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オルクス  作者: 和達譲
Side:M
149/326

Episode24:火蓋は切られた


少々危ない橋を渡った気もするが、介入の許可を取り付けるという目的は無事達成された。

気になる話もいくつか聞けたことだし、これ以上ここに留まっても得られるものはないだろう。

ならば、さっさと御暇させてもらい、別れたヴァン達と合流するのが先決だ。


そう考えを纏めたミリィは、さりげなく腰を浮かせて解散のタイミングを伺った。


しかし、ここからがなかなかスムーズにいかなかった。

まだお茶の一つもお出ししていないからと、レヴァンナがしつこく引き留めてきたのだ。


悩んだミリィはトーリ達にも相談し、長居しないことを前提にもう少しだけ滞在時間を延ばすことを承諾。

飲み物を一杯頂いたら帰るという条件で、仕方なくレヴァンナの愛想に付き合ってやることにした。


結果。

あと少し、あともう少しだけと何度も粘られ、しばらくの間足止めを食うハメになってしまったのは言うまでもない。




「───ふふ。こんなに楽しい時間は久し振りです。

……おや、カップが空になりそうですね。おかわりはいかがですか?」


「ああいえ、これ以上はもう、」


「さあほら、彼のカップに継ぎ足して差し上げて。

……今夜は冷えますから、今のうちに体を温めておきませんとね」




何故ここまで執拗に引き留めるのか。

先程までとは打って変わって、急に好意的な態度をとるようになったのか。

その真意は不明だが、レヴァンナの話はとにかく止まる気配がなかった。


そこでミリィは、臨機応変に気持ちを切り替え、この展開も有効に活用するべく彼の言葉一つ一つに耳を傾けた。

一見くだらないエピソードのようでも、中には思いがけないヒントが紛れているかもしれないから。



だが、あの用心深いレヴァンナが、そうそう期待通りに尻尾を出してくれるはずもなく。


この城の近くに美味しい店があるだとか、側近の部下の中に珍しい特技を持っている奴がいるだとか。

語られる逸話は本当に取り留めのないものばかりで、言ってしまえばどうでもいいことをだらだらと聞かされただけだった。


やがて、流されるまますっかりタイミングを逃したミリィ達は、レヴァンナの勧めで夕食まで付き合わされることになったのである。






ーーーーー


当初はお茶を一杯付き合うだけの約束だったはずが、気付けば外は夜になっていた。


不幸中の幸いだったのは、振る舞われた食事に異物が混入していなかったことと、取り巻きの衛兵達がこちらを攻撃してこなかったことだった。


レヴァンナの疑惑が晴れていない以上、劇物が盛られている可能性は十分に考えられたし、部下を使って直接手を出してこないとも限らなかった。



ただ、不幸中の幸いと言ったように、全ては事が起きる前に懸念された事態。

実際に出された食事は普通に美味しい料理ばかりで、衛兵達の敵意が殺意に変わることもなかった。


心配して損をした、とはまさにこのことだ。

あれだけ気を張っていたのが馬鹿馬鹿しく思えるほど、最後は何事もなく帰路につくことを許されたのだった。




「いずれ、またお会いすることになるでしょう」




帰り際になると、レヴァンナ自ら足を延ばして、玄関まで見送りに来てくれた。

その際になにやら意味深な言葉を贈られた気がするが、そこはそれ。


思わせ振りな発言の多い彼が、今更核心を突いたことを言うとも思えない。

つまり、深刻に捉えるだけ無駄ということ。余計な想像を巡らせたところで、徒労に終わる確率の方が高いということだ。



それからしばらく、城門を潜って道なりに歩いていくと、ようやく城の敷地から抜けることができた。

ここまで来れば、もうレヴァンナの部下に睨まれることもない。


辺りに人目がないことを確認した三人は、足を止めるなり一斉に溜まっていた息を吐き出した。




「ッブァハーーー…。疲れたー……。絶対今日で寿命縮んだ…」




