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オルクス  作者: 和達譲
Side:ZERO
202/326

Episode30-6:ゼロワンの封印



最後のページに封入されていた資料には、カルテに記録されていた子供が後にどういった末路を辿ったかが明記されていた。


観察か廃棄かの二者択一。

内の廃棄の項目に印を付けられているこの子は、今どこでなにをしているのか。


答えは、殺処分だった。



廃棄という文字を目にした時から、なんとなくそんな気はしていた。でも、どうか私の思い違いであってくれと内心祈った。

頭の中で何度も最悪の可能性を否定し、この子は今もどこかで生きているはずだと、前向きに考えたかった。


なのに、結局はこうなのか。

どうして、悪い予感ばかりが的中してしまうのだろう。



もしかすると、殺処分という最悪の結末を迎えたのは、可哀相だがこの子だけで、同じ"廃棄"でも他の子達は処理の仕方が違ったかもしれない。

微かな希望に縋るように、私は本棚に並べられてあるファイルを全て確認した。


確認して、やっぱり、全員殺処分されたという文字がそこにあって、私は目の前が真っ暗になった。



これも、これもこれも、こっちにあるのも、全部。

みんな、近親交配によって生まれた試験管ベビーで、みんな廃棄の殺処分で。

カミカクシにさらわれて来た女性達も、みんな死んでいて。


せめてたった一人でも、そうでない子供がいればと最初は思ったが。

五冊目を手に取った辺りから、その気持ちは徐々に虚しさへと変わっていった。



出産されてしばらくの間は、一応経過を見るために生かしておくようだが、必要なデータを取ってしまえば子供達は用済みの生き物。


大人でも簡単に殺せてしまうような毒薬を投与して、簡単に命を奪い。

魂の抜けた子供達の亡きがらは、火葬後研究所の近くに埋葬され、存在ごと抹消される。


埋葬される先は、あの高い壁の向こう。

私専用の日光浴場は四方が高い壁に囲われており、その東側の壁の向こうに、子供達の亡きがらを葬っていたのだという。



確かに、言われてみれば、東からは人の気配がしなかったかもしれない。

西側の壁の向こうからは、微かだが人々の営みの様子が聞こえてくることもあったのに、東からはその感じが全くしなかった。


それを私は、単純に繁華街が近くにあるかどうかの違いだと解釈し、特に気には留めていなかった。

ただでさえここは郊外の孤立した場所に位置しているのだから、間近に人の気配が感じられないのは当然といえば当然のことなんだろうと。


それがまさか、実態はこんなことになっていたなんて。

じゃあ私は、今まで知らず知らずの内に、子供達の亡きがらが埋められている大地の上を、呑気に駆け回っていたのか。

あの壁の向こうに、あんなにすぐ側に、数多の命が葬られた墓場があったなんて、気付かずに。



「ぅ、……っ」



吐きそうだ。

知らなかった。こんなことが現実に行われていただなんて。

私はなんて無知で、愚かな子供だったんだろう。


本棚に仕舞われている分のカルテには、全て目を通した。

だから、この異常事態が誰か一人の偶然でないことは確かだ。不慮の事故や不幸によって引き起こされた、予期せぬ事態でないことが明らかだ。


この子達も。そして、この子達を生んだ無実の女性達も。

みんな、マグパイの奴らに利用されるだけされて、殺されたんだ。


そしてその運命は、恐らくここにいる50人も同じ。

この本棚が、既に処分された子達のカルテを仕舞っておくためのものであるなら、今は生きている50人も、いつかは。


なんて酷いことを。

研究のために次から次へと新しい命を作り出すだけでも、十分罪深いというのに。

その上で、殺処分だと。全てを承知の上で、なんの関係もない人達を巻き込んでいただと。


許せない。

こんなことはあっちゃいけない。

誰かが抑止しなければ。誰かが、濁った奴らの目を覚ませてやらなければいけない。



そもそも、どうして近親相姦なんだ。

多民族の混血という点だけでいえば、意義があるのもなんとなくわかるけれど。

それに加えて、わざわざ血族同士で交配をさせることにはどんな意味がある。どんなメリットがある。

彼らだって、近親相姦による遺伝的リスクは当然知っていたはずだ。


その上で、何故こうもそのやり方に固執するのか。

これだけの罪を重ねていながら、最後にはみんな死んでしまうとわかっていながら、何故同じことを何度も繰り返すのか。

この実験で得られたものなんて、果たしてあるのか。




"だから、諦めないで。私も諦めずに戦うから"


"あいつらの言うことは絶対に信用しちゃだめ。あなたは、あなたの思いを、あなた自身の心だけを信じていて"


"この先なにがあっても、なにを知っても。どんなに悲しくて辛くても、どうか生きることをやめないで"



その時ふっと、赤髪のお姉さんの言葉を思い出した。


この先なにがあっても、なにを知っても。

お姉さんは、あの後私がコロニーの部屋に侵入して、真実を知るだろうことがわかっていた。だからあんな言い方をした。

だとすると、お姉さんは私と違って既に知っていたんだろうか。ここで行われていることを。


そういえば、彼女はどこから来たんだろう。

研究所に暮らしている私と擦れ違ったこともなかったということは、少なくともこの敷地内にはいなかった。


滅多に地上に出ることはないような口ぶりでもあったし、そうすると彼女は、この研究所の更に地下からやって来た人なのかもしれない。

じゃあ、さっき見たエレベーターを使って、彼女は…。



「あれ………?」



そうだ。今まで存在すら知らなかったのは、赤髪のお姉さんだけじゃない。

実験に利用されていたとされる女性達の姿も、私は一度も見たことがない。

そもそも実験の内容を秘匿にされていたのだから当たり前か。


子供達ならここにいる。

じゃあ、その生みの母となった彼女達は。

彼女達も、お姉さんと同じでエレベーターの下にいるのだろうか。それとも、研究所とはまた別の施設に隔離されて、子供達とは別々に管理されているのか。

もし今エレベーターの下にいるのなら、全部で何人いる。私の足元には、今何人いる。


まさか、お姉さんもその中の一人なのか。

彼女もどこからかさらわれてきた一人で、取り返しのつかない事態になる前に行動を起こした。

だから脱走を企てた?私にこのカードと、パスワードを授けてくれた?


