何者かの気配が近付いてきたのが感じられた。
人数は一人。
さすがにこの夜更けに訪ねて来たとは考えにくいし、恐らく偶然前を通りかかっただけなのだろう。
最初はそう思ったが、その気配がすぐに遠ざかっていくことはなかった。
どうする。
なぜ辺りをうろついているのかは知らないが、そいつが去るまでもう少しここで待機するべきか。
いや、あまり長居をすれば却って退路を失う事態になりかねない。
それに、例え周囲に人目がなくとも、向かいの屋敷にはもう主人が在宅している。
先程は外出中だったから良かったものの、既に帰宅済みとあれば、最悪玄関から出ていくところを見られる可能性もある。
この時、どうやって現場を離脱するか選択を迫られた僕は、確実に逃げおおせるためにも奥の手を使わざるを得なかった。
「(この高さなら問題ないな)」
部屋の西側に並んだ大きな窓。
その向こうに建つ隣の屋敷には、幸い誰も過ごしている気配がない。
この分だともうしばらくは帰って来なさそうだ。
となれば、より安全にここから脱出できるルートは一つ。
西側の窓から飛び降り、そのままとんずらする。
そう算段を立て、勢いをつけて窓の縁から足を離した時だった。
最悪なことに、先程まで正面玄関の方にあった気配がこちらに回ってきたのだ。
しまった。
少し目を離した隙に、よりにもよってこっちに移動して来やがったか。
思わず舌を打ちながら、妙にスローモーションに映るそいつに焦点を合わせると、そいつはただの通りすがりなんかじゃなかった。
「な────」
アンリ。
しばらく会っていなかった彼が、何故かそこにいたのだ。
携帯電話に仕込んだGPSのおかげで、今どこに滞在しているかは知ることが出来る。
けれど、この日ばかりはそれをチェックするのを怠っていた。
だから、彼が今キルシュネライトにいることを、僕のすぐ側にいるということを、こうなるまで知らなかった。
"───……っ!"。
着地した瞬間、アンリがどんな顔で僕を見たか、見なくても分かった。
いつか、気付いてほしいと思っていた。
僕のところまで辿り着いてほしいと。
けれど同時に、そんなことは有り得ないと諦めた気持ちでもいた。
やっぱり探しに来ないでほしいと、相反した思いもあった。
でも、現実はこうなった。
今、アンリがそこにいる。幻でも空想でもなく、生身の僕を彼の視界が捕らえている。
ずっと恐れていたことが、望んでいた瞬間が、今まさに目の前にある。
『やっと、来たんだね』
フードの影から覗き見た顔は、驚きつつもどこか既視感を覚えたような表情をしていた。
あの分だと、僕の正体に気付くのも時間の問題だろう。
残るターゲットは二人。
その二人を僕が仕留めるのが先か、それとも君が僕を止めるのが先か。
ようやく目が合ったからといって、そっちの歩幅に合わせてやるつもりはないけど。
せっかくここまで辿り着いたなら、精々頑張って追い掛けてくるといいさ。
あともう一人でも殺したら、二度とキオラは戻ってこないかもしれないって。
そんな予感に、明日には君も気付くだろうから。
『Why the long face?』




