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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
242/326

Episode37-2:アルターエゴ



散り散りになった晩成隊のうち、最初に摘み取ったのはレイニールだった。


これといって特別な理由はない。

ただ、キオラに対して最も後ろめたい感情を、畏怖を持っていたのがレイニールだったとヴィクトールから聞いた。


だから、一人目はレイニールにしようと決めた。

手堅いところから攻めていった方が、難しい奴を仕留めるまでの練習になるとも思ったから。



季節は微かに肌寒さの残る4月。

場所は、スラクシン州某所にある閑静な飲食街。

大まかな経緯は、馴染みの店で夕食を済ませたレイニールが、自家用車で帰宅する道中に襲撃する、というものだった。


といっても、夜道を背後から突然襲い掛かったのではない。

いくら人通りが少ないとはいえ、あまり目立ったことをすれば途中で邪魔が入る可能性があった。

なので、出来るだけ警戒心を煽らないよう、まずは人気のないところへ誘い出すことを第一関門とした。



「────他に頼れる人がいないんです。だから、どうかお願いします。

どうか、私を助けて、レイニールさん」



店から出てきたレイニールが、少し離れた駐車場まで歩いてやって来た時。

辺りに人気がなくなったタイミングで、僕は突撃のようにして声をかけにいった。

そこらの女の格好をしながらも、あくまでキオラに擬態した状態でだ。


その際に仕掛けた口説き文句は、相手がレイニールだったからこそ使えた手だった。

レイニールがキオラに対して罪の意識を感じ始めている、という感情的な側面を利用させてもらったのだ。


最近になって、ラザフォードやヘンドリックが私に対して妙によそよそしい態度をとるようになった。

どうしたものかと悩んでいたところ、二人が私を殺害する計画を企てているところを偶然聞いてしまった。


しかしながら、私には思い当たる節が全くなかった。

二人は二年前の一件を機に、このまま私を生かしておくのは危険だからと訳を話していたが、私にはなんのことだかさっぱり分からなかった。

誰かに助けを求めようにも、他の誰が私を狙っているかも分からないので、迂闊に動けなかった。


けれど、あなただけは唯一ラザフォード達と不仲であると噂に聞いた。

もし詳しい事情を知っているなら包み隠さず教えてほしい。

そして、叶うなら私を彼らから守ってほしい。

こんなこと、心優しいあなたにしかお願いできないことなのだ、と。

平たく言うと、弱みに付け込んで揺さ振りをかけたということだ。


無論、ラザフォードとヘンドリックがキオラを殺す計画を立てていたなんて話は真っ赤な嘘だし、二年前になにがあったのか身に覚えがないというのも嘘だ。

キオラ自身は本当に当時のことを覚えていないけれど、僕は殺戮を行った張本人である上に記憶の改竄も利いていないから。

あくまでキオラに成り済ますため、一時的に忘れたふりをしただけのことだ。



すると僕の芝居が上手くいったのか、ラザフォードはいとも簡単に僕の作り話を真に受けてくれた。

作り話の大筋は嘘でも、ラザフォード達とレイニールが不仲であることは事実だったから。

本当のことを織り交ぜて話したおかげで信憑性が増したのだろう。


そして人目を気にしたラザフォード自ら、どこか落ち着ける場所に移動してからゆっくり話をしようと切り出してきた。

仮にも妻子のある身だったので、若い女に執拗に迫られている姿を通りすがりに見られたくなかったのかもしれない。

こちらとしては願ったり叶ったりな展開だったので、当然すぐに承諾した。



「───後で詳しいことを話すが、訳を知ってもどうか私を許してほしい。

私も彼らと同罪であるのは認めるが、それは決して私自ら望んだことではなかったのだ」



道中、外国産の輸入車を走らせながらレイニールはそんなことを言っていた。

恐らくだが、落ち着ける場所とやらに着いたら本当のことを話すつもりでいたのだろう。

二年前のあの日に何があったのか、自らも片棒を担いできた罪の内訳を。

雰囲気も何やら意を決したようだったし、本当に僕の訴えにほだされて、キオラをラザフォード達から守ってやる意思が芽生えたのかもしれない。

まあ今となっては、その心中も推し量ることしか出来なくなってしまったわけだが。



「ああ、ごめんなさいレイニールさん。

あなたにしか話せないことだったのは本当だけど、さっき言ったことは全部嘘なの。

だって、私はキオラじゃないから」



人気のない外れの公園までやって来たところで、僕は本格的に行動に出た。

レイニールが車から降りようとシートベルトを外したタイミングで掴みかかり、そのまま力付くで後部席まで引きずり込んだ。

そこでやっと、僕がキオラの皮を被った別のなにかだと察したレイニールは、途端に勢いよく暴れだした。

手足をばたつかせ、通行人に助けを求め、せめて車の中から脱出しようともがいた。

だが、それは無駄な抵抗というものだった。

いくら暴れても僕は絶対に逃さなかったし、いくら叫ぼうとも誰も助けには来なかった。

車の防音性が高かったのもあるが、場所が場所だけにそもそも辺りに人がいなかったのだ。

わざわざ人目のないところを選んだのが仇となり、却って彼は自分の首を絞める事態を招いてしまったというわけだ。


その後は、人目を気にすることなく存分に楽しませてもらった。

生きたまま四肢の生皮を剥いだり、剥き出しとなった肉に爪を立ててやったり。

手入れの行き届いた高級車が持ち主の血でみるみる汚れていく様は、実に滑稽で芸術的だった。


やめてくれ。頼む。誰か。

お前は悪魔だ。お前の行く先には地獄が待っているぞ。

平素と比べて随分表現力の乏しくなった口ぶりで、ひたすらに懇願と誹謗を繰り返す声が耳に小霊した。


スピロス達を殺した時と同様に、ゴーシャークの絶叫は僕にたまらない充足感と全能感を与えてくれた。

誰でも知ってるクラシックを聴くより、ずっと悦びを感じさせてくれるほど。



「───ッこんなことは、っぁ、ニンっ、げんの所業ではないッ!!!」



途中そんなことを叫ばれた時には、堪えきれず声を出して笑ってしまった。


だって、人間の所業でないなんて。

これと全く同じことを、以前のお前が僕らにやったというのに。

だったら、自分も人間でないことを認めることになるじゃないか、と思って。



「そんな反抗的な口を利いていいの?