ぐったりした様子でぼやいたミリィは、凝り固まった肩をバキバキと鳴らして、丸まった背中を弓なりに仰け反らせた。

長時間に渡って背筋を伸ばしていたせいで、強張った感じがなかなか抜けないようだ。




「あーもう。こんなに生きた心地がしないのは久々だよ。腰が……」



ミリィの隣では、トーリが老人のように腰を摩っている。

こちらは肩ではなく、体の中枢に疲れが来たようだ。




「大丈夫ですか?お二人とも。

宿屋まではまだ距離がありますし、少しどこかで休憩をしてから行きましょうか?」



そんな中、ミリィの右隣にいるウルガノは、疲れなど微塵も感じさせない表情で二人の具合を心配していた。

彼女だけ椅子に座っていなかったこともあるが、この違いはやはり日頃の鍛練の差だろう。




「いや、いーよ。下手にどこかで落ち着くより、さっさと向こうと合流した方が気が休まる」


「だね。……にしてもウル、全然平気な顔してるね。

立場上、一番気を張ってたのは君だろうに。疲れてないの?」



トーリが関心した顔で言うと、ウルガノは至極当然の顔で答えた。




「ご心配どうも。けど平気ですよ。

いつあちらが動き出すか分からなかったので、緊張はしましたが。慣れていますので。

現役の頃は、たった一人で敵の本山に放り込まれたこともありますし。聞く耳を持たない武装集団に包囲されていた当時と比べれば、あれくらい大したことありません」


「ウワーーー………」



何気無く語られたいつぞやのエピソードに、ミリィとトーリのげっそりとした声が重なった。




「でも、一応は無事に済んで良かったね。

せっかくだから夕食も一緒に、なんて言われた時には、僕達の死体がディナーの席に並べられるのかと思ったよ」



再び歩き出した三人は、落ち着いた歩調で集合場所のホテルまで向かった。

ふとトーリが冗談を言うと、ミリィはケタケタと笑って頷いた。




「本当にな。ぜってーなんか怪しいモン入ってるだろと思ったけど、普通にどれも美味かったし。

中東の民族料理って今まで食ったことなかったけど、なかなかイケるな」


「酒に酔わせて悪さしてやろうって感じでもなかったしね」


「ああ、そういやそうだったな。遠慮したら意外とあっさり引いてくれたし。

あれは単純に飯のついでで、他意はなかったんじゃないか?」




そう言ってミリィは、先程の食事の席でのことを思い返した。



あれは、晩餐会が始まって少し経ってからのことだ。

ディナーにはやはりこれが付き物だろうと言って、レヴァンナがあるものをミリィに勧めてきた。


それは、地産の高級な酒類。

なんでも、来客があった際には必ず振る舞っている名酒とのことだった。


しかし、前述にもあったように、ミリィ達は主席代理の名目で謁見を願い出た立場。

出先で失態を曝すことは許されないし、なによりレヴァンナの前で油断した姿を見せるわけにはいかなかった。


すると、飲酒を断ったミリィ達に対し、レヴァンナは意外なほどあっさりと身を引いた。

強引に酌をしてくることもなく、御客人が嗜まないのであればと、自らも口にしなかったのだった。



あれだけ頑なな態度を示していたレヴァンナが、何故終盤になって気安くなったのかはわからない。


ただ、現にミリィ達は城を後にすることができている。

敵意の有無はともかくとして、直接危害を加えられる事態は免れたわけだ。




「───ウル?さっきから黙って、どうした?」



トーリと軽口を交えていたミリィは、ふと逆サイドにいるウルガノを見やった。


というのも、いつの間にか彼女だけ閉口していたのだ。

聞き役に徹していたからというよりは、談笑に勤しむ余裕もないほど意識が逸れていた風に見える。




「なに?考え事?」



ミリィに続いて、トーリも心配そうに声をかけた。

するとウルガノは歩みを止め、無言のままその場に立ち止まった。




「……静かすぎる」



低いトーンでそう告げたウルガノは、ミリィ達にも足を止めるよう動作した。

指示通りに立ち止まったミリィとトーリは、思わず息を呑んでウルガノの二の句を待った。




「え?」


「気付きませんか?

