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オルクス  作者: 和達譲
Side:M
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Episode24-4:火蓋は切られた



直後、ミリィの額に向けられた銃口が、勢いよく右へ逸れた。

第二の刺客は、逸れた利き腕を痛がるように竦めると、苦しげな呻き声を漏らしながら一歩後ろへ引き下がった。


それは本当に一瞬の出来事で、ミリィの視界にはただ彼が素早く腕を振り上げたかのようにも映った。


しかし、次の瞬間にはもう、その手に銃は握られていなかった。

第二の刺客が撃つより早く、どこからともなく放たれた弾丸により、見事に彼の構えていた銃のみが弾かれたのだ。


その様子を尻目に確かめたミリィは、今度こそ強がりではない笑みを小さく浮かべた。



間もなく、ミリィ達のいる広場に向かって、猛スピードで迫ってくる足音が聞こえてきた。

それは微かな振動と熱気を伴って、ミリィから絶望を、トーリから焦燥を、兵士から傲りを奪っていった。


やがて、次瞬きから目を開けた時には、全員の視界に風に靡く金色の髪が映り込んでいた。




「ウルガノ………っ!」




反射的にそう声を漏らしたのは、トーリの方だった。


あれから、男の銃を弾き落として数秒と経たない内に、彼女ことウルガノは一同の前に姿を現したのだ。


猪のごとき獰猛さで突進してきた彼女の標的は、ミリィに銃口を向けていた第二の刺客。

その手に武器となるものは握られていなかったが、彼女の全身から放たれる怒りのオーラが、なにより明確な殺意を表していた。



そのただならぬ気配を肌で感じ取った第二の刺客も、とっさに向き合って臨戦体勢を取った。

だが、彼が身構えるよりも先に、ウルガノの右腕が風を切った。


ウルガノの手本のように美しいラリアットは、第二の刺客の防御すらも押し通す形でヒットした。

第二の刺客は、くぐもった叫びと共に地面に倒れると、そのままぴくりとも動かなくなった。


一応即死は免れたようだが、あれほど強烈な一撃を食らった以上、しばらくは目を覚まさないに違いない。



すると、今までトーリと戦っていたもう一人の兵士が、急に体勢を低くしてその場から逃げ出した。

ウルガノの出現によって三対一の形勢となった状況を不利と判断し、一先ず体制を立て直そうと考えたのだろう。


しかし、ウルガノの逆鱗に触れた彼らが、易々と難を逃れるはずもなかった。




「トーリ!!!」



兵士が走り出すと同時に、ウルガノも素早くそちらへ振り返ると、あるものをトーリに向かって投げ渡した。


暗闇の中でも一際存在感を放つそれは、先程までは所持していなかったハンドガンだった。

どうやら、打ち負かした連中から本当に失敬してきたらしい。



投げ渡された銃をしっかりとキャッチしたトーリは、素早く両手に持ち替えると、兵士の逃げていった方向に向けて照準を合わせた。

ウルガノももう一つの銃を自分で構えて、トーリとは逆方向に銃口を向けた。


一拍の間を置いて響き渡った銃声は、計四発。

その内の三発をトーリが撃ち、ウルガノが撃ったのはたった一発だった。



連続して三発発砲したトーリは、最後に撃った一発でどうにか兵士の肩を負傷させた。

ただ、致命傷には至らなかったようで、兵士はすぐに体勢を立て直すと路地の中へ逃げ込んでしまった。


一方ウルガノは、たった今まで争っていた三人とはまた別の兵士が、小路の陰からライフルを構えていたことに最初から気付いていた。

故に、その狙撃手に発砲させる前に、自分が先手を打った。


不意打ちを看破された狙撃手は、ウルガノがそちらを振り返ったと同時に危険を察知したようで、発砲される前にとっさに定位置から離れた。


おかげで脳天直撃は免れたが、避けきれなかった弾を脇腹に食らった。

傷口を抑えながら慌てて撤退していく後ろ姿は、ほぼ負けを認めているようなものだった。



結果として、どちらの兵士も落命せずには済んだが、あの怪我ではもう激しく動き回ることはできないはずだ。

安全と断言するには早いが、一先ずの窮地は脱したと言っていいだろう。


トーリとウルガノは、それぞれの標的が敵前逃亡したのを見送ると、さっさと銃を下ろしてミリィの元へ駆け寄っていった。




「ミリィ!!

