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オルクス  作者: 和達譲
Side:M
151/326

Episode24-3:火蓋は切られた



トーリ達と別れた後、ミリィは静寂と闇に包まれた土地をひたすらに走り続けた。


静寂はともかくとして、辺りの景色が殆ど闇色に染まっている理由は一つ。

そこかしこに設置されているはずの街灯が、何故かどれも点灯していないからだ。


建ち並ぶ民家には一応明かりが点いているものの、中から家主が出て来る気配はない。

今尚街中では銃撃戦が繰り広げられているというのに、皆何事もないように我関せずを決め込んだままでいる。


これは恐らく、住人の全員で結束して素知らぬ顔を通しているということなのだろう。

ひょっとしたら、警察組織も犯人達とグルである可能性すらある。


故にミリィは、通報も民家に駆け込むことも出来ず、自力で走り続ける他なかった。




「───ッだああぁぁぁクソが!!!

バカスカ撃ちまくってんじゃねえよ!!自分の街が傷付いてもなんとも思わねえのかよ!」




素早く足を動かしながらも、苛立った様子でミリィは叫んだ。

すると、その誰にでもない一方的な文句に対して、どこからか返事をするようにもう一発発砲された。


実は、先程からミリィの後を執拗に追い回している何者かが、およそ10秒に一度の間隔でミリィに向かって攻撃してきているのだ。


発砲されている方角は、全てミリィの背後から。

その上弾道が定まっていないなので、恐らくは一人乃至二人の兵士が、逃げるミリィをハンドガンで追撃しているものと思われる。


しかし、いくら照準が正確でないとはいえ、一瞬であっても気を抜くことはできない。

僅かでもミリィが走るスピードを減速させれば、たちまち敵の射程圏内に入ってしまうだろう。


そうなったら最後。

一カ所でも体のどこかに弾を貰えば、今のように走り続けることが困難となり、付け入られる隙が生じる。


つまり、この状況での停滞は、即ち即死のリスクと直結する。

走ることをやめてしまった時点で、ミリィの死亡はほぼ確定するということだ。




「(途中で脚がもげようが、弾が掠めようが、今はとにかく動き続けるしかない)」




徐々に息が上がっていく中、酸素の足りない頭でミリィが思い浮かべるのは二つのことだけだった。


一つは、うっかり袋小路に入ってしまわないよう、進むルートに対する注意意識。

そしてもう一つは、置いてきた二人についてのことだ。



自分よりも身体能力に不安のあるトーリは、今頃敵に捕まっていないだろうか。

丸腰で敵陣に突っ込んでいったウルガノは、多勢に無勢で苦戦を強いられているのではないか。


彼らの安否を思えば、どんなに脚が重くなろうとも、ミリィは屈せずに走り続けようという気持ちになった。

だからこそ、未だに敵の放った弾を食らうことなく行動できているのだ。


もし。この場にいる味方が自分一人だけだったなら、既にミリィは敵の手中に落ちていたかもしれない。





ーーーーー


そうして追いかけっこを続けていくうちに、少しずつ追撃の勢いは衰えていった。

まだ完全に引き離したとは言えないが、ミリィの速さに敵の方が追い付けなくなってきたようだ。


カウントはこの時、およそ10分を迎える頃。

そこでミリィは、ひたすら辺りを周回するのをやめ、折り返し地点と定めた場所から一気に東へ向かった。


目指す場所は、合流地点となる先程の広場。

もうウルガノ達も集まっているという保証はどこにもなかったが、それでもミリィは力を振り絞り、全力で来た方角を引き返していった。




