Episode01:王子より咎人に告ぐ
自らの置かれている状況に、男は首を傾げていた。
10日ほど前にLAのコンプトンで逮捕された男は、手首に錠をはめられて間もなく、ある場所へと護送された。
人呼んで、罪人島。
正式な名称をサンクトゥス・エッグといい、サンクトゥスはラテン語で神聖な、という意味である。
世界地図のおよそ中心に浮かぶその小さな孤島には、世界でも指折りの重犯罪者のみが収監されているという。
ここへ送られた悪党共には、死ぬまで奴隷のように働かされるか、死ぬかの二つの道しか残されていない。
無論、当人にそれを選択する権利はない。
内の殆どは収監されてすぐに極刑に処されてしまうので、中には罪人島ではなく、もっと直接的な呼び方をする者もいる。
処刑島、もしくは玩具箱。どちらにしても、人間らしい扱いをされない場所ということだ。
監獄専用の島という共通点から、アメリカのアルカトラズ島と同一視されることも多いが、実情は全くの別物である。
男もまた、罪人島の存在を知っていた。
人の道に外れた生き方をしている者は、必ず頭の片隅に罪人島のことがある。
皆"それ"を恐れながら罪を重ねている。
男の意識の中にも"それ"はあった。
だからこそ今自分の置かれている状況が、男には不思議でならなかった。
死ぬほど辛い目に遭うか、死ぬかの二つの末路しかない彼の舞台を想像するのは易いことだった。
きっと臭くて汚くて、たこ部屋のように狭苦しいところで、悪人共が檻の中に鮨詰めにされているのだろう。
罪人島とはきっとそんなところで、自分もいずれは島のどこかで首を飛ばされるのだろう。
男の脳裏に浮かぶ情景は、筆舌に尽くしがたいほどに凄惨なものだった。
しかし実際に男が目にしたのは、想像とは全く異なる光景だった。
檻はある。セキュリティもとても厳重で、収容所の設備も最先端のものだ。
ただし、囚人が鮨詰め状態なんてことはない。
一人一人にきっちり個室が割り当てられていて、白で統一された部屋には塵一つ落ちていない。
ベッドもトイレも清潔で、空気も澄んでいる。
デスクの上には、ご丁寧に飲み物や茶菓子のようなものまで用意されてある。
もし毒が入っていたらと、手をつける人間は誰もいないけれど。
この誤算を喜べばいいのか、怪しめばいいのか。
もはや自分の気持ちさえ分からなくなった男は、ベッドの上に膝を立てて蹲った。
なんにせよ、時が経てば審判が下る。
死のうが死ぬまいが、ここまで来てしまった以上、もうどうすることも叶わない。
己を待ち構えるどちらかの運命に、ただ身を委ねるしかない。
罪は罰に。すべて甘んじて受け入れよう。
そう覚悟して、男が目を閉じた時だった。
ふと、檻の外から今までになかった音が響いてきた。
男が耳を澄ませると、こちらに近付いて来る一人分の足音が聞き取れた。
ずんずんと速足で進む歩調は、女のものではない。
残響の軽快さからして、看守達のものでもない。
加えて踵の低い、或いは無い靴を履いているということは、金持ちでもない。
恐らく、細身の若い男。
金も教養もあまりなさそうだが、収容所を出入りできるだけの権限はあるらしい。
宿直室ではなく監房を訪れるのは、罪人達への面会を目的にしているから。
途中で歩みを止める様子が一度もないのは、織の中を逐一確認する必要がないから。
檻の中を確認する必要がないのは、目当ての人物が何番の部屋にいるか、既に知っているからか。
足音が男の部屋の前で止まる。
男がゆっくりそちらに目を向けると、頑丈な鉄格子の向こうで青年が一人立っていた。
白のラバーソールと黒のジャケットをラフに着こなした青年は、端正な顔にニヒルな笑みを浮かべて、じっとりと男を見下ろした。
「ご機嫌いかがかな?伝説の殺し屋さん。
王子様が、お前をさらいに来たよ」
真っ赤な髪に、金色の瞳。
指をかけた格子に限界まで顔を近付けながら、青年は台詞のような口ぶりでそう告げた。




