Episode23-6:後戻りはできない
「これは、……参りましたね。
あまり公にはしたくない事案なのですが、貴方のような善良な市民の方にも筒抜けとは。耳が痛いですよ」
「筒抜けといっても、このことを知っているのは極少数の限られた人間だけです。
オレも情報通の知人から噂を聞いたくらいなので、詳しい事情はさっぱりですよ」
やや芝居がかった調子で、しかし臆することなくミリィは切り込んでいった。
「噂、ですか。一応箝口令も敷いているはずなんですが、その知人の方は、よほどの人脈をお持ちのようですね」
するとレヴァンナは、意外なほどあっさりと失踪者の存在を認めた。
既に事実を把握されている相手に、今更素知らぬふりをしても通じないと観念したのか。
それとも、いざという時のための切り札を隠し持っているのか。
彼の言葉のどこまでが本当で、どこからが嘘なのかは判断が難しいところだが、少なくともこの件はおおっぴらにしたくない、というのは本心と思われる。
「確かに、近頃ラムジークで失踪者が出ているのは事実です。その件もあって、私がここから離れられないというのも本当のことです。
……しかし、何故この時期にそのような事件が相次いでいるのか、私には皆目見当がつかない。
失踪者の捜索も、街全土を上げて続けてはいるのですが…。残念ながら、未だに全員が見付かったわけではないんですよ」
「それは…。逆を言えば、見付かった人もいたというわけですね?」
「ええ。失踪者の半数以上は、ラムジークの領域圏内で無事保護されています。
先程のお言葉を借りるなら、彼らはただ一時的に家出をしていたに過ぎなかった、ということです」
レヴァンナ曰く、失踪者の多くは事件発生から間もなくに保護され、発見された場所もラムジークの領域内が殆どであったという。
突然姿を消したのも、ふと家にいるのが嫌になっただとか、恋人の元にどうしても会いに行きたかっただとか。
若者によくある衝動故の見切り発車だったとされている。
しかし、中には全くの原因不明で、行方知れずの状態が続いている者もいるという。
ラムジークの州警察は全力でこの調査に当たっているが、数名の失踪者は未だに所在がわからないままだそうだ。
ここまでの説明を聞いて、ミリィはとりあえず一つだけ理解した。
何にせよ、レヴァンナは包み隠さず真実を明かしているのではない、と。
ちなみに、先程話題に出た情報通の知人というのは、無論シャオのことである。
シャオの話によると、ラムジークの州警察はこの件にノータッチであるとのこと。
なので、レヴァンナが全力で失踪者の発見、保護に取り組んでいるという話はダウトだ。
なんの措置もとっていないとなると当然怪しまれるので、ここは一先ず話が大きくなってしまわないよう言い訳を立てたのだろう。
一部作り話でも、ミリィのような"善良な市民"が相手なら、どうにか欺けるだろうと高を括っているのかもしれない。
「なるほど。それは一大事だ。
そんな大変な時期に押しかけてしまって、やはり迷惑でしたかね?」
ミリィが機嫌を窺うと、レヴァンナはにこやかに右手を挙げた。
「いいえお気になさらず。
状況はあまり良くありませんが、来客とお話させて頂くくらいの時間はありますから」
「……では、そのご厚意のお返しに、というわけではありませんが。
失踪者の捜索の件、我々もなにかお手伝いできることはないですか?」
ミリィの意味深な言葉に、レヴァンナは一拍思案するような間を置いてソファーに座り直した。
「というと?」
「先程のお話によりますと、現時点で保護済みの失踪者は、全員ラムジークのどこかで見付かったんですよね?
