Episode37-3:アルターエゴ
「そう。昔うちで小間使いとして働いていた女性に、父が産ませた子らしい。
詳しいことはまだ分かっていないし、その子がまだ生きている確証もない。
でも、もし本当に、今もどこかで生きているなら。取り返しのつかなくなる前に、会っておきたいんだ」
レイニールを殺害した日から数日が経ったある日のことだった。
次のターゲットは誰にしようかと作戦を練っていた最中に、このところ会っていなかったアンリから連絡がきた。
無論、僕ではなくキオラ宛てにだ。
母を亡くして以来随分と落ち込んでいたようだったし、もしやその関係でなにかあったのか。
常にアンリの身を案じていたキオラは酷く心配したが、用件は母親のことではないとアンリは言った。
そして、出来れば会って話がしたいと言うので承諾すると、キオラにとっても僕にとっても思ってもみなかった事実を告げられた。
実は自分に、腹違いの弟がいたようなのだと告白されたのだ。
やけに確信を持った口ぶりであった訳は、母が遺した遺書にその旨が記されていたからだという。
母の人間性は好いていなかったが、最期の言葉であるならきっと嘘ではないはずだと。
相手の女は、遠い昔キングスコート家に奉公していたとされる若いメイド。
その後、女は出産を機に出奔し、産まれたばかりの息子を連れて行方をくらましたそうだ。
その話を聞かされた時、キオラはとても驚いていたし、僕自身驚かされた。
だって、腹違いの弟だなんて。
フェリックスの直系はアンリ一人のみだと思っていたのに、まさか秘匿にされた別の存在があったなんて予想もしなかった。
小間使いに産ませた子となれば、フェリックスの立場上公にできなかったのは分かる。
だが、あれほど溺愛していたキオラにさえ一切秘密にしていたのは何故だったのだろうか。
キオラが幼い頃、長男のアンリに弟や妹はいないのかと問うた時には、確かにいないと答えていたのに。
キオラの生い立ちに関することならまだしも、それ以外のことでフェリックスが嘘をつく理由なんてなかったはずなのにだ。
そんな疑問を掘り下げていくうちに、僕は一個の矛盾を見付けた。
気に食わないが、フェリックス本人がこのことを黙っていたのはいい。
世間に知られていない隠し子がいたなんて、確かに自ら明かしたい話題ではなかっただろうから。
だが、ヴィクトールは?
ヴィクトールは何故、僕にこのことを教えなかったのだろうか。
フェリックスの唯一の弟子であり、公私ともに最も親しかったヴィクトールであれば、当然隠し子のことも把握していたはずだ。
なのに彼は、僕にそのことを教えてくれなかった。
共にキオラを守っていこうと誓い合った際、互いに隠し事はなしにしようと約束したのに。
なのに何故、ヴィクトールはアンリの腹違いの弟のことだけは、一度たりとも話題に上げなかったのだろう。
この瞬間、全面的に信頼を寄せていたヴィクトールに対して、僕の中で一抹の懐疑が生まれた。
「分かった。私のことは気にしなくていいよ。
アンリがやりたいと思ったことを存分にやって、落ち着いたらたまに連絡して。
……その弟さんと、ゆっくり話ができるといいね」
その日から、僕は自分の中だけで新たな指標を立てた。
僕が誰かに嘘をつくのはいいが、誰かが僕に嘘をつくのは許さない。
故に、たった一度でもそれに等しい疑惑が上がったヴィクトールを、僕はもう信用することが出来なかった。
ここまで共にキオラを支えてくれたこと、僕のサポートに回ってくれたことは無論感謝している。
これっきり愛想を尽かすということもないし、ヴィクトールを嫌いになったわけでもない。
ただ、全面的に信頼の置けない相手に、必要以上に協力してもらうのは危険だと判断した。
ゴーシャーク抹殺計画の事後処理として、現場の修繕作業や隠蔽工作はヴィクトールが一任してくれている。
先日のレイニールの件が明るみにならなかったのだって、ヴィクトールが裏で手を回してくれたおかげだ。
だから、それだけだ。
急にアシストは無用だと断れば、却って疑いを持たれる。
だから、あくまで現状は維持しつつ、今後は必要以上にヴィクトールに干渉させないことを決めた。
少なくとも、ヴィクトールに対する懐疑が晴れるまでは。




