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オルクス  作者: 和達譲
Side:A
188/326

Episode28-11:扉の向こうにあるもの



「天井が見えるということは、今キオラさんは仰向けに横になっているということですね?

周りを囲んでいる白衣の人達は、全員で何人いるかわかりますか?」



キオラ曰く、催眠状態に入って真っ先に目にしたものは天井であるとのこと。

となれば、あちらにいる彼女はベッドの上で横になっているはずだ。


加えて、周囲を医者らしき人物が数人取り囲んでいるというシチュエーション。

これは、キオラを使った人体実験が今まさに行われようとしている、或いは既に事後の状況であることを示している。



とにかく、先程はまだ猶予があったから良かったものの、今回はいきなり核心のど真ん中からスタートしてしまったようだ。


キオラの周りを囲んでいるという白衣を着た者達が、例の晩成隊と早成隊のどちらであるのかは不明だが、このままではキオラが危ない。

過激な実験のシーンに突入してしまう前に、一刻も早く安全のための措置を取らなくては。


そちらの世界はあくまで再現されたものであって、現実ではないのだということを明確にキオラに自覚してもらう必要がある。



「……っ、あ、…こえ、が、上手くだ、せない……っ」


「落ち着いてキオラさん。今君が見ているのは過去の世界なのであって、現実じゃない。

実際に声が出せないんじゃなくて、出ないと思い込んでしまっているだけだ。気を確かに持って。

視ることと聞くことだけに意識を集中して、他の感覚を一切手放すんだ。

自分の中の意識が、体からすーっと抜け出して、見下ろすような感じで。幽体離脱だよ。

第三者になった気分で、客観的に自分を見るんだ」


「……うご、っけ、ない…。しばられて、つ、から、だが、…っ」


「キオラ、縛られているのは今の君じゃない。過去の、記憶の中の君だ。

しっかり息をして。大丈夫、ちゃんと動くはずだ」



ヘイズとアンリからの呼び掛けになんとか答えてはいるものの、キオラはかなり混乱してしまっている様子だった。


過去の自分を今の自分が傍から眺めているような感じで客観視できればベストなのだが、それがなかなか難しいようで、本人は糸口が掴めずにもがき続けている。


どうやら彼女は、過去の自分と今の自分とが一体となったように錯覚してしまっているらしい。

再現された光景をただ見ているのではなく、今まさに体験しているかのように。


その証拠に、強張った手足は本当に拘束されているように動かないでいる。

アンリの手を握り返す握力も徐々に抜けているし、時折ぴくりと痙攣する指先も氷のように冷たくなっている。



困ったアンリは、プロの判断を求めてヘイズの方を振り返り、今のキオラに自分達がしてやれることはないかと尋ねた。

ヘイズは、キオラに聞こえないよう左手でマイクを握り締めると、難しい顔で答えた。



「恐らく彼女は、一度目の退行催眠の時と同じ場所にいて、ベッドの上に寝かされた状態で固定されているんでしょう。

ただ先程と違って、今回は既に実験の準備が進められている段階にあるようだ」


「中止、するべきでしょうか」


「それはまだなんとも言えない。

キオラさん自身がちゃんと区別をつけられれば、痛覚だけを意図的に切り離すことは可能だ」


「向こうでなにが起きているのかを客観的に見ることが出来れば、痛みや苦しみの感覚までは再現されずに済むってことですか?」


「そう。それが出来れば、キオラさんのダメージもかなり軽減できるはずなんだけど……」



キオラ自身がしっかりと自意識を保ち、今自分が目にしている光景はあくまで再現されたもの、過去の出来事であるのだと認識することが出来れば、追体験によるダメージは最小限に抑えることができる。


この後、どれほどの凄惨な人体実験がキオラを待ち構えていたとしても、触覚のみを体から切り離してしまえば、二度同じ苦しみを味わわずに済むのだ。


だが、このまま錯覚した状態が続けば、キオラはもう一度当時の経験を繰り返すことになる。

そうなってしまうと、キオラの精神が破壊してしまう恐れがある。


どうにかして、彼女にこちらの声を届けなくては。

記憶の海に全身を浸けてしまうのではなく、顔だけを水面に浸して覗き込むように。

その匙加減をキオラ自身に理解してもらわなければ、最悪のケースもいよいよ現実味を帯びてくる。



簡潔に会話をするアンリとヘイズの傍らで、マナはいてもたってもいられない様子で心配そうにキオラを見詰めている。

その隣にいるシャオも、前屈みの姿勢で興味深そうに成り行きを見守っている。



「ヘイズ!」



すると、アンリ達の会話を遮って、ヨダカが大きな声でヘイズに呼び掛けた。

その声にアンリとヘイズが振り向くと、ヨダカは二号本体のすぐ側にいて、なにやらこれを見ろと視線で促していた。


二人がそちらに目を向けると同時に、本体がビーッと鋭い警告音を発して、サインカラーをイエローからレッドに変更させた。

現在の数値は81。直ちに退行催眠を中断せよという合図である。


催眠を開始してまだ五分と経っていないのに、この急激な上昇はいくらなんでも異常だ。

こうなってしまった以上、キオラに意識の区別をつけさせるなどと悠長に構えてはいられない。

キオラの健康と安全を考えて、即刻催眠を中断すべきだろう。


直後、驚くアンリ達の目に立て続けに情報が流れてきた。



"FEAR"(恐怖)

