Episode24-2:火蓋は切られた
とっさに体勢を低くした三人は、流れ弾を貰わないよう地面に伏せると、そのまま例の石像のある場所まで這っていった。
ここからなら、石像の影と噴水の水しぶきが邪魔となって、三人の姿が死角になるはずだからだ。
ただ、狙ってきた犯人が先程の一名のみとは限らない。
配置によってはこちらの様子が丸見えになっているかもしれないし、そこから銃で狙撃されては防ぎようがなかった。
故に、ずっとここで隠れ潜んで、反撃の機会を窺っている時間はないのだ。
次の攻撃を仕掛けられる前に、こちらから先手を打っていかなくてはならない。
「───ッハー。……はあっ、ハハッ。ハ…。あーマジかよ。
まさか本当にバトル展開になるとか、せめて心の準備を…」
一応このような展開になることも想定していたとはいえ、まさか本当に銃撃戦の流れになるとは誰も思っていなかった。
まだ状況を飲み込みきれていない様子のミリィは、妙な可笑しさが込み上げて思わず笑ってしまった。
「している暇はありません。
敵兵は複数です。潜んでいる場所も先程の一箇所だけじゃない」
すかさずミリィの言葉に返したウルガノは、発砲された方角を睨みながら策敵に集中を始めた。
彼女によると敵は複数いるようで、それぞれ散らばった場所から殺気を漂わせているという。
「囲まれるのも時間の問題ってことだね。
ウル、全部で何人いるかわかる?」
今度はトーリがウルガノに尋ねた。
ウルガノは今一度四方に注意を払うと、目を細めて一つ一つの気配を辿っていった。
「少なくとも五、六……。八人はいますね」
「結構いんなあ」
どうやら、広場の周辺に潜んでいる敵兵の数は、少なくとも八名以上いるらしい。
人数的にも戦況的にも、こちらが圧倒的に不利なのは間違いなさそうだ。
「八人か…。よし。とりあえずは八人だな。
で、オレ達はこれからどう動けばいい?プロの判断に従うよ」
石像の縁に背を預けたミリィは、自分で自分に言い聞かせるように一つ溜め息を吐いた。
トーリとウルガノも、ミリィに倣って石像にもたれ掛かり、慎重に呼吸を整えた。
「……武器になりそうな物は全てヴァン達に預けてきてしまったので、我々は今丸腰です。
私だけで主力を叩きにいくことも十分可能ですが、そうすると必ず隙が生まれます。私のいない間に、他の連中がお二人を攻撃してくるかもしれない」
「完全に僕らはお荷物ってわけね…」
トーリが複雑な顔でぼやくと、ウルガノはぴしゃりと遮断して続きを説明した。
「はっきり言ってその通りですが、私はそのために今ここにいるのです。お二人を守れなければ、私が同行した意味がない。
そこで一つ作戦があるのですが、ミリィ、トーリ。心と体の準備はいいですか」
いつものウルガノであれば、ミリィの弱気にもトーリの自虐にも優しくフォローを入れていたことだろう。
しかし、この状況下でお喋りに割いている時間はない。
予断が許されない今、次に出る行動は一刻の猶予を争うのだ。
ミリィとトーリは一度顔を見合わせると、覚悟を決めた様子で深く息を吸い、吐いた。
そして、互いの間にいるウルガノに向かって、同時に力強く頷いた。
「これから私は、単独で本陣に突っ込んでいって、必ず四人は倒してきます。
その際に、あちらが所持している銃を何丁か失敬してきますので、私が合流するまでの間、お二人はとにかく辺りを逃げ回ってください」
「つまり、ウルガノが奪ってきた銃で、オレとトーリも後から参戦するってわけだな?
