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オルクス  作者: 和達譲
Side:M
153/326

Episode24-5:火蓋は切られた



その後、人目に付かなさそうな小路まで場所を移した三人は、トーリが運んできた兵士を建物の外壁にもたせ掛けた。




「───見たところ、警察が変装をして襲ってきた、というわけではなさそうですね。

やはり、彼らはシャムーン氏の差し金で送られてきたのでしょうか」



兵士の全身をくまなく観察し、ウルガノは腕を組んで難しい表情を浮かべた。

その場で屈んだミリィは、目を覚まさないのをいいことに兵士の体をあれこれと探り始めた。




「流れ的に言えば、その可能性が一番高いだろうな。

主席のレヴァンナ自ら指揮を執ったとするなら、街の住人達もグルになって、今回の襲撃を黙認したことにも説明がつく。

どうせ、自分がいいと指示を出すまで、外でなにが起きても知らんぷりをしろとか命令されてたんだろ。

アブドゥラーの人間は、皆王様の命令には逆らえないってことだ」



ミリィが丁寧に兵士の覆面を剥がしていくと、中から三十代前半程の男性の顔が現れた。

彫りの深い顔立ちと褐色の肌からして、出身は恐らく南米か中東辺りと思われる。




「うーん…。こっち系は掘りの深い精悍な顔が多いからなあ…。

このハンサムクソ野郎も、見覚えがあるようなないようなで、レヴァンナの飼い犬かどうかは見分けがつかん」



ミリィが唸ると、ウルガノも兵士の顔を覗き込みながら眉を寄せた。




「そうですね…。確かにこの手の顔立ちは街中でもよく見掛けましたし…。判断するにはかなり際どいかも」




シャープなフェイスラインに、凛々しい眉と高い鼻。

凶悪な戦士の一人でありながら、この兵士の正体がなかなかの美丈夫であったことには違いない。

だが、彼がレヴァンナの取り巻きの一人であるかどうかは、正直見分けがつかなかった。


ここアブドゥラーにやって来てからというもの、この顔と似通った男とは何度も擦れ違っている。

故に、その内の誰かと同一人物であるという確証はないのだ。


レヴァンナの私兵として、身分を証明するための腕章なりバッジなりを所持していれば話は別なのだが。

流石に証拠となりえる品を持ち歩くほど、彼らも間抜けではないようだ。


この黒一色の武装姿も、ただの通りすがりのテロリストだと言われればそのように見えてくる。

これという決め手がない限り、彼らがレヴァンナの差し金でミリィ達を襲撃したと証明できない。



さて、全員纏めて倒したまではいいものの、これからどうしたものか。


素顔を明らかにした後も、兵士の体を手探りで調べていったミリィだが、やはり思わしい収穫は得られなかった。




「ミリィ。ちょっとそこどいて」



すると、その様子をウルガノの背後から眺めていたトーリが、おもむろに近付いてきた。




「ん、どうしたトーリ?なにかわかったか?」



屈んだ姿勢のままじりじりと左へずれていったミリィは、トーリに任せるため兵士の前を空けてやった。

ミリィの隣で膝を折ったトーリは、兵士の左足を軽く持ち上げると、装備されていたブーツを脱がせ始めた。




「………やっぱり」



トーリが呟くと、ミリィとウルガノもそれぞれ感想を述べた。




「お、意外とかわいいタトゥー入れてんのな。

こんなんよく気付いたなトーリ。今まで靴で隠れてたのに」


「この足のタトゥーがどうかしたんですか?」




脱がせたブーツを地面に置き、ついでにズボンの裾も捲くり上げると、日に焼けた兵士の素肌が露になった。


そこには、逆さになった五芒星のタトゥーが隠されていた。

(くるぶし)の上を覆うように施されたそれは、デザイン性に寄ったものと言うより、宗教的ニュアンスが込められているように見えた。



トーリには最初からそのことが分かっていたようで、このタトゥーを確かめるためにわざわざ手を加えたようだった。




「間違いないよ。こいつらやっぱり、レヴァンナさんの部下だ」


「どういうことだ?このタトゥーが証拠になるってのか」


「……実は、こいつがミリィとやり合ってた時から、なんとなくそんな気がしてたんだ。

背格好といい、頭の形といい。ウルガノに殴られた瞬間に出た、野低い声といい。

レヴァンナさんの城にお邪魔していた時に見掛けた、あいつに似てる気がするってね。

それで、このタトゥーが駄目押し」



言いながら、トーリは持ち上げていた足を地面に下ろすと、改めて兵士の顔に目をやった。




「覚えてない?レヴァンナさんに勧められて、部屋で夕食を振る舞われた時。

いきなり外から入ってきて、レヴァンナさんになにかを耳打ちしていった男がいたろ」


「飯の時……。ああ、そういやいたな。ごつい覆面の男。

じゃあ、あの時のあいつが、今目の前にいるこのクソッタレだってことか?」


「そう。あの時も今も覆面をしてたから、顔を見てもいまいちピンとこないけど。

ただ、このタトゥーがさ。こいつがレヴァンナさんに耳打ちした時、床に立て膝を着いたことで、持ち上がったズボンの裾から一瞬だけ覗いて見えたんだよ。今はブーツを履いてるけど、あの時は短靴だったし。

珍しい位置だったから、なんか印象に残ったんだ」



トーリの観察眼と繊細な記憶力に、ウルガノは感心した様子で目を丸めた。




「……ずっと一緒にいたはずですが、私は全然気が付きませんでした。

よく見てましたね、トーリ」




一方ミリィは、思いがけない発見にテンションが上がった様子で、キャッキャとはしゃぎながらトーリの背中を叩いた。



「マジですげーじゃんトーリ!

