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オルクス  作者: 和達譲
Side:A
180/326

Episode28-3:扉の向こうにあるもの




上下二段に別れている台車の下段には、真っ黒で重厚な外観のコンピューターが一台。

そして上段には、同じく黒一色の古めかしいタイプライターが固定されていた。


見慣れない機器の登場にアンリ達が首を傾げていると、ヘイズは台車の持ち手部分に肘をかけて、尋ねられる前に訳を説明した。



「これは、私とヨダカが共同で開発している医療機器の試作品でしてね。

キオラさんの記憶を、より明確に復元させるためのマシンです」


「…その割に、あまり近代的とは言えない見た目をしていますね」


「そりゃあ試作品ですからね。

まだ開発途中の物なので、ご覧の通り、コードがたくさん繋がっていて貧乏臭い感じですが、安っぽい見た目だからといって侮らないでください?

向こう5年以内には必ず実用化させてみせますから」



言いながら、ヘイズはコンピューターとタイプライターとを繋いでいるコードの束を持ち上げたり、タイプライターの側面を指の関節で叩いたりしてみせた。


本人曰く、このマシンは開発途中の試作品とのことで、ヘイズの十八番である退行催眠を行う際に役立つ代物であるという。



「開発中の試作品、ということですが…。安全性には問題ないのでしょうか?

彼女の場合、一般人と違って、その…。意図的に記憶を復元させるとなると、本人の心身にかかる負担は、我々の想像を絶すると思われます。

失礼を承知で言わせて頂きますが、下手に機械に干渉をさせると、却って危険なのでは…」



マシンの全体をじっくりと眺め、やや不安そうな表情を浮かべたアンリは、失礼を承知で気になることを尋ねてみた。


人が丹精を込めて作った物に横から難癖をつけるような真似はしたくなかったのだが、今回処置をするのは自分達ではなく、キオラなのだ。

下手をすれば、マシンの遠慮のない介入により、キオラの心に多大なストレスを残す結果になり兼ねない。


故に、キオラの過去にどんな秘密が眠っているのか大方は把握しているからこそ、アンリは一抹の不安材料も見逃したくないのである。



しかしヘイズは、そんな鬼気迫るような雰囲気のアンリに対し、落ち着かせるような穏やかな声で丁寧に答えた。



「貴方の言いたいことはよく分かります。我々も、常に患者さんの心にストレスがかからないよう、細心の注意を払って治療していますから。

ですが、このマシンが間に入ることによって、変な後遺症が残ったりなんてことはありませんよ。

むしろ、対話のみでのセラピーより、こっちの方が危険性は下がると思います」


「このマシンを使用した場合のメリットは?」


「一言で言うと、記憶の捏造を防いでくれます。

本来退行催眠というのは、患者の潜在意識に直接語りかけて、記憶を呼び戻すための糸口を与えるものですが…。はっきり言って完全ではありません。

稀にですが、催眠を受けている間に記憶の混濁が起きて、本当はなかったことを実際に体験した気になってしまったりなど、一種の錯乱状態に陥ってしまう場合があります。

そうなってくると、なにが本物で、どれが無意識に捏造された記憶なのか判断がつかなくなる」


「では、このマシンを間に入れれば、記憶の混濁が発生するのを防ぐことができるんですね?」


「一応、今のところは百発百中です。

まだ断言はできませんが、純粋な対話での催眠よりも、こいつに手伝ってもらった方が信憑性は増しますよ」



ヘイズの話にもあるように、ヒプノセラピー、所謂退行催眠には、信憑性に欠くというデメリットとリスクがある。

目に見える病巣や外傷と違い、当人ですら覚えのない記憶を相手にするのだから、医学的根拠はまだ完全とは言えないのが現状だ。


稀に、催眠を受けた患者が記憶の混濁を引き起こし、事実無根のでっちあげられた記憶を、さも実際に体験したかのような錯覚に陥る場合がある。


自分は過去に宇宙人にさらわれたことがあるだとか、人知を越えた超能力を使ったことがあるだとか。

他にも、この世に存在すらしていない空想の人物と友人だった過去があるだとか。


内容や程度は個人によって様々だが、それらの捏造された記憶は全て無意識に作られたものであるので、患者本人に偽る意思はない。

だからこそ真偽の判断が難しく、厄介なのだ。



しかし、ヘイズとヨダカの開発したこのマシンを利用すれば、少なくとも記憶の混濁は最小限に抑えられるはずだという。


無論、メリットは記憶復元の最適化、及び正確さが保障されるだけであり、過去を追体験することによって生じる患者の精神的ストレス等については、残念ながらまだ改良段階というのが欠点だ。


マシンは、あくまで退行催眠の能率を上げるための道具に過ぎず、施術後の患者の心を癒す効果はない。

判明したトラウマを克服するための治療については、やはりヘイズ本人の手腕にかかっているということである。



「名前はまだ未定なので、今は気軽に、ヨダカくん二号とでも呼んでください」


「………なるほど」



マシンの仮称はヘイズが独断で名付けたもののようで、ネーミングのモデルとなったヨダカ本人は、ヘイズのやや幼稚なセンスに困ったような苦笑を浮かべている。


アンリも、思いの外単純な名前につい微妙な反応をしてしまった。



「…あ、ち、違いますよ?二号っていうのはあくまで仮の呼び名であって、実用化する際には、もっとちゃんとした名前を付ける予定ですから!別にふざけているわけじゃないですからね?」