"MACHINE"(機械)

"MONSTER"(怪物)

"TOE"(脚の指)

"COLD"(冷たい)


タイプライターから雪崩のように出てきたそれらの赤文字は、現在キオラが目にしている光景を言語化したものである。


つまり、18歳の当時のキオラは、怪物のような見た目の機械を目の当たりにして恐怖を感じ、それに脚の指が触れて冷たいと感じた、ということだ。


それから少し間隔を開けて、再び言語のキーワードが連続して出てきた。


"LEG"(脚)

"NARROW"(狭い)


先程のキーワードと、新しく出てきた二つのキーワードとを照らし合わせると、おおよその状況を導き出すことが出来る。

恐らく、本人曰く怪物のような機械の中に自らの脚を入れられ、その中がとても狭く窮屈な構造になっているのだろう。



それを見て、アンリははっとあることを思い出した。


全身を動けないように固定され、機械の中に無理矢理脚を突っ込まされての実験といえば、昨夜クリシュナが話していた例の中にもあった。


ということは、この時キオラの周りにいた白衣の者達は、晩成隊のメンバーだ。

加えてこの状況は事後ではなく、まさにこれから実験が行われることを示している。


瞬時に状況を理解したアンリは、とっさに悍ましい戦慄が背筋を駆け抜けていったのを感じて、大声で叫んだ。



「今すぐに催眠を中止して下さい!!」


「えっ、どうしたんだい!?キオラさんになにか、」


「これ以上は危険です!早くキオラを起こしてください!!」


「わ、わかった…!」



突然大きな声を出したアンリにヘイズは驚いたが、アンリの切羽詰まった様子を見てこれはただ事ではないと頷いた。


直ちにキオラを現実の世界へと呼び戻すため、ヘイズは先程と同じように左手を構えた。

そして、いつもより少し大きな声でマイクに向かって話し掛けると、装置の中から微かにヘイズの声が漏れ聞こえてきた。



「キオラさん、慌てないで。大丈夫だよ。

今から僕が合図をしたら、君は目を覚ます。今見ている悪夢は、すぐにどこかへ消えてしまうからね。

落ち着いて、僕の声をよく聞いて。いくよ、3、2、1…」



カウントを終えると同時に、ヘイズはマイクに向かって強く指を弾いた。

ところが、そもそもヘイズの声が届いていないのか、フィンガースナップの音が響いてもキオラは反応を示さなかった。


それどころか、じわじわと右肩上がりに数値は上昇していった。

それに伴い、キオラの呼吸も段々と荒くなっていく。

時折喘ぐように喉を引き攣らせて、恐怖からか肩も小刻みに震え出した。



「先生、キオラが目を覚ましません」



動揺しながらも、アンリは絶対にキオラの手を離すことはなかった。



「駄目だ。完全に意識が向こうにいってしまって、こちらの声が届いていない」


「装置を外しますか?」


「いや、装置を外しても意味はない。

それはあくまで患者の状態を把握するための機械であって、催眠状態には直接干渉できないんだ」


「じゃあ、」


「落ち着いて。もう一度合図を送ってみます。

アンリさんはキオラさんの体に触れるなりして、外部から刺激を与えてみてください」



アンリとヘイズの早口のやり取りが続き、みるみる空気が緊迫していく。


キオラの精神状態を示す数値が上昇していくほど、どんどん危険度も上がっている。

それはまるで時限爆弾のタイムリミットのようで、ヘイズもやや焦燥の表情を浮かべている。


装置の効果は、あくまで患者の状態をセラピスト側が的確に把握するためのものであるため、装置を外せばキオラが目を覚ますわけではない。

故に、二号本体の電源をオフにしても意味はないのだ。


キオラを現実に呼び戻すためには、やはりヘイズが言葉で誘導する他ない。



アンリは、焦る気持ちを鎮めてヘイズの指示に従い、現実からの刺激に気付いてもらうため必死にキオラの体を揺すった。

脚を摩ってみたり、肩を叩いてみたり、掌を揉むように力強く握ってみたり。

途中からマナも手伝いに来て、二人がかりでキオラの意識をこちらに向けさせようと働きかけた。


が、それでもキオラは目を覚まさなかった。

時折苦しげに呻くだけで、効果的な反応は示してくれない。


ヘイズも必死にキオラに向かって呼び掛け、合図をフィンガースナップから手拍子に変えてみたりして工夫したが、状況は一向に変わらなかった。



そして、一同がそれぞれキオラのためにと動く中。

懸命な努力も虚しく、新たなキーワードが音を立ててタイプライターから出てきた。


"ONE PERSON"(一人)

"SILENCE"(静寂)


"FEAR"(恐怖)

"FEAR"(恐怖)

"NO"(嫌だ)



一人になったキオラ。静かになった実験室。

それはつまり、晩成隊の面々が部屋から退室し、キオラが一人残されたことを意味している。

しかし、例の機械がなくなったわけでも、拘束が解かれて自由に動けるようになったわけでもない。



いよいよ、実験が開始される合図が現れてしまった。



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