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オルクス  作者: 和達譲
Side:M
154/326

Episode24-6:火蓋は切られた



「にしても、マジでなんでここにいるんだよ。バルド。

連絡はこれからしようと思ってたところだし…。つか、よくオレらの居場所分かったな」


「ああ、すまんすまん。お前の言い付けを守らなかったことは謝るよ。

ただ、無性に嫌な予感がしてな。ヴァンに後を頼んで出てきてしまったんだ」



"自分達が戻るまで決して外には出るな"


事前にミリィと交わしていた約束を破ったことを謝り、バルドは益々険しい顔で兵士の姿を凝視した。

どうやら、この兵士の素顔に思い当たることがあるようだ。


ミリィもそんなバルドの様子に気付き、彼が自分との約束を無視してでもここへやって来たのには、なにか重要な理由があったのだろうことを察した。




「………だが、一足遅かったようだな。

トーリの怪我は、こいつにやられたのか?」



バルドが心配そうに尋ねると、トーリは二の腕の傷を庇いながら答えた。




「正確に言うと、こいつの仲間に、ですね」


「痛むか?他に外傷は?」


「平気です。怪我はこの顔と、腕の掠り傷だけですから。痛みももう大分引いてます」



トーリの怪我が大事に至らなかったことを確認し、バルドはほっとした様子で目を細めた。




「そうか…。なら良かった。

お前らはどうだ?ミリィは少し顔色が良くないな」



続いてミリィとウルガノにも声を掛けると、二人もそれぞれ微笑を浮かべて答えた。




「大丈夫だって、バルド。そんなに心配すんな。

オレとトーリはちょびっとやられちまったけど、ウルが全力で守ってくれたおかげで軽傷だ。ウルに至っては、完璧な無傷だしな」


「ええ。ミリィもトーリも、よく戦ってくれました」


「そうか……。

すまん。どうせ出てきてしまうなら、俺ももっと早くに行動するべきだったな」




バルドは、自分が加勢に来ていればこんなことにはならなかっただろうと、悔しげな表情で呟いた。


それに対しミリィは、心から自分達の身を案じてくれるバルドを見て、嬉しい反面自らが情けなく感じ、思わず苦笑してしまった。



いくら戦いに不慣れな素人だからといって、ミリィもトーリももう立派な大人だ。

自分の身は自分で守れるくらいの技量は備えてあるし、いつまでも誰かの背中に隠れているほど弱くはない。


にも関わらず、彼らが怪我を負ったことに対し、バルドもウルガノも酷く責任を感じている風であった。

その態度はやや過保護とも言えるものだったが、二人がこうも過敏になっている訳をミリィはなんとなく理解していた。


恐らく、自分はまだ守るべき存在として、彼らに認識されているのだと。


決して格下と侮っているわけではないし、自らの力をひけらかそうとしているわけでもない。

ウルガノもバルドも、純粋に仲間のためを思ってやっていることだ。


しかし、いつまでも彼女らのサポートを当てにしているようでは、ふとした拍子に足を掬われる事態になりかねない。

万全を期すには至らずとも、自分一人で危機的状況を打破できるだけの機敏さは身に付けておく必要がある。



「(余計な心配をかけないためにも、今後は一層鍛練に励む必要があるな)」



仲間の優しさを改めて感じると共に、自らの無力さも改めて痛感したミリィは、胸の内で密かに決意した。




「───まあ、とにかくだ。みんなのおかげで一応はなんとかなった訳だし、この際辛気臭いのはやめやめ。

死傷者が出なかっただけでも、ラッキーだと思うことにします!オレは!」



妙にしんみりしてしまった空気を一新させるように、ミリィは手を叩いて無理矢理に声を張った。




「……そうだな。反省するのは後だ。

今はとりあえず、さっさとこの場を離れよう。また敵の増援に鉢合わせたら面倒だ」



バルドも困ったような笑みで返し、一同は今度こそヴァン達の待つホテルに向かうことにした。


ちなみに、素性を調べさせてもらった兵士の身柄は、武装を没収した後そのままの状態で放置していくことになった。

拘束具の持ち合わせがなかったため縛ることは出来なかったが、あの様子ならもうしばらくは目を覚まさないはずだ。




「………いないな。もう大丈夫だ。出て来ていいぞ」



先導するバルドが一足先に小路を抜け、危険がないことを確認してから合図を出す。

そこにミリィ達三人も続いていき、それぞれ落ち着いた歩調で公道を歩き始めた。


ウルガノの肩を借りているミリィは、ふともう一方の手に収めたバタフライナイフに目をやった。

刃先の鋭いこのナイフは、先程の兵士から没収した武器の一つである。




「なあバルド。ちなみにだけどさ。

増援がまた、って言ってたし、さっき発砲したのもやっぱそのせいなのか?」



前を歩くバルドの背中に向かって話し掛けると、バルドはハンドガンを握り締めたまま振り返らずに答えた。




「ああ。実はお前達と合流する前に、さっきのと似たようなのがスナイパーライフル構えてたんだよ。

それでとっさに、こいつが狙ってるのはミリィ達なんじゃないかと思ってな」


「殺したのか?」


「いや。撃ったが殺しちゃいない。威嚇のつもりで肩に一発お見舞いしてやったら、大慌てで逃げていったよ。

覚束ない足取りで脇腹を抑えていたから、既にお前達にやられた奴だったんじゃないか?」




バルドの返答を聞いて、ウルガノは先程の応酬を思い出した。



「脇腹を負傷していたとなると、正体は恐らくあいつですね。

あの小路に入ってからというもの、どこからか視線を向けられている気配はうすうす感じていましたが…。まさか狙撃を仕掛けようとしていたなんて。

下手をすれば失血の可能性もあっただろうに」