ヘイズ自身も自らのセンスの無さを自覚しているようで、慌てて弁解をした。

アンリは、そんなヘイズと二号とを交互に見やると、穏やかに微笑んで頷いた。



「ええ、わかっています。信用していますよ、ヘイズさん。そして二号くん」



その後、恥ずかしそうに一つ咳ばらいをして、再びアンリ達の元から離れていったヘイズは、スタッフルームの隅に設置されている棚からある物を抱えて戻ってきた。


次にヘイズが持ってきたのは、ヨダカくん二号と連動して使うもう一つの機器。

患者の頭をすっぽりと覆う、ヘルメットのような外観をした機器だった。


ヨダカくん二号の親機が先程のコンピューターであるとするならば、今ヘイズが用意したヘルメットは子機に当たる。



「ヘイズさん、それは?」



アンリの問いに、ヘイズは身振り手振り付きで子機の説明をした。



「ヘルメット型脳波感知マシン。と、これもまだ仮名なんですけどね。

こいつを患者さんの頭に被せて、感知した脳波を、本体のこれ。コンピューターに送る。

そうすると、患者さんが追体験で"視ている"記憶を、その都度正確に言語化することができるんです。

上に乗っかっているタイプライターは、コンピューターが処理して言語化した情報を、紙に印刷するためのものですよ」


「へえ……。それは興味深いですね」


「せっかく発想は面白いのに、ネーミングセンスがあんな具合だと、あんまり凄いものって感じがしないね」



子機の性能を知ったアンリは素直に感心し、シャオは茶化すような物言いで皮肉っぽく褒めた。


すると、

"自分の才能をひけらかさないのが、彼の最大の長所なんですよ"と、ヨダカがくすくすと笑いながらフォローを入れた。

ヨダカの言葉に、ヘイズも嬉しそうな笑みを浮かべている。



それからヘイズは、脳波感知マシンをキオラに手渡すと、ヨダカくん二号の本体とタイプライターの電源をそれぞれ起動させた。

本体のコンピューターには細かいスイッチがいくつも付属されており、それをヘイズが慣れた様子で手早く操作していく。


そして、全ての項目をオンの状態に設定し、準備を完了させてから、ヘイズはキオラの傍に歩み寄って足を止めた。



「よし、こっちの準備はオーケーだ。

……後は、キオラさん自身の気持ちだけど。具合はどうかな?」


「今のところ、異常はありません。

先程頂いた睡眠導入剤も、いい感じに効いてきました」



ヘイズに呼び掛けられて顔を上げたキオラは、先程アンリ達を迎え入れた時と比べてやや虚ろな表情をしていた。

というのも、事前にヘイズが用意した睡眠導入剤の影響で、じわじわと心地好い眠気が回り始めたところなのだ。


冷静に受け答えできる程度には意識があるものの、強制的な睡魔に襲われているキオラの目は、アルコールに酔ったようにとろんと半開きになっている。

ベッドに横になれば、五分とかからずに熟睡してしまえそうな雰囲気だ。



「睡眠導入剤を飲ませたんですか?これから退行催眠を行うのに?」


「だからですよ。

普通はあまり推奨できないことなんですが、彼女の場合、眠りに落ちるすれすれの状態の方が、記憶を引き出しやすいようですからね」



これから催眠を施すというのに、あえて意識を不安定にさせるのには一体どんな意図があるのだろうか。

記憶の混濁を防ぐための装置も、本人の意識がぼんやりとしてしまっている状態では元も子もないのではないか。


首を傾げるアンリに、ヘイズはキオラに優しく装置を被せてやりながら答えた。



「先程、皆さんがまだこちらに見える前に、私とヨダカも例の手紙を拝見させてもらいましてね。

それによると、どうやらキオラさんとクリシュナさんが人格を交代するためには、一度意識を落とす必要があるとのことでした。

なので、あえて睡眠薬を使って意識を朦朧とさせて、キオラさんとクリシュナさんの中間にある意識に働きかけるのが、効果的だろうと……、よし」



キオラの頭にヘルメット型装置を取り付けたヘイズは、二号本体と装置との連動状態を確かめるため、再びコンピューターを操作した。



アンリは、ヘイズのその言葉を聞いて、昨夜クリシュナが残していった台詞がようやく腑に落ちた。


彼はあの時、自分からキオラに意識をバトンタッチする際には、ある儀式を要すると言っていた。

その儀式を行わない限り、キオラは二度と表には出てこられないと。


つまり、その儀式というのがすなわち、眠ることだったというわけだ。


今のように自然な睡魔に任せるのは勿論のこと、ふとした拍子に気を失ったり、第三者から強制的に失神させられたりなど。

状況や手段は特に限定されておらず、とにかく意識を飛ばすことが重要なファクターとなるらしい。

そこにクリシュナ自身の意思が加わることで、交代の儀式は本当の意味で成立すると。



そして今回は、儀式によってクリシュナを呼び出すのではなく、条件に近い状態を維持することで、キオラとクリシュナの中間にある意識に語りかけるのが目的だ。


強い暗示によって奥底まで沈められてしまったキオラの記憶を取り戻すためには、クリシュナと完全に入れ代わってしまうと成功しない。

あくまでキオラの意識状態で、限界までクリシュナと近付けてやることが重要なのである。



キオラは、自分の頭を覆う装置に恐る恐る触れると、背中を支えてくれるヘイズに促されてゆっくりとソファーに横になった。

キオラが体勢に入ったのを確認したヘイズは、最後に彼女を落ち着かせるように肩を叩いてやると、自らも向かいのソファーに腰を下ろした。



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