となると、未だに所在のわかっていない人達は、ラムジークの外にいる可能性が高い、ということではありませんか?」
深く腰掛けたレヴァンナとは対照的に、ミリィは更に前のめりに身を乗り出した。
「仮にそうだとすると、この件は最早ラムジークだけの問題ではなくなる。
失踪者が州を跨いで各地を渡り歩いているのだとすれば、そちらの警察のみで捜索に当たっても発見は難しいでしょう。
……どうです?レヴァンナさん。オレの口添えで、プリムローズにも協力を要請することができます。レヴァンナさんがお困りなら、シャノンは必ず求めに応じてくれるはずです。
探し物をするなら、助っ人は多い方がきっと捗りますよ?」
シグリムの基本的なルールの一つとして、自らの領域外の事柄には横から口出ししてはならない、というものがある。
しかし、自分の領域に籍を置く者が他州で問題を起こした場合には、その限りではない。
もし、姿を消した彼らが、何者かに拉致されるなどの事件に巻き込まれた場合。
あるいは、失踪した当人が、州外でなんらかの不祥事を起こした場合。
これらの条件に当てはまった事案は、緊急事態に該当するため、シグリムの規則から一時的に外れることが認められる。
つまり、ラムジークで発生した失踪事件の関係者がラムジーク以外の州に渡っている可能性がある以上、誰にも首を突っ込まれたくないという希望は通用しないのだ。
無論、余所からの協力を受け入れるかどうかは、各州の主席に決定権がある。
だが、この場合は前述の緊急事態措置が適応されるため、ラムジーク側にはプリムローズからの協力を断る権限がない。
要するにミリィは、最初から断れないと分かった上で、レヴァンナに協力を申し出ているのだ。
親切という名の、脅迫じみたアプローチで。
「───は、ハハハハハ。
ああ、つい先程初めて会ったばかりだというのに。貴方には驚かされてばかりですよ」
一瞬呆気にとられてから、レヴァンナは堪えきれずに大きく笑った。
その声色は感心とも軽蔑とも取れるニュアンスだったが、これも芝居の内と言われればそのように見えなくもない。
「オレは別に、驚かそうと思って言ってるんじゃないですけどね」
「いやいや、困りましたね。本当に。
お気持ちは嬉しいのですが、先程も申しました通り、こちらとしてはあまりこの話を大きくしたくない、というのが本音です。
ラムジークは住人の失踪事件が頻発している街…、なんてイメージが定着してしまったら、我々の信用に関わってくる。
下手をすれば、街の存続にも影響しかねない」
「そんなに深刻に取らないでください。こちらとしても、ラムジークのイメージを落として得になることなんてありませんから。
協力すると言っても、プリムローズの自警団から人員を派遣させて頂くくらいで、捜索は内々に行うつもりです。公表はしませんし、間違っても一般人の耳には入れません。
これなら、とりあえずは心配いらないでしょう?」
ミリィの押せ押せの姿勢に、レヴァンナは終始困った様子だった。
なにせ、ずっと秘匿にしてきたことを知られるだけでなく、自分達の疚しい事情にもメスが入れられるかもしれないのだ。
協力の要請など、レヴァンナにとっては迷惑以外の何物でもないだろう。
しかし、これ以上抵抗したところで無意味と思ったのか、最後にはレヴァンナも観念した姿勢を見せた。
「───わかりました。そこまで仰るのでしたら、ここはお言葉に甘えさせて頂くことにします。
ただし、この件はくれぐれも、ご内密にお願いします。
こちらが助力頂く立場だというのに、条件を付けるようで申し訳ないですが…。それだけは約束していただきたい」
困ったような笑顔で、仕方なくミリィからの申し出を受け入れたレヴァンナ。
心中ではやはり、こんな連中を城に引き入れるべきではなかった、と舌を打ちたい気持ちに違いない。
「ええ。それは勿論。
関係者には守秘義務を徹底してもらいますし、情報漏洩にも細心の注意を払います。
レヴァンナさんのお役に立てるよう、オレも微力ながらお手伝いさせてもらいますよ」
それでもだ。
レヴァンナの個人的な感情はともかくとして、舞台は整った。