殊勝にしていれば僕の琴線に触れるかもしれないのに」


「お前、に、手心を加える度量はないだろう……!」


「アハッ。言ってくれるね。せめてものプライドってやつ?安っぽい見栄だこと。

生憎と僕は慈悲深い男なんだ。何度懇願されても一切聞き入れなかったお前らとは違う。

眼光に込めるだけの余力があるなら、どうすれば僕に許してもらえるか知恵を絞る方が利口なんじゃないか?

ほら、おねだりしてごらんよ。気が変わったら次の一撃で終わらせてやってもいい」



予想外だったのは、思っていたよりレイニールの意地が固かったことだ。

誰より僕らに畏れを抱いていたと聞いたから、てっきり開口一番に懺悔が始まるかと思っていたのに。

思いの外食ってかかる物言いが多かったことは、素直に驚かされた点だった。


キオラと違い、僕には酌量の気など全くないと見抜いたのか。

それとも、男としてのプライドが、若い女に命を乞うことをはしたないと許さなかったのか。


レイニールが気丈でいられた理由を最初は分からなかったが、どうせそんなことだろうと僕は心の中で推察した。

ところが、実際の動機は僕の推察とは全く異なるものだった。



「ワタしは、私は、どうなろうと構わん。一思いでも、惨たらしくでも、どのみち殺されることは変わらんのだろ。

だが、私の、妻と息子は、どうか手を出さないでくれ。

私が、全て受ける、から。だから、あの子達は傷付けないでくれ」



後に、失血の影響で衰弱したレイニールは、穏やかな涙を流しながらそう言った。

その瞬間、僕は彼の頑な姿勢がただの虚勢でなかったことを悟った。


妻と、息子。

妻子がいたことは無論知っていたし、共に同じ国で生活していることも知っていた。

だが、家族とは冷えた関係なのだと、以前誰かが噂していたのを聞いたことがあった。

レイニール自身、仕事に掛かり切りで家庭を省みない男だったから、そのせいで徐々に亀裂が生じていったのだろうと。


でも、レイニール自身は家族のことを愛していたらしい。

どんなに辛辣な妻でも、反抗的な息子でも。

自分のことを愛してはくれない家族でも、レイニールは家族を愛していた。

それを守るためならば、自らを犠牲とすることも厭わないほどに。



「なんで」



ここまでずっと調子を乗せていたのが、レイニールのその言葉を聞いて一気に冷めていくのが分かった。

思う存分苦しめてから殺してやろうと息巻いていたのが、急に躊躇いのようなものに抑制されて始めたのを感じた。


家族。妻。息子。

こんな悪党の口から聞くとは思わなかった台詞が、槍のように僕の心を刺してきて。

本当にこれでいいのか。彼だけはせめて、一思いに殺してやった方がいいのではないかと、執拗に問い掛けてきた。

そしてその躊躇いは、数分のうちに狼狽へ、後悔へと変化し、最後に。



「なんで、今更になってそんなこと言うんだよ!!!!」



最後に、身を引き裂くような痛みと失望に姿を変え、僕の傷痕に熱い膿を残した。



「なにが、なにが妻と息子だよ。なにが自分はどうなってもいいだよ。

今まであんな、あれだけのことをしておいて!僕らにあんなことをしておいて!!今更人間みたいなこと言わないでよ!!!

最後まで、悪党は悪党らしくしてろよ!!!最後まで、憎まれて当然のクソ野郎でいてよ!!!」



レイニールのそんな姿を、僕は見たくなかった。

レイニールにもそんな一面があったなんて、知りたくなかった。


だって、僕らにあれだけ酷いことをしておいて、自分には愛する家族がいたなんて。

僕らにあれだけ酷いことができたくせに、家族を愛する心は持ち合わせていたなんて。


だったらなんで。

今までずっと。

どうしてお前は。

僕らをあのまま。


家族のために身を呈するだけの勇気と愛情があったなら。

せめてその一匙でも、一滴でも、僕らに与えてくれなかったのか。僕らのためにと立ち上がってくれなかったのか。

ここまで来てやっと改心するくらいなら、何故、もっと早くにそうしてくれなかったのか。


ここまで来て、性根からの悪人でなかったなんて。

こんな時になって、明かさないで欲しかった。



「お前の頼みなんて、絶対聞いてやるもんか。

お前がそれを拒むなら、僕がそれを望んでやる。

お前を殺した後、お前の妻と息子も順になぶり殺しにしてやる。お前にした時と同じように。

そして、絶望する顔に向かって唾を吐きかけて、こう言ってやる。

代わりに家族を差し出すなら、命だけは助けてやると言ったら、お前の夫と父は頷いたと」



常人には度し難い、常軌を逸した悪徳の化身だったなら。

どう訴えかけても相互理解不能な、生粋のサイコパスであったなら。

僕の怒りも、正義の鉄槌として正当化できたのに。

悪者をやっつけるダークヒーローでいられたのに。


死の間際になって、実は普通の人間だったなんて言われたら。

僕は、普通の人間を殺したことになるじゃないか。






「ここで引き返したところで、足元はもう地獄なんだよ」



お願いだから、これ以上僕を迷わせないでくれよ。



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