「(見えた)」




やがて、ミリィの視界に例の広場が映った。

遠目ではその一部しか視認することができなかったが、そこには既に二人分の人影があった。


一人は、黒服を纏った大柄な男。恐らく、自分達を狙っている兵士の内の誰かだろう。

そしてもう一人が、見慣れたスーツ姿のトーリだった。


なにやら二人は取っ組み合っている最中のようで、ナイフを掲げた兵士がトーリに襲い掛かっていた。

丸腰のトーリもどうにか身一つで応戦しているが、形勢はどう見ても兵士の方が優勢だった。



それだけではない。

ミリィの向かいの方角からは、もう一つ別の影が広場に集まろうとしていた。

どうやら、トーリに襲い掛かっている兵士の仲間が、加勢しようとやって来たらしい。


しかし、目の前の相手に気を取られているのか、トーリがそちらに意識を向ける様子はなかった。

新たな刺客の存在に気付いているのは、今のところミリィだけだ。


このままでは、トーリ一人に対し、二人の兵士が同時に掛かっていくことになる。

一対一の肉弾戦でなら多少は分があるが、二対一の形勢となれば、素人のトーリが凌ぎきるのは不可能だ。




「(トーリ)」



心の中で彼の名を呼んだミリィは、奥歯を噛み締めてもう一段階走る速度を上げた。

死に物狂いで向かった先は、無論トーリのいる噴水の傍らだ。




「トーリ──────!!!!」




広場周辺にミリィの咆哮が轟く。

その声にトーリも兵士も反応したが、兵士が余所見を許さなかったため、トーリは声のした方に振り返ることができなかった。


直後。

あっという間にトーリの横を通り過ぎていったミリィは、現れた刺客の男に向かって脇目も振らずにタックルしていった。


無謀とも言えるその行動の訳は、是が非でもトーリと刺客を近付けさせたくなかったからだった。




「ミリィ……!!!」




ここでようやく刺客の存在に気付いたトーリは、ミリィと刺客が接触すると同時に叫んだ。


だが、加勢に行こうと一歩踏み出すと、応戦中の兵士がすぐに行く手を阻んできた。


兵士が立ちはだかってくる限り、トーリはミリィを助けに行くことが出来ない。

それはミリィの方も同じで、互いに目の前の相手を倒さない限り合流出来ない状態だった。




「(くそ、たった一人を相手にここまで苦戦させられるなんて)」

「(この状況でまた増援が増えたら手に負えない)」

「(いよいよ詰みになる前に、どうにか僕とミリィで立て直さないと)」



このまま持久戦に突入すれば、体力の磨り減ったこちらが押し負けるのは目に見えている。

かといって、プロを相手に武器無しで挑んでも、与えられるダメージは極少ない。


どうする。

ウルガノが戻ってくるまで現状を維持すべきか。

それとも、決死の覚悟で打って出て、ミリィと二人で連携するべきか。


降りかかるナイフの斬撃をかわしながら、トーリは必死に突破口を模索した。

しかし、追い詰められた状況ではなかなか良案が思い浮かばなかった。



一方ミリィは、倒れ込むようにして勢いよく突っ込んでいった後、刺客の男を巻き添えにして派手に転倒した。

ミリィの突然の猛攻を避けきれなかった刺客は、偶然にもミリィに押し倒された形で道に仰向けになった。


その隙を見て、ミリィは即座に起き上がって体勢を整えた。

刺客もとっさに防御姿勢を取るが、それも腕で顔を庇う程度で、押し倒している側のミリィの方が俄然有利な状況だった。




"あのままこいつらが合流していたら、トーリは不意打ちを食らって死んでいたかもしれない"



