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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
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Episode33-6:さあ、跋扈をはじめよう



Ⅳのファイルに目を通した直後、私はしばらく放心状態になった。


私の脳は、たった今目撃したものをしっかりと吸収している。理解もできている。

ただ、心の方が飲み込めていないのだ。

頭では分かっていても、心の方が受け入れる態勢になっていないのだ。


生まれて初めて、自分の生まれたルーツを知った。

知ってしまったからこそ、納得できない自分と葛藤している。


自分自身が、特異な条件下で生まれた生命体であることは分かった。


じゃあ、私の存在はなんなのか。

人間から生まれた命でありながら、人知を越えた"なにか"をこの身に宿している。

果たしてこれで、真っ当な人間といえるだろうかと。


人間の姿をした人間ではない生き物、と形容するのが適切かもしれない。

それほどに、自分の根源は謎に包まれている。



もう一つ疑問なのが、先程のヴィクトールの言葉だ。


あの時彼は、自分の中にもう一人いると言っていた。

言葉の意味をそのまま解釈すると、自分の中に自分とは別の人格が存在する、ということになる。


異なる人格が、一つの器の中で共生している。

それを聞いて思い付くのは、精神疾患の一つである解離性同一性障害。所謂多重人格だ。


となると、私は自覚がないだけで、実は多重人格者だったってことなんだろうか。

信じ難いことだが、それを言い始めたら全てのことが信じ難い。


たった今読み解いた研究データも、少し前までの自分がゼロワンだった事実も。


そう考えれば、知らない内に多重人格を発症していたという方がまだ現実味がある。



じゃあ、ヴィクトールが私に秘密を教えようとした訳は?


フェリックス先生が亡くなり、多少監視の目が緩くなったから、やっと行動を起こせたのかもしれない。


ならば、その行動の目的は?

彼は私になにを期待している?

真実を知った私に、彼はどうしてほしいと思っているんだ?


自分の正体が判明しても、彼の考えていることは相変わらず分からないままだ。



そうこうしている内に、入口の方から不穏な気配が漂ってきた。

外の様子は厚い壁に遮断されているため聞こえないが、恐らく扉の向こうには人が集まっている。


私がここに侵入してから、大体一時間と40分弱。

思ったよりは猶予があったが、どうやらここまでのようだ。

あと数分も経たない内に、研究所の奴らが突入してくるだろう。



この後に待っている展開が恐ろしくない、と言えば嘘になるが、今の私に出来る役目は一応果たした。


ヴィクトールの言っていたことが本当なら、私の中にいる誰かが、今日という日を覚えていてくれる。

私が忘れても、その人が覚えていてくれる限り、なかったことにはならない。


真実を知って、悲しかったことも、許せないと思ったことも。

なかったことにはならない。させない。


明日が来れば、また私は偽りの世界へと帰るのだろう。

偽物の両親と、本物ではない愛を交わしに。


どんなに憎くても、許せなくても。本物でなかったとしても。

帰る家がある限り、私はそこへ帰らねばならない。



もし。もし、私にその意識がなかったとしたら。

両親の待つ家にも、今の自分の立場にも、全く未練がなかったとしたら。

守りたいと思えるものが、自分以外になかったとしたら。


きっと私は、復讐の鬼になっていただろう。

今まで、私を傷付けた者達に牙を向くだけの存在になっていただろう。

破壊と殺戮の限りを尽くし、激情と衝動のみに身を任せた獣になり果てていただろう。


ほんの少しでも気を抜けば、私の怒りは殺意に変わる。

一度でもこの手に武器を握らせてしまったら、それを奴らに振るうまで決して離せなくなる。


今だって、しがらみがなければ、全ての醜悪を壊したい衝動に駆られている。


そうでもしないと、私の怒りは治まらないから。

諸悪の根源を叩かない限り、私の渇きは潤せないから。



扉が開かれる。

バタバタと忙しない足音が、室内になだれ込んでくる。


キオラはその場からゆっくり立ち上がると、足音の向かってくる方へ足を進めた。


最早、逃げようという考えは少しもなかった。

ただ無抵抗に、丸腰に、群れの中へ飛び込んでいった。


殺そうと思えば、殺すこともできた。

武術の心得があることも思い出した彼女に、障害となりうる敵はいない。

彼女が一つ殺意を持てば、武器を持たない彼らに勝ち目などない。


それでも、キオラは抵抗しなかった。

自分よりずっと弱い者達に従い、強引に押さえ込まれることを甘受した。


彼らに対して情があるわけではないし、傷付けたくないと思っているわけでもない。


ただ、守りたいものがあったから。


彼らを殺せば、困る人達がいる。

彼らを殺せば、失う物がある。

なにより、愛する人が信じてくれた自分を、人殺しにはしたくなかった。


守りたいものが出来た時、人間は強くもなるし、同時に弱くもなる。

理性という名の檻が彼女の衝動を沈め、愛という名の鎖が彼女の心を繋ぎ止めた。


許せない相手を傷付けるよりも、愛する人を守る方が、ずっと尊く難しいことである。


そのどちらかしか選べないというのなら、自分は彼と共に生きる道を選びたい。

彼の待つ世界に帰るために、自分は人であり続けたい。


閉ざされた過去よりも、先の見えない未来をキオラは選んだのだ。



もし、この縛りがなければ、彼女は止まらなかった。止まれなかった。

彼女には彼女を縛る存在があった。

だから、すんでのところで留まれた。


つまり、縛りがなければ、止まる術を知らない。抑える必要がない。

自らを愛し、自らを庇護し、自らを傷付けるものを悉く悪とする。


故に、キオラを守るため、キオラを愛するためだけに生まれた彼は、キオラ以外のものを慈しむ心を持たない。


キオラの生まれたルーツを知り、より彼女の悲しみを理解した彼には、もう抑えることができなかった。


キオラをここまで苦しめた奴らを、このまま生かしておくわけにはいかない。

奴らが許される時が来るとすれば、則ち、奴らがこの手に堕ちる時である。



キオラとゼロワンの運命が完全に合わさったその日。


彼女の中で眠っていたものが、完全に覚醒した。







『a broken mirror』


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