わからない。たった今判明した事実があまりに突飛すぎて、頭の中が纏まらない。

一つ謎が明らかになると、そこから枝分かれした新たな謎が、他に三つ四つと続いていて、なかなか出口まで辿り着けない。



冷静になれ、自分。考えるんだ。

ここはなんのためにある施設か。人体実験を行うための、秘密の地下研究所だ。

目的はまだ不明だが、訳ありの子供を量産している。

この研究所に出入りできるのは、所属する職員と研究員、それから私だけだったはずだ。

でも、つい先程お姉さんと邂逅した。彼女はどこからともなく現れて、地上を目指していた。だから、外部から侵入した部外者ではない。


部外者じゃない、なら。お姉さんも研究所の関係者ということになる。

でも白衣は着ていなかったから、職員でも研究員でもなくて…。




はっとした瞬間、私はがくんと腕の力が抜けて、持っていたファイルを床に落としてしまった。

その音に反応して、すぐ近くにいた子供が一人驚いて泣き始める。


お姉さんの正体は知らない。

色々な可能性があって、いくらでも悪い方に想像できてしまうけど、間違いなくそうだろうという根拠はない。


ただ、一つだけ確かなことがある。

お姉さんは、私の名前を知っていた。私が何者であるかを知っていた。

私はお姉さんのことをなにも知らなかったのに。



じゃあ、私は。

職員でも研究員でもない私が、この研究所に暮らしている理由はなんだ。

それも、生まれた時からずっと。


そうだよ。これが私にとっての当たり前なんだと思って、段々と考えることをしなくなったけれど、昔はよく疑問に感じていたはずだ。

一体自分は何者で、どうして普通の人間とは違う生き方をしなければならないのだろうと。


徹底的な体調管理に、厳しい英才教育。

定期的に行われる、身体機能調査という名の生体実験。

ありとあらゆる状況、環境に順応させ、その都度私がどのように変化するか、成長していくかを細かくデータに取っていた。


これではまるで、実験動物だ。

人間の手によって好き勝手に利用されているマウスと同じ。


なんだ。私は誰なんだ。どうして私はここにいる。

何故ここで生まれた。何故外に出してもらえない。

誰が、私をこの世界に産み落とした。



コロニー。集団繁殖地。

まさか私は。私も。この部屋に眠る50人と、既に廃棄されてしまった26人と同じ境遇で作られた、作り物なのか。






「なにをしている、ゼロワン」



その時、突然背後から投げ掛けられた声に、私は心臓をわし掴みにされたような衝撃に襲われた。


こんなにすぐ側まで迫っていたというのに、相手の気配すら感じなかったなんて。

フィジカルの訓練で、人の気配には特に注意するようにと、講師から再三教育されてきたというのに。

普段の私なら、こうして背後をとられることなんて、絶対に有り得ないはずなのに。


それほど、注意力が散漫していたということか。

あれこれと考え過ぎたせいで、一時的に意識がトリップしてしまっていたようだ。

私の中で弾けたショックがあまりに大きくて、完全に気持ちを持って行かれていた。

完全に、油断していた。



名前を呼ばれ、私が恐る恐る後ろを振り返ると、そこにいたのは、滅多に研究所には現れないあの人だった。



「イノセンスが脱走したと聞き、もしやと思い戻ってみれば。

立入禁止区域には決して近付くなと、あれほど言い聞かせてやった私の言葉を忘れたか、ゼロワン」


「せ、んせい……」



フェリックス・キングスコート。

首都キングスコートの主席にして、マグパイとゴーシャーク双方の研究所を統治しているとされる人物。


ここでの肩書きは総指揮官。つまり、研究所の中ではこの人が一番偉い立場にある。

職員も研究員も、ゴーシャークのメンバーでさえ、この人にだけは絶対に逆らえない。

それは最も立場が下の私も同じことだ。


アメリカ出身の白人男性で、齢は今年69歳になるというが、その姿はまるで50歳前後で老化が止まっているのではないかというほどに若々しく、肌つやも良い。

真っ赤な髪に金色の瞳で、端正だがやや怖面な顔立ちをしており、黒のビジネススーツの上に白衣を纏っている。

この人が研究所に顔を出す時は、大概この格好だ。


長身で手足が長く、体型も年齢を感じさせないスマートさを維持している。

69歳となった現在でも衰えていないところからして、若い頃は相当な美丈夫であっただろうことが窺える。



多忙の彼が私達のいる研究所にやって来ることは滅多にないが、彼がどれだけ重要な立場にあるかということは私も知っていた。


彼と私との間には切っても切れない深い繋がりがあるのだと、今よりもっと幼い頃から教育されてきた。

彼は私にとって父親にも値する存在で、彼のおかげで今の私があるのだと、職員達からよく童話のように聞かされていたから。



実際、面と向かって口を利いたことは少なかいが、彼は他の人達とはどこか違う気がした。

一番偉い立場の人なのだから、当然そこらの職員達とは扱いも態度も違うのだが、それだけではなく、なにか。


もっと根本にあるなにかが、この人だけ決定的に違う気がしていた。



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