例の失踪事件に介入する許可は取り付けた。
後はその大義名分のもと、埃が出るまで存分に粗探しさせてもらうだけ。
こうも頑なに秘匿にしたがるのには、街のイメージ以外にも必ず理由があるはずなのだ。
なにか、人には知られたくないような重大な秘密が。
"一応はこれで、一段落か"。
舌先三寸の攻防がようやく落ち着いたのを見て、ずっと気を張っていたトーリとウルガノは少しだけ安堵の溜め息を吐いた。
「───ちなみに。この件は全てバシュレーさんのご意向、ということでよろしいですか?」
「いいえ?ただのお使いの分際で、オレが勝手に話を進めさせてもらってるだけです。シャノンには事後報告ですよ」
開き直った態度のミリィに、レヴァンナは珍しく目を丸めた。
「ほう。では貴方自身の意向で、我々とプリムローズの間に関係を結ばせるべきだと?」
「当たらずとも遠からず、ですかね。
勿論、シャノンと仲良くしてくれる人が増えるのは、オレにとっても喜ばしいことですけど…。
今回のことは、そもそもオレが興味を持ったから、というのが前提にあります。
だからこそ、わざわざ主席代理という役目を借りてまで、ここに足を延ばしたんです」
「……興味、ですか。
参考までに、貴方がそこまでラムジークに関心を向けて下さっている訳を、お聞きしてもよろしいですか?」
レヴァンナが訝るような目を向けると、ミリィは正直に胸の内を明かした。
自分達がここにやって来たのは、プリムローズ主席の伝言を伝えるため。
だが、自分にはそもそもラムジークに対しての個人的な興味があり、その前提があったからこそ、喜んでこの役目を引き受けたのだと。
「そうですね…。こう言うと聞こえは悪いですが、ラムジークは特に他州との交流に消極的でしょう?
キングスコートとは友好な関係を築いているそうなのに、それ以外はさっぱりだとか。だから、単純にどうしてかなーと、思っただけです。
あと、一連の失踪事件のことも。
ラムジークは永住試験にかなり偏りがある分、一度認可が下りれば華の国です。
民達は等しく裕福で、満たされた生活を送ることが約束される。人生一発大逆転を夢見ている輩からすれば、ここはまさに最後の楽園と呼ぶに相応しい場所と言えます。
……なのに、失踪した彼らは、せっかく手にしたその権利を、わざわざ自分から手放すような真似をした。
普通に考えてとても勿体ないと思うんですが、実際はどうしてなんでしょうね?」
花籃を失ってある意味腹が据わったミリィには、最早怖いものも臆している暇もなかった。
レヴァンナが本当に潔白であったなら、この問いは純粋な疑問に聞こえるはず。
逆にそうでないのなら、今のミリィの言葉は単なる質問というより、駄目押しに近い。
やや品のないやり方ではあるが、要するにミリィはレヴァンナを試しているのだ。
もし疚しい事情を隠しているなら、一瞬に生まれた動揺をも見落とさないために。
すると、最後の最後で遠慮なく切り込んでいったミリィに対し、レヴァンナは一層笑みを深くして答えた。
「なるほど。貴重なご意見、真摯に受け止めさせて頂きます。
……ですがミレイシャさん。私としては一向に構わないのですが、こういった正式な場では、あまりご自分の本音は明かさない方が得ですよ。
相手によっては、フランクな態度が気に食わないと短気を起こす方もいらっしゃいますし。
………まあ私は、チャーミングな貴方のことをとても気に入りましたけどね」
落ち着いたトーンとねっとりとした喋り方は、当然意図してやっていること。
かなり柔らかい言い方をしているが、今の台詞を要約すると、レヴァンナは遠回しに慎みがないと注意しているのである。
ぐいぐいと懐に入り込もうとするミリィの態度と物言いが、いい加減気に障ったようだ。
しかしミリィは、注意されて恐縮するどころか、内心してやったりと手応えを感じていた。
先程の質問の答えといい、その時に見せた冷ややかな目付きといい。
恐らく、レヴァンナ・シャムーンは限りなく、黒だ。
そう確信を得るに伴って、ミリィもようやく営業スマイルという名の変装を解いた。
『Don't touch it.』