さすが地獄耳……、じゃなかった。地獄目?

そのスタイリッシュ眼鏡も伊達じゃなかったんだな!」


「それほどでも」



一人冷静な態度でいるトーリも、これでようやく参謀として役に立てたと密かに安堵していた。

実のところ、ミリィ達に比べてこれといった活躍ができていないことを後ろめたく思っていたのである。




「……しかしまあ、これではっきりしたな。

あの色気兄さん、ど~見ても胡散臭かったし、絶対腹に一物抱えてんだろと思ったら。どうやら一物だけじゃなかったらしい。

やれ飯だ酒だとしつこく引き留めてきたのは、このための時間稼ぎだったってわけか」


「脅しとか牽制が目的じゃなく、しっかり僕達の首を落しに来てたよね。

殺さなきゃならないくらい、向こうが切羽詰まってたんだとしたら……」




トーリの言葉に返事をしながら、ミリィはゆっくり立ち上がって兵士の顔を見下ろした。



「ああ。レヴァンナは間違いなく黒だ。

そんで、近頃アブドゥラーで頻発してる失踪事件ってのも、やっぱり神隠しと繋がってたわけだ。

ここまでくると、最早隠す気もないみたいだけどな」


「では、彼の始末はどうつけます?」



二人の背後に控えていたウルガノは、静かな声でミリィに指示を仰いだ。

それに対しミリィは、視線を変えないまま冷めた調子で告げた。




「今はまだ、直接手は出さないさ。今はな。

ただ、あちらさんが今日みたいに、また武力で威嚇してこようってんなら、その時は遠慮なくぶっ潰すだけだよ。

………ウルガノや、ヴァンやバルドがな」



最後の最後で言い辛そうに呟くと、黙って聞いていたトーリが小さく吹き出した。




「最後の一言で一気にダサくなるね」



トーリの茶化した突っ込みに対し、ミリィは子供のように怒って反論した。




「いーの!!備えはしてても、オレはか弱い一般人なの!!」


「はいはい。

じゃ、噂の失踪事件の正体も、やっぱりってなわけで判明したことだし。

これ以上この街に留まっても、こっちのライフゲージが削られるだけだね」



くすくす笑いながら、トーリもゆっくり立ち上がってミリィに並んだ。

冷静になったミリィは、感慨深げな溜め息を一つ吐くと、先程剥ぎ取った覆面を兵士に突き返すように放り投げた。




「巷でブイブイ言わせてられんのも今のうちだ。精々、調子こいてやりたい放題やってりゃいい。

そう遠くない内に必ず、お前らの悪行を白日の下に晒してやるからな。クソッタレ」




兵士の顔にレヴァンナの面影を重ね、本人を前にするようにミリィは口汚く言い放った。

すると、まるで返事をするように、兵士の頭が重力に従ってがくんと垂れた。



その直後。

静かだった空気を引き裂くように、遠方から一発の銃声が鳴り響いた。


ミリィとトーリの二人は、驚いてとっさに肩をびくつかせた。

たった今まで穏やかな表情を浮かべていたウルガノは、瞬時に戦いの時のそれに切り替えて臨戦体勢に入った。



レヴァンナからの指令はまだ解けていないのか、家屋に篭っている街人達は未だ外に出てきていない。

襲撃してきた兵士達も、全員戦闘不能にまで追い込んだので、もうしばらくは動けないはずだ。


となれば、今の銃声は一体誰が放ったものなのか。

先程逃がしてやった手負いの兵士が、とどめを刺される覚悟で再び仕掛けてきたのか。

それとも、新たな増援に早くもこちらの居所を嗅ぎ付けられたのか。



一気に辺りに緊迫した空気が流れる。

念のためミリィにも銃を手渡したウルガノは、二人を庇うようにして一歩前に出ると、銃声が響いた方角に向かって銃口を向けた。


間もなく、小路の中に隠れているミリィ達の元へ、よく耳を澄まさないと聞き取れないような足音が近付いてきた。

ミリィ達は再び緊張した面持ちで、小路の出口の方へと目を見張った。


月光に照らされた脇道に、少しずつ細長い影が伸びてくる。

やがて、恐る恐る姿を見せた影の本体は、ここにいるはずのない意外な人物だった。




「バルド……!」



そこにいたのは、ヴァン達と共にホテルで待機しているはずのバルドだった。

先程の銃声は、バルドが手にしているハンドガンから放たれたものだったのだ。




「!………、お?」



小路の死角ギリギリのところまで近付き、そこから勢いをつけて飛び出してきたバルドは、ウルガノ同様に険しい顔で銃を構えていた。


その一瞬、ウルガノとバルドは互いに銃口を突き付け合ったが、相手が敵でないことが分かるとはっと我に返った。

両者とも慎重に行動していたから良かったものの、一歩間違えれば仲間同士で撃ち合っていたところだ。




「ハー…。なんだお前らか。

なにやらこゆ~い気配の奴がいたから、敵かと思って緊張したぞ」



思わず安堵の溜め息を吐いたバルドは、銃を下ろしてミリィ達の元に歩み寄っていった。




「すみません。それ多分私です。

こちらも緊張していたもので、つい気配を消すのを忘れていました」



ウルガノもすぐに銃を下ろすと、バルドに対して申し訳なさそうに苦笑した。




「へー。やっぱ精鋭が二人揃うと、気配だけでも色々と分かるモンなんだな。

オレらなんてさっぱり意味不明なのに。なあトーリ?」


「うん。まあさっき広場で合流した時のウルは、素人の僕が見ても殺気ムンムンって感じだったけどね」




下ろした銃を腰に仕舞い、ミリィの横に並んだバルドは、壁にもたれ掛かっている兵士の姿を見て怪訝に眉を寄せた。



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