城から大分歩いて来ましたけど、その間一度も人と擦れ違わなかった」


「………そういや、そうだな。

たまたまっていうより、全然外に出てる奴がいな、い……」




ウルガノの指摘を受け、二人も改めて周囲を見渡してみると、辺りには人っ子一人見当たらなかった。



緊張感から解放されたことが仇となったのだろう。

疲労で狭まった視野と、見晴らしのいい街中にいるという状況が、無意識の油断を招いた。


故に、その街中が無人であるという異変に、すぐに気付くことが出来なかった。

正常に機能していたのはウルガノだけで、ミリィとトーリは知らず知らず注意力を散漫させてしまっていたということだ。



星のない空はすっかり闇に覆われている。

時計の針も、幼い子供が出歩くには適さない時間を指している。


だが、それにしてもだ。人の気配がなさすぎる。

法律で門限が定められているわけでもないのに、国外からやって来た観光客も、この街に暮らす住人の姿さえも全く見受けられない。

いくら日が落ちたからといって、ここまで静かなのはどう考えても異常だ。



現在地は、レヴァンナの城から徒歩10分ほど来たところ。

街中にある共有の広場だ。


広大なスペースの中央には、美しい装飾が施された石像と、大きな噴水が設置されている。

辺りには、広場を囲むようにして民家や商店などが並んでいる。


昼間ここを通った時には、住人達の憩いの場として大いに賑わっていたはずだった。

なのに何故、今は他に誰もいないのか。



穏やかな冷気と、ぞっとするほどの静けさは、まるで世界に見放されたような錯覚をミリィ達に覚えさせた。




「まだ9時前だよ?寝静まるにしては早過ぎない?」



腕時計に目を落としたトーリは、緊張した面持ちで眉を寄せた。




「そうだな。早過ぎる。

ここの住人は夜遊びの習慣がないと仮定しても、ただの一人も外に出てないのはおかしい。

………なにか感じるか?ウル」



ミリィは周囲のあちこちに注意を配ると、声を潜めてウルガノに話し掛けた。

ウルガノは静かに息を吸うと、二人を庇うようにして一歩前に出た。




「……ええ、感じますよ。物凄い殺気です。

二人とも用心して。私の側から離れないでください」



彼女の張り詰めた声を聞けば、どんな阿呆でも即座に理解することができるだろう。

とにもかくにも、自分達の生命を脅かすほどの危機が迫っているらしい、ということを。



はっとすると同時に、ミリィとトーリはアイコンタクトをして互いに身を寄せ合った。


いくら訓練を積んでいるとはいえ、二人はまだ実戦経験のない素人。

銃があれば多少は戦えるが、丸腰のバトルにおいてはとても戦力に数えられない。

となれば、今の状況で二人に出来ることは限られている。


"本職の彼女に指示を仰ぎ、彼女の言うとおりに行動すること"

つまり、唯一の戦力であるウルガノを頼り、自分達はひたすら守りに徹するしかないと。



そうして、じりじりと後ずさっていった三人の背中が、ほぼ合わさったその時だった。

全身の毛穴が一気に開くような悪寒が、強烈にウルガノの防衛本能を刺激した。


刹那、彼女はカッと目を見開き、とっさに後ろを振り返って叫んだ。




「ッ伏せて!!!!」



素早く腰を屈めたウルガノは、ミリィとトーリの頭を押さえ付けてその場にしゃがみこんだ。


直後、三人が頭を低くしたのとほぼ同時に、ミリィの頭上を容赦なく弾丸が駆け抜けていった。

ウルガノの反応が一瞬でも遅れていれば、間違いなくミリィの眉間は撃ち抜かれていただろう。




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