敵の卑劣さに対する怒りが、沸々とミリィの全身を支配していく。

ミリィはその怒りを拳に変えると、刺客に対して解き放っていった。




「ぐ、………っき、さま、!」



一発、また一発。更にもう一発。

生命力の欠片を上乗せしたミリィのパンチが、強烈に刺客の顔面にヒットしていく。


刺客も刺客で、どうにか脱出しようと暴れるが、なかなかミリィの囲いからは抜け出せずにいる。

何故なら、ミリィが全身を使って力の出所を抑えているからだ。


こうなってしまえば、第三者が無理矢理にでも引き離しに来ない限り、自力で押し退けることは難しいだろう。


それもこれも、ヴァンから体術の基礎を学んでいたおかげ。

殺しのプロであるヴァンを師に持ったからこそ、ミリィのような民間人でもこうして渡り合えているのである。



ただ、形勢が有利になったからといって、手加減をしてやれるほどミリィも余裕があるわけではない。

息をつく暇もなく繰り出し続ける拳は、全て全力そのものだ。一発たりとも容赦はない。


その内の何発かはすんでのところで防がれてしまったが、まともに入った打撃が不発の分までダメージを与えた。

おかげで二、三発殴られただけでも、刺客はみるみるうちに弱っていった。




「ハア、ハ、……。トーリ…!」



やがて、やっとの思いで刺客を失神させたミリィは、片や追い詰められているトーリの元へ救援に向かおうとした。


しかし。

倒した刺客から武器を失敬しようとした直前、思いもよらない非常事態が発生した。

突然、第二の刺客が湧いて出るようにしてミリィの前に現れたのだ。


どこからともなく、気配すら感じさせずに姿を見せたその男は、他の兵士達と同様に覆面をしていた。

だが、その雰囲気の鋭さは、たった今ミリィが倒した刺客の比じゃなかった。



突然のことに驚いたミリィは、思わず息を呑んで第二の刺客を見上げた。

第二の刺客もすぐには襲い掛からず、余裕のある佇まいでミリィを見つめ返した。



「(こいつは、やばい)」



たった数秒見詰めあっただけでも、ミリィの本能は激しく危険信号を発した。

目の前にいるこの男は、自分が戦って勝てる相手ではないと。




「────っく、ッッミリィ!!!!」




次の瞬間、トーリの張り詰めた声がミリィのこめかみを貫いた。


その声にはっと意識を取り戻したミリィは、尻を叩かれたように慌てて銃を取ろうとした。

しかし、ミリィの指先がホルスターにかかるよりも前に、男の強烈な蹴りがミリィの左側頭部を直撃した。


衝撃で勢いよく右方向へと吹っ飛んでいったミリィは、地面に右半身をスライディングさせて横向きに倒れ込んだ。




「───っ、ア"、が……ッ、」



一拍の間を置いて、頭の中を掻き回されるような激痛がミリィを襲う。


幸い骨は折れずに済んだようだが、今の一撃でミリィは戦闘不能の状態に追い込まれてしまった。

むしろ、即死を免れただけラッキーだったかもしれない。




「(油断した)」



蹴り飛ばされた衝撃と激しい目眩に、ミリィは浅く咳込みながら目を白黒させた。



痛い。熱い。重い。

上手く息が吸えない。吐けない。

金縛りにあったように、体がぴくりとも動かない。

やばい。やばい。やばい。

早く、立たないと。早く、起き上がって、銃を取らないと。


朦朧とする意識の中、それでも懸命に体を動かそうとするミリィだったが、硬直した四肢は思うように力が入らなかった。



そこへ、第二の刺客が妙にゆっくりとした足取りで近付き、横たわるミリィのすぐ側で立ち止まった。


ミリィの視界には、第二の刺客の姿が霞がかったように映った。

昔の白黒映画を見るように時折はたはたと明滅するその光景は、ミリィにこれ以上ないほどの絶望感を与えた。




"ミリィ"

"起きろミリィ"

"逃げろ"



ミリィの浅い呼吸の向こうでは、トーリがしきりに名前を叫びながら手を伸ばしていた。


だが、トーリと相対するもう一人の兵士がそれを許さず、伸ばされた手がミリィに届くことはなかった。


どれほど暴れても、何度叫んでも、ミリィとトーリの間には縮まらない距離と壁があった。

故に、助けることはおろか、今にも殺されかけているミリィに、トーリは近付くことすら出来なかった。



やがて、男の構えた銃が、音もなくミリィの顔に向けられた。

しかしミリィは、絶望に身を委ねて諦めることはしなかった。


こちらを向く銃口の、その向こうにある、覆面に覆われた男の顔に。

そして、覆面の更に奥にある、小さな穴から覗く男の眼光と、真っ直ぐに目を合わせて。


"絶体絶命の時にこそ、恐怖してなるものか"と。



ミリィと男、両者が不敵に微笑むと同時に、空気を裂く大きな銃声が広場中に響き渡った。



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