君が広場に戻ってくるまで、オレ達はただあいつらと追いかけっこしてりゃいいと」
「要約するとそうです。地の利が向こうにある以上、戦わずして逃げおおせることはほぼ不可能でしょう。
だったら、私が一人一人確実に潰していく方がリスクが低い」
淡々と言ってのけるウルガノに、トーリは頼もしいような恐ろしいような声色で呟いた。
「自分一人で八人も相手しようってのに、それで逃げるよりはリスクが低いって言うんだから恐ろしいよ」
それに対し、ミリィはからかうような口ぶりで横から突っ込みを入れた。
「なんなら、お前だけでも尻尾巻いてとんずらしたっていいんだぜ?」
トーリは皮肉っぽく鼻を鳴らすと、不敵に口角を上げてミリィの横顔を睨んだ。
「ハッ。出来るものならとっくにそうしてるよ」
ウルガノの考えた作戦は、実に単純明解なものだった。
この後、三人はタイミングを合わせて広場を飛び出し、それぞれ散らばった先で別行動を開始する。
単独で速攻に出るウルガノは、現在位置が判明している本陣へ突撃。
その際に倒した敵兵の身から武器を数点失敬して、集合地点の広場まで戻ってくる予定だ。
武器の受け渡しが上手くいけば、丸腰のミリィとトーリにも護身用の武装を施すことが出来る。
そうすれば、圧倒的不利な戦況も少しは覆すことができるはず、というわけだ。
そして、この作戦の最大の肝となるのが、直接戦闘には関わらないミリィとトーリの二人。
二人が丸腰で敵兵と応戦する必要はないが、だからといって大人しくウルガノの帰還を待っているわけにもいかない。
つまり、彼女が無事に武器を調達してきてくれるまで、二人は本陣以外からの攻撃を回避し続けなければならないのだ。
その間にどちらかが捕まってしまえば、ウルガノが助けに入るよりも先に命を落とす危険がある。
言ってしまえば、死のリスクと直結した全力の鬼ごっこをしろ、ということだ。
"時間稼ぎのためにそこらを逃げ回らせるくらいなら、いっそそのまま戦線を離脱してもらった方が確実なのでは"
二人の安全を第一に考えるウルガノは最初そう考え、二人を自分の側から遠ざけるべきか悩んだ。
しかし、どうやらそうも言っていられない状況のようなのだ。
ウルガノを含め、三人がこの街を訪れたのは今日が初めてのこと。
ミリィは過去に観光で来たことがあるが、地理に関してはまだほとんど把握できていない。
その点、向こうは自分達のテリトリーで戦うため、地の利がある。
地の利があるということは、相手を袋小路に誘い込むためのルートも頭に入っているということになる。
故に、そんなフィールドで闇雲に逃げ回っても、先手先手を打ってくる彼らに回り込まれるのは必至だ。
そうとくれば、最早戦う他に勝機はない。
逃げるが勝ち、が通用しない相手ならば、正面から立ち向かっていくしかないのである。
「とにかく、目標は全員生還。出来れば五体満足で、だな」
作戦内容を頭に叩き入れたミリィは、自らを鼓舞するように浅く息を吐き出すと、裾の乱れを正して身構えた。
「あんまり痛いのは勘弁してほしいよ」
トーリは豪快にネクタイを緩めると、前髪を掻き分けてから自分の腕時計に目を落とした。
「目標ではなく、必ず生還させてみせますよ。この命に代えても」
ウルガノは今一度敵兵の位置を確認すると、首と関節の骨をバキバキと鳴らして気合いを入れ直した。
「………では、10分後に再びここで落ち合うとしましょう」
ウルガノが告げると、ミリィとトーリは同時に息を吐き出した。
「10分か…。戦う君にとってはほぼ一瞬みたいなものだろうけど、逃げ回る僕らにとっての10分は、結構長いね」
「こうなりゃ四の五の言ってらんねえ。
途中でヘバったらその時点でおだぶつだからな。血へど吐いてでも逃げ切れよ、トーリ」
「ハア…。気が重いけどどうにか頑張るよ」
パワー面では女性のウルガノにすら劣る二人だが、身体能力の高さで言えばミリィは負けていない。
ただ逃げ回るだけなら、プロの兵士を相手にも引けを取らないだろう。
問題なのはトーリの方だ。
いくら教育係のバルドから仕込まれているとはいえ、トーリはミリィほど運動が得意でないし、足も速くない。
地頭の良さがその辺りの弱点をカバーしてくれればいいが、先程ミリィも言った通り、時間稼ぎの途中で力尽きてしまえば一巻の終わりとなる。
ウルガノはそんなトーリのことを特に心配し、出来るだけ二人に負担をかけないよう、一刻も早く自分が突破口を開かなくてはと目付きを鋭くした。
「ちなみに、どの辺りが比較的安全かわかるか?」
「安全と断言することは出来ませんが、この位置から大体四時の方角からは、今のところ気配がしませんね」
「わかった。じゃあトーリはそっちに行け。オレは反対の方向に走るから」
ウルガノが教えてくれた方角を示しながら、ミリィはトーリに促した。
「それは有り難いけど…。君は大丈夫か?」
「ああ、心配すんな。昔から逃げ足の速さだけは自信あっからさ」
トーリが心配すると、ミリィは自分の脚を叩いてニッと笑った。
「じゃあ、用意はいいか二人とも。
カウントがゼロになったと同時に一斉にダッシュだ。いいな?」
「わかった」
「わかりました」
ミリィの確認にトーリとウルガノの返事が重なり、それぞれスタートダッシュの体勢に入る。
「フーッ…。行くぞ。5、4、3、」
間もなく、ミリィが静かな吐息の後にカウントを開始すると、三人の足元に妙な点が現れた。
赤い光を帯びた、鉛筆の先ほどしかない小さな点だ。
音もなく姿を見せたその点は、ある程度近付いたところでぴたりと動きを止めると、今度はミリィの足元を目指してじわじわとにじり寄っていった。
「ツー……、」
そこでやっと光の存在に気付いたミリィは、脊髄反射で思わず息を呑んだ。
こいつは、もしや。
「───っワンッッッ!!!!」
とっさにミリィが叫ぶと、犬の咆哮のような響きが広場全体に轟いた。
そして、その一言を合図にし、三人は一斉に走り出した。
ミリィが叫んだのと、どこからかこちらを狙っていたスナイパーが発砲したのはほぼ同時のことだった。
あと0コンマ数秒でも反応が遅れていたら、ミリィは確実に体のどこかを被弾していただろう。
まさに危機一発。
大慌てでその場を後にしたミリィは、逆方向に走っていったトーリ達に背を向けて、暗い夜道を全速力で駆けていった。