……ああ、ごめんなさいミリィ。気を確かに持ってください。今応急処置を……」


「………いや。平気、だよ。さっきよりは、少し、良くなった」



ウルガノが優しく体を起こしてやると、ミリィはしゃがれた声で途切れ途切れに返事をした。




「良くなったって…。思い切り首に貰ってたじゃないか。

骨に異常はないの?頭は?衝撃で血管切れたりしてない?」



傍らで膝を折ったトーリも、心配そうにミリィの患部に触れた。

ミリィは、垂れてきた鼻血を手の甲で拭うと、二人を安心させるために力無く微笑んだ。




「大丈夫だ。悪い、心配かけて。

思ったより、怪我は大したことないみたいだ。不幸中の幸いってやつだな」



その様子を見て、ウルガノは少しだけほっとしたように息を吐いた。




「本当に、大丈夫なんですね?無理をしていませんか?」



壊れ物に触れるような手つきで、ウルガノはミリィの頬に触れた。

ミリィはそれに身を委ねると、ウルガノの手にそっと自分の手を重ねた。




「ああ、大丈夫だよ。強がりじゃない。頭痛も大分治まってきた」



穏やかな声と表情を見る限り、確かにミリィは強がっているわけではなさそうだった。

ミリィの無事を確認したウルガノは、今度こそ心から安堵した。




「良かった……。

トーリも、怪我の具合はいかがですか?出血の程は」



ミリィが無事と分かれば、次はトーリだ。

トーリの全身をくまなくチェックしたウルガノは、心配そうに眉を寄せて尋ねた。




「ああ、僕の方は全然大したことないよ。ちょっと切っただけだし。血もいつの間にか止まってる」



トーリが軽い調子で答えると、ミリィはふと俯いて悔しそうな表情を浮かべた。




「……ごめん、トーリ。

オレがやられちまったせいで、お前の邪魔に、なっただろ」



ミリィの言葉に首を振ったトーリは、うなだれるミリィの頭に手を乗せた。




「なに言ってんのさ。君が助けに来てくれたおかげで、僕はこんな軽い傷で済んだんだ。おかげで助かったよ」




食らったダメージは相当なものだが、見掛けには特に異常のないミリィに比べ、トーリは外傷を二カ所負っている。

一つは頬の皮膚を裂かれた傷で、もう一つは右の二の腕を掠めた傷だ。


どちらもナイフで切りつけられたことによる軽傷だが、腕の方の傷はつい先程負ったばかりのものだった。

というのも、ミリィが蹴り飛ばされたあの一瞬だけ集中が切れてしまい、不意打ちの攻撃を防ぐのが遅れてしまったのである。


おかげで二度痛い目を見るはめになったわけだが、出血の割には浅く済んだようだ。

傷口も自然に塞がっているので、この程度なら縫合する必要はないと思われる。


双方、多少の手負いこそあったものの、こうして命に関わる大事に至らなかったのは、一人じゃなかったからだった。

一方でも欠けていれば、多勢に無勢で圧倒されて、確実にどちらかが殺される結末に終わっていただろう。




「あの時のミリィ、格好良かったよ」



トーリがミリィの頭をぐしゃぐしゃに撫でると、ミリィもくすぐったそうに喉を鳴らした。

側に控えているウルガノは、母のような姉のような目付きで静かに二人のやり取りを見ていた。




「……でも、せっかく銃を貸してもらったのに、僕が撃った弾、あいつの肩に当たっちゃった。仕留められなかったよ」



ふと動きを止めたトーリは、申し訳なさそうにウルガノと目を合わせた。

しかしウルガノは、至って当然といった顔で頷いた。




「いいんですよ、今はそれで。私も誰も殺していませんから」


「いいの?逃がしちゃって」


「ええ。どのみち、あの傷では大した働きは出来ないでしょうから。

……それに、彼らにはやってもらわなければならない仕事もある」



トーリの言葉に返すウルガノの声は、冷静だが終ぞ聞いたことのない怒りを孕んでいた。




「お二人に怪我を負わせた報いを受けさせられないのは、心底残念ですが。精々尻尾を巻いて逃げ帰って、彼らのボスに伝えてもらいましょう。

そちらがその気なら、こちらもそれ相応の対応をとるとね」




一歩間違えれば相討ちの可能性もあった戦況だが、今回の襲撃で死者は一人も出ていない。

ここにいるミリィ達は勿論のこと、撤退した兵士達の中にも生死に関わる傷を負った者はないのだ。


トーリの相手をしていた兵士は、単にトーリが撃ち漏らしたために命を拾ったに過ぎないが、それ以外は全く事情が異なる。

序盤に奇襲を受けた四人も、先程脇腹を被弾した狙撃手も、ウルガノと相対したその他の兵士は全員意図して生かされた。


何故なら彼女は、最初から彼らを始末することを目的としていなかったのだ。

あくまで戦力を削ぐことを優先し、戦えなくなった者まで深追いするつもりは毛頭なかった。


当初予定していた時刻より、僅かに合流が遅れたのもこのためだ。

相手を殺さないよう手加減をして戦う必要があったせいで、手間が増えた分余計なロスが出てしまった。