「距離にして大体…、お前達のいた位置から5、600メートル先ってところだな。

あの様子だと、精密な狙撃ってよりは、数撃ちゃ当たるって感じだったんだろう。安全圏から適当に撃ちまくって、その内一発でもお前達に当たればラッキー、ってな具合にな」




バルド曰く、先程の発砲は敵兵に対する牽制で、負傷はさせたものの命は奪っていないとのことだった。


物影に隠れながら地面に伏し、せっせと狙撃の準備をしていたらしいその兵士は、逃げる時に脇腹を手で庇っていたという。

となれば、正体は恐らく広場でウルガノに撃たれたあの兵士だろう。


その後、敵前逃亡した兵士を深追いしなかったバルドは、感じ取ったウルガノの気配を頼りに、あの小路へと足を向けた。

ここまでが、ミリィ達と遭遇するまでの簡単な経緯だ。



あの怪我でも諦めなかった兵士の執念には驚きだが、手負いの状態で満足に戦えるとは考えにくい。

その上長距離の狙撃となれば、完璧に狙いを定めるのはとても難しかったはずだ。


なので、もしあのまま撃っていたとしても、ミリィ達には当たらずに終わっていたかもしれない。


しかし、バルドがそれを食い止めたおかげで、万が一の危機もこうして免れることができたわけだ。

距離的にウルガノが応戦することも不可能だったので、予想外にタイミングが重なったことは幸運だったと言える。




「なんつーか、オレらいざって時の運だけは強いみたいだな。出来れば、ピンチになる前にラッキー発動して欲しいところだけど。

頼もしい仲間がいてくれるおかげで、何回命拾いしたかわからん」


「僕達二人だけの旅だったら、今頃あの世で肩を並べていただろうね」


「ハハハ。ジョークに聞こえねえや」



トーリの後ろ向きな冗談に、ミリィは渇いた声で笑った。




「軽口が利けるということは、まだ大丈夫ってことですね。

ホテルまであと少しですから、頑張ってください二人とも」


「はーい……。」



すかさずウルガノが笑顔で言うと、ミリィとトーリの覇気のない返事が重なった。




「───そういや、オレ達が留守にしてる間、ホテルではどんな様子だったんだ?

朔はちゃんと飯食えたかな?」



ホテルへの到着が近付き、進行方向にその一部とおぼしき建物が見えてきた。

ミリィはふと置いてきた朔のことを思い出すと、何気なくバルドに問うた。




「………。」



するとバルドは、一度ぴたりと足を止めたものの、ミリィの質問に返事をすることはなく、後ろに振り返ろうともしなかった。




「バルド?

………まさか、そっちでもなにかあったのか」




急に雰囲気が変わったバルドに気付いて、ミリィの胸中に不穏な感じが過ぎる。



先程彼は、小路で合流した際にこう言っていた。

"無性に嫌な予感がしたから、ヴァン達を置いて自分だけ出てきてしまったのだ"と。


その予感は見事的中し、バルドはミリィ達に迫っていた危機を未然に追い払ってみせたが、肝心の飛び出してきた理由についてはまだ語っていない。


本陣に攻め込んでいったミリィ達ならまだしも、バルド達の所在は今まで安全地帯にあったはず。

にも関わらず、そんな彼らですら不穏な空気を感じ取ったということは、魔の手はそちらにも及んだということなのだろうか。




「……いや、こっちの方では、特になにもなかったよ。朔も無事だ。

ただ、ヴァンの様子が妙でな」



短い間を置いてやっと振り返ったバルドは、なにやら怪訝な表情でヴァンの名前を話題に出した。

ミリィは不思議そうに首を傾げて、バルドの言う妙なヴァンとやらを想像した。




「ヴァンが?……妙っていうのは、どんな風に」


「この街に入ってから、いつにも増して口数が減ったというか…。ピリピリしてるんだよ、ずっと。

あいつは俺なんかより遥かに鼻が利くし、常に色んな気配を感じているだろうから、そのせいで落ち着かないのかもしれないが……。

それにしても、あんなにおっかない顔をしてるのは初めて見たよ。朔が怖がっていた」


「ふーん……。それはちょっと、気になるな」


「あと、日が落ちてから急に街中が静かになったのが気になってな。

ホテルのスタッフに事情を聞いても、なんだか要領を得ない感じで胡散臭かったし…」


「で、もしかしたらオレらのせいで変な空気になってるのかも、と思って、心配して応援に来てくれたってわけか」



ミリィが要約すると、バルドは複雑そうな苦笑を浮かべた。




「要約すると、そんなところだ。

嫌な予感ってのは、歳を食っても当たるもんだな」




バルドの話によると、ミリィ達と別れて待機している間、ホテルの方ではこれといった異変はなかったとのこと。

ただ、異変と呼ぶほどではないにしろ、なにかがおかしいという気配は全員感じていたそうだ。


その要因の一つが、日が落ち始めてすぐに、街中から人の姿がなくなってしまったことだった。

これはミリィ達が解放される少し前に起こったことらしいが、どうやら広場周辺以外でも同じ現象が起きていたようだ。


そしてもう一つの要因が、先程名前が上がったヴァンの様子だ。

いつになく緊張した雰囲気を滲ませていた彼は、単にミリィ達の身を案じてというより、もっと明確ななにかを警戒している風だったという。


これらのイレギュラーを踏まえた結果、バルドはただ事ではない事態が起きていると推測。

万一出先で戦闘行為に発展した場合にも対応できるよう、ハンドガンを二丁携帯して、単身ミリィ達を迎えに行く決意をしたのだそうだ。



バルドから一連の経緯を聞いたミリィは、珍しくヴァンの気が立っていたという話に一抹の胸のざわめきを覚えた。







『You made me angry. 』


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