一撃で息の根を止めることが許されていたなら、もっと早くに広場に戻って来ることも出来たはずだ。



そう考えると、さっさと片をつけてしまった方が良かった気もするが、彼女がそうしなかったのには理由がある。


彼らが一体何の目的で、誰の差し金で動いていたのかを断定できないから。

敵の正体を見誤れば、こちらが悪者にされてしまう可能性があったからだ。


所在地は敵のテリトリーのど真ん中。

自分達は訳あって来訪したよそ者。


そんな状況で死者を出したとなれば、自分達に疑いが掛けられるのは目に見えている。

下手をすれば、その容疑者として指名手配され、世間に顔が割れてしまうかもしれない。

そうなったら、以前よりもっと行動範囲が制限されるのは確実だ。


その点、せめて怪我を負わせる程度に留めておけば、万が一の時の言い訳が立つというもの。

撤退した兵士達に結果を報告させれば、敵将に対する牽制にもなる。


つまり、今後の行く末を懸念した結果、一人の死者も出さずに収めようということになったのである。



もし。彼らが再び襲撃を仕掛けてくるようなことがあれば、その時はウルガノやヴァンが本領を発揮するだけだ。

今回は不利な条件が重なったせいで苦戦を強いられたが、そうでなければこちらの戦力も劣らない。




「───そうだね。じゃあ僕達も、そろそろお暇させてもらおう。こんなところに長居はしたくない」



そう言ってトーリは立ち上がると、土埃のついた尻を手ではらった。




「ええ。とりあえず今は、安全な場所に避難を。

ミリィ、立てますか?」


「ああ、悪い……」



ミリィの顔色が少しだけ良くなったのを確認し、ウルガノもミリィの体を支えてゆっくり立ち上がった。




「それと、トーリ。

申し訳ありませんが、この中から一人、引きずってでも構わないので、私の代わりに運んでもらえますか?

彼らの正体を見極めたい」


「わかった。一人連れていけばいいんだね」


「はい。お願いします」




ウルガノの指示を受け、トーリは広場で寝転がる二人の兵士を見比べた。

その中から選ばれたのは、つい先程ウルガノのラリアットを食らって倒れた男だった。


ただ、失神した成人男性を抱えて歩くとなると、いくら身長のあるトーリでも骨が折れる。

そこでトーリは、男の足首を大胆に持ち上げて、動かない体を地面に引きずりながら移動することにした。


その激しい振動により、頻りに男の頭は地面に打ち付けられるが、男がそれで目を覚ます様子はない。

ついでに言うと、トーリが男に対して配慮をすることも全くない。

ミリィ達と並んで歩く後ろ姿は、まるで早朝のゴミ出しに向かうサラリーマンのようである。




「───本当に、すみません。ミリィ、トーリ。

私が付いていながら、二人にこんな、痛い思いをさせてしまって…。護衛失格ですね」



ミリィの体を支えながら、ふとウルガノは思い詰めた顔で呟いた。

結果として、たった数分広場に戻るのが遅れただけなのだが、本人はそのことを重く受け止めているようだ。


それに対し、トーリはすかさず否定の言葉を返した。




「まったく。君までなに言ってるのさ。むしろ、あの絶体絶命の状況から、よくここまで盛り返したものだよ。

ウルガノがいなかったら、それこそアッという間に、僕達はこの世と永遠にさよならだった。

……というか、本当に四人きっちり倒して、普通に無傷で戻ってきたことに驚いてるくらいだよ、僕は」



二人の間に挟まれているミリィも、ウルガノの顔を覗き込みながら言葉をかけた。




「そうだぜウル。君のおかげで、オレ達は命拾いしたんだ。そんな、自分を責めるような顔をしないでくれ。

……つーか、一応男としては、女の子に一人で戦わせた上に、自分の尻まで拭かせる始末で、情けないったらねえよ」


「同感。今更だけど、僕達ほんと格好悪いよね」



二人が自嘲するような笑みを浮かべて感謝すると、ウルガノも困ったように笑い返してこう言った。




「困った時はお互い様、ですよ」




思い出されるのは、ミリィ達とウルガノが運命的な出会いを果たした日のことだ。


あの時、本能的にリシャベールから逃れることを選んだウルガノを、ミリィが拾って匿った。

おかげで彼女は無事で済んだし、こうしてミリィ達と旅をすることが出来ている。


情けは人のためならず、とはよく言ったものだ。

当時のウルガノをミリィ達が救い、今度はウルガノがミリィとトーリの窮地を救った。

人のためにとかけた情けは、巡り巡っていつか自分のもとに帰ってくる。


あの時、双方が出会っていなければ今はなかったし、今から先の未来も道すがら潰えてしまっていたかもしれない。



そうなると、いよいよ運命などという不確かなものが現実味を帯びてくる。


共に死線をくぐり抜けた三人の胸に過ぎるのは、まだ微かに後を引く恐怖と、紛れも無い仲間に対する